抄録
【目的】 思春期にある中学生の中には、さまざまな課題を抱えた生徒が存在する。家庭科のふれ合い体験では、そのような生徒も含めて幼児とのかかわりを体験する。すべて生徒にとってふれ合い体験を有効な幼児理解の場とするためには、課題を持つ生徒に焦点を当てて、彼らがどのような経験をしているのかを明らかにし、事前事後の授業に活用していくことが必要と考える。本研究では、特に、社会性の面と心理的な面で課題があると捉えられた生徒に焦点を当て、ふれ合い体験を通じて生徒の心情や行動がどう変化していくのかを明らかにしていくことを目的とする。
【方法】 東京近郊の公立中学校第3学年5クラスのうち、各クラスで家庭科教諭が課題を抱えていると感じる生徒14名を抽出した。本研究における課題を抱えている生徒とは、次の二つのタイプである。第一に、社会性の面で課題がある生徒である。教員や周囲の大人、社会に対して反抗的な態度を取ることが多く、学校では比較的活発である。第二に、心理的な面で課題のある生徒達である。心に不安を抱えていたり、自分を表現することがあまり得意ではなく、学校の中では大人しい。ふれ合い体験中は抽出した生徒たちを中心にビデオ記録とフィールドノートをとり、それらをもとに対象生徒の行動分析を行った。本研究では、対象生徒のうち、ふれ合い体験の序盤で体験への積極性が見られなかった2名の生徒に着目し、行動をより詳細に分析した結果を報告する。社会性に課題のある生徒をA、心理面に課題のある生徒をBと表記する。また、生徒の行動を分析する際、行動の意味や生徒の心情を把握するためのツールとして、ふれ合い体験後に生徒が記述したナラティブを用いた。ふれ合い体験先はクラスによって異なるが、いずれも私立幼稚園で幼児と中学生が一緒にお弁当を食べる活動と、自由遊びの活動は共通していた。
【結果・考察】 Aについて:4歳児クラスでペアを組んでふれあい体験を行った。学校生活で反抗的な態度を取ることが多いAは、ふれあい体験の最初にあった活動にもほとんど参加していなかった。お弁当の時間も同様に自分から幼児とかかわることはせず、黙々と昼食を食べていた。しかし、この生徒の隣でご飯を食べていた幼児は、時々嬉しそうに生徒に話しかけており、それに対しては軽く返事をしていた。自由遊びの時間になり幼児に「遊ぼう」と話しかけられたり、生徒の周りに幼児が集まってきたりすると、次第に生徒にも笑顔が見られるようになり、自分から積極的に幼児と関わる様子がみられた。最後には笑顔で手を振り、幼稚園を後にした。幼児特有の無邪気さ、良い意味での幼児の空気の読めなさが、この生徒をふれ合い体験活動に引き込むきっかけとなったといえる。Bについて:4歳児クラスでペアを組んでふれあい体験を行った。ほとんど無言、無表情で過ごしている様子に気づいた幼稚園の先生が、「この子をあっちのお部屋まで連れて行って。」と、幼児と手をつながせる機会を設けたところ、幼児と離れたあとも幼児の手の感触を確かめるかのように繋いでいた自分の手をじっと見つめていた。その後は、他の幼児に対しても背中を丸めて目線を合わせようとするなどの行動の変化がみられ、最後には幼稚園の先生の指示ではあるが、一緒にダンスを踊った相手の幼児を笑顔で抱きしめる姿が見られた。この生徒は、幼稚園の先生の声掛けにより幼児と強制的にかかわるきっかけを得たことで、自信を持って幼児と関わることができるようになったと考えられる。 以上より、ふれ合い体験に積極的に参加できていない生徒がいた場合には、体験に入り込めるきっかけを与えることが必要であるといえる。この点については、配慮が必要な生徒についてあらかじめ幼稚園側と中学校側が打ち合わせをしておくことで、より有意義な体験ができるのではないだろうか。