日本家庭科教育学会大会・例会・セミナー研究発表要旨集
第60回大会/2017年例会
セッションID: P15
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第60回大会:ポスター発表
家庭科教材としての絵本『ペレのあたらしいふく』の検討
都甲 由紀子
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抄録

1.研究目的・背景 スェーデンの絵本作家エルサ・ベスコフの代表作、『ペレのあたらしいふく』(小野寺百合子訳、福音館書店、1976年)について、家庭科教材として検討する。この絵本に描かれているのは、ペレが子羊を育てて毛を刈り、大人たちと労働力の交換をしながら、毛を梳いて糸に紡ぎ、糸を染めて布を織り、服を仕立て、服を着るまでの物語である。現在、家庭科の教科書には衣服材料の種類や衣服の入手、手入れの方法は掲載されているものの、衣服の製作工程についての記述は少なく、繊維材料から衣服がどのように作られているかについて学ぶ機会が限られている。しかし、衣服の製作工程から学べることは衣生活の内容に限定されるものではない。この絵本にはペレの行動のみが淡々と記述されており、手作りの衣服製作の工程はもちろん、付加価値の概念、労働力の交換、貨幣経済の成立、科学技術の発展、家族関係、ジェンダーなどの要素を読み取ることができる。この絵本の内容を、衣生活の範囲にとどまらない家庭科の学習に関連づけて、教材として提案することを本研究の目的とした。
2.研究方法 描かれている衣服製作の工程について、交換した労働力と照らし合わせ、それぞれの工程の技術、社会背景にも着目して整理することとした。衣生活(布を使った製作実習の導入)・消費(貨幣経済の原点)・環境(大量生産大量消費との対比)・家族(家事労働・職業労働・ジェンダー等)の場面で学習する可能性のある題材として、家庭科の教材化を具体的に検討した。学習指導要領と家庭科教科書における被服・消費・環境・家族に関する学習内容よりこの絵本教材によって学習可能な内容を整理した。さらに、中学校における授業実践により教材としての有効性を検証した。3時間の構成とし、最初の1時間でこの絵本やICT教材を組み合わせて衣服の製作工程を説明し、次の時間に授業者が染色した刺繍糸を使用して刺繍の実習をし、最後の時間には衣服を手作りすることと大量生産することのメリットとデメリットを整理させ、生徒たちに豊かな生活を送るために必要なことを考えさせた。授業後に記入させたワークシートの記述を分析した。
3.研究の結果 絵本の中で描かれている衣服の製作工程は羊毛を原料とした事例であるが、これを一般化した。繊維原料の用意、繊維材料の入手、繊維材料の梳毛、紡績(繊維を糸に)、染料の入手、糸の染色、機織(糸を布に)、縫製(布を服に)の段階が描かれていることを示した。染色の場面はペレ自身が行っており、染料はテレピン油のおつかいのお釣りで購入しており、貨幣経済も登場しているという点で特徴的である。染料は合成染料であることがうかがわれ、科学技術の発展の背景が存在する。このことを踏まえ、染色について重点を置いて授業実践を行なった。初回授業後の生徒の感想記述には、40名中30名の生徒が衣服の製作工程を理解することができたことについて言及しており、「衣服の製作工程を初めて知った」「絵本を使って楽しくわかりやすく知ることができた」という記述が見られた。3時間を通しての感想記述には、「衣服の製作工程を理解した」、「衣服を作る大変さがわかった」、「衣服を大切にしたい」、「衣服を手作りしてみたい」「手作りすることと機械で作ることのメリットデメリットが分かってよかった」、という記述が見られた。
5.考察 『ペレのあたらしいふく』は衣服製作が身近に行われていた時代の絵本であり、衣服は購入すること以外に入手する選択肢がないと捉えている現代の日本の子どもたちにとっては学びのある内容の絵本であることが示された。衣生活の内容としては、衣服の製造工程を理解させ、布を使った製作の意欲を高める実習の導入に使用する教材として有効であることが示唆された。衣服製作工程を理解した結果として環境配慮や資源の有効活用に目を向けさせることもできた。今後はさらに、消費・家族の内容とも関連づけ、家庭科を総合的に学習できる教材として提案したい。

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