日本プロテオーム学会大会要旨集
日本ヒトプロテオーム機構第7回大会
セッションID: S7-3
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プロテオミクスの薬学への応用
プロテオミクスの漢方薬の薬効解析への応用 -香蘇散の抗うつ様活性に関与する脳及び血清タンパク質の解析-
*永井 隆之
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抄録

 漢方薬は古来より現在まで種々の疾患の治療に臨床的に用いられている。漢方薬は複数の生薬から構成される多成分系の薬剤であり、それらの作用によって多面的な薬効を発現すると考えられている。漢方薬の薬効の科学的解明はこれまでも行われてきたが、漢方薬の多面的な作用を解析するのは困難であった。プロテオーム解析はタンパク質を網羅的に解析できることから、我々は漢方薬の多面的な作用を解析する手法として有用と考え、プロテオーム解析による漢方薬の薬効発現機序の解明を試みている。本講演では香蘇散(こうそさん、KS)についての検討結果を紹介する。
 KSは風邪の初期や抑うつ症状の治療に用いられている。我々は強制水泳と慢性マイルドストレスをマウスに負荷することによりうつ様モデルを作製し、うつ様状態の指標である強制水泳試験法における無動時間の延長及び視床下部-下垂体-副腎系(HPA axis)の活性化を確認した1)。KSを本モデルに経口投与すると、無動時間が有意に短縮し、抗うつ様効果を有することが示され、HPA axisの正常状態への回復が認められた1)。そこで、脳の視床下部を膜貫通タンパク質画分(F1)と親水性タンパク質画分(F2)に分画し、アガロース二次元電気泳動法を用いたプロテオーム解析を行った。
 その結果、視床下部においてストレス負荷により発現量が変化したスポットが16個観察され、そのうち13個はKS (1 g/kg/day)の投与により発現量が回復した。また、抗うつ薬である塩酸ミルナシプラン(MIL)(60 mg/kg/day)では回復せず、KSで回復するスポットが3個見出された。これらの結果より、KSの抗うつ様活性にMILとは異なる視床下部のタンパク質が関与している可能性が示唆された。
 一方、現在うつ病の診断やKS投与の指標となる血清マーカーは明らかとなっていない。そこで、うつ病の診断やKS投与の指標となる血清マーカーを見出すために、血清についてもアガロース二次元電気泳動法を用いたプロテオーム解析を行った。 その結果、血清においてストレス負荷で発現量が変化したスポットが123個観察された。ウェスタンブロッティングにより、KS投与群血清において発現量が回復する3種類のタンパク質が見出された。これらの結果より、ストレス負荷で発現量が変化しKS投与により回復した血清タンパク質がKSの抗ストレス作用や抗うつ様作用の指標となる血中マーカーとなる可能性が示唆された。
 プロテオーム解析の応用により、漢方薬の薬効発現機序の解明につながるとともに、西洋薬とは異なる漢方薬の標的タンパク質や漢方薬の投与の指標となるマーカータンパク質が見出されることが期待される。
1) Ito, N., et al., Phytomedicine 13, 658-667, 2006.

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© 2009 日本プロテオーム学会(日本ヒトプロテオーム機構)
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