日本耳鼻咽喉科学会会報
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側頭骨炎根治手術時に偶然発見された慢性硬膜下血腫の1例
仁保 正和
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1972 年 75 巻 2 号 p. 217-223

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抄録

慢性硬膜下血腫は最もsilentなIntracranial Space-occupying Lesionの一つであり, 又現在なおその全貌が明らかにされていない興味ある疾患である. その原因としてPachymeningitis haemorrhagica internaによるとする説, 頭部外傷によるとする説の二説があるが現在頭部外傷説が有力である. 即ち一般の慢性硬膜下血腫はBagatell trauma後1~2ケ月して頭蓋内圧亢進症状が現われ, 大多数は傍矢状部に沿った硬膜下腔に被膜に包まれた大きな血腫が発見される.
しかし同じ硬膜下血腫であっても臨床上無症状に経過し剖検時等に全く偶然に発見されたり, 又頭蓋内圧亢進症状が現われ, レ線的に硬膜下血腫が証明されても自覚的には手術の必要性を認めない程症状が軽いため経過を観察する内に, 頭蓋内圧亢進症状は軽快しレ線的にも硬膜下血腫の消退が証明され, その後も再発を見ないという自然治癒を営む場合も稀にはある.
私は22才, 男子の重篤な慢性側頭骨炎症例に側頭骨炎根治手術を施行した際, 全く偶然に中頭蓋窩底に硬膜下血腫を発見した. 症例は10年余の側頭骨炎の経過をもち, 耳漏, 肩凝り, 頭重感を主訴として来院したもので, 乳突部外壁骨は緻密骨であったが, それより内方の乳突部各蜂巣は慢性骨髄炎であり, 術中の出血は非常に多量であった. 上鼓室, 乳突洞入口部, 錐体前上蜂巣列に仮性真珠腫を認めた. 乳突部及び鱗部の各蜂巣を全て削除し鼓室を清掃し, 発育の悪い錐体尖蜂巣に対しては最大開口させ外耳道前壁骨を除去した後Kopetzky-Almour法を施行した. 更に仁保―平野法により錐体尖蜂巣を掻爬すべく乳突部天蓋骨を削除すると暗赤青色, 浮腫状の脳硬膜が現われた. 硬膜下血腫の存在が疑われたので更に頬骨部の脳硬膜を露出すると同様の所見を示した. 輸血針を用い両者より穿刺を行うと硬膜下腔より各3ccの暗赤色でさらさらした血性液が吸引され, 更に穿刺孔より同様の液が噴出を続けた. 中頭蓋窩の慢性硬膜下血腫が証明されたものであり, 10日後該部脳硬膜は淡紅色を示し, 再度穿刺を試み血腫内容液及び血腫腔の消失を証明した. 即ち臨床的には治癒したものとみなされた.
この慢性硬膜下血腫は広義の自然治癒に属するものであり, その原因は手術の3年前1年間の合気道練習中の頭部打撲であり, これにより中頭蓋窩に発生した小硬膜下血腫が中村のいう血腫被包期から膨張期を経ることなく, 従って脳圧亢進症状を現わすこともなく, 直接終末期に至ったものであると推察された. 本症例も当院を受診することなく, 又側頭骨炎根治手術が施行されなかったならば恐らく死亡時まで慢性硬膜下血腫はこのまま存在したものであろう.

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