情報通信政策研究
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寄稿論文
コンテンツ政策論の一側面
映画・テレビ・ネット映像配信からみる垂直統合・分離政策、レイヤー間接続問題
内山 隆
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2020 年 3 巻 2 号 p. 25-52

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要旨

他国の映像メディア産業同様、わが国も2010年前後に放送産業の垂直分離が政策として意図された。産業の垂直分離(市場化)にも垂直統合(組織化)にもそれぞれ合理性がある。考慮すべきことは究極の差別化された財である映像の成果リスクを垂直ステイクホルダーの間でどのようにシェアしたり担保するかである。そのリスク・シェアのために、分離されている場合は垂直的取引に様々なオプションを付ける商慣習がある。

垂直分離され水平的に融合した各レイヤーの競争促進は、容易なレイヤーもあれば困難なものもある。各レイヤー内の競争状態は、垂直的取引における民間契約の交渉力を背後から規定し、レイヤー間の接続契約に影響をあたえ、結果として社会的最適にも影響する。分離されたレイヤー間、セクター間の接続に関する政策的な議論は公益事業各分野で多く、映像分野においてもレイヤーの区切り方と接続問題は同時に考慮する必要がある。長期的には、市場競争自体が自律的にレイヤーを形成するダイナミズムが尊重されるべきで、政策がダイナミズムの基礎を形成することを意識していることは価値がある。

Abstract

Similar to the audio-visual media service industry in other countries, Japan discussed about the vertical separation of broadcasting industry around 2010. To be separated or to be integrated, this is not a new question. What a factor to be considered is how to share and guarantee the risk of market performance of video content, which is the ultimate differentiated good, among vertical stakeholders. For its risk share, there are business practices that attach various options among vertical transactions when separated.

After the vertical separation and horizontal conversion, there are both easy layers and difficult layers from the view of promoting competition. The competitive landscape within each layer defines the bargaining power of private contracts in vertical transactions, affecting the connection contracts between layers and, consequently, social optimisation. There have been many policy debates regarding the connection between separated layers in each public utility sector until now, and it is necessary to consider layer separation and connection issues at the same time in the media industry field too. In the long run, dynamism, in which market competition itself forms layers autonomously, should be emphasized, and it is worthwhile that policies are conscious of forming the basis of dynamism.

1.はじめに

2010年前後の放送・通信融合法制立案の過程で、わが国の放送事業でも、番組制作・編成・伝送の3つのレイヤー構造を強く意識することになった。実際に番組外注比率は高いとみられ、製作と編成は分離されているという見方もできる。一方で役務提供の形で外部スタッフが関わっていたとしても、番組製作の財源が局・編成からであり、マルチユース上の窓口も局が担うなど、逆に分離されていないという一面もあり、単純に垂直統合とも垂直分離とも割り切れない。編成と伝送の間も、電波だけで放送事業を行い、その電波免許を編成の会社が持つのであれば垂直統合と言い切れるが、例えばネット同時再送信が本格化した場合には、その公衆回線以外の伝送路(CDN等)は各社が用意するのであろうか? あるいはコンソーシアムで共同配信するのであろうか? あるいは完全に第三者に業務委託するのであろうか? 後者になればなるほど「垂直分離」的な関係になる。

欧米の放送産業も映画産業でも黎明期の垂直統合された状態から、何かのタイミングで現在のコンテンツ、プラットフォーム、伝送に該当する分離が歴史的に徐々に検討されていった。またわが国でも80年代の規制緩和、民営化の流れで、放送以外の公益事業各所での垂直的&水平的な分離トレンドがあった。

分離することによって、従来ならば一企業内の一部署なり部署間の経営組織問題であったことが、“市場”化し、他のレイヤーとの接続(契約、市場)問題が社会化する。

本稿ではコンテンツ論の立場で、これがクローズアップされてきた流れ、コンテンツと他のレイヤー、産業セクターとの関係性について振り返る。

語注 (水平分離/水平統合)(垂直統合/垂直分離)

長く議論されていた総務省他の通信・放送融合法制等を巡る議論のなかで、「水平分離」という語彙は非常によく使われていた。これらの議論ではひとつの価値連鎖を構成する各付加価値段階が統合されている場合を「垂直統合」、それが分離される場合を「水平分離」という術語法で用いられていた。

(図の出典)総務省『平成24年版情報通信白書』第一部第2章2節2)

図1.パソコン・iPhone・携帯の構造比較

しかし本稿では一般的な経済学、経営学の術語に基づき、ひとつの価値連鎖を構成する各付加価値段階の統合/分離を垂直統合/垂直分離とし、複数の産業や市場にまたがる同一ないしは類似の付加価値段階の統合を水平統合、ある付加価値の並列的な分割(例えば地理的、ブランド的、マーケティング・ターゲット的、セグメント的な分割)を水平分離として用いる。

(図の出典)池末 成明「(最終回)垂直統合と水平統合、垂直分離と水平分離」(東洋経済ONLINE) http://toyokeizai.net/articles/-/1394

図2.垂直統合と水平統合

2.放送とコンテンツ論の経済・経営的側面

2.1.経済学・経営学によるメディア産業論

放送と通信の融合が主要な課題として(学問においても実務においても)扱われ始めたのが1990年代であったとすれば、既に20年の時間が経過したことになる。わが国の場合は2000年代の最後に、両産業をコンテンツ・プラットフォーム・伝送の3レイヤーに分離する諸制度の改正が行われ、両産業の融合が目指された。経済学でいう産業組織の変革であるし、(融合とはいうものの)従来は別々であった市場間あるいは産業間の競争であり、比較的経済学や経営学の領域になってくる。

そもそも学問上、放送やメディアはマスコミ論や社会学、政治学といった領域で、主に内容面(コンテンツ)についての分析視点から扱われ、経済学や経営学領域から扱われることはさほど多くなかった。拙者も関わった菅谷・中村(2000)を出版した際は、経済・経営領域からの放送や映像産業分野への文献はまだまだ少ない状態で、外国文献においても、Owen et al(1974)やOwen & Wildman(1992)は、伝統的な経済学を用いた放送やメディアに対する著作の数少ないものであった。現在なら春日・宍倉・鳥居(2014)やAnderson et al(2016)は、例えば多面市場理論(Multi-sided market theory)のような新しい経済学理論も含めた文献であるし、関心を持つ研究者も増えている。これらの文献はメディア企業の競争メカニズムと市場構造の相互作用に中心的な関心を持つ。ただこれらは現在の概念でいうところのプラットフォームや伝送路の視点に立つ競争分析が多い。

伝統的学問ジャンルが政治的に社会的にメディアの“あるべき規範”を議論してきたとすれば、相対的に経済や経営からのアプローチは“現実”からの分析視点になる。実際にメディアの活動もお金のかかる活動であり、人的資源や時間、機材等様々な制約条件が課せられている。こうした制約があるなかで、どこまで規範に近づけるかを論じられるのが、制約条件付き最適化法を用いる経済学の特性である。

注意しなければならないのは、一般的な経済学の分析においておく仮定条件や前提条件、その最適化分析のもとで出てくる結論には、メディアの伝統的分野で考えてきた規範とそぐわないことは少なくない。例えば財の同質性前提はメディアの肝心なサービス“内容”においては現実離れした仮定条件になるし、メディアの内容において重要な規範である「多元性や多様性の確保」に対して、競争的市場メカニズムは必ずしもそれを保証するものではない。一方で、例えば違法流通問題、供給側の格差問題、等への対処などは、意識を共通している事象と考える。詳細は、拙稿(2013)、拙稿(2017)bを参照されたい。

2.2.経済学・経営学によるコンテンツ論

上記のどちらかといえば伝送路を主体とした議論に対し、コンテンツやソフトウエアのレイヤーに特化した(比較的経済・経営領域側からの)問題意識は、異なる系統で存在している。それは放送や報道・ジャーナリズムというよりは映画・映像を対象にしたところである。社会背景的には、(わが国では、官民ともその意識を持つことは過去も今もほとんどないが)世界市場におけるハリウッドの圧倒的な競争力、寡占性への対抗意識であり、その派生として自由貿易のあり方や自国産業保護のための公的支援制度のあり方の議論への発展である。主に欧州、南米、コモンウエルス諸国が問題提起側であり、米国側が受け手である。拙者が上述の菅谷・中村(2000)の出版執筆後に関心を抱いたのが、こうした領域であった。文化経済学(Cultural Economics)というジャンルがあり、Thorsby(2001)などは包括的な基礎文献といえるが、この問題はそこでも扱われる。

また放送と通信のそれぞれで垂直分離が進むことによって、コンテンツもひとつのレイヤーとして扱われるようになり、その産業的、経営的自律性と自立性に対して、わが国でもより一段、意識がもたれるようになってきた。そのなかでわが国放送産業が今後の経営戦略として、コンテンツ・レイヤーを重視していくのか、あるいは伝送&プラットフォーム・レイヤーを重視していくのかの判断にも、影響してくる問題である。現在は伝送&プラットフォーム事業者としての側面が相対的に強いと拙者はみるが、融合法制の結論にもあるように2、今後は経営的選択肢である。

2.2.1.経済学や経営学からの分析の問題点

メディアやコンテンツ、ソフトウエアに対する分析で、経済学的な分析が新参者になる理由のひとつは、

  1. ・「多様性がある状態」というコンテンツや言論文化芸術の世界での規範に対して、経済学の演繹モデルや規範は必ずしもそれを是とするとは限らないこと。
  2. ・数量的分析が得意な経済学・経営学に対して、数量化しにくい財特性(評価軸の多様性や優劣判断の困難、等)や評価属性が多いこと。

があげられる。

2.2.2.経済学や経営学的な視点が必要な側面

企業が経営戦略として垂直統合を指向したとしても、一方で政府が競争政策の観点から、コンテンツやソフトウエアとハードウエアの分離が志向されることも、歴史のなかにはあった(後述)。仮にそうした制度が導入されれば、コンテンツやソフトウエア・レイヤー(に属する企業群)もまた、独立的、自立的な産業セクターとなり、採算性の確保が求められる。しかし、

  1. ・メディア・コンテンツの製作費は、決して安くない。ボーモル費用病に指摘されるような構造的な問題も内在している。映像コンテンツ製作のための安定的資金調達は、現実に(経産省を中心に)検討され続けている社会的課題である。
  2. ・費用構造を含め、ハイリスクな事業性格を持つ財・サービスの持続可能性の問題がある。それは理論的には費用逓減性から生じる市場の失敗であるし、現実には違法流通問題や独り勝ち現象として顕在化している。

    ・クールジャパン政策等にみられるコンテンツに期待される波及効果や外部効果は、経済学的には正の外部性であり、その還元手法がなければ、費用を持ち出し赤字転落する事業者も生まれ、市場の失敗になる。

  3. ・クリエイティビティをもった人材の育成、あるいは発掘論。彼らの行動や結果としての「貧乏絵描きシンドローム」や「スーパースター効果(成果の偏分配)」は、理論上の経済学の議論にもある。
  4. ・上述のような国際間の競争政策や貿易政策のあり方。
  5. ・公的支援制度の持続可能性、競争政策と矛盾しない支援制度。

等があげられ、ひとつの独立セクターになっていくためには、多くの不安定さが懸念される側面がコンテンツ・レイヤーにはまだまだある。

2.2.3.現在の関心 ネット配信事業の取り扱い

現在の別の関心は、ネット映像配信をメディア全体のなかでどのような位置づけで扱うかという議論であり、欧州の議論ではここでもコンテンツ論的な視点が強く出てくる。

わが国ではネット上の映像配信(VoD、見逃し、追っかけ、同時、等)は、その伝送路が「通信」であることも含め、2020年初頭の時点では放送的に扱われていない(除 IPマルチキャスト再送信)。当然、ネット映像配信事業者に放送事業者としての数々の義務も賦課されない。しかし欧州では、ネット配信事業を、映画、放送、ビデオ事業と横並びの扱いをするべく、議論を進めている。同じコンテンツなら伝送路が違えど、伝える内容は同じで影響は同じという点は、極めて国民目線であるし、事業者間の番組編成上のラインナップ、カタログの競合性が高ければ放送もネットも同列の法制度のもとにおくのが妥当である。併せてこれまで映画や放送、ビデオに課せられてきた様々な義務を、ネット配信事業者も負うべきという考え方も伴う。いくつかの議論のノードをあげると、

  1. ・2011年11月 欧州評議会 閣僚委員会での「新しいメディア概念の推奨」3の採択。まだまだ抽象的な議論であったが、ネット上の映像サービスにもメディアとしての性格を持つものがあり、それを識別するための考え方が議論されている。
  2. ・2016年5月 欧州委員会による、EUのAudiovisual Media Services Directive (AVMSD)見直し提案4
  3. ・2017年5月 同提案のEU閣僚理事会における承認5。以後、21か月以内に加盟各国で国内法制化。

と進んでいる。後者EUでの議論で特筆すべきこと6は(カッコ内は拙者による補足)、

  1. ・テレビ放送とオンデマンド・サービスは同じルールを適用する必要がある。このオンデマンド・サービスには(NetflixAmazon Primeのような)ビデオ共有プラットフォームや(YouTubeFacebookのような)ソーシャルメディア・サービスを含む。
  2. ・オンデマンド・サービス・プロバイダーには、カタログに少なくとも30%のヨーロッパ作品のクォータを適用(16年の提案時には20%で、より数値が高められた。「国境なき放送指令」がネット配信にも強く適用される意味合いである)。
  3. ・加盟国、他の加盟国で設立されたものを含めメディア・サービス・プロバイダーに財政的貢献を要求する可能性(特別税等の話)。

である。EUでのこうした議論は必ずしも急進的なものではなく、国ベースではその先をいく国もあり、例えば既に映画、放送、ビデオ事業者に課せられているような特別税を、(外資含め)ネット配信事業者にも課す(フランス、ドイツ、チェコ、等)例や、「国境なき放送指令」で放送局に義務化されているEU製番組クウォータ規制の類似、あるいはその手前の段階として、ネット配信事業者のカタログ内作品にEUや自国製の表記を義務付けている国(ドイツ、オーストリー、他)もある。

さらにこのAVMSDの改正は、EU著作権関係の改正にも影響を与えており、2019年3月26日、いくつかの著作権関連指令(directive)がEU議会で成立、6月6日付で適用となった。加盟各国はこれに基づいて2021年6月7日までに国内法で法制度化、既存の契約については2023年6月7日まで影響を受けないこととなっており、それまでに官民双方で変革が進むことになる。放送関係については大きなものは、新規として2019/789指令7成立と、1993/83指令(SatCab指令)の修正である。その趣旨は、

  1. ・DSM(デジタル・シングル・マーケット)を実現する。各メディアに差別のない対応を求める。
  2. ・2019/789指令には2つの鍵となる考えが含まれる。原産国の原則(Country of Origin principle)と権利の強制的集団管理(mandatory collective management of rights)である。
  3. ・前者はEU加盟国の放送事業者は自国で映像作品・番組の必要な権利処理を行えば、EU内他国で権利処理しなくてもEU内で自国向けサービスを(ネット等を介して)配信できる。これはAVMSDの趣旨のひとつ、EU人がEU内のどこにいても、自国の放送サービスを(ネット同時配信を介して)得られるようにするという目標と合致するものである。
  4. ・後者は、1993年指令で、対ケーブル向けに決めた再送信のルールを、ケーブル以外の伝送(含む インターネット配信)に拡張するものである。つまり同時配信も”再送信”と同じように権利処理すればよいということになる。しかも権利の主張・交渉は、個人による交渉は制限され、(権利者)団体を介しての交渉とする。
  5. ・対象になる番組は「ラジオ番組」「①ニュースと時事問題、②放送局が完全に資金提供(Fully Financed)した、テレビ番組」で、スポーツ中継は対象外。
  6. ・同時配信simulcastingと見逃配信catch-upは対象となり、VoDは対象外。見逃しが対象になる点は、加盟各国にとっても大きな変更点といえる。

3.米欧の映画・放送産業における垂直分離、水平分離の歴史

以下では歴史のなかで見られたメディア産業の垂直分離・統合、水平分離・統合の事例のうち、全体に大きな影響をあたえたもの、コンテンツ・レイヤーが明確化したり、焦点が当たっているいくつかを紹介する。

3.1.米国 映画産業 1948年パラマウント裁定

映画産業においては、製作・配給・興行というのが主要な価値連鎖でありレイヤーとなるが、パラマウント裁定は映画配給と興行の垂直分離を当時のトップ企業パラマウント社に命じた世界的に有名な判決である。1930年代の戦間期の映画黄金期から米国では、ビッグ5(MGM, Paramount, 20th Century Fox, Warner Brothers, RKO)とリトル3(Columbia, Universal, United Artists)とよばれるメジャー・スタジオによる市場支配が強かった。当時のメジャー各社は川上(製作)から川下(興行)まで垂直統合された事業ドメインを持つ。これらメジャーが自社系列の映画館に優遇的な作品配給・編成を行うことへの苦情や抗議が相次ぎ、1938年に司法省がビッグ5のメジャー5社に対して独占禁止法に触れるとして訴えを起したものである。

結果、パラマウントのみならず各メジャー・スタジオは少なくとも興行部門を事業ドメインから切り離すことになった。続く50年代から60年代のテレビの普及台頭に伴う映画の衰退に伴い、(社員俳優、社員監督等を含む)製作職能の全領域的な維持も難しくなり、結果、映画会社のドメインとは配給職能(と一部の製作職能)を中心とした業態に変化(いわゆるスタジオ・システムの崩壊)し、製作・配給・興行が垂直分離した産業組織へ変化していく。

3.2.米国 ラジオ放送産業 1942年NBCブルー/NBCレッドの分離

現在の4大ネットワークの一角、NBCABCが、歴史上、1941年の連邦通信委員会FCCによるNBCレッドNBCブルーの分割に系譜を持つことは有名かと思われる。NBCはもともとRCAの子会社であり、RCAは歴史的に二つのラジオ・ネットワークを買収し、それぞれが娯楽・音楽色の強いNBCレッド、ニュース・教養の強いNBCブルーとして運営されていた。FCCは1938年から調査を開始、1941年報告書8を発行し、そのなかでRCAにどちらかの分離を求めるものであった。1943年までにRCAはブルーの売却を完了する。売却されたそれは1943年ブルーネットワークとして新たに開局、翌年ABCと改名する。

一見、シェアの高い企業を水平に分割した事例になるが、それに留まらない。FCCは当時の4つのネットワーク(NBC Blue, NBC Red, CBS, MBS)の寡占性を問題にしたわけであるが、Edwardson(2002)によれば、「この報告書は、局が番組編成と広告料金の設定をより自由に設定できるようと意図されたもので、またラジオ(番組)の独立系の声の数を増やし、新しいネットワークが市場で生き残るのを助けるための努力である」と述べる。つまり番組プラットフォームの上流にある番組市場と広告市場について、広告市場は外部化されているし、番組製作においても内部製作のみならず外部調達を意識した垂直的関係(部分的分離)を意図したものといえる。

3.3.米国 テレビ放送産業 1970年代 PTAR、フィン・シン・ルール

この分野の研究において有名すぎる話である。プライム・タイム・アクセス・ルール(PTAR; Prime Time Access Rule, 1970-1995)と、フィン・シン・ルール(Financial Interest and Syndication Rules, 1970-1993)には、映画メジャー(ハリウッド、MPAA)と当時のテレビ3大ネットワークの間で、“放送番組製作”事業ドメイン支配を巡る政治的闘争の側面を持つことは有名であろう。これらの顛末については、Einstein(2003)が詳しい。

PTARは、上位50都市市場において、3大ネットワーク(の加盟局と直営局)が平日プライムタイム(4時間)に放送する番組のうち、最低1時間はネットワークが供給する番組以外で編成することを求めるものである。換言すればシンジケーション市場を経由してくる番組製作者のために1時間分の仕事が確保されたことになる。

フィン・シン・ルールは、フィナンシャル・インタレスト・ルールにおいて、ネットワークが番組の所有権や二次利用の窓口権を(番組制作会社から)取得し活動することを禁じるものであり、シンジケーション・ルールでは番組のシンジケーション市場や海外への流通、つまり番組販売権をネットワークが持つことを禁じるものである。

フィン・シン・ルールは、成立時においても廃止時においても考慮されたことのひとつはネットワークとハリウッドの番組製作市場の支配力である。Einstein(2003)p68や浅井(2005)はその引用文献から、FCCが、

  1. ・1957年あたりからネットワークの番組支配力(経済面、クリエイティブの両面)が高まっている。ネットワークが製作、あるいはネットワークが権利を保有する番組の放送時間に占める比率は、1957年に67.2%であったのに対し、1968年には96.7%に上昇。
  2. ・ネットワークが国内外のシンジケーション活動から得る収入は、1960年の195万ドルから1967年には779万ドルに増大。

を指摘する。

フィン・シン・ルールの成立に向けて動きを取ったのは民主党であったとEinstein(2003)p41は指摘するが、その恩恵を享受するのは、番組製作事業者であり、その市場シェアの高いハリウッドである。古田(2007)b,p227は「ハリウッド製のテレビ番組が全国ネットワークの番組編成に占める割合は、1955年にはプライムタイム(午後7時~11時)では20%、1日平均では40%であったが、1960年には『テレビジョン・マガジン』の調査によるとプライムタイムで70%に達したと記されている。また、59年には夜の番組編成の78%がハリウッド製の番組で占められ、その88%以上がテレビ映画だったという記述もある」と記すように、ハリウッドは“テレビ番組製作”の事業ドメインに食い込んでいた。フィン・シン・ルールは90年代に廃止されるが、80年代後半からその議論は始まっていた。その際も、利を得ていた映画業界MPAAはFCCに対し、反対する趣旨の書簡を送っている。

米国の海外番販力が高まるのもフィン・シン・ルール成立前夜の時期で、わが国でも国内映画大手がテレビに対して作品供給を絞った1958年から64年の6年間に(映画の5社(6社)協定といわれるもの)、米国製テレビ映画はそのシェアを伸ばすことになった。

結果的に、映画製作と放送番組製作のふたつの付加価値クラスターがハリウッド・メジャー企業のなかで水平に統合された。当初は放送番組製作ドメインを巡る映画ハリウッドとTVネットワークの支配権の争いであったが、水平統合された結果、世界のなかで圧倒的に競争力のある映像製作セクターを生み出すことができたともいえる。

3.4.フランス 放送産業 1974年 ORTF分割

欧州は公共放送事業体の体制の強い地域であるが、ORTFOffice de Radio-Diffusion Télévision Française)の分割・競争導入を目的としたジスカール・デスタン政権下でのフランスの放送制度の改革(1974年法)では、〔制作〕─〔企画・編成〕─〔伝送〕という形で、垂直分離が行われた9

  1.  〔制作〕SFP(Société Française de Production
  2.  〔編成〕TV3局(TF1,A2,FR3),ラジオ(RFO)
  3.  〔伝送〕TDF(Télédiffusion de France
  4.  〔研究開発,アーカイブ〕INA(Institut National de l'Audiovisuel

わが国が2000年代に議論した放送通信3レイヤー構造が、1974年時点で行われたことになる。この分離体制はこれ以降に受け継がれており,現在も放送局は、一部の番組(報道、ドキュメンタリー、教育の一部)を除いて、番組を製作会社に外注し、それを編成の後に、伝送をTDFへ委託する形をとっている。ORTF分割後の番組制作会社SFPは映画製作に対しても経営多角化を行う10。放送局が3分割されたことによる競争促進(作品獲得需要意欲の刺激)のもとで、旧来の映画事業者、テレビ映画のプロデューサーと並んでSFPがテレビ番組のみならず映画についても供給元になっていったというものである。

3.5.フランス 70年代~80年代 放送と映画の融合

フランスのメディア政策は、わが国の歴史的な伝送路志向と対称的で、コンテンツを重視した思想によって組み立てられ、コンテンツの多様性と国際競争力を高める趣旨目的のメディア政策が行われている。ORTFの分割の少し前、1971年3月に文化憲章(charte culturelle)が文化省とORTFの間で取り交わされ、映画館や映画事業を守る趣旨で、

  1. ・映画のテレビ放映は、全放送時間の10%までに制限。
  2. ・そのテレビ放送する映画のうち、50%(以上)のフランス映画への割り当て。
  3. ・映画の買い付け(放映権)価格を、年10%ずつ引き上げ(1975年まで)。
  4. ・映画を放送することによる映画産業の落ち込みへの補償のため、年500万フランを映画基金(fonds de soutien au cinéma)へ供出。

が決められた11。テレビが映画を支援する形の水平的な融合(映画作品の共有)、垂直的な融合(テレビの資金の映画への流入)という解釈ができる。さらに80年代になると、社会制度として見える形で映画とテレビが結び付けられていく。

  1. ・1982年7月29日視聴覚コミュニケーション法12
  2. ・1986年9月30日コミュニケーションの自由法13
  3. これに基づく1987年1月26日デクレ(87-36)14
  4.       1990年1月17日デクレ(90-66)15
  5.       1990年1月17日デクレ(90-67)16

大雑把な流れをいえば、82年法でi)テレビ市場の民営化方針とii)現在につながるテレビ局の映画への各種義務の大枠が提示され、86年法以降でより具現化、強化された流れである17。82年法では88~92条18、86年法では27条と70~73条19にて、テレビの映画への貢献が記載される。その82年法ではテレビ局の映画への資金的貢献の義務も規定されたとされる20

  1. a) CNCの映画基金への貢献(特別税の賦課)
  2. b) テレビ局の映画投資(共同制作)の義務(映画制作に対する義務)
  3. c) 放映権の買い付け等         (映画流通に対する義務)

a)については、1983年12月30日財政法21にて、具体的なテレビ局に対する課税が規定されている(36条)。CNCによって集められ、それが使途される84年時点では映画のためだけに用いられるものであったが、86年財政法と86年2月6日デクレ22に基づき、映画同様のスキームを持つテレビ向けの補助金COSIP(番組制作支援勘定Compte de soutien financier à l'industrie des programmes audiovisuels)も成立に至る。a)の負担は1986年テレビ局の収入の3%だったものが、1987年4%、1992年5.5%と上がっていくことを指摘する23

表1.テレビ局が負担する(CNC向け)特別税
付加価値税を除く毎月の収入 税金額(Fフラン)
(1986) 基本レート
100万フラン < 収入 ≦ 200万フラン 20,000 24,000
200万フラン < 収入 ≦ 300万フラン 60,000 73,000
300万フラン < 収入 ≦ 400万フラン 120,000 146,000
400万フラン < 収入 ≦ 500万フラン 180,000 220,000
500万フラン < 収入 180,000 + (収入100万フランごとに45,000) 220,000 + (収入100万フランごとに55,000)

1983年12月30日財政法 36条 Ⅲ

b)とc)に関連して、2018年時点では、CNCが放送権の前買いとその他映画流通のための支出としている活動が該当する。Mazdon(1999)、Jackel(1999) 24によれば、テレビ局の年間の収入を、地上波局の場合3%25、有料放送カナル・プリュスについては20%を映画関係の支出にあてるというものである。さらには、テレビ局の映画への投資について、当該映画作品の「総予算の10%を下回らず、半数とならない範囲」で投資をすることを指摘する。しかもそれは直接ではなく関連・子会社を通じた形の間接投資であることを求める。作品を所有・支配はさせないが、しかし支援させるという論理は明らかである。

併せて1987年デクレでは、映画作品のウインドウ展開についても言及され、年間に放送できる映画の本数、“映画の放送は劇場公開から3年(テレビ局出資制作の場合は2年)経過後”というウインドウ規定が記載される(地上波公共、広告放送の場合。興行成績が不調で文化相の同意が得られれば18か月26)。カナル・プリュスの場合は、それぞれ12か月/24か月である。当初、カナル・プリュスは1年間に放送できる映画本数についても320本、映画を放送できる曜日・時間も毎日可能となっていた。これは他の放送局の場合192本、土日の20:30前、水・金の夕方はNGと、カナル・プリュスが優遇された。ただ優遇するだけでなく、上述の年間予算20%の映画使途という義務も課せられた。これらが相まって、より映画へ向かわせる誘因となっていた27

政府が制度設計によって、強い意志で映画産業と放送産業を融合させていった例である。しかしこのような強権性のある制度が、わが国になじむかといわれると、極短期のなかでは無理であろう。

3.6.英国 テレビ放送 1981年 チャンネル4開局

米・仏に比べれば、英国での垂直分離はそれほど明瞭ではない。しかしそのように解釈できる例はある。

1970年代、BBC1,BBC2,ITVの3チャンネル体制が長く続いている放送市場の多様性促進をひとつの課題にしていたアナン委員会28は、新規の第四チャンネルのあり方を議論し勧告している。結果的に、ITV第二チャンネルとするのではなく、ITVとは異なるビジネス・モデルを模索し、文化や教育ジャンルの取り扱いを重視したChannel4の設立につながる。具体的には、Channel4の財源はIBA(Independent Broadcasting Authority)から広告収入(それに対して当初はChannel4自体が広告営業活動を行わない)の一定割合を受け取る広告放送局とし、さらに番組も自社製作ではなく、独立系製作会社からの購入で編成される、垂直分離が行われた英国で最初の放送局となる。

こうした社会トレンド、政府方針、経営方針のなかで、独立系映画とChannel4は大変、相性のよい組み合わせである。Jäckel (1999)も、本格的映画投資を視野に入れた最初の英国放送局と形容するし、90年代に至っても英国における最大の映画投資家と評する。

英国におけるテレビ番組製作と局・編成の分離の動きは、表面的にはこの1982年のChannel4の開局からと思われ29、上述のように、自社製作を行わない初めての局となった。英国において局(編成、プラットフォーム)と製作(コンテンツ)の関係に強い意識がもたれたのも、70年代からのこれらの一連の議論を通してであるし、BBCが自社内規律としてWoCC(Window of Creative Competition)を定め、50%は自社内制作、25%は独立系制作への割当、残り25%は競争枠という割り当てにしていくのも、この流れを汲むものである。また1990年放送法(Broadcasting Act 1990)にて、現在にも続く独立系への25%割り当てが定められる。

英国サッチャー政権下において、チャンネル4はフランス同様、映画と放送の融合の側面を持つとも解釈できる。英国も大陸欧州同様、映画産業を政府支援してきた歴史を持つが、そうした政府直接支援の縮小と民間への代替という点で、チャンネル4という放送局が英国の独立系映画に果たしている役割は多大なものがあるとされる。

3.7.小括

ここに紹介した例は映画と放送という強い代替性がありそうな産業間の例のうち、20世紀の間に政府が関わりつつ産業組織の変革が行われた例である。そして上流のコンテンツ・レイヤーの独立性や持続可能性(社会的資源配分の在り方)を、産業組織的な分離や融合という手法で確保しようとした事例である。もちろんこれらの国々でもこうした制度変革が当事者の間で速やかに合意・導入されたわけではないし、また決定されたその制度下での個別事業者の新たな合理的な行動様式や商慣習が一朝一夕に確立したわけではない。そう考えたとき、わが国の融合法制議論が一段落して10年弱の時間しか経過していないというのは、まだまだ若いのである。戦後以後永らく、電気通信法も放送法も伝送路から考える政策思考、経営戦略でやってきたわが国で、ここまで述べてきたような諸外国のように、コンテンツから考える政策や戦略には馴染みがなく、現実的な応用には障壁が多い。しかし映画の長い歴史が示すように、競争的な媒体が増えていくに伴い、コンテンツのマルチユースがやりやすい体制を構築することは社会的な必然であるし、言論と文化の多様性を維持するためにはますます必要となる着眼点である。コンテンツ・レイヤーに競争力があれば、結果としてレイヤーの独立性は高まるが、逆にレイヤーを垂直分割したからといってコンテンツ・レイヤーの独立性が高まるというものではない。上記にあげた事例での、ある面の分割政策によって期待されていた成果は、それぞれに異なっているし、またその意図どおりではない成果が発生しているものも含まれることは、これらの歴史的事例の示唆である。市場の境界は動的に変化するものであって、法制度によって市場の境界を固定してしまうことにはリスクが伴う。

4.(垂直・水平)に(統合・分割)する力

複数産業間にまたがる水平または垂直な統合または分離の議論は何も放送・通信に限られたものではない。理論上の同一市場とは厳格には財の同質性を前提条件とするものである。電力供給は、例えばわが国の家庭用は交流100Vに技術規格化されているので、かなり同質性条件が保たれている方の事例であるが、このような財・サービスは相対的に少数である。むしろ多くの財・サービスにおいては経営戦略論では差別化戦略の有効性がさけばれる。理論の世界と異なり、市場の境界はあいまいであるし、多様性確保を重視するメディア分野ではその曖昧さがもたらす動的な変化は次の多様性に貢献する重要なメカニズムである。

そこでもう少し現実的な応用性を考えて、産業として括られる範囲をひとつの市場としてみなすとしてみよう。放送産業であったり、通信産業などといった区分である。少なくとも20世紀のほとんどの間、両者を別の市場として扱うことにほとんど違和感はなかった。しかしインターネットという技術がその垣根を壊した。融合法制の議論の際に、技術と制度とビジネスの三側面が指摘されたが、産業や市場の括りを変える力のいくつかが「技術」と「制度」であるとしよう。

4.1.産業間競争をドライブする技術

文民統制ではないが、新しい技術が「所与の条件」のごとく、市場と経営者、政策者に与えられ、その取り込みに対して意見が割れることは多々ある。拙稿(2016)においては、次のような動学的なシナリオを示した30

  1.  ①新技術の登場
  2.  ②その新技術の旧市場からの取り込みや融合の失敗
  3.  ③しかし技術自体に魅力があれば、新市場の創出
  4.  ④その新市場の成長と、旧市場と新市場のゼロサム・ゲーム的な市場間競争

図3.シーズ型技術による新市場創出

新市場がどのような育ち方をするかに影響を与える要因は、エンドユーザーからみた技術の魅力のみならず、旧市場/産業側の行動にもある。

4.2.産業間競争をドライブする経営者、政策者の意思 市場か組織か?

政府政策者の意思は社会制度を構築し、リーディング企業の経営者の意思は当該事業領域の商慣習を形成していく力がある。技術が圧倒的に魅力的でエンドユーザーの問題解決を行うものならば、新市場は衰退しない。むしろ旧産業側は新市場に対して敵対するよりも取り込む戦略によって、新市場の商慣習を支配することも選択肢のひとつである。いまネット関連ビジネスに多くにおいて、米国資本のグローバル・プレイヤーが高い市場シェアを持つ領域が多い。その際のルール・メイキングは彼らによって支配されている。

5.もし垂直分割をしたら?-公益事業全般にみられるレイヤー間接続問題

5.1.簡単なモデル

ここではあえてテレビではなく映画のモデルを想起して考える。それは(広告)放送が持つ市場の多面性を排し、単純な垂直的な流通関係にしてモデルの単純化を図りたいからである。もちろんプレイヤーを映画関係者ではなく、放送局や番組制作会社、広告主や視聴者に置き換えることによって、主張したいことの大筋はなぞることはできる。

ライツ・ビジネスの商慣習でよく用いられる売上分配方法には、フラットや売り切りとよばれる定額での支払いのほかに、リベニュー・シェア(revenue share)という考え方がある。それらに必要経費のトップオフ(優先的な差し引き)や控除、MG(Minimum Guarantee、最低保証)の有無、等といった様々な契約オプションを検討して契約がなされる。

【前提と仮定】

  1. ・制作(P)、配給(D)、興行(E)の3段階の垂直的流通を想定。
  2. ・制作者の制作費Cpや配給主の費用、プリント宣伝費Cd、興行主費用Ceなど、三者でかかる費用は、作品興行開始前に全て投下されている。
  3. ・興行収入という全体にとっての売上は作品公開後、興行にて発生し、それを制作、配給、興行で分けるものとする。作品の興行収入をRgeとし、興行主の取分Rne、配給の取分Rnd、製作者の取分Rnp、とする。
  4. ・映画はハイリスク事業として、制作、配給、興行事業者は、それぞれにリスクを回避したいと考えて行動、意思決定する。換言すれば、それぞれが投下した費用の回収を最優先とした行動をとるものとする。なぜなら映画・映像は、個々の作品が常に赤字を回避できるか、不確実な現実があるからである。さらにアート作品の性格が強まれば強まるほど、創り手の「作品を創ること」に主眼がおかれ、経済学一般で想定する利潤極大化に基づく意思決定や行動から離れていく傾向が生まれる。経営のリスクには様々な側面があるが、本節でのリスクは「赤字に転落する確率」を指すものとする。

【モデル1】単純なリベニュー・シェア(revenue share)で分ける。

最も単純な考え方で、Rgeを三者の間で事前に決めた一定の割合で分配する方法である。

  1.  純(ネット)の興行取分 Rne = se Rge
  2.  純(ネット)の配給取分 Rnd = sd Rge
  3.  粗(グロス)の制作取分 Rgp = sp Rge
  4.    ただし sxはxの取分のシェア(0≦ sx ≦1, ∑sn = 1)

言うまでもなく、適正にsxを設定することによって、作品のリスク(Rgeの変動幅によるそれぞれの投下費用の回収割合)は、三者に同割合でかかる。しかしそれが最も難しい。例えば

  1. sx = Cx / ∑Cn

と与えられれば31、三者にリスク中立で、三者のROIは同一となり、公平のようにみえる。黒字になるときは三者とも黒字であるし、赤字になるときも三者とも赤字である。ただしそのためには、三者が正確にそれぞれの投下費用を開示する必要がある。これは現実のビジネス、垂直的な関係のもとでは非現実的である。逆にそれができるビジネス構造は三段階、別個・独立の事業者による垂直的流通構造ではなく、ひとつの組織あるいは意思決定体に垂直統合された組織体のなかの場合が考えられる(ただその場合には売上分配の必要性そのものが乏しい)。

【モデル2】直接経費トップオフのオプション

売上の分配比率を事前に定めておくことはモデル1と同じであるが、三者で配分比率を決めておくのではなく、川下から順に二者間ごとに配分比率を決めておくものとする。そのうえで、例えば北米や英国での商慣習で、粗興行収入Rgeを興行主と配給の二者で分ける前に、”house nut”とよばれる劇場主の支出(theatre expenses)を先に控除(deduct)してから分けるという商習慣がある32。その後、配給側に還元される分がグロス(粗)の配給収入Rgdとなるが、その粗配給収入は大きく3つ、P&A(Print & Advertising)費に代表される配給費用、配給業者の取り分となる配給手数料、制作者に還元する分の3つに分けられる。このうち配給費用の範囲や配給手数料の計算方法にはバリエーションがあるが、やはりこれら二つをトップオフしてから、残りを川上の制作者との間の二者で配分する慣習がある(どちらにしても制作者に戻る分は、粗配給収入からこの2つを引いた残額である)。本節での仮想モデルでは、粗配給収入からP&A費をトップオフし、その後、一定割合で配給と制作者で分けることにしよう。従って三者の取り分は以下のとおりになる。

  1. Rne = se (Rge – Ce)
  2.  従って粗配給収入 Rgd = (1- se )( Rge – Ce)
  3. Rnd = sd { Rgd – Cd}
  4. Rgp = (1- sd )Rnd
  5.   ただし sxはxの取り分のシェア(0≦ sx ≦1)

このモデルの特徴は、流通の川下ほど、直接経費を先にトップオフできることによって、赤字になる確率が低くなりリスクを回避できる一方、逆に川上は赤字に陥るリスクが高くなる。もちろんトップオフできる経費は、ある程度明示的でなければならない。そうでなければ経費以外の何かまでトップオフされ、より川下の経営安定性と川上の不安定性が不合理に高まることになる。

誰から順番にトップオフできるか? が鍵で、仮に制作者に強い交渉力があれば、製作費を優先的にトップオフするというオプションも理屈のうえではあり得るし、その場合は中間の配給業者がリスクを被ることになる。それは次のMG設定と同じことになる。

【モデル3】MG (Minimum Guarantee、最低保証)のオプション

MGはロイヤリティの最低保証として用いられる。ロイヤリティが何か?という定義次第で、大きくも小さくもなる。一般にMGオプションがつくと、リベニュー・シェア等の何らかの算定方法で計算される受取収入が、受け取り側が当初から望む収入(MG)を下回る場合、事前に設定しておいたMGの金額が支払われる。上回る場合は当初の算定方法での金額が支払われる。

MGは「圧倒的なスーパースター効果を持つ俳優が制作者に対して」、「(海外配給等でよくみられる)強い作品力を持つ作品の製作サイドが配給側に対して」など、川上側が川下側に対して設定する事例がよく観察される。支払う側とすれば、作品から得られる売上成果、収入とは無関係に設定される固定費のような存在となる。

ここでは制作が配給に対してMGpを設定するとする(定額)。再び、

  1.    sxはxの取分のシェア(0≦ sx ≦1, ∑sn = 1)

と戻した場合、三者の分配は、

  1.  Rne = se Rge > 0
  2. If MGp > sp Rge, then  (作品が失敗した場合)
  3.  Rnd = Rge – Rne – MGp
  4.  Rgp = MGp > 0
  5. If MGp ≦ sp Rge, then (作品が成功した場合)
  6.  Rnd = sd Rge
  7.  Rgp = sp Rge
  8.    ただし sxはxの取分のシェア(0≦ sx ≦1, ∑sn = 1)
  9.       MGx > 0 (∵負のMG設定は考えづらい)

となる。

作品が十分にヒットすれば、結果はモデル1と等しくなる。そうでない場合、制作のリスクが配給に転移することになる(Rgp は確実に正になるが、Rndが正になるか負になるか未知)。もちろん同様のオプションを配給が興行に対して設定することも理論上はありえる。その場合、

  1. If MGp ≦ sp Rge and MGd ≦ sd Rge, then
  2.  Rne = Rge – MGd– MGp
  3.  Rnd = MGd
  4.  Rgp = MGp

となり、リスクは川下に転移していく。

【小括】

垂直分割を行えば、分割前は社内部署への資源配分問題という一企業の経営管理問題から、企業間の取引という公正取引問題となり、社会の目にさらされることになる。リベニュー・シェアは、一見、公平に見えるが、分配割合の数字を決めるところに強い難点がある33。また付ける取引オプション次第で、簡単にリスクと分配の偏りが、対川下においても川上においても生じうる。

現実の製作委員会方式の合理性と問題点もそれらとつながっている。製作委員会では、出資各社のプロジェクトにおける役割(事業領域)分担が明確に決められており34、ステイクホルダー各社の製作「投資」という行動と、担う分担事業で発生する「経費」が分けられている。投資はあくまで作品を製作するための投資行為であり、リスクが伴っていることは承知されているだろう。もちろん委員会が各ウインドウから回収した収益は分配が行われる。その際の分配数字は投資金額割合である。投資組合としてメンバー全社が納得できる唯一ともいえる数字であり、分配数字の設定問題は回避されている。一方で作品を配給事業者が配給にかける経費、ビデオ事業者のビデオ化の際の経費、放送事業者が作品放送にかける経費、、、他、これらはトップオフであったりなかったりする。リスクを他に転じやすければトップオフしないだろうし、他に転じるところがなければトップオフにして、元来リスクを抱えている委員会本体へリスクを転じるであろう。製作委員会方式では、この部分の公正性は客観的というよりは、どちらかといえば商習慣的であろう(もちろん当事者すべてが合意できていれば問題にする必要はない)。

もしこうした経費の部分にまで客観的な公正性と公平性を求めるならば、もはや製作委員会方式では強制力をもたない。いわんや個別企業間の取引のなかではますます無理である。長らく経済産業省が求めてきたLLC/LLPなどのような、より会計原則が厳しくなる形式のもとで取引を行ったとしても不十分であろう。これらは時間効率の悪い方法でもあり、座組みの固定化を招いてメディア産業に必要な弾力性を減じる可能性もある。また公正取引上、新規参入を促す方法なのか障壁になる方法なのかも、単純にどちらであると断定できるものではない。放送事業に適用可能かも単純ではない。本来は民民の取引の問題であり、最も肝要なところは当事者の納得であり、次に述べる信頼を根底に持つ産業組織形成の問題になってくる。

5.2.オプションをつける交渉力

直接経費のトップオフにしてもMGの設定にしても、少なくとも映像業界においてはとりたてて特殊な話ではないと考える。もちろん全ての事業者が、全ての契約においてそれを主張できるものではない。個々の契約でどのようなオプションが設定されるかは、個々の交渉のなかで決まる。その時々の交渉力の強弱が問題となる。

交渉力の強弱を規定する要因は多く考えられるが、経営戦略論での著名文献、ポーターの『競争戦略』の5フォース理論でも売り手・買い手の交渉力が取り上げられている。大きく企業内部要因(経営者の意思決定)と外部環境要因になることに分けられるが、ここで取り上げたいことは外部変数になることである。大きくは売り手側市場、買い手側市場の競争度/寡占性の度合い、取引相手を代える際のスイッチング・コスト(背景には商慣習、諸制度、技術の汎用性、等の存在)など、経済学の範疇の事項である。しかしこれはあくまでマクロな視点である。全体として売り手側・買い手側双方が競争的市場としても、財の同質性が保てない映像分野においては(この前提が崩れている時点で既に完全競争市場ではないのだが)、個々の取引まで、交渉力の優劣のない状態を作り出すのは不可能である。

表2.ポーターの5フォースに基づく交渉力規定要因
どちらかといえば企業内部要因 どちらかといえば環境要因
売り手の交渉力(向上要因) ・製品差別化・独自性、高
・代替財との代替性、低
・売り手少数寡占の市場構造
・買い手を代えるスイッチング・コスト 低
買い手の交渉力(向上要因) ・川上への統合意欲、大
・川上についての情報量、大
・買い手の売り手に対する量的、内容的な依存度、低
・購入財の差別化の程度、低
・買い手少数寡占の市場構造
・売り手を代えるスイッチング・コスト 低

ポーター『競争戦略』(1980)をもとに拙者まとめ。

5.3.映像産業の垂直・水平の分離・統合の合理性 フレキシブル専門化 (FS; Flexible Specialization)

Michael Storperが1989年頃の一連の執筆で主張していることに、フレキシブル専門化 (FS; Flexible Specialization)という概念がある。20世紀後半から2000年代にかけてのスタジオ・システム崩壊後の映像の業務はプロジェクト単位の仕事が多く、プロジェクトのたびに組織が組成しプロジェクト終了後に解散する、内部組織とも市場調達ともいえない中間的な形態で業務が進行する。コースやウイリアムソンあたりの中間組織に関連する議論そのもので、「市場か?組織か?」といった割り切り方ではなく、中間的な形態(顔を突き合わせた契約contract、詳細な戦略情報の交換、長期/短期弾力的な契約、契約内容の見直し、戦略的な提携、等、マネジメントとワークフロー、労働配置の準統合的で仲介的な形態)の合理性やその説明概念として、FSという概念が述べられた。その際、映像産業における垂直的ないしは水平的な統合/分離、それぞれの合理性についても言及される。ここではStorper(1989)を下敷きにして、拙者なりの解釈も加えて整理する。

企業行動として垂直的ないしは水平的統合(内部組織化)が合理的である場合とは、統合による内部化の範囲の経済性(internal economies of scope, 収穫逓増性)が見いだされる場合としよう。逆に垂直・水平の分離が合理的であるには、価値連鎖を内部だけで構成せず、外部とつながることや連携することによって得られる外部化の経済性(原文ではexternal economies of scale またはexternal economies of system)が存在しなければならない。

一企業にとって垂直あるいは水平分離の合理性(内部的な範囲の不経済)は、Storper(1989)pp292-293によれば

  1.   h1)事業リスク(原文ではcontingencies)が強い環境にて、分業制がとられている場合

という必要条件下で、

  1.   s1)最終市場が不確実性なときに、リスク回避のために、
  2.   s2)特殊な専門的投入資源(中間財)をより効率的に生産したい場合
  3.   s3)投入資源の最適生産水準が、(1社分の発注量では不十分で)複数の川下のクライアントからの発注によって達成される場合
  4.   s4)労働待遇を差別化したい場合

に得られやすくなる。

逆に内部化や組織化(内部的な範囲の経済性)が合理的になる場合とは、ウイリアムソンなどの古典的な理論に基づけば、資産の固有性や売手・買手間の情報の非対称性(情報の埋没)、川下なり川上が独占的、など市場の失敗要因があると垂直的統合が向いている。これらも受けて、Storper(1989)p292は、

  1.   i1)(垂直的)取引費用が高い場合
  2.   i2)統合組織による寡占性と準レントな利益の創出
  3.   i3)統合の維持で得られる経営上のメリットが大きい場合(企業固有のノウハウ、技術の占有等)
  4.   i4)技術的な相互関連性が強い場合

に統合の合理性を指摘する。

一企業ではなく社会、産業組織レベルに議論を拡張する。古典的な理論に立てば、生産量水準の高まりによって、職能と個々の企業の専門化とそれぞれの内部効率性が高まり、また同時に各々間の取引費用が下がる。プレイヤーである個々の企業が内部での規模の経済性というメリットと同様に、外部とつながることによっても収穫逓増性を得られる場合、外部化の経済性というべき合理性が存在する。例えば低成長、不景気、不安定な市場環境にあった場合はわかりやすく、i2)とi4)が裏返しになり、企業間に次段落に述べるような関係性があると、外部とつながることによって、結果的にそれぞれの企業の内部の規模の経済性を高める。内部での規模の経済性を求めずとも外部とつながることによって同様の収穫逓増性を得られるならば、社会的な分離・分業が推し進められる理由になる。こうした社会的分業、迂回生産(roundaboutness)体制の高まりは、各々の企業が垂直分離していることによってさらに容易になる。

その関係性とは、

  1.   r1)相互互恵的な知識(mutual knowledge)と信頼(trust)が企業間にあり、
  2.   r2)仕事を進める上での規範が社会通念化されていて、
  3.   r3)(それらを逸脱しないことへの)相互の監視メカニズムが作用するような信頼で結ばれた企業間コミュニティが存在すること、

である。いわばクリエータ間、クリエータ企業間の関係性の基盤である、これらの関係性が高いと、より合理的に外部化の経済性をもたらされ、垂直的(ないしは水平的)に分離が進むことになる。どこの国においても観察されるメディア・エコ・システム、俗にいうメディア村の形成である。一見、それは新規参入者に対して閉じているようにみえるが、質的な意味での高度化の一側面であり、グレシャム法則、レモンの原理を発動させない抑止力である35。特にプレイヤー間が共有するr1の相互互恵的な知識については、たくさんの項目やそれぞれの数量的相場水準(数量分布)があるだろうが、プレイヤー間にある認識のズレこそ、不信感となり、信頼を棄損する。

さらに地理的な集中も同様で、高度に分離がされているとして、地理的集積による密なコミュニケーションや取引が、企業間をつなぐ際の取引費用を下げて、分離とさらなる地理的集積度向上を促進する。結果、外部化の経済性が垂直(ないしは水平)に分離された状態の理由と結果の双方になる。

こうしたr1からr3形成のための環境要件は、いろいろな要素から影響を受けるし、その結果、暗黙の合意として共有される受発注双方が受容できる相場の水準も変わる。歴史的に、映画・映像の制作は、

  1. 1.スタジオ(撮影所)システム(同一会社内、同一敷地内での上司・部下的な長期的人間関係)
  2. 2.〇〇組(プロジェクトごとにスタッフは入れ替わるが、プロジェクト組成の際、徒弟制度的な人間関係の縁故からチーフスタッフより参加要請され、結果として“いつもの”メンバーによるスタッフ構成となるもの。徒弟制度的と揶揄されるように、チーフは様々な面から後輩の面倒をみてスキル育成と生活保障するという責任感が強い。)

と変遷してきた。それらは師匠と弟子、先輩と後輩のような長期的コミュニケーションが環境としてあり、r1からr3のような条件を形成する土壌となっていた。しかし最近は(人手不足が酷いことも影響して)わが国では“組”による制作座組みですら弱体化しており、毎日の撮影で助手クラス以下が入れ替わるような状態にすらなっていると指摘されている。暗黙知であるr1からr3の実質的な形成と共有ができなくなっている。米国ハリウッド界隈では職能ギルドの社会的立ち位置が強く、その暗黙知を団体間協約として明示知に変えてきた歴史がある36。わが国においても同様の活動自体はあるが、スタッフ系の一部の職能領域においては相対的に弱く、喫緊の課題となっている。

制度を構築する上での示唆として、以下をあげる。

  1. ・取引契約のなかに組み込まれるオプション次第で、リスクなどの負の要素は交渉力の強い側から弱い側へ転移できる。しかしそうしたオプションは(現実には極めて多くのものが考えられ)、政策者が全域的に規制をかけていくことは全く容易ではない。例えば上述のトップオフというオプションを問題にするなら、同時にMGのような正反対の作用をするオプションについても扱わなければ、議論の公平性には欠ける。必ずしも川上ばかりが強い立場の事例だけでなく、川下が強い場合も同等に考えられる。
  2. ・対等な交渉力になるように、垂直各レイヤーとプレイヤーが育つことが本質的解決につながるが、全体としてはそうなったとしても、一個一個の取引にまでそれを求めることは、差別化戦略を本質とする映像分野において、全く現実的でない。
  3. ・いわゆる各国のメディア村において長くビジネスが続けられて、一種の均衡が得られている場合、r1~r3の条件を形成する紐帯を壊さないようにすべきである。特に“質”にこだわりのある財・サービス分野では、新規参入による数量的競争促進もさることながら、グレシャム法則発動のリスクを押さえなければならない。
  4. ・(自由放任な競争のなかで)新規参入が急速に発生している場合、あるいは急速な技術変化が既存のメディア村プレイヤー各社の競争上のポジショニングに影響を与えている場合、何らかの理由で既存の紐帯が壊れかけている場合、r1~r3の情報・信頼に、認識の差が生まれる。話し合い、実験的取引等、新しい相場水準を確認・共有することにつながる作業には大いに価値がある。
  5. ・人為的に新規参入を促す場合は、むしろその新規参入者に上述のr1~r3の条件をどう理解させるかのほうが、質を担保する観点において現実的と考える。逆に新規参入者による既存の産業の改革を意図するならば、新規参入者が何をもたらす存在かが問われなければならない。新技術をもたらしたり、費用逓減領域を減らすことが見込めるならば、よりレッセ・フェールに導けるだろう。

5.4.垂直的な段階やレイヤーの接続問題

垂直的取引関係は、主に民間同士の契約が多いので、一見、政府に介入の余地はないように思われる。そもそも価値連鎖や流通/産業のレイヤーの多段階構造が想定される産業分野において、垂直的取引のあり方、レイヤー間の接続契約のあるべき姿は、決して新しい問題ではなく、これまでも多く議論されている。伝統的なものでいえば、流通論全般における再販価格維持制度や、テリトリー制(排他的条項)の是非である。公益事業分野(世界)においても旧来であれば支配的な公共事業体が存在した事業領域で、規制緩和・民営化の流れで、組織の民営化や事業領域の垂直的分割が行われた事業分野がある。

表3.公益事業各分野における競争促進と流通多段階性
段階・レイヤー 考え方 接続契約条件の問題の事例
通信 市内 ⇔ 市外 ⇔ 国外 NTT&新電電接続料金問題
電力 発電 ⇒ 送電 ⇒ (変電 ⇒)配電 発送電分離 送電設備の中立性議論
鉄道 下(設備) ⇔ 上(運行) 上下分離 下の料金問題、枠の割当問題
航空 空港 ⇔ 航空会社 発着枠スロットの割当問題

下線付けは一般に競争導入の困難さが指摘された段階・レイヤー

これらの中には政策的に統合組織からビジネス・プロセスの分離が行われたものもあるし、法人形式も公的なものからより民営に近いものへ遷移したものもあるが、その後、それぞれの段階・レイヤー間の接続契約問題が、各所管省庁での審議会、委員会の議論となっている。民間同士の交渉に任せるのではなく、公的組織の仲介mediation(介入interventionではなく)が行われてきた。伝統的に上記の各業種の職能のうち下線付けしたものは、その費用逓減性が強く、この段階やレイヤーの競争促進が難しいといわれた段階・レイヤーである。単に競争可能な段階・レイヤーの促進をするのではなく、そうでない段階・レイヤーとの接続条件次第で、結果が変わる。

  1.  ・従前は規制産業であったことの歴史的経緯(未だに公益事業分野の価格に、自由料金ではなく、政府規制料金、公共料金という概念を持つ世代は確実にいる)
  2.  ・財サービスが持つ公益性や公共性が依然高く、低廉な供給、供給安定性という従来からの使命は、(供給主体の法人格が変わろうとも)引き継がれているから。
  3.  ・誰しもが納得する費用逓減領域(市場の失敗の領域)を分離するため。

などは表層的に考えられる。特に3つ目の、(技術との関係で)物理的に生じる費用逓減性による自然独占性や市場の失敗が強く懸念される領域を見極めたうえで、市場の失敗への手当は伝統的な政府の役割である。上述の交渉力の規定環境要因でみたように、各段階やレイヤーそれぞれの競争状態は、前後の他の段階やレイヤーとの交渉力に影響を与える。その交渉力の強さにより「接続」のための契約条件やオプションが変わることによって、事業者にとっての最適も消費者余剰や社会的最適も変化するし、満たされるかどうかも変化する。このことは経済学的には、Spengler(1950)の二重限界性(double marginality)以来の議論が示してきたとおりである。

そもそも市場の境界は、理論の世界と異なり、現実には動的に変化する。そのダイナミズムを守るのも政府の役割である。事業ドメインの決定(垂直、水平のレイヤーの線引き)は、本来は企業の意思決定事項である。人為的に市場の境界線を引けば、長期的な動的変化を抑止してしまう危険がある。しかし上述の議論が示唆するように、業界全体の基底に信頼と集積がないと、究極の差別化された財である映像分野において、市場原理に基づく自然なレイヤー構造やレイヤー独立性は確保されない。その信頼性を高めるための話し合いの場をつくり、様々な疑念となっていることの相場感を確認・共有していく作業には、(ギルド機能が相対的に弱いわが国においては)、政府に限定せずとも公的機関が積極的であってよいと考える。市場メカニズムによって形成されている相場水準はほとんど暗黙知であり、社会的な明示知にするには手間がかかるし、民間企業が関心をもつ作業ではない。いわゆる完全競争市場成立条件のひとつ、完全情報条件を高める施策である37

あるいはより個の時代が進展する時代背景においては、各種職能団体の加入促進を図ったとしても、そこに加入する個が減るかもしれない。しかしそれは総和として、個がますます交渉力を失うことにつながる。これまで米国のギルドが果たしてきたような機能を、何らかの形で再構築することも、別の取りうる考え方である。

ソフトウエア、コンテンツの流通という本稿のテーマに戻る。昨今の内閣府知的財産戦略本部、総務省、経済産業省、等の議論のなかで、コンテンツやメディアにおいても、こうした垂直、水平両面でのレイヤー間、領域間に関わる議論が増えてきている。

  1.  ・アニメ作品や番組制作の受発注における下請け取引法等に基づく取引ガイドラインの周知(経済産業省、総務省)
  2.  ・番組マルチユース活動(海外番販、ネット同時配信、等)における(著作権関係)権利者と製作者(権利の利用者)との間の権利処理問題(総務省、文化庁)
  3.  ・コンテンツ関連業種と非関連業種との間の連携の強化(内閣府、関連府省)
  4.  ・コンテンツに係る多様な資金調達の検証を通して、旧来とは異なる資金供給者の参画を促す制度や金融上の商慣習の検証(経済産業省)
  5.  ・クールジャパンやコンテンツ海外展開促進、等の政策とあいまって、海外展開に資する諸制度の推進(内閣府、関連府省)
  6.  ・ネット中立性議論

5.5.公正取引上の理想と映像の現実

売手・買手の交渉の過程で、取引条件が合わない場合、教科書的な市場競争モデルは近視眼的には、取引不成立、あるいはその条件を満たすことができないプレイヤーの市場退出を想定する。例えばある決められた予算のもとでの作品制作を検討する場合、それが受注側のコスト割れなら受注側が引き受けを止める、逆にコストと適正利潤を満たすように積み上げた受注側の見積もり額が、発注側の予算と合わなければ、発注側が発注を取りやめる、などである。

これはあくまで机上の話である。現実にはこのような選択を取り辛くなるような他の要件が多々あるかもしれない。その要件が何らかの制度的義務から発生しているのならば、その義務の緩和のほうが解決策となるだろう。仮想の例として技術的・倫理的義務規定が非常に高い水準にあり、それを満たすために多重の手直し作業が発生し、あるいは待機人員を増やし、受注側を圧迫するような構図である。

長期的取引を重視するのはわが国の伝統的な商慣習であるし、「これまでの貢献度や今後の将来性を考慮して」というのは、映像系に限らず、どこにでもある話である。近視眼的には、発注側が原価割れを強要する形になる取引価格は、優越的地位の濫用である。受注側がそのような価格水準であっても積極的に受注を取りにいけば、不当廉売である。しかし短期・長期両面から①発注、受注、どちら側に取引を強行する意思があったかの見極めは容易ではない。

適正な取引であるためには、交渉の過程で揺れ動くであろう取引価格(と各種条件)の妥当性が問われる。独禁法の文言上は「(不当廉売行為者)自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者」の水準であるし、経済学理論上は完全競争市場における均衡価格の水準となるが、前述のように売手側・買手側双方のレイヤーの完全競争性の確保の困難性、一品生産という財の性質があり「完全競争市場」前提や交渉力の優劣の差がない取引の想定はほとんど不可能なので、許容される幅を想定しておくほうが現実的な解のように思われる。

交渉の過程で、発注側の予算の上限、受注側の受託金額の下限の両方が数字として提示されていれば、後はもっぱら、その数字を寄せ合う作業となるだろう。しかし一方が具体的数字で提示され、もう一方があいまいだとすれば、交渉過程のなかで、あいまいな側が押し切られやすくなるのではないだろうか? こうした観点でみれば、米国の各種職能ギルドが、関係団体やメジャー企業との交渉上の最優先にしていることは、標準的な取引水準というよりは、一番弱い立場の組合員を保護するための最低条件の交渉とみえ、合理的に映る。平均値であるとか中央値、最頻値のような代表値を探るよりも、価格の下方硬直性という性質を考えても、下限値を探るほうがより妥当と考える。しかしこれも②下限値の社会的数値を探ることは容易ではない。なぜなら個社に数字の開示を要求することになるし、不当廉売を試みるものも出てくるだろう。これも弾力的に揺れ動く数値ゆえ、そのフォローも容易ではない38。労働者保護の観点でギルドが下限値の保障を求めていくことは比較的受容されていると思われるが、企業間や業界団体がそれを明示値化すると、カルテル・談合の疑いをかけられうることも注意しなければならない。対組織との契約、対個人との契約の2つの次元があり、映像制作の実態では個人事業主が役務提供の形でプロジェクト・チームのなかに入り、メジャー組織の上長の指揮下に入るという事例は数多あるが、契約のありうべき姿に差異があるということである。個人事業主なのか労働者なのか、独禁法が優先するのか労基法が優先するのか、である。政策上は、誰が弱者で何を守りたいか?が肝心ではあるが、①のようにその見極めは容易ではない。

そして、発注側の仕様書→受注側の見積もり→交渉、あるいは受注側の見積もり→発注側の検討→交渉 という、通常の財であれば十分な事前協議の過程でコンフリクトが解消されていくというのが、教科書的発想である。ここに③その十分な時間の確保が物理的に困難になる、というのが、放送のいくつかのジャンルで起きる制約条件である。十分な、あるいは正確な事前協議が物理的に不可能ならば、合理的な事後交渉の権利の保証39は、理屈の上では考えられる。生放送や〆切の厳しい番組ならば、発注(企画)と検品(試写)、検品と納品(完成パッケージ)のタイミングが物理的に近く、発注側が品質リスクを抱えたままに放送し(たまに視聴者から倫理的観点にて)炎上するリスクも被らなければならない。逆に発注・検品・納品に時間の合間が取れるパッケージ系の番組ならば、それらの間に行われる仕様変更や手直し作業の多少・多寡までも正確に取引に反映するとすれば、やはり事後協議のほうが合理的と言える面があることも否定できない。

6.総括

本稿で主張したいことをまとめると、以下のようになる。

  1. ・他国の映像メディア産業同様、わが国も2000年代後半に放送産業の垂直分離が政策として意図された。
  2. ・一般に企業が垂直統合を志向する合理性は多く、わが国メディア産業もその例外ではない。もちろん垂直分離が合理的な側面もある。行動原理の基底にあることのひとつは、ある一定の市場規模のもとで、究極の差別化された財である映像の成果リスクを垂直的なステイクホルダーの間でどのようにシェアしたり担保するかである。
  3. ・そのリスク・シェアのために、垂直的取引には様々なオプションを付ける商慣習がある。
  4. ・垂直分離され、水平的に融合した各レイヤーの競争促進は、容易なレイヤーもあれば困難なものもある。各レイヤーの競争状態は、垂直的取引における民間契約の交渉力を背景から規定し、レイヤー間の接続契約や契約オプションに影響をあたえる。結果として社会的最適にも影響する。
  5. ・垂直分離されたレイヤー間の接続に関する政策的な議論は規制緩和・民営化を進めた公益事業各分野で多く、接続のあり方は、政策のひとつの大きな課題ジャンルとも言える。単に競争がある状態ということだけで評価するのではなく、社会的な分業体制の推移をよく観察する必要がある。
  6. ・本来、事業レイヤーは、市場規模や競争状態、職能の専門化と分業、企業間の信頼の存在、など、様々な要因を背景に、動的に変化するものである。公正競争と同時に市場のダイナミズムを損なわないような弾力的な施策にすべきである。さもなくば映像分野で重要なテーゼ、多様性が失われる。
  7. ・信頼を基盤とした産業のエコシステムは、一見、排他的にみえるかもしれないが、中長期のなかでレイヤーを自律的に変えていくダイナミズムの基盤であり、また多様性を追求する領域での逆選抜、グレシャム法則を発動させない抑止メカニズムの一面もある。
  8. ・その信頼のなかには、取引に関わる相場感も含まれる。それを形成するのは実際の取引であるが、相場感の社会的共有については、政策の積極関与があってよいと考える。

拙者が問題提起側の様々な主張をうかがう際に、「相手側との共存・共栄、運命共同体であること」が、ほとんどの場合、付け加えられる(価値連鎖でつながっているという客観的事実)。近視眼的には受発注間で、ある権益をめぐるゼロサム・ゲームのようにみえる問題であっても、長期的にノン・ゼロサム・ゲームとなるシナリオが考えられるのであれば、それは短期合理性と長期合理性が必ずしも同一ベクトル上にないという点で合成の誤謬がある問題である。こうした場合、無理に垂直・水平分離するよりは、統合組織として経営管理問題で扱う方が、解決は容易かもしれない。市場化してしまえば、労基法・独禁法両面から適正化を考えなければならないが、組織化ならば労基法対応が中心になる。

脚注

1 青山学院大学 総合文化政策学部 教授

2 例えば基幹放送局の放送免許の更新時、「基幹放送の業務に用いる無線局の設置・運用(ハード)と放送の業務(ソフト)を分離して、それぞれ異なる者が無線局の「免許」と放送の業務の「認定」を受けることが可能」という形で制度上は、伝送業務とプラットフォーム&コンテンツ業務を取捨選択できるようになった。

3 Recommendation CM/Rec(2011)7 of the Committee of Ministers to member states on a new notion of media? 21 September 2011,

4 http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?qid=1464618463840&uri=COM:2016:287:FIN

5 http://www.consilium.europa.eu/media/22177/st09540en17.pdf

6 http://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2017/05/23/audiovisual-services/

7 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=uriserv%3AOJ.L_.2019.130.01.0082.01.ENG

8 FCC (1941), “Report on Chain Broadcasting,” U. S. Federal Communications Commission, May, 1941Edwardson, M., (2002), “James Lawrence Fly’s Report on Chain Broadcasting (1941) and the Regulation of Monopoly in America,” Historical Journal of Film, Radio and Television, Vol. 22, No. 4, 2002.

9 Cf. 内山・湧口(2001),高山(2008)

10 Degand(1991),p200

11 cf. Degand(1991),p202 Jackel(1999),p178, 文化省ウェブサイト内Jacques Duhamel (06.05.2013 掲出) (http://www.culturecommunication.gouv.fr/Nous-connaitre/Decouvrir-le-ministere/Histoire-du-ministere/Histoire-du-ministere/Les-ministres/Jacques-Duhamel)

12 Loi n° 82-652 du 29 juillet 1982 sur la communication audiovisuelle

13 Loi n° 86-1067 du 30 septembre 1986 relative à la liberté de communication

14 Décret n° 87-36 du 26 janvier 1987

15 Décret n° 90-66 du 17 janvier 1990

16 Décret n° 90-67 du 17 janvier 1990

17 CNCのサイトに現在のテレビと映画の関係に関する規制一覧があるが、そこに86年法と90年1月17日デクレdecree no. 90-66)によって様々な規制になっていることがわかる。http://www.cnc.fr/web/en/regulation-of-film-television-relations

18 La diffusion des oeuvres cinématographiques

19 du development de la creaton cinematographique.

20 Cf. Degand(1991)p203、Rollet(1997)p46

21 Loi n°83-1179 du 29 décembre 1983 DE FINANCES POUR 1984

22 Décret n°86-175 du 6 février 1986

23 Cf. Rollet(1997) p46

24 Cf. Mazdon(1999)p76、Jackel(1999)pp178-179

25 遅くとも1990年のデクレ(n°90-67)であれば、この数字を確認(3条)することができる。

26 Cf. Mazdon(1999)p75

27 Cf. Kuhn (1995)p159 Mazdon(1999)p74、Jäckel(1999)p178

28 1974年4月、当時の労働党によってLord Annanを委員長とするアナン「放送の将来委員会(Annan Committee on the Future of Broadcasting )」設置。1977年3月、報告書Report of the Committee on the Future of Broadcasting,(Cmnd 6753) 発行。

29 Ofcom(2005),Review of television production sector Project terms of reference, 11 May 2005, pp4-7.

30 拙稿(2016),p40

31 これが垂直的ではなく水平的な関係の場合だと、いわゆる製作委員会での収益分配の扱い方法になる。わが国の映画などでの製作委員会では、各社の出資比率と売上配分比率は概ね同一であるといわれる。実際に数字を決めることが肝心な作業であるがゆえに、誰しもが理解・納得できる数字でなければ、契約不成立となる。その点、出資金額・割合は、ウソのつけない数字である。

32 例えば Goldberg(1991)、Prado(2002)、Hoskins et al(1998),などで記述される北米の分配計算モデルでは、興行収入からhouse nutとよばれる興行主の支出を控除(deduct)した後、それを配給9割、興行1割(第一週目)で分ける。公開が第二週目、第三週目と延びるにつれて、8:2、7:3と興行側の割合が増えていくオプションもある。

33 現実の最たる例は、著作権法の「発意と責任」に基づいて著作権の帰属を決め、各社の貢献度合いを数字にするという作業の困難さである。

34 さもなくば金融商品取引法の対象となり手間が激増する。

35 こうした財の同質性条件が保たれず、質的優劣、垂直的差別化が有効な領域ではCaves(2000),p7で指摘するA list/B list propertyという特性が作用しているので、玉石混交に陥ってしまう施策は質を保つという点で負に作用してしまう。市場開放による競争促進ではなく、トーナメント型の競争促進のほうが妥当である。

36 ただし米国でもギルドの発言力の強い職能領域(役者、監督、脚本家、等)と、そうでない領域(例えば振興のVFXなど)がある。

37 経済産業省と総務省は毎年共同で「情報通信業基本調査結果」を公表しているが、こうしたものの内容充実や、民間が参考にできるような信頼性の確保である。

38 現実には、例えば公益社団法人映像文化製作者連盟は毎年「映像製作費積算資料」という資料をまとめており、全く不可能ということではないものの、この数値の妥当性を関係者で共有という次のフェーズにも手間がかかる。

39 比喩的な例としてあげれば、ドイツや韓国における著作権の推定制度に基づく、事後の報酬請求交渉や裁定制度など。

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