2020 年 4 巻 1 号 p. 33-46
近年、欧米では企業のマークアップ、すなわち限界費用に対する価格の水準が上昇し続けている。これに対して日本企業のマークアップには、目立った上昇が見られない。欧米におけるマークアップの特徴として、特にマークアップの高い企業がさらにマークアップを高め、かつ市場シェアを拡大していることがある。そしてこのような傾向の源泉としては、データ資産を有効に活用する企業の存在が指摘できる。データ資産の活用は、他社との差別化を可能にし、より顧客の嗜好に合う製品・サービスを提供しながら、マークアップを高めるとともに市場シェアの拡大にも寄与する姿が見て取れる。顧客との取引データなどのデータ資産がこれによってさらに蓄積され、更なる活用を通じて一段とマークアップの上昇がもたらされていることになる。
わが国における企業のマークアップが欧米企業と大きく異なる傾向をもつのは、このようなデータ資産の活用が有効になされていないためではないか、という問題意識のもとに、日本企業におけるデータ資産とマークアップの関係を定量的に分析する。データ資産の保有状況や活用状況については、総務省情報通信政策研究所が実施した「データの活用に関する調査」によって得られた2018年度の状況に関するデータを用い、マークアップについては財務データを用いて推計した値を用いた。分析対象となる企業には、製造業企業、非製造業企業の双方が含まれる。
分析の結果、データ資産の保有量はマークアップと相関を持たず、日本企業においてはデータ資産がマークアップの上昇につなげられていないことが明らかになった。データの利用頻度が高い企業の場合は、相対的にはデータ資産とマークアップの相関が強まるものの、有意とは言い難い。また、データの処理方法としてAIなど高度なものを用いているか否かにかかわらず、同様にデータ資産とマークアップの相関は見られないという結果となっている。
その一方で、マークアップの代わりにTFPについて分析したところ、データ資産を多く保有する企業では、TFP水準が有意に高い傾向が見られた。以上の分析より、日本企業は、保有するデータ資産を事業の効率化やコストダウンなど、生産性の向上のためには活用できているが、他社と差別化された製品・サービスを提供し、収益性を高めることにはつなげられていないのが現状であるといえる。