プラットフォーマーから刑事訴追機関への情報提供は、令状による場合でなくとも、プラットフォームごとの判断において実行される場合がある。この状況は日本に限られるものではない。しかし2019年の報道によって明らかになったように、日本においては、どのような場合にそのような情報提供が行われるのか、法律上明確な線引きがないことが問題となっている。
そこで本稿は、プラットフォーマーから刑事訴追機関への情報提供に、いかなる性質の法的根拠が必要となるのかという問題について、日独比較の観点から検討する。検討にあたっては、ドイツの情報自己決定権に関する判例の蓄積やドイツ連邦カルテル庁によるFacebookへのデータ収集制限命令などのプラットフォームを取り巻く法的状況を前提に、主たる題材として2017年に制定され2021年に改正されたドイツのSNS対策法(NetzDG)を扱う。特に重視する点は、NetzDG 5条2項に定められた刑事訴追機関の情報提供要請に対応する「窓口」としての受信担当者設置義務に関する法的課題についてである。この課題に対する立法過程等における議論の分析を通じて、本拠地が米国に集中するプラットフォーマーへの訴訟手続の実行性確保の困難さを念頭におきながら、利用者及び第三者の情報自己決定権・表現の自由、人格権等の保障に関わる問題を解決する手段の発見を試みる。注目されるのは、プラットフォーマーの「自由意志による協力」の理解である。特に立法過程においてプラットフォーマーの自由意志を尊重するとしつつも、最終的には受信担当者の設置が義務付けられ、違反に対しては高額の過料を科すとする基準が設けられていることについて、法運用の実態も踏まえて詳細に検討する。
これらの検討を踏まえて、実際に提供される情報の元々の保有者たる利用者個人の「同意」との直接的接合をはかることが困難なプラットフォーマーによる刑事訴追機関への情報提供によって生ずる法的課題を解決する一助を、本稿は提示する。具体的には、情報の提供要請を行う刑事訴追機関及び実際に保有している情報を提供する事業者の両者の行為に法的な根拠を要求する考え方から、プラットフォーマーの「協力」を正当化する法的枠組みのありかたについて検討する。