2022 年 6 巻 1 号 p. 21-44
メタバースが話題になっているが、その関心は仮想世界やアバターに集中している。本稿ではメタバースがどのように実装されているかという技術、それもシステム構成の観点から、メタバースの仕組み、課題、可能性を探っていく。実際、メタバースでは、サーバの性能的制約や通信遅延により、現実世界に起きえない問題が起きる。また、メタバースはプラットフォーム化が進んでいることから、メタバースのプラットフォーム、仮想世界などを提供するサードパーティー、そしてユーザの3者の関係についても言及していく。
The Metaverse has been a hot topic, and virtual worlds and avatars in the Metaverse have attracted a lot of attention. This paper addresses system architectures, mechanisms, and functions of the Metaverse from the perspective of implementing the Metaverse. In fact, the replication of servers to process loads effectively and techniques to abstract away communication delays between clients and servers cause problems that cannot occur in the real world. Since the modern Metaverse is becoming more and more platform-based, we discuss the relationship between three parties: the metaverse platform, third parties that provide virtual worlds, etc., and the users. In the Metaverse as platforms, rather than in application markets such as smartphones, the platforms in the Metaverse have superiorities over third parties that provide virtual worlds and items. In addition, since users may create and sell content, there is a small boundary between users and third parties. So, users are also strongly controlled by the platforms. We also discuss that not all real-world problems occur in the Metaverse. There are differences, such as plagiarism but not theft.
メタバースに注目が集まっている。VRChatやRoblox、The Sandboxなどの商用メタバースはユーザを集めていたが、2021年10月末、Facebook, Inc.が、メタバースを念頭に社名をMeta Platforms, Inc.に変更したことから、メタバースという言葉が広く知られることとなり、にわかにメタバースに関する議論が盛んに行われている。その議論の大半は仮想世界とそのアバターに着目しているが、既存メタバースはプラットフォーム化が進んでおり、個々の仮想世界とアバターはプラットフォームが実現する多様な仮想世界とアバターそれぞれの一つにしかすぎない。仮想世界やアバターなどを実現するプラットフォームを理解することは、仮想世界やアバターを含むメタバースの可能性と限界を予測するためにも重要となる。そこで本稿ではプラットフォームとしてのメタバースについて、その技術を中心に議論していく2。
1.1.メタバースのプラットフォーム化前述の商用メタバースでは、その運営会社が提供した仮想世界やアイテムもあるが、ユーザはサードパーティーが提供した仮想世界やアイテムを利用することが大半となっている。そしてプラットフォームとしてのメタバースは、図1のようにメタバースにおけるプラットフォーム、サードパーティー、ユーザの3者の関係となる。ただし、実際の流れは、プラットフォームはサードパーティーによる仮想世界やアイテムを3次元画像化して、ユーザに提供する役割を担っている。ビジネス的には図2のようにユーザはプラットフォームの決済システムを介してサードパーティーに対価を払って利用し、そのときプラットフォームはその決済において手数料を取る仕組みとなっている3。ただし、スマートフォン分野においてプラットフォーム事業者は、スマートフォン向けのOSなどをユーザに提供するとともに、サードパーティーが開発したアプリをユーザに販売するためのアプリ市場を提供し、その販売手数料を取るのと似た構図となる。なお、将来、他のネットサービスと同様にメタバースにも広告によるビジネスモデルが広がることも想定されるが、現状はメタバースの利用者が多いとはいえず、仮想世界上の広告効果が高いとはいえない状況と推測され、またメタバースを想定した広告技術も進歩しているとは言い難い。
図1.プラットフォーム化が進むメタバース(概念的な流れ)
図2.プラットフォーム化が進むメタバース(実際な流れ)
ところでRobloxなどの商用メタバースにおいて、サードパーティーが提供する仮想世界の大部分はゲームである4。ゲームはルールを決めてユーザに競わせるが5、ルールの規定はデータだけでなく、プログラムコードも利用した方が容易であることが多い。またゲームの実現では仮想世界は動的な要素が数多く含まれる。例えば敵となるキャラクターが仮想世界を飛び回るような動作では、その飛び回る軌跡をデータで与えるより、プログラムコードとして定義して、その軌跡を計算して描画した方が都合がよい。この結果、サードパーティーが提供する仮想世界やアイテムの定義には、データに加えてプログラムコードも含まれることになる。それに対応するため、後述するようにメタバースのプラットフォームは、その定義中に含まれる仮想世界やアイテムに関するデータを3次元化にするだけでなく、その定義に含まれるプログラムコードを実行する仕組みを提供することになる6
1.2.メタバースのシステム構成と要件メタバースの仮想世界やアバター、アイテムなどはプラットフォームにより実現されていることから、仮想世界などの可能性や限界を議論するにはプラットフォームの仕組みを理解する必要がある。
情報システムの機能や性能はそのシステム構成から推測できるが、メタバースも情報システムであり、そのシステム構成がわかれば、プラットフォームが実現できることはもちろん、将来、起こりえる課題も予想できるようになる7。これは自動車の構造設計図があれば、その自動車を走らせなくても、それの特性や性能が予測できるのと同じである。
ただし、商用メタバースのシステム構成は公表されていないことから、推測するしかない。しかし、現実にはメタバースに限らず情報システムのシステム構成は、そのシステムの要件、つまりそのシステムに求められる機能や性能により、その大半が決まり、任意性は極めて少ない。この結果、要件が近い情報システムは類似したシステム構成を持つことになる。これには4つの背景がある。(1)新規の情報システムでも、ソフトウェアの開発を最少にするため、既存の情報システムで使われているソフトウェアを使い回すために既存の情報システムとシステム構成などが類似することになる。また、(2)新しいシステム構成は開発及び運用で想定外の問題が起きやすい。稼働実績があるシステム構成を可能な限り真似する方が安全となる。(3)セキュリティ上の脆弱性は運用実績のあるシステム構成や要素技術は減っていることが多く、セキュリティを考慮すると新たなシステム構成や要素技術は使いにくい。(4)昨今の情報システムは商用クラウドコンピューティングプラットフォーム(以降、クラウド)を利用することが多いが、標準的なサーバ、ストレージ、ネットワーク機能を組み合わせることから8、システム構成の多様性が減ることになる。
さてメタバースと要件が類似する情報システムは、オンラインゲーム、特にアクション性の高い多数ユーザオンラインゲーム(Massively Multiple-user Online、MMOゲーム)があげられる。例えばメタバースは3次元仮想世界上で、多数ユーザはそれぞれのアバターを操作するが、MMOゲームでも、3次元仮想世界上で数多くのユーザが、3次元のキャラクターを操作するなど、多くの要件が重なる。MMOゲームは大人数による稼働実績があり、メタバースを実現する場合、そのシステム構成をMMOゲームに習うのは合理的といえる。実際、Epic Gamesの人気MMOゲームFortniteはメタバース事例として紹介されることが多いなど、MMOゲームの要件とメタバースの要件は重なりが広い。一方で少数であるが要件が異なる部分もあり、それを考慮してシステム構成を検討する必要がある。具体的にはMMOゲームはゲーム開発元が用意した仮想世界やアイテム、アバター容姿で遊ぶことが前提となっているが、メタバースは前述のようにサードパーティーが仮想世界やアイテムを提供し、その定義にはデータだけでなく、プログラムコードも含まれる。
MMOゲームからメタバースのシステム構成を想定していく。
2.1.MMOゲームのシステム構成MMOゲームを含む、図3のようにオンラインゲームのシステム構成は、Peer-to-Peer型(以降、P2P型)とClient-Server型(以降、C/S型)の二つに分けられる。P2P型はオンラインゲームに参加するコンピュータ同士を対等に接続する方法であり9、C/S型はユーザ側となるクライアント端末と、データセンターなどで稼働するサーバから構成され、前者は後者に多様な処理を依頼する。MMOゲームはC/S型のシステム構成を取ることが大半であり10、メタバースも同様である。なお、C/S型は参加者数が増えるとサーバに処理負担がかかるが、後述するように処理負担を複数サーバに振り分ける技術が進んでいる。
C/S型ではサーバ側で行う処理とクライアント側で行う処理は切り分けが重要となる。スマフォなどの高性能とはいえないクライアント端末向けの場合、サーバに任せる処理が多くなるが、クライアントとサーバ間の通信が増えるとともに、レスポンス性能が低下する。メタバースの場合、仮想世界を実現する処理は複雑であることと、3次元の仮想世界の描画処理はデータ量が多くなることから11、クライアント端末は高性能な端末を想定して、描画処理の多くをクライアント端末に任せることになる12。
図3.オンラインゲームのシステム構成
MMOゲームから想定されるメタバースのシステム構成が図4となる。 MMOゲームと同様にメタバースでは、仮想世界の実現だけでなく、ユーザの認証やアイテムなどの購入などが行われるために、それぞれのサーバを用意することになる。例えばユーザがメタバースに接続するとユーザの認証が行われるために認証サーバにアクセスする。そのユーザのアバターの情報がデータベースから参照され、メタバースの仮想世界上に描画される。ユーザは仮想世界を選び、その仮想世界で活動することになる。また、ユーザが仮想世界の入場料を支払う場合やアイテムなどを購入するときは、決済サーバにより行われる13。クライアント端末の接続では、大量の端末に所定時間に多数の通信を行う必要があり、仮想世界を実現するサーバとクライアント端末を直接接続せずに、クライアント端末との通信に特化したサーバ14を用意することが多い。
図4.メタバースのシステム構成(推測)
ところで法制度の適用を考えるとサーバの設置場所は重要になる。既存の商用メタバースではサーバの設置場所を選べるどころか、その場所も公表されていない状況にある。多くのメタバースはクラウドを利用していると推測されることから、利用しているクラウドのリージョン(設置エリア)のいずれかにサーバが設置されていることになる。また、このとき通信遅延を減らすにはサーバの設置場所はクライアント端末に近い方が有利になりやすく、世界中にユーザをもつメタバースは一カ所ではなく、複数箇所にサーバを設置しているはずである。
2.2.1.仮想世界の実現メタバースの仮想世界を実現するサーバ(図4では仮想世界実現サーバ)は、MMOゲームと同様に仮想世界やアイテム、アバター容姿の定義に従って3次元構造としてモデリングするが、具体的な描画処理、例えばレンダリングやテクスチャマッピングはクライアント端末に任せる(図5)。その理由は描画処理の計算コストが大きいため、サーバは多数のクライアント端末向けに描画処理はできないことと、描画可能な情報はデータ量が多くなり、クライアント端末とサーバ間通信が遅くなり、またネットワークの輻輳の原因になるためである。そのクライアント端末では、しばしばゲームエンジンと呼ばれ、描画処理やネットワーク処理を行うソフトウェアを動かすことになる。
図5.仮想世界の定義とその実現
従前のゲームでは、個々のゲームごとにゲームを実現するソフトウェアを開発していたが、複数ゲームにおいて共通する処理を実現するソフトウェアをゲームエンジンと呼ぶ。3次元MMOゲームでは、クライアント端末上で動作するゲームエンジンはサーバから仮想世界などの3次元グラフィック処理におけるモデリングに関する情報を受け取ると、ユーザの視点から見えるはずの画像を生成する描画処理を行う。3次元ゲームなどでは、物が落ちる、壁に当たって跳ね返るなどの物理現象を描画することがあるが、物理現象のシミュレーションの再現もゲームエンジンが担うことが多い。このほかクライアント端末とサーバとの通信もゲームエンジンが処理する。以前、ゲームごとにゲームエンジンを作っていたが、最近のMMOゲームでは汎用ゲームエンジンを使い、個々のゲームはゲームエンジン用のデータにより実現することが多くなっている15。
メタバースでもゲームエンジンに求められる機能が必要となり、クライアント端末にインストールされるソフトウェアは、MMOゲームで使われるゲームエンジンそのもの、またはそれに相当するソフトウェアとなる。例えばVRChatは、有力ゲームエンジンであるUnityを利用している16。また、メタバースの例として取り上げられることが多い、MMOゲームFortniteはゲームエンジンUnreal Engineを利用している17。また、ゲームエンジンは多様なハードウェアで実現可能であり、ゲームエンジン用に仮想世界のデータを用意すれば、相違なハードウェアでもその仮想世界を実現できることになる。
2.2.3.仮想世界のモデリングMMOゲームと同様に、メタバースのサーバは仮想世界の定義を読み込むと、仮想世界の三次元構造としてモデリングするとともに、アイテムやアバターをその位置や姿勢を把握して、それをモデリングしていく。それらのモデリングした情報などをクライアント端末に送信し18、クライアント端末のゲームエンジン相当に描画処理を任せる。
MMOゲームと違い、仮想世界はサードパーティーが提供したものであることがあり、さらにその仮想世界の定義にプログラムコードが含まれる場合、そのプログラムコードには、プラットフォームやユーザなどに不利益を与える不正処理が含まれている可能性があり、その対策が不可欠となる。現状、メタバースの事業者は次の二つの対策をとっている。
一つめはプログラムコードの表現形式による対策である。仮想世界に含まれるプログラムコードが、コンピュータが直接実行できるバイナリーコードと呼ばれる形式であると実行は速くなるが、不正な処理の発見は難しくなる19。一方、ソースコードのまま実行すると、バイナリーコードと比較すると不正処理などを発見しやすいが、実行速度が遅くなる。商用メタバースではソースコードとバイナリコードの中間的形式に変換して、性能と不正処理の発見を両立している20。例えばVRChatの場合、仮想世界やアイテムの定義のプログラムコードはC#プログラミング言語向けの中間的形式に変換されて実行される。
もうひとつの対策は、仮想世界やアイテムの定義のプログラムコードの記述などに用いる開発環境をメタバース事業者が用意し、サードパーティはその開発環境を利用してプログラムコードを開発する。VRChatやThe Sandbox、Robloxなどの開発環境はビジュアルプログラミング、つまりアイコンなどの絵を組み合わせることにより、簡易にプログラムコードが作成できるようにしている。こうした開発環境により作成されるプログラムコードの機能を、一般のプログラミング言語によるプログラムコードの機能よりも限定することで、不正な処理を含むプログラムコードの作成を困難にしている。例えばVRChatはビジュアルプログラミング環境(VRChat Udon)を提供している21。またRobloxはビジュアルプログラミング以外に、テキスト形式のLua言語のプログラムコードを含めることができる。
2.3.サーバの負荷軽減による影響MMOゲームやメタバースではC/S型の構成を取るが、C/S型ではサーバに負荷が集中することから、様々な処理を複数サーバに振り分けることになり、その振り分けの仕方が仮想世界に影響を及ぼす。ここではMMOゲームにおける振り分けの仕方とその影響を概説し、メタバースにおける影響を議論する。
2.3.1.MMOゲームにおけるサーバの負荷軽減さてメタバースと同様にMMOゲームもサーバはデータセンターに設置される。データセンター内のサーバ間ネットワークは高速であるが、サーバ間通信の遅延はサーバ内処理と比較すると大きい。従って振り分けの結果、処理中にサーバ間通信が多発すると処理性能が落ちる。例えば複数ユーザが操作するキャラクター(メタバースの場合、アバター)が対戦など、高速なレスポンス性能が要求されるとき、そのキャラクターを管理するサーバが異なると、サーバ間通信の遅延により円滑な処理ができなくなる。このため、MMOゲームではそのゲームの特性に応じて通信遅延の影響が最小になるように、複数サーバの振り分け方を工夫している。まず代表的なMMOゲームの振り分け方法を示す。
図6.MMOゲームにおけるゲームサーバの割り当て
さてメタバースの場合、The Sandboxのように共通かつ広大な平面(土地)を想定して、そこに建物などを作るような仮想世界の場合、方法2のように空間を分割することで複数サーバに処理を振り分けている想定される。一方、他のメタバース、例えばVRChatやRobloxでは仮想空間は独立して存在しており、仮想世界単位にサーバを割り当てていると推測される。そして、多くのメタバースでは方法3のように仮想空間に同時に受け入れられるアバター数を制限している。SNSのように多数のユーザとの出会いを実現するために方法1のようにユーザグループを作らないことが多い。また方法4はMMOゲームではしばしば見られるが、メタバースでは一般的ではない。
2.3.2.サーバの負荷軽減策がもたらす仮想世界の異常性サーバ負荷の軽減策は仮想世界と現実世界の差異を生み出す。例えば前述のようにメタバースの仮想世界では、収容するアバター数を制限することで、サーバの過負荷を防ぐ。例えば2020年4月23日にMMOゲームFortinteにおいてTravis Scottが行ったLiveでは同時接続数者数は1230万人とされるが、ユーザの端末上では100体ぐらいのアバターしか表示されていない。これはユーザをグループ分けして、各グループを複製仮想世界に割り当てた結果、各ユーザから見える他のアバターの数が制限されたていた考えるべきだろう。この結果、メタバースでは多数アバターによる集会やデモ行進などのように、大量の人数を誇示する活動はできないことになる25。
さて多くのメタバースでは方法3のように仮想空間に同時に受け入れるアバター数に定員制を導入している。このときサーバで実行されている仮想世界に定員を超えたアバターが入場を希望した場合、その仮想世界を実現する別のサーバを用意することがある。その場合、元のサーバの仮想世界と別のサーバの仮想世界は、パラレルワールドのように多重化される。なお、それぞれの仮想世界は独立であり、前述のようにサーバが異なる仮想世界のアバター同士はそれぞれの仮想世界で出会うことはない。
また、仮想世界を多重化したときに問題になるのは仮想世界に配置されたアイテム、特にその存在数が決まっているアイテムの取り扱いである。図7の上のように多重化した仮想世界において、多重化された仮想世界でアイテムは描画されるものの実体は同じとした場合、ある仮想世界においてアバターがそのアイテムを取ったとき、別の仮想世界では突然、アイテムが消えることになる。こうした扱いはユーザの不信感を招きやすい。このため、図7の下のように多重化された仮想世界ではアイテムの実体も多重化されているとすると、ある仮想世界でアバターがアイテムを取っても、他の仮想世界ではアイテムは存在し続ける。ただし、これはメタバース内の負荷軽減という技術的な都合がアイテムの数を増やしてしまうことになり、メタバース全体の整合性に影響することになる。
図7.仮想世界の複製による影響
アイテム数の不整合はクライアント端末とサーバ間通信の遅延によっても生じる。メタバースもゲームの場合、その処理の基本は、(ユーザからの)入力、処理、描画からなるサイクルを繰り返すことである。アクションゲームの場合、人間の認知能力の観点から、そのサイクルは1秒間60回、つまりそのサイクル一回を16ミリ秒以内に行うことを前提することが多い26。しかし、クライアント端末とサーバの間通信はインターネットを介するために通信遅延が大きい。このため、ユーザが何らかの操作を入力したときは、その操作をサーバに送信するが、サーバからの返信を待っていると、サイクルに求められる時間を超えてしまう27。そこでクライアント端末は非同期的、つまり各処理の終了を待たずに別の処理を始める。この場合、クライアント端末はサーバからの返信を待たずに、その操作に対応した描画を行う。その結果、そのユーザのアバターに関しては現在の状況が描画されるが、他のアバターについては過去の状況が描画されることになる28。このズレが仮想世界の不整合につながる。
例えば図8のように仮想世界上で、二人のユーザのアバターがジャンプして、ひとつのアイテムを取りに行く状況を考えてみる。クライアント端末はユーザからの入力、例えばジャンプ操作があると、その旨をサーバに送り、そのサーバからの返信を待たずに、ジャンプしてアイテムを取る動作を描画する。MMOゲームもメタバースもC/S型のシステム構成を取ることから、相手のユーザの動作の通知はサーバを経由して遅れて到着することになる。さて、このとき二人のユーザがほぼ同時にそれぞれのアバターをジャンプさせて、アイテムを取ろうした場合、どちらのユーザも自分のアバターはジャンプして、アイテムを取っていることが描画されるが、その時点では相手のアバターもジャンプについては通知されておらず、描画されていない。つまり、メタバースでは通信遅延により同時に起きていることが同時には見えないことになる。
図8.通信遅延によりアイテムの取得等への影響
ここで問題となるのは、ほぼ同時に取ったことになるアイテムの取り扱いである。(A)仮に二人のユーザからジャンプ操作に関する通信がサーバに到着した時間は僅差とはいえ、差があるのであれば通信の到着順が早い方にアイテムを渡すやり方がある29。ただし、これがよいとは限らない。というのは通信遅延の小さいユーザの方が有利になるために、ネットワークの都合上、その通信遅延が大きいユーザには不公平感が高まるからである30。このため、(B)MMOゲームでは複数ユーザが僅差でひとつのアイテムを取り合ったときは、該当するユーザすべてにアイテムを受け取らせることが多い。ただし、この場合、ユーザの不公平感を減らすためにアイテムが複製を作ることになり、メタバース上で個数が決まっているアイテムの場合、その個数が増えてしまうことになる31。
2.3.4.技術が与える仮想世界への影響現実世界とは違い、メタバースで実現される仮想世界は、通信遅延という物理的制約、さらにサーバの処理性能の限界に伴う仮想世界の多重化があり、それが現実世界とは違う様相をもたらす。MMOゲームの場合、ゲーム提供側が決めた厳格ルールで遊ぶ世界であり、仮想世界の多重化や通信遅延の影響を隠蔽するルールを作ることもできるが、メタバースの場合、仮想世界を提供するサードパーティーはプラットフォーム側の制約を理解しているとは限らないこと、さらにアバターに活動の自由を与えるためにルールも厳格とはいえない。このため、メタバースはMMOゲームよりも仮想世界の多重化や通信遅延の影響を受けやすい。
ここではメタバース特有かつ、メタバースの技術、特にシステム構成に関わる問題を中心に議論していく。
現在、法学的な見地を含めてメタバースに関わる数多くの問題が指摘されているが、そのすべてがメタバース特有の問題とはいえない。例えば昨今、メタバースにおける知的財産と所有に関わる問題が指摘されている。例えば(1)現実の知的所有物をその許諾などを行わずに仮想世界上に再現されてしまうこと、(2)仮想世界上で知的所有物などが複製・改変されること、(3)仮想世界における知的所有物などが現実世界で実体化されること、(4)現実世界の有名人などの顔を元にしたアバターの顔データを作ることなどがあげられる。これらはメタバース以外のネット空間、SNSやオンラインゲームでも起きていた、または起きうる問題といえ、本稿では扱わない。
また、メタバースの仮想世界は現実世界と同様に三次元空間となることから、所有などの現実世界の概念や社会規範が仮想世界でも成立することを期待されやすい。例えばメタバースにおけるアイテムや土地を所有したいと考える人は多い。ご存知のようにメタバースにおけるアイテムや土地は無体物となるデータであり、知的財産に該当する場合以外は所有対象になりえない32。所有しているようにユーザを見せるには契約などの何らかの補完的な方法が必要となる33。
また、メタバースではサーバの負荷軽減や通信遅延の影響からアイテムなどが多重化されうる。つまり、アイテムなどの数はメタバースのプラットフォーム次第で変わることがある。このとき。多重化されたアイテムが著作物になる場合、多重化は著作物の複製となり、知的財産権としての整理が必要となるだろう。現状のNFTなど、アイテムや土地に対して、特定のユーザとの関係性を示す証明書相当は、ひとつの仮想世界におけるアイテムや土地などに対して与えられるが、多重化されたアイテムや土地は証明書相当の対象となっていない。なお、The Sandboxなどの一部のメタバースは土地の売買・貸借ができるが、メタバースにおける土地の広さはメタバースの事業者の裁量で大きくできるために、アイテムだけでなく、土地についても希少性という観点で価値を決められるとは限らない。
3.1.メタバースでは起きない問題メタバースは現実世界を再現しようという試みであるために、現実世界におけるトラブルとされる行為や状況すべてが持ち込まれるという言説もみられるが、メタバースでは起きえないトラブルも多い。もちろん、ユーザ間の些細なトラブルから34、誹謗中傷、詐欺、つきまといなどの行為はメタバースでも起きうる35。一方でメタバースでは器物破損、放火などの破壊活動や、アバターの殺害や傷害などの暴力行為は基本的に起きえない36。ゲームにおいて破壊や暴力ができるのは、そのためのプログラムコードや設定があるからであり、そうしたプログラムコードや設定がなければ起きない37。メタバースにおいて破壊や暴力的な行為を起こせるのは、何らかのセキュリティ攻撃により、仮想世界やアバターを実現しているデータを壊す、または消した場合となるだろう。
これは盗難にも当てはまる。VRChatなどの一部のメタバースではアバターを盗まれたという表現がある38。それが意味することはアバターの容姿を複製されたという意味であり39、あるユーザのアバターからその容姿が奪われたわけではない。メタバースではアイテムの外見やアバター容姿を盗難、つまり元のユーザからアイテムやアバター容姿を奪うには、それらのデータを複製するだけでは不十分で、元のユーザのデータを消すか、壊す必要があり、それにはセキュリティ攻撃が必要とな。
逆に言えば、セキュリティ攻撃によるデータの削除や変更によるメタバースにおける影響は現実世界の破壊や暴力、盗難などに相当するともいえるが、一方でセキュリティ攻撃は仮想世界の外で起きており、仮想世界の中から防ぐことができない事態となる。
3.2.メタバースとルールルールを与えて、そのルールの制約のもとでユーザを競わせるものといえる。コンピュータ上のゲームではそのルールはプログラムコードと設定データとして与えられ、そのルールは厳格であることが多い。その背景はゲームではユーザが仮想世界で活動する目標はボスキャラを倒すなどに限られているために、強いルールにより、ユーザの活動を大きく制限しても弊害は少ない。ユーザの活動はプログラムコードと設定データで許容される範囲内に限られており、ルール違反を行う余地が残されておらず、ゲームのルールの実効性が極めて強い方法で確保(エンフォースメント)されていることになる。一方でメタバースではユーザの目標は様々であり、ゲームのような厳格なルールは適切とはいえない(図9)。
そこで問題となるのは、本稿で議論したように仮想世界の特性に対する技術的に制約があることに加えて、①緩いルールを誰がどのように定めるのかという問題に加えて、②緩いルールをどのように定義するのかである。技術的には自由にルールができることと、仮想世界に望まれるルールを規定できるかは別問題である。つまり、仮想空間の場合、ユーザの活動も多様であり、ルールも多様かつ複雑となり、プログラムコードや設定データにより、メタバースに望まれる緩いルールが記述できるとは限らない40。そして③ルールの遵守(コンプライアンス)に関する監視とルール違反に対する是正・制裁といった、実効性の確保の仕組みをどのように実現するのかである。現状、MMOゲームにもメタバースにも警察のように法執行を実現する相当する組織があるわけではない。MMOゲームの場合、プログラムコードと設定データでアバターの行動を制限しているのに過ぎない。メタバースのルールが、ユーザに自主的にそのルールを遵守させる仕組みを考える必要がある。なお、各仮想世界がメタ仮想世界の共通ルールを遵守しているか否かの判定方法として、プラットフォームが各仮想世界の①実行前に判定する方法、②実行中に判定する方法、③実行後に判定する方法などが考えられる。なお、①は現実世界では実現できない方法ともいえるが41、その判定できる行為の範囲は広いとは言い難い、②は実行時に行うことから、その判定コストが性能に影響しやすい。また③は違反時に何らかのペナルティを課す仕組みがないと機能しないと想像される42。このため、単独では難しく、これらの方法を組み合わせることになるであろう。
図9.ゲームとメタバースのルールの違い
前述のようにメタバースはプラットフォーム化が進んでいる。IT分野では巨大プラットフォームの優位性による弊害が指摘されているが、メタバースにおけるプラットフォームの優位性は高く、例えばスマートフォン向けアプリ市場より高いといえる。その理由を列挙する(図10)。
図10.既存のプラットフォームとの類似性
前述の図1及び図2で示したようにメタバースでは、プラットフォーム、サードパーティー、ユーザの3者関係で捉える必要があるが、他のネットサービスと比較して、メタバースではプラットフォームとユーザの関係が重要となる。
スマートフォンのアプリ市場やECサイトでは、アプリ提供者や出店者がプラットフォーム側からBANされる47、つまり排除されることが起きていたことが問題視されていた。メタバースでもプラットフォームでは、仮想世界やアイテムなどを提供するサードパーティーをBANすることが想定される。この場合、BANされたサードパーティが提供したアイテムで、ユーザなどが購入していた場合、ユーザのアイテムを無効とするのか否かは問題になるであろう。
ところでスマートフォンの場合、プラットフォームがユーザをBANするのは困難である。なぜならばプラットフォームはそのユーザのスマートフォンの機能を止められるわけではないからである。一方、メタバースではユーザのアバターはプラットフォーム上で実現されているため、容易にBANできる。
仮想世界はひとつの社会・コミュニティとして機能することから、アバターにとっても他のアバターが仮想世界に集まることが有益になることが多い。このため、アバターを操作するユーザは特定の仮想世界の啓蒙活動などに加担することが想定される。その過程でユーザがプラットフォームと対立する可能性がある。また、メタバースは仮想世界やアイテムを簡易に作成する開発環境を提供しているが、ユーザが仮想世界やアイテムなどを作成することは容易であり、ユーザも提供者となり、ユーザとサードパーティーの境界は曖昧となる48。その結果、サードパーティーと同様にユーザもBANされる可能性が高くなっている。
3.5.手数料ユーザはアプリケーション仮想世界を利用する対価を、プラットフォームを介して支払うことから、プラットフォーム側はその手数料を取る。Meta Horizon Worldsの場合、仮想世界などの利用料のうち30%がストアの手数料となり、さらに17%がプラットフォームの利用料となるために、その合計である47%がプラットフォーム、つまりMeta側の取り分となる49。その手数料の妥当性は今後議論されるだろう。なお、手数料などが明確になっているのはMeta Horizon Worldなどの一部のプラットフォームで、多くは不透明なままとなっている。その背景は、メタバースの多くは独自通貨を導入しており50、仮想世界内のユーザの支払いだけでなく、プラットフォームからサードパーティーへの支払いも独自通貨を利用することがあること、さらに独自通貨から法定通貨への変換レートはプラットフォームが決める仕組みになっていることが挙げられる。例えばRobloxでは、サードパーティーに対する仮想世界やアイテムによる収入は独自通貨で支払われるが、独自通貨と法定通貨の変換レートの変更を通告・実施したこともある。
3.6.メタバースとデータポータビリティSNSなどのデータポータビリティと同様に、メタバースに対してもデータポータビリティを求める動きは出るだろう。ただし、メタバースの場合、ユーザが違うサービスに乗り換えるのではなく、アバターの容姿に加え、集めたアイテムとともに相違なメタバースを日常的に渡り歩く状況も想定され、単に別の類似なサービスに乗り換えるためのデータポータビリティとは違ってくるだろう。本稿の執筆時点(2022年秋)では、メタバースの相互運用を目指した標準化団体が発足した段階である51。ただし、アバターの容姿などは共通化の余地はあるが、アイテムなどはメタバースの固有であることも多い。また、アイテムの定義にプログラムコードを含む場合、そのプログラムコードも他のメタバースでも同様に実行することは技術的に不可能ではないが、仮想世界を実現するサーバを共通する必要があり、現実的ではないといえる52。
3.7.メタバースとパーソナルデータメタバースを利用することにより、ユーザの様々な情報がプラットフォーム側に蓄積される。プラットフォームのパーソナルデータの収集そのものは従前のSNSなどで起きていた問題と同様であるが、収集される情報の質と量が違ってくる。もちろん、現実世界の人の行動と比べて、仮想世界におけるアバターの行動、例えば移動した、手を上げたなどに一挙手一投足が捕捉されることになる。このほか、メタバースはVR機器、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を使うことも念頭に置かれているが、今後、HMDは頭を動かすだけでなく、目の視点が変わるようになるだろう。ただし、そのためには視線捕捉(アイトラッキング)が不可欠であり、その視線の情報から様々な情報が見える。例えばユーザが仮想世界中のどの広告をどれくらい見ているのかも把握できるし、雇用者が従業員にHMDを装着してメタバース内の作業を指示したとしたら、HMDによる取得した視線の動きが追えればその従業員の作業への集中度はわかるなど、究極の監視手段またはパノプティコンとなりうる53。
本稿ではメタバースのシステム構成を推測しながら、メタバースがもつ技術的な可能性や課題を議論してきた。メタバースもそれを実現しているのは情報システムである。その情報システムにとってシステム構成は基本設計図に相当し、それが推測できれば様々な特性が見えてくる。実際、メタバースはサーバの性能や通信遅延によって制約されており、その影響を軽減することにより、現実世界にはない不整合を生じさせている。また、メタバースに関しては仮想世界やアバターに関心が集まっているが、メタバースはプラットフォーム化が進んでおり、そのシステム構成を考慮すると、スマートフォン向けアプリ市場などの既存プラットフォームと比べて、プラットフォームの優位性が高くなると予想される。
メタバースという言葉はニール・スティーヴンスンが1992年に発表したSF小説『スノウ・クラッシュ』54に登場する架空の仮想空間サービスの名称だったように、メタバースに相当する仮想世界とその仮想世界で人がアバターとして活動する様子については数多くのSF作品で登場している。その意味では、メタバースは多くの人に情報システムのひとつの発展方向であると信じられているといえて、メタバースは長期的には目指すべき大きなトレンドといえるが、今回のメタバースに対する関心は、過去にメタバースを目指したセカンドライフのブームのように一過性に終わる可能性も高い。
メタバースは社会空間であることを考えると、利用者がいることが前提となる。特にメタバースは、SNSなどと同様にネットワーク外部性があり、利用者が増えないと、利用者を引きつけるような価値もうまれない55。その意味では利用者を増やすことが、メタバースを一過性ではないものにするだろう。また、そのときセカンドライフの話題性が一過性に終わった原因を探ることは重要である。その原因としては性能不足に伴う描画の貧弱さや、VR機器がなかったことなど、様々な議論があったが、コンテンツという観点で見ると、セカンドライフでは現実世界の町並みや店舗をメタバース上に再現しようとしたが、本稿でも議論したように仮想世界は技術的制約により、現実世界と同じにならない。従って仮想世界の特質を活かした空間を作る方が適切だろう。実際、海外の商用メタバースで人気がある仮想世界はゲームであり、それらの大半は現実世界を再現するものではない。
また、メタバースに関わる法制度に関わる議論が盛んである。メタバースの目新しさから、メタバースにあった法制度が必要という考え方もできるが、本稿で議論したようにメタバースの様相の多くは、MMOゲームを含めて、すでに現れているともいえる。その意味ではメタバースの問題のうち、その多くは既存の法制度ですでに対処できているといえることから、既存法制度で対処できる問題と、できない問題を分けるとともに、メタバースのために新しい法制度を作ることが妥当であるかの議論は必要となるだろう。
また、このとき法制度では技術的に実現できないことを要件にするべきではない。例えばメタバースでは多重化の都合から、アイテムの複製が起きてしまう。その状況で複製を制限する法制度となっても、メタバースの事業者は対処できなくなる。メタバースは技術がベースになって作られた世界であり、仮に法制度を整備するとしても技術との整合性がある法制度を望みたい。
脚注に引用したもの
1 国立情報学研究所情報社会相関研究系教授
2 NFTを含むWeb3とメタバースの関係性が話題になるが、メタバースとWeb3それぞれが話題性になった時期が重なり、NFTがメタバースにおける土地やアイテムなどとユーザの何らかの関係性を示す手段として期待されているが、本稿では独立の話題・技術であるという立場を取る。
3 MMOゲームFortniteはしばしばメタバースとして扱われることがあるが、原則として、その開発元であるEpic Gamesが用意した仮想世界とアイテムなどで遊ぶ世界となり、プラットフォーム化しているとは言い難い。同様に任天堂のゲーム「あつまれどうぶつの森」も任天堂が用意した服やアイテムで遊ぶ世界となる。
4 商用メタバースのひとつRobloxでは仮想世界の大半はゲームとされ、ユーザは16歳未満が多いとされ、そのゲームの開発・提供者も16歳未満が多いとされている。Robloxは日本ではメジャーとは言い難いが、日本でこの状況に合致するのは、GIGAスクール構想で配布されたパソコン上で利用できるビジュアルプログラミング環境Scratchのゲームの配布と利用が盛んに行われているのに近いだろう。Robloxと同様に、小中高校生がScratchで簡易なゲームを開発し、それを小中高校生が遊んでいる。
5 ルールを規定できることがゲームを作れる条件となりうる。逆に言えばゲームが実現できるということはルールを与えられることになる。
6 サードパーティーのプログラムコードの実行環境という点では、クラウドコンピューティングにおける分類の一つにPlatform as a Service (PaaS)があるが、メタバースは技術的には仮想世界に特化したPaaSというべきである。
7 ここでいうシステム構成とは、IT業界やコンピュータサイエンスにおいてシステムアーキテクチャと呼ばれることと同じである。あえて違う用語を用いるのは、法学分野、特にレッシグのアーキテクチャ論におけるアーキテクチャと呼ぶ対象と、IT業界やコンピュータサイエンスにおけるアーキテクチャの対象とは大きく異なることから、誤解を避けるため、本稿ではシステムアーキテクチャではなく、システム構成と呼ぶ。なお、法学などのアーキテクチャ論におけるアーキテクチャは、IT業界やコンピュータサイエンスではシステムの機能などの要件に近い。
8 クラウドでは特殊なハードウェアや特殊ネットワーク構成を前提にしたシステム構成は利用できない。
9 接続は対等だが機能が対等とは限らない。例えば最初にオンラインゲームを始めたパソコンが、他のパソコンからの参加受付処理やスコアなどの管理を行うことがある。
10 初期のオンラインゲームはP2P型であったが、P2P型参加者数が増えると管理及び性能維持が困難となったことや、P2P型では一部の参加者は自分が有利になるようにパソコン側ソフトウェアを改変するなどの不正行為を行っていてもその発見が難しいという問題があった。一方、C/S型はサーバの処理がボトルネックになることが多いが、ゲームの勝敗を決めるような情報はサーバ側が管理するための、不正行為はP2P型と比べると少なくなる。
11 クライアントとサーバ間の通信はインターネットを介するため、通信遅延(通信遅延とはデータを送信してから、受信するまでにかかる時間)が大きくなる一方、通信帯域(単位時間内に送れるデータ量)は制限されることから、レスポンス性能を高めるには通信回数と通信量を減らすことが求められる。
12 Meta Horizonはクライアント端末のWebブラウザから利用することも目指しているが、Webブラウザで実行できるプログラムコード、例えばJavaScriptの実行は早いとはいえず、現在のコンピュータの性能では仮想世界の描画などを大幅に簡素化しないと実現は難しいだろう。
13 MMOゲーム同様にメタバースでは、独自通貨を導入することが多い。その背景はクレジットカードを含めて、法定通貨の決済は経済的及び時間的コストがかかるが、メタバース内のデータベースで決済を管理した場合、費用及び速度において有利になるからである。
14 クライアント端末との通信を担当するサーバをフロントエンドサーバと呼ぶ。
15 国内ゲーム業界は自社製ゲームエンジンに拘る傾向があるが、海外では他社製汎用ゲームエンジンを利用するゲーム会社が増え、ゲーム開発にプログラマーは必ずしも必要としない時代になっている。
16 Unity Technologiesが開発する2次元及び3次元ゲーム用ゲームエンジン。描画などの多様な機能をもち、多様なハードウェアで稼働できる、ソフトウェア、ネットワーク機能も拡張できる。他社にライセンスされており、利用事例としてはポケモンGoなどがある。
17 Unreal EngineはEpic Gamesが開発した、First-Person Shooting (FPS)向けゲームエンジンであり、3次元空間ゲームのレンダリング、コリジョン判定、ネットワーク管理する統合ソフトウェアであり、他社にライセンスされている。なお、Unreal Engineのコア部分は少なくても最近まではEpic Gamesの創業者Timothy Dean Sweeneが一人で開発していたとされている。
18 インターネットを含めて通信ネットワークは広帯域化が進んでいるが、多数のユーザが利用するMMOゲームやメタバースでは通信データ量を減らさないと輻輳の原因となる。さらにクラウドを利用する場合、クラウド内の通信は課金されないが、クラウドとそれ以外の通信は従量課金となることが多く、MMOゲームやメタバースを実現におけるサーバ側とクライアント側の通信データ量を減らすことが求められる。このためサーバがクライアント端末に送る仮想世界などの情報、モデルリングした仮想世界などの情報のうちそのクライアント端末のユーザが操作するアバター周囲や、アバターの視界などに限定することが多い。
19 この他、バイナリーコードはコンピュータ命令形式が異なると実行できないなど、互換性の問題も起きる。
20 単純かつ少数の命令群をもつ架空のコンピュータを想定して、そのコンピュータ向けの命令でプログラムを書き表すとともに、その架空のコンピュータを再現するソフトウェア(仮想機械と呼ぶ)を用意して、そのソフトウエアがその命令を解釈・実行する。このとき命令群が単純かつ少数なので、実行前の不正なアクセスなどを発見しやすく、実際のコンピュータの命令への置き換えや解釈が容易なので、極端に遅くなることはない。例えば人気商用メタバースのひとつVRChatでは、仮想世界のプログラムのソースコードはC#と呼ばれるプログラミング言語で記述され、架空コンピュータ向けのコードに変換される。そしてメタバースにはこの架空コンピュータ向けのコードを解釈・実行するソフトウェアが用意されており、そのソフトウェアを通じて仮想世界のプログラムコードを実行する。この架空コンピュータを想定する方法は種別の違うコンピュータでプログラムコードを動かすときも有用であるため、Java言語をはじめ、業務システムからスマートフォンまで広く利用されている。
21 VRChatのウェブページによるとUdonは日本の食べ物の「うどん」に起因する。VRChatは日本人利用者の比率は高くないといわれるが、日本のアニメ的なアバターが多い。その背景であるが、VRChatを含めてメタバースにおいて仮想世界上でアバターを描画するには、そのアバター3次元モデルが必要であるが、当初はそのモデルの種類は少なかった。一方、日本ではクリプトン・フューチャー・メディアが2007年に発売した音声合成ソフトウェア「初音ミク」で、そのキャラクターである「初音ミク」の画像の二次利用が許容されていたために、一部の国内愛好家が「初音ミク」の3次元モデルのデータを作成しており、さらにそれを支援するために3次元モデルの作成環境が開発されていた。その一つが「初音ミク」にダンスを踊らせるための3次元モデル作成環境とデータ形式(Miku-Miku-Dance, MMD)である。そして「初音ミク」以外の多様なキャラクターも、MMDを中心に3次元モデル化され、それらが公表されていた。VRChatのユーザは、MMDを含む3次元モデルを自分のアバターに利用したために、VRChatは日本的なアニメ・サブカルチャー的なアバターが多くなり、その結果、日本のアニメ・サブカルチャーの愛好家が多いとされている。
22 MMOゲームではユーザグループは固定的であることが少なくない。その場合、原則としてユーザのキャラクターは、同じユーザグループに属したユーザのキャラクターだけしか出会わないことになる。制限が強いように見えるが、MMOゲームでは合理的な関係ともいえる。MMOゲームの場合、ユーザ同士は現実世界では接点がないことから、ユーザ同士が知り合いになるとしても、ゲームの攻略という共通目標のためにパーティを組んで共闘することが中心になる。このため、同じユーザグループに属しており、過去に知り合いになったユーザとの関係性が維持されればよく、他のユーザグループのユーザとの接点がなくてもよいことになる。
23 制限する対象は、そのシステムの負荷を抑えられるものを選ぶことになる。メタバースの仮想世界の場合、その収容人数を制限することが多いが、例えばMMOゲーム向けにユーザ間通信を実現するサービスPhoton(Exit Games)では単位時間あたりのメッセージ数を制限している。
24 具体例としてドラゴンクエストなどは戦闘シーンになると、フィールドを表す仮想世界から、魔物と対峙する仮想世界に変わることがあげられる。
25 細田守監督作品「サマーウォーズ」や「龍とそばかす姫」では、メタバース空間上に無数のアバターが集まるシーンが描写されるが、現状のメタバースでは多数のアバターはサーバの処理能力では処理しきれない。従って、上記の映画のように多数のアバターが集まっている状況が起きたとしても、ユーザから見える他のアバターは多くても数百体になると想像される。
26 アクションゲームの場合、体感が重視されるため、計算量が多くなり上述のサイクルが所定時間、例えば16ミリ秒を超えると予想される場合、ポリゴン数を減らすことや、描画する画像の解像度を荒くすることで計算量を減らして、サイクルが所定時間内に終えるようにする。
27 チェスなどのターン制のゲームの場合は上述のサイクルが長くとれるので、サーバとの通信を待ってから描画及び次の入力を受け付けることになる。
28 サーバや他クライアント端末との通信は遅延が生じることから、画面上では近くに起きていることでも、それは現在ではなく、過去で起きていることもある。その意味では惑星間や恒星間の観測に近い。
29 複数ユーザが時間的順番を競うために何らかのアクションに関わる情報をサーバにお送ったとき、サーバが判定した時間的順番の妥当性に疑問をもったとしても、それを証明するのは難しい。というのは客観的に順番を判断するには、仮にサーバへの通信の到着順で判断する場合、その競合した通信の受信時刻を知る必要があるが、その各時刻をサーバ側事業者が見せるとは限らない。また、通信の送信時刻で順番を判定するとしても、競合関係になったユーザそれぞれのクライアント端末における通信の送信時刻を知る必要があるが、それは困難である。また、どちらの場合も、コンピュータに内蔵されている時計の時刻精度は高いとはいえず、時刻情報がわかったところで、その時刻情報の正確性が問われることになる。僅差の時間的順序の妥当性に関わる問題はメタバースに限らず、オンラインの高速取引などでも生じうる。一般にオンライン取引は証券取引所側のサーバへの取引注文の到着順で取引が行われるが、このとき荒い時間的粒度であれば時刻認証もできるが、短時間に大量の取引注文が集まる高速取引ではそのサーバによる順番判定を信じるしかない。
30 MMOゲームはアイテム販売で収益を得るケースもあり、従前の月額課金モデルを取ることが多いが、そのときユーザの不公平感はゲームをやめる原因になりやすい。なお、MMOゲームによっては、そのゲームを始めてから日時が短いユーザまたは累積プレー時間が浅いユーザにアイテムを渡す方針を取ることもある。これはそのゲームのプレー時間が長いユーザは多少の不公平感を感じさせても、そのゲームをすぐにはやめるとは限らないためである。
31 アイテムの複製をMMOゲームではアイテムデュプリケーション、またはアイテムデュプリと呼ぶ。なお、MMOゲームではユーザにアイテムデュプリケーションが起きる条件などを知られてしまうと、例えば二人のキャラクターがひとつのアイテムを取ろうと対峙したときなどは、タイミングを合わせて取ることで両方が取るというチート行為が起きることになる。こうしたチート行為が増えると、そうした行為をしていないユーザから不公平感が強まることになる。
32 NFTなどの手法で、アイテムなどとユーザの関係性を記載した証明書相当を作ることはできるが、アイテムのそのものはデータであり、知的財産にならない限りはその複製などを制限できるわけでなく、また証明書の記載内容の有効性は他の手段に頼ることになる。
33 メタバースにおいて契約により、擬似的な所有や譲渡を再現した場合、その契約では現在の所有者と新しい所有者の2者関係だけではなく、その契約の主体の一つとしてメタバースプラットフォーム事業者が加えられることが想定される。その結果、メタバースプラットフォーム事業者はその契約に関与することで、プラットフォームの優位性が高まってしまう可能性がある。逆説的ではあるが、メタバース上のアイテムや土地に相当する無体物(データ)に対して、所有権的な権利を法的に実現した方が、メタバースプラットフォーム事業者の支配を低減できる可能性もあるだろう。ただ、これは法学者の議論に譲りたい。
34 アバター間の関係は、最初期のマルチユーザ型二次元仮想世界「Habitat」(1986)における経験の多くは現在のメタバースでもほぼ当てはまるのではないか Chip Morningstar and F. Randall Farmer : “The Lessons of Lucasfilm‘s Habitat”, 1st Annual International Conference on Cyberspace 1990. https://web.stanford.edu/class/history34q/readings/Virtual_Worlds/LucasfilmHabitat.html (also published in Cyberspace: First Steps, Michael Benedikt (ed.), 1990, MIT Press, Cambridge, Mass.)
35 メタバースは遠隔利用ができることから、海外のユーザ、そして文化や社会規範の違うユーザが混在しやすい。また、メタバースでは本名ではなく、ハンドルネームを名乗ることに加えて、アバターで活動することから匿名性が高いこと、さらに中世、欧州の仮装舞踏会から、現代の渋谷などのハロウィン仮装集団と同様に、アバターという仮装により、本来の自分では自分を演じることなり、羽目を外しやすく、通常であれば躊躇するはずの言動も取ってしまいやすい。
36 現実世界では、目障りな建物を放火する、気にくわないと人を殴るという行為は禁止されているとはいえ、不可能なわけではない。仮にそうした行為がいざとなったら可能であるというポテンシャルが社会秩序に何らかの役割を果たしているとしたら、そうした行為が不可能となるメタバースにおける社会秩序は現実世界とは違うものとなるだろう。
37 例えばゲームにおいてキャラクターは壁が突き抜けられないのと同じで、プログラムコードによりアバターの手足が動く範囲は壁まで、壁にのめり込むことも、殴ることもできない。
38 アバターの盗難はアバターのぶっこ抜き、アバターハックともいう。なお、奇抜な容姿のアバターを用いるのは、ある種の自己顕示や承認要求と重なるため、それを複製されたユーザはアバターを盗まれたような心理になっていると推測される。
39 メタバースによって、アバター容姿の複製行為の困難性は相違する。アバターの識別子がわかれば容易に容姿のデータを複製できるメタバースもある。現実世界では他人のファッションなどは真似る対象ともいえることを考えると、複製行為を許容することを厳格に否定することが適切なのかはわからない。
40 プログラムコードや設定データで直接的に規定できるのは単純なルールまでであり、、メタバースにおいて望まれるような高度なルールを規定することは簡単ではないだろう。
41 例えばユーザが操作するアバターの行動を事前に制限することは難しいが、例えばアバターの付きまといが問題であるのであれば、ユーザ自身などが、アバターは他のアバターに所定距離より近づかないというルールをプログラムコードまたは設定データとして与えている場合だけ、仮想世界への入場を許すなどの方法が考えられる。
42 メタバースではどんなペナルティが有効なのかも課題である。ひとつの方法は後述するBANであるが、それ以外に例えば細田守の映画監督作品「龍とそばかす姫」では、ユーザの容姿を公表することがペナルティとして描かれた。ただ、それに効果があるか否かはユーザの考え方にもよるだろう。
43 仮想世界などの描画処理はクライアント端末に任せられることが多いが、プラットフォームからクライアント端末に渡される情報は、アバターの視点及び周囲を描画するのに必要な範囲に限られるため、クライアント端末から仮想世界やアイテムの利用状況がわかるとは限らない。
44 サーバのホスティングサービスと同様に、サードパーティーに対して割り当てているサーバの性能を定量的に示すことが今後、求められるだろう。
45 重力を含む物理シミュレーション機能や例トレーシング処理は、クライアント端末で実行されるゲームエンジンで行うことが多いが、そのゲームエンジンもプラットフォームにより提供され、その特性を自由に制御できる。
46 MetaのHorizonではアバターのつきまといの問題を避けるために、サービス開始後に自分のアバターと他の利用者のアバターとの距離を(仮想世界において)約4フィート(約1.2メートル)の距離に境界線(個人境界線)を設定できる機能を追加した。この境界線はMeta以外が提供する仮想世界においても有効とされている。
47 BANとは問題のあるユーザや業者を排除すること。
48 ユーザが他のユーザにアイテムなどを有償提供した場合、消費者契約法は、事業者と消費者の関係が前提であり、消費者同士の契約は対象外となる。未成年者が年齢を成年と詐称して契約を行った場合の取り扱いも議論が必要だろう。また、ユーザが他のユーザにメタバース内における何らかの労働を依頼した場合も下請法の適用範囲外になる可能性がある。
49 詳細はMeta: "Fees for Meta Horizon Worlds purchases" (Oct. 2022), https://www.meta.com/help/quest/articles/horizon/create-in-horizon-worlds/fees-for-horizon-worlds-purchases/ なお、スマートフォン用アプリの場合、例えばAppleのiOSアプリの販売の手数料は30%となる。
50 メタバースが独自通貨を導入する理由は、クレジットカードを含む外部の決済サービスはコストもさることながら、決済による時間がかかるが、メタバース内の独自通貨であれば内部のデータベースの更新処理で済むためにコストが低く、さらに決済時間も短い。
51 例えば2022年6月21日に発足したThe Metaverse Standards Forumがある。
52 SNSでもサービス間の相互運用は実現できていないが、そのSNSより格段に複雑なメタバースにおいて相互運用を実現することは極めて困難という印象しか持たない。少なくても「メタバース間の移動の自由」が重要な権利と認識されない限りは難しいのではないだろうか。
53 ミッシェル・フーコー:"監獄の誕生" (1975) (邦訳は田村俶訳、新潮社、1977年)
54 ニール・スティーヴンスン:"スノウ・クラッシュ(Snow Crash)"(1992) (邦訳は1998年10月にアスキーから出版された後、2001年4月に早川書房が文庫本を出版)
55 仮想世界に関心がない人に仮想世界に関心を持ってもらうのは簡単ではない。その対策として人気MMOゲームのFortniteは、キャラクターなどをグッズ化した商品が現実世界の店頭に並べて販売することで、MMOゲームをしたことのない層、例えば年齢が低い子供にも知名度があがり、その子供たちがFortniteをプレーしたがるという流れを作った。メタバースも現実世界側に接点を持ち、人々をメタバースに誘導する必要があるだろう。