2023 年 6 巻 2 号 p. 15-36
本稿は、将来、通信環境がより大容量、低遅延、多接続となり、現実の動きがシームレスにバーチャルリアリティに反映される情報通信環境を想定し、アバターを介した実演の法的保護を明らかにすることを目的とする。
現在、著作権法上、実演家の権利は「その実演」を保護対象としている(同法90条の2~92条の2)。この場合、メタバース(以下「MV」という。)上での「実演」(同法2条1項2号)あるいは実演相当行為は、「その実演」に該当するのかという論点がある。また、著作権法91条1項は録音録画権を保障するが、いわゆるワンチャンス主義によって、その範囲が一般的には限定されている(91条2項)。しかし、91条2項は、「映画の著作物」において録音・録画される場合を対象とする。そのため、リアルタイムでの実演をMV上で行った場合、この要件に該当するのかという点も論点となる。
これらを検討した結果、実演家保護の制度趣旨に関し、準創作行為保護説と伝達行為保護(投資行為保護)説の対立があるところ、現代においては、伝達行為のコストが下がり、実演に個性が表出されることを保護するべきであり、準創作行為保護説が妥当であることを示した。
次に、MV上でのアバターの実演(相当行為)が、現実の実演家による実演として評価できるのか。「その実演」の意義と判断基準を検討した結果、①MV上でも「実演」といえるための基準としては、当該表現に実演家の個性が表出されているか否か、という観点から判断し、該当すれば、MV上の表現であっても、実演と評価されるべきであること、②MV上でアバターが実演を行った場合に、実演家の権利が及ぶ「その実演」といえるためには、機械的再生であること、アバターがなす実演から、もとの実演の個性の表出を感得でき、当業者(当該芸術分野の通常の知識を有する者)を基準にしてその同一性を感得できるか否か、という観点から判断すべきである2点の知見を得た。
This paper aims to clarify the legal protections for performances via avatars.
Under the Copyright Act of Japan, the rights of performers are subject to protection for "the performance" (Articles 90-2 to 92-2). In this case, there is an issue as to whether a "performance" (Article 2(1)(ii)), or an act equivalent to a performance on the Metaverse (hereinafter referred to as "MV") constitutes "the performance."
As a result of examining that issue, there is a conflict between the quasi-creative act protection theory and the transmission act protection (investment act protection) theory regarding the purpose of the performer protection system.
In modern times, the cost of transmission has fallen, so the expression of individuality in performances should be protected, and the theory of protection of quasi-creative acts was shown to be appropriate.
Next, as a result of examining the conditions under which the avatar performance on the MV can be evaluated as a performance by a real performer, we concluded that the following two points should be considered.
(1) As a criterion for being able to say that it is "the performance" even in the MV, it is judged from the viewpoint of whether the performer's individuality is expressed in the expression. It should be considered a performance.
(2) When an avatar performs a performance on a MV, in order for it to be said that “that performance” is covered by the rights of the performer, it must be a mechanical reproduction, and the individuality of the original performance must be considered from the performance performed by the avatar. to be able to perceive the expression of the art, and to be able to perceive its identity based on a person skilled in the art (a person with ordinary knowledge in realm of art.
メタバース(以下「MV」という。)に代表される、バーチャルリアリティ(以下「VR」という。)3の市場が盛況である。背景としては、情報環境が整備されつつあることが一つの要因であろう。通信インフラとしては、大容量、低遅延、多接続を実現する5G、ライブ配信プラットフォームも濫立し、個々人が自由に映像を含め簡単に配信できる時代になった。
このような社会的な情報環境の中、著作権が問題となり得るのが、MVであろう。政策としても、「知的財産推進計画2022」においては、Web3.0時代におけるコンテンツ消費の新たな可能性としてNFTと並列でMVを挙げている4。総務省5及び経済産業省6が検討会を立ち上げ、東京大学工学部では、「MV工学部」が立ち上がり教育分野での活用を志向する7。情報通信事業者も、KDDIが「バーチャル渋谷」など都市連動型MVに参入、NTTドコモは、2022年9月、MV事業に総額600億投資するなどと報道発表され、産官学がそれぞれMVに期待を寄せている。
1.2.本稿におけるメタバースの定義MVの定義自体は確定的なものがないが、Neal StephensonのSF小説『Snow Crash』が起源とされる用語の沿革等は、林イランの論考8が詳しい。
特許公報を見ると、2008年の出願の特許発明(特許第5159375号参照)にみられ、特許庁も、「コンピュータネットワーク上の3次元の仮想空間(または仮想空間を活用したサービス)」と表現する9。また、日本バーチャルリアリティ学会では、「サイバースペース(電脳空間)やサイバー世界において」4つの条件(①三次元のシミュレーション空間(環境)を持つ、②自己投射性のためのオブジェクト(アバター)が存在する、③複数のアバターが、同一の三次元空間を共有することができる、④空間内に、オブジェクト(アイテム)を創造することができること)を満たすものを特にMVとしている10。
工学分野で比較的参照されるMVのホワイトペーパー11では、Glossary12に複数の説明を置いている。最も短い説明として、「(1)仮想的に拡張された物理的現実と、(2)物理的に持続するVRとの融合。両者の融合でありながら、ユーザはどちらも体験できるもの」とする。このほか、「現実の自分自身を表すアバターを通じて日常の活動と経済生活が行われる 3D ベースの仮想現実」13や「仮想と現実が相互作用して共進化し、その中で社会的、経済的、文化的活動が行われて価値を生み出す世界を意味する」14などがある。
渡辺智暁は、MV概念の多様性(特にバズワード化)をもたらす原因として、MVが産業トレンド化することにより、企業が自社事業や技術がMVに該当すると主張し、「多少強引に都合の良い定義をする動機」があると指摘する15。
もっとも、最近では、法学分野でもMV関連の論考が増えているため、それぞれ冒頭で定義付けを試みている。例えば、弁護士の増田雅史らの論考では、「多人数が参加可能で、参加者がアバターと呼ばれる自らの分身を操作して自由に行動でき、他の参加者と交流できる、インターネット上に構築される仮想の三次元空間」としている16。上野達弘の論考でも「コンピュータネットワーク上に構築された3次元CGの仮想空間で複数人が同時に参加可能なもの」としている17。
この点で、ゲーム領域の具体例をみると、Epic Gamesが提供する「Fortnite」18、任天堂の「あつまれどうぶつの森」19は、それぞれネットワーク上の3次元CG空間で、現実のプレイヤーが、ゲーム上では、アバターを用いて、複数人が同時参加をして、コミュニケーションを図る点で、MVの定義に該当することになる。
以上の定義やユースケースから見える共通点であり、法学上の議論として重要な点は、MVは単なるVRに留まらず、インターネット上の仮想の三次元空間において、多人数が同時参加可能である点にある。そこで、本稿では、MVを「現実空間と相互作用して共進化し、その中で社会的、経済的、文化的活動が行われて価値を生み出すVR」をMVと定義し、VRの中でもMVにおける著作権法上の概念である「実演」を巡る法的課題を検討する。
1.3.本稿で取り上げる論点と仮想事例本稿では、著作隣接権、特に実演に着目し、MV上においてアバター(現実の人間がMV内で没入する感を体感するための化身ともいえるキャラクター)やバーチャルキャラクターがVR上で演じる(ように見える)動きは、「実演」(著作権法2条1項3号、以下法名省略する。)として保護されるか否かという点に着目する。
一般に、デジタル技術を介した「実演」に関しては、これまでの想定例は、現実の実演家が存在し、VRを通じて実演が行われる場合である。基本的には、ライブのストリーミング配信と異なることはない。
もっとも、いわゆるVTuber(バーチャルYouTuber)20の「実演」はこれと異なる。かつて田村善之は、実演家の権利に関し、「録音、録画技術がいかに発展したとしても、実演に対する需要は失われない(将来、デジタル技術によるヴァーチャル・リアリティーの創出が容易となれば話は別だが)。」21と述べていたが、その「将来」が到来したと言えよう。
本稿では、MVにおける実演家の保護、実演の権利に関する法的問題を中心に検討するにあたり、「実演」にも幅があることから、【事例】を設定し、これをもとに検討を行う。
図1.本稿における検討事例
この【事例】は、VtuberのようなアバターがMV内でリアルタイムに準じる形式(完全に事前にプログラムされたものの動きではなく、タイムラグはあるが、臨機応変に対応することが可能であるもの)でダンスショーを行い、ユーザが観覧するものを考える。したがって、録音のみとなる音声のみの実演やMV上で現実ライブ配信を行う態様での実演はいずれも検討対象外となる。この事例は、分解すると、Ⅰ. MVへのインプットと、Ⅱ. MVにおける表現先(アウトプット)の2つがある。
Ⅰでは、さらに、Ⅰ-①現実空間において、「実演」を行っている者が存在する場合(インプット段階における上の場合)と、Ⅰ-②単にプログラムをインプットする2つの場合が考えられる(インプット段階における下の場合)。ここでのⅠ-①のインプットは、「実演」(2条1項3号)に当たるものとする。したがって、実演を行っている者は、実演家(2条1項4号)に該当する。ただ、Ⅰ-①は、必ずしも一人とは限らず、声は声優A、振り付けは振付師B、音楽の演奏はCといったように複数から構成される場合もある。これは「共同実演」概念の成否とも関わる、著作権法上の古典的な問題に帰着することができる(論点1)。しかし、MVの特徴は、当該実演家の実演自体を見るのではなく、MVといういわば、プラットフォームにおける「芸能的な性質を有するもの」を通じてユーザは感得する点に特徴がある。そうすると、Ⅱ. MVにおけるユーザが感得できる表現が、「実演」(2条1項3号)として保護対象となるかが問題となる(論点2)。
仮に、保護対象となるとしても、ここにさらに2つの問題がある。Ⅱにおける表現とⅠにおけるインプットとの関連性である。「実演」に該当しなければ実演家の権利(90条の2~95条の3)、実演家人格権(90条の2、90条の3)は発生しないが、これらの権利が実演家に帰属するのは、「その実演」に該当することを要する。つまり、MVの場合ⅠとⅡが同一と評価できることが重要である。「その」といえることが必要となるが、いかなる場合にそういえるのか、その基準が問題となる(論点3)。
さらに、ⅠとⅡが同一と評価できる場合に実演家に権利が帰属するが、前述のとおり、Ⅰ-②は実演家ではなく、プログラムをインプットした者に過ぎず、「実演家」(2条1項4号)とは、「実演を行う者及び実演を指揮し、又は演出する者」(2条1項3号)ところ、古典的なそれではなく、こうした者もまた「実演家」といえるのか問題となる(論点4)。
最後に、「実演」と認められるプログラムの場合、権利範囲が問題となる(論点5)。
なぜなら、保護対象は「その実演」に限定されているからである(90条の2~92条の2)。この意義を明確にする必要性の1つが、同一性保持権の権利範囲に現れる。「その実演」にのみ、権利が及ぶことを徹底すれば、共演者の実演の改変、演奏にパロディ画像を付けて放送すること、実演家の背景画像の改変などの行為については、当該実演家の実演そのものに改変を行っているとは言えないため、当該実演家の同一性保持権は及ばないことになる22。
以上の論点をまとめると、表1のとおりである。
なお、既存の研究では、MVの空間での表現において、これをVtuberが行う場合に、AIへの法人格付与の議論を参照23し、この段階でアバターに法人格を付与することの是非を検討している24。これを肯定すると、アバターに実演が帰属する余地が出るが、後述のとおり、実演は自然人に帰属するものであり、本稿では、法人格付与は結論としては否定する前提で検討する。
論点1:「共同実演」概念の成否 論点2:MVにおけるユーザが感得できる表現の「実演」該当性 論点3:実演とMV上の実演の同一性(「その実演」といえるか) 論点4:プログラム入力者の「実演家」該当性 論点5:MVにおける「実演」の権利範囲 |
VRを含むMVにおける著作権法に関する法的検討は、関真也の論文が、論点を網羅している25。結論を先出しすると、それ以外の論文の大半が著作物性、狭義の著作権(21条~28条)と、それに対する権利制限規定(特に性質上、45条、46条)を論点として挙げる26一方、著作隣接権、特に実演家の権利に関する検討は殆どなされていない。
MVのアバターに関しては、上野達弘が「アバターも通常は著作権の対象になるかと思います。ただ、それが誰の著作物なのかというのは…難しい問題」と指摘するほか、肖像権やパブリシティ権について言及する27。
他方で、本稿の問題意識にあるMV上における実演に関する検討は少ない。ただ、1.3で挙げた論点2(MVにおけるユーザが感得できる表現の「実演」該当性)については、若干の先行研究がある。
まず、上野達弘は、仮想空間においてアバターを操作してダンスを行った場合は、「実演」であり、これを行った者は「実演家」に当たり得るとする。ただし、上野は、実演家や実演の定義が国によって異なるため、ネットワーク上での行為がどこで行われたかという「一般的な問題」の検討が求められると指摘し、むしろ問題意識が準拠法に向けられており、本稿の問題意識の承認はあるが、この問題に応えるものとはなっていない28。
また、原田伸一朗29は、YouTuberを①あくまで生身の人間(YouTuber)がキャラクター・アバターの表象をまとって/借りて動画配信をおこなっているタイプと、②キャラクターこそがVTuber の本体という設定のタイプに分け、①を「パーソン(準拠)型」、②を「キャラクター(準拠)型」のVTuber と分類する。この場合において、①パーソン型のVTuber が配信する動画は、歌唱・ダンス等を除けば、台本・脚本に基づいて「役」としてのセリフや動きを演じるものは少なく…「中の人」も「実演家」には当たらない」が30、②キャラクター型は、あらかじめ台本・脚本が用意され、決められた内容のコンテンツをディレクションに基づくため、「実演」に該当し得るとする31。この原田の指摘する類型は、現状のVTuberの類型化であり、②の実演に関しては、キャラクターを演じることに対しての評価であり、1.3で挙げた論点のうち、論点2において、実演該当性を肯定し得ることの示唆に留まる。
さらに、VTuberに関しては、弁護士の岡本健太郎は、「デジタル処理の程度によっては、VTuberの「踊り手」による踊りも、「実演」として実演家の著作隣接権を肯定できるようにも思われる」とも指摘している32。
他方で、弁護士の桑野雄一郎は、バーチャル実演について、2条1項3号を説明するコンメンタールの中で補足を設けて解説している。桑野によると、モーションキャプチャーによってデータ化することで、実演家不在のまま映像作品の制作が可能になるが、沿革的には、機械的失業に対する補償が実演家の権利の保護理由であったことからすれば、このような映像にも実演家の権利を及ぼす必要性は高いとしつつも、法が予定している「実演」とは質的に大きく異なっていることから、現行法の解釈として「実演」と評価することはできず、立法により解決されるべきであると指摘している33。
これに対し、アバターを介した、あるいはVTuberのライブを想定したときのダンスの動きについて、弁護士の岡本健太郎は、「多くのメタバースでのダンスは、プログラムとして組み込まれた動きなど、ある程度限定されており、「演じる」といえるほどの個性はな」く、実演は「人間が身体を駆使して著作物を表現する行為が想定されてい」るものの、「今後、技術の発展ととともに、モーションキャプチャーの動きがほぼダイレクトにメタバース上に反映される場合など、一定の場合には、アバターを介した実演も、著作権法上の「実演」と認めてよい」場合があると述べ34、肯定的な見解をとる。ところが、この指摘は、2つの不明点がある。
1点目は、プログラムとして組み込まれた動きに関して、実演家の権利が問題となる範囲が不明である。具体例として1.3の事例(Ⅰ-①のインプットにより、Ⅱ. MVにおけるユーザが感得できる表現がなされた場合)を考える。この場合におけるインプットは、前述のとおり2つの類型がある。実演をアバター映像として表現する場合は、上記の指摘が該当するが、モーションキャプチャーしたデータとして実演を録画する場合の実演該当性が不明である。また、「ダイレクトにメタバース上に反映される場合」は、アバター映像を介する場合でも、91条1項の適用範囲が不明確になる。なぜなら、(許諾を得て)「録音」「録画」(定義につき、2条1項13号、14号)はされたとしても一時的だからであり、また、これらの要件を満たすとしても、「映画の著作物において」(91条2項)なされたか疑問がある。映画の著作物は「物の固定」が要件となる(2条3項参照)ためである35。
2点目は、アバターを介した実演が著作権法上の実演と認められ得るとの点である。岡本の指摘は、「実演」に該当するとの指摘に留まり、実演家の権利としての保護することまで明示していない。しかし、実演家の権利として保護されなければ、実演が帰属する権利主体は誰か、どこにあり、保護する実効性はあるのか、疑問が生じる。実演家は「…実演を行う者及び…演出する者」(2条1項4号)とあるように、自然人に帰属するが、2条1項3号の「実演」に該当しても、実演家の権利は、「その実演」(91条1項)に保護が与えられる。
したがって、MV上での演じる行為(プログラムの出力)が実演に該当したとしても、実演家の権利が及ばない可能性がある。この点は、論点3に挙げたように「その実演」の意義が問われる。また、桑野がバーチャル実演の実演該当性を否定する論拠としているのは「実演家」が不在であることにある。この指摘は、①全て「実演」が「実演家」に帰属すること、②プログラム入力をしただけの者は当然に「実演家」ではないこと、の2点いずれか、あるいは両方を前提としている。本稿では、それ自体も論点であり、論点4の問題として検討すべきであると整理すべきと考える。
このように、先行研究においては、前述した論点のうち、論点2だけが議論の俎上にのぼる。結論としては、事例の場合、桑野の立法的対応が必要とする見解以外は、実演として保護の余地があることになる。
2.2.実演家の権利処理これまでのとおり、MVにおける実演家の権利を含む著作隣接権に関してほとんどその言及はない。しかし、最近、弁護士の関真也が実演家の権利処理に関して詳細に検討している36。これによると、上記の論点について、以下のとおりとなる。
まず、論点2につき、「アバターを介した操作者の行為が「実演」に該当するかは一概には言えず、ケース・バイ・ケースの判断」37とし、他の論考と同様の態度をとる。
次に、論点3につき、アバターの動きに関する著作隣接権の処理として、キャプチャー段階とアバター映像段階の問題があることを指摘する(本稿の事例におけるインプットとMV上の表現の2段階に対応しているといえる)。そして、前者は論点2の実演該当性の問題、後者は実演の利用の側面として「録画」「送信可能化」等に該当するか否かを問題とする38。つまり、MV空間での表現が当然に「実演」と紐づけられ、それがユーザに感得できるようにする行為としての録画権、送信可能化権は、インプットにおける「実演家」に帰属することを前提とし、本稿のように、「その実演」の解釈上の問題について言及していない39。
ただ、この見解を採用すると、論点4に関しては、言及はないが、実演家について古典的な実演を行う者に限定され、事例のインプット段階における情報をインプットしただけの者が実演家に該当する可能性を否定する帰結になりやすいといえよう。
最後に論点5については、詳細な言及がある。関によれば、録画されたモーションデータとアバター映像の2つに分け、これらは別個の著作物であるから、91条2項、92条の2第2項の適用上、区別するべきであるとする。ただ、実務上は、モーションキャプチャー等の段階でまとめて操作者から許諾を得ることを検討するのもよいとしている40。
もっとも、本稿の問題意識との関係では、91条2項、92条の2第2項のいずれも「前項の規定」を所定の場合に適用されない。そのため、91条1項、92条の2第1項が「その実演」に関して実演家に権利を与えていることから、論点3との関係で決まる問題である。
なお、モーションデータ及びアバター映像をいずれも録画せずに生配信する場合の記述がある41が、録音録画がなされない生配信は技術的に想定できない。また、放送事業者等に与えられた102条1項、44条1項のような規定がないため、その録音録画が一時固定であっても、実演家の権利範囲にある。
2.3.小括先行研究における実演家の権利をめぐる問題は、「実演」該当性を中心に論じられている。「その実演」の解釈次第では、機械的失業の再来42ともいえる事態が生じかねないが、関が指摘する他は、著作権法上の検討が不十分であったといえる。
論点2では、実演該当性が問題となっているため、「実演」の意義を検討する。
わが国著作権法では、実演を「著作物を、演劇的に演じ、舞い、演奏し、歌い、口演し、朗詠し、又はその他の方法により演ずること(これらに類する行為で、著作物を演じないが芸能的な性質を有するものを含む。)」(2条1項3号)と定義する。原則として、「著作物」を演ずることを指すが、前述の同号かっこ書のとおり、著作物を演じないものであっても、それ自体が著作物を演ずると同じような芸能的な性質を有するものを含むとされる44。具体例として、奇術・曲芸・腹話術・物真似が典型例とされ、芸能的な性質に着目してみれば著作物を演じているものに等しいものは実演に含む趣旨である45。
以下では、保護の形態が異なる国もあるが、各国法と比較し、定義の広狭を俯瞰する。
アメリカ著作権法46101条では、「著作物を「実演する」とは、直接または何らかの装置もしくはプロセスを使用して、著作物を朗読、表現、演奏、舞踊または上演することをいい、映画その他の視聴覚著作物の場合には、映像を連続して見せること、または映像に伴う音声を聞かせること」としている47。また、連邦レベルでは、著作隣接権制度がないため、契約的処理や労働協約が実効的な実演家の保護として機能しており、著作権法ではオリジナリティの要件を満たした録音物が著作権の客体となり、アーティストとプロデューサーは共同著作者の地位を獲得する48。
欧州情報社会指令49では、実演家に複製権(同指令2条(b))が認められ、DSM著作権指令50では、第3章において、18条(適正かつ比例的な報酬の原則)、19条(透明性義務)といった、著作者と実演家の公正な報酬を保障する規定があるが、「実演家のカテゴリーに関する明確な定義は定められていない51」。
加盟国のドイツでも「実演芸術家」(Ausübender Künstler)の定義はするが、直接、実演を定義する規定はない。ただ、ドイツ著作権法5273条が、「著作物若しくは民俗芸能の表現形式を演じ、歌い、演奏し、若しくはその他の方法により実演し、又はそのような実演に関して芸術的に協力する者」と定義する53。このように、著作物又は民族芸能の表現形式を対象に、「演じ、歌い、演奏」することを実演の例としているので、「民俗芸能の表現形式(フォークロア)」も含む点でわが国著作権法と異なり、解釈上、保護対象の「実演(Darbietung)」とは、著作物又は民族芸能の表現形式(いわゆるフォークロア)に関する解釈行為であって芸術的なもの(künstlerische Werkinterpretation)と解されている54。
この点は、わが国著作権法2条1項3号かっこ書で「芸能的」な性質のものを含むことと類似するが、後述するローマ条約9条において、文学的又は美術的著作物を実演しないが芸能的な性質を有する行為を行う者に対して同条約に定める保護を及ぼすことができるとされており、この対応を日独では行っているとみられる。
実演の意義としては、「演じ、歌い」といった具体的行為は、後述するWIPO実演・レコード条約2条aが具体的に定義したことに伴い、これまで「実演」のみの表現を具体化したものに過ぎない55。現行法も「その他の方法」とし、およそ違いはないと思われる。
フランスでも、直接的に直接、実演を定義する規定はない。ただ、隣接権者の1つとしてフランス知的所有権典56では、「実演家」を212の1条で規定し、その定義を「職業上の慣行によって補助的な実演者と考えられる者を除き、文学的若しくは美術的著作物又は寄席演芸、サーカス若しくは操り人形の出し物を上演・演奏し、歌唱し、口演し、朗唱し、演じ、又はその他のいずれかの方法によって実演する者」とする。実演の定義は条文にはないが、著作権法により保護される著作物を演じかつ独自性(caractère personnel)が表れたものであることを要するとされている57。
このように、「実演」の外延は、共通の部分はあるが、統一を見ないのである。
3.2.保護を受ける実演(条約における実演の意義)もっとも、著作権制度は、複数の条約があり、国際調和も図られている領域の1つである。わが国著作権法も例外ではなく、条約との関係で保護される著作物、実演の範囲を定めている(5~7条)。そこで、加盟している条約との関係で実演の意義を概観する。
わが国が締結している実演家の権利に関する条約は、①「実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約」(以下「ローマ条約」という。)(1961年)、②「TRIPs協定(マラケシュ協定附属書1C)」(1994年)、③WIPO実演・レコード条約(以下「WPPT」という。)、④「視聴覚的実演に関する北京条約」(以下「北京条約」という。)である。
①ローマ条約58では、「実演家」を「俳優、歌手、演奏家、舞踊家その他文学的又は美術的著作物を上演し、歌唱し、口演し、朗詠し若しくは演奏し又はその他の方法によって実演する者」と定義し(同条約3条(a))、フォークロアの著作物ではないものを演ずる者は、同条約上の実演家ではないが、保護の正当化を明確化するため、芸能家の保護が明示された点に特徴がある(同条約9条)。同条約では、著作物を演じる実演の保護義務を課す(同条約4条)一方で、著作物を演じない実演について、条約上は任意的保護ではあるが、芸能家の保護の9条において、「文学的又は芸能的著作物を演じないが芸能的な性質を有する行為を行う者」に対して保護を与えるとしている。つまり、実演家の保護を通じて、著作物を演じない実演も一定程度、保障範囲に含めている59。
②TRIPs協定は、14条1項にて実演家、レコード(録音物)製作者及び放送機関の保護を定め、この権利は、加盟国がローマ条約の範囲内で条件等を付することができるとする(同条約14条6項)。他の産業財産権がパリ条約プラス・アプローチ、著作権がベルヌ条約プラス・アプローチをとる中、著作隣接権(に相当する権利)は、ローマ条約プラス・アプローチを取っていない。TRIPs協定で個々の権利を定めることとしているのは、米国が実演家などは著作権法上の権利を有さず、契約、判例、行政的規制によって保護されるとしていたため、TRIPs協定締結の交渉に影響を与えたからであるとされている60。同協定では、実演家、実演の定義自体存在しない。同協定の影響は、14条5項にあり、ローマ条約で定めた著作隣接権の20年以上とした保護期間を50年以上とした点である61。
③WPPTもまた、実演自体の定義は置かず、「実演家」の定義を「俳優、歌手、演奏家、舞踊家その他文学的若しくは美術的著作物又は民間伝承の表現を上演し、歌唱し、口演し、朗詠し、演奏し、演出し、又はその他の方法によって実演する者」とする(2条(a))。
なお、WPPTは、実演家人格権(氏名表示権・同一性保持権)(5条)を認め、生実演を固定する権利及び放送・公衆への伝達権(6条)、複製権(7条)、譲渡権(8条)、商業的貸与権(9条)、固定された実演を利用可能にする権利(10条)、固定された実演の放送・公衆への伝達権(11条)を付与し、実演家の保護を強化する。
最後の④北京条約は、視聴覚的実演の保護をカバーすることを目的とし、WPPTをモデルにして、大部分はそれに従っている62。
以上の3.1と3.2から実演の意義を見ると、わが国においては、ローマ条約の任意的保護の部分である著作物を演じない実演も含める点で実演を広く捉えていると言えるが、条約上の保護は、本稿の各論点につき、否定できる要素はないが、解決の示唆も与えない。
3.3.実演家の意義特に論点4と関わる「実演家」の意義を概観する。まず、わが国著作権法では、「俳優、舞踊家、演奏家、歌手その他実演を行う者及び実演を指揮し、又は演出する者」(2条1項4号)を指し、俳優等は例示に過ぎず63、この他「実演を指揮し、又は演出する者」が含まれる。実演そのものを行っているのと同一の評価ができる者を指し、オーケストラの指揮者、舞台演出家がこれに当たる64が、立法担当者解説には「指揮」「演出」の用語の説明はない。
この点、一般用語として「指揮」は音楽の著作物、「演出」はそれ以外の著作物の実演についてのかかる行為を指し、「指揮…する者」に該当するかは、具体的な演奏・歌唱行為に対する関与の程度によるとされる65。
ドイツ著作権法では、前述の定義のとおり、実演芸術家の定義において、「実演し、又はそのような実演に関して芸術的に協力する者」とし、実演に関する芸術的協力者も保護対象に含む。他方で、フランス著作権法では、前述の定義のとおり、「職業上の慣行によって補助的な実演者と考えられる者を除」いたものが実演家であり、補助的実演者との区別が問題となる。この「職業上の慣習」による区別は、実演家の人格が現れているかどうかによる区別によって置き換えられる傾向にあるとされ、具体的に認められた例として、映画や演劇において、テキストにして13行に満たない演技を行った者を実演家としたものがある66。
このように、いずれも構造としては、実演該当性が認められると、基本的には実演家の範囲が定まる関係になっている。ただ、ドイツもフランスも、協力者、補助者という実演家そのものではない存在を認めている点は共通している点は、日本には見られない特徴であるものの、権利保護の範囲を厳格化する目的でフランスでは補助的実演者には権利を与えず、ドイツでは、芸術的協力者は、実演芸術家と同等の保護する相違がある。
以上からすると、実演家の意義につき、著作物を演じない実演の保護について、各国は実演家概念を拡張し、補助者や協力者という概念によってその範囲を拡張している。この背景には、3.2で述べたとおり、WPPTや北京条約においても、実演家概念を拡張しつつも、その範囲が不明確な点に起因する。これは、デジタル化に国際調和が対応できていない証左でもあるが、他方で、例えば、論点4について、「実演家」に該当するとの結論もまた否定されない点において、解釈の余地も大きいことがわかる。
3.4.制度趣旨ところで、実演家の保護に関し、その立法趣旨は、条約に遡る必要があるが(5条~7条参照)、著作隣接権の中でも放送と異なるのは、実演には著作物に類似した創作的要素がある点に加え、機械的失業対策という政策的意味がある点である。
そのうえで、実演家の権利を著作隣接権にて保護する理論的根拠としては、準創作行為保護説と伝達行為保護(投資保護)説に分けることができる67。
準創作行為保護説は、実演の人格的要素に着目する人格的保護として考える立場であり、立法担当者の見解である。著作権制度審議会の答申説明書では、「隣接権制度は、著作物を公衆に伝達する媒体としての実演家等の行為に著作物の創作行為に準じた精神性を認め」る68。また、「著作物の創作活動に準じたある種の創作的な活動を行った者に著作権に準じた保護を与えることが、その準創作活動を奨励するものであり、かつ、そういった著作物に準じる準創作物の知的価値を正当に評価するものだから」であるともされる69。この見解は、実演家の個性や技量に依存し、実演に固有の意義を見出す70。
この創作的要素に着目する帰結として、実演には、(論者によって表現は異なるが)人格的保護に資するだけの個性の表出があることが求められる。他方で、伝達行為保護説は、情報の伝達者であるから保護されているとする考えであり、保護をしないと、業としての成立が危ぶまれることから特別な権利を与え、インセンティブが必要であるとする71。
そもそも、著作隣接権の保護は情報技術の発達にあるとされ、機械的失業もその1つであるが、放送・レコード製作者を典型とする伝達行為保護は、情報技術の発展により、もはや放送よりも公衆送信(ウェブ配信)、レコード盤よりもサブスクリプションサービスによる、音楽のデータ配信が主流になり、誰もが簡単に音声や映像を配信できる時代になっている情報環境では、伝達行為保護を裏付ける投資保護も、そのコスト低下により意義が乏しい。
反対に、創作的要素が付加される人格的要素の価値が相対的に高まっているといえ、現代における実演の保護は、むしろ準創作行為保護説を基本に考えるべきであろう72。演じる者を通して実演が行われると、その人格的要素たる声、容姿、身体的特徴が不可分的に表出する73からだけでない。3.1~3.4で明らかにしたように、実演家としては、著作物を演じない実演を行う者も保護するわが国では特に、親和性がある。なぜなら、著作物を演じない実演の保護の根拠を考えるとき、著作物を創作した著作者に著作権が帰属する発想と同様に、創作に準じた点にその正当性が認められると考え得るからである。
3.5.その他の要件(91条2項、92条の2の解釈)MV内での実演を考えた場合、特に91条2項の録音録画権、92条の2の送信可能化権が特に、問題となる。前述のとおり、関は、録画されたモーションデータとアバター映像の2つの権利処理に焦点を置くが、後者のアバター映像については、「録画により媒体に固定する場合」は映画の著作物に該当すると指摘する74。91条2項は、同条1項で認められた録音録画権のうち、許諾を受け「映画の著作物において録音…録画された実演」には録音物に録音する場合を除き、適用しないことを規定する。俳優が、映画撮影を許諾した場合が典型例であるが、それに限られないが、「映画の著作物」に該当するか否かで91条1項の権利範囲が変わる。ここで、条文上の「映画の著作物」には2条3項に規定するものも含まれる75。ここで問題を分解すると、①MMORPGやFortnite、あつまれどうぶつの森といった、「ゲーム」と分類されるMV空間の提供サービスに、91条2項の適用の関係で、中古ゲーム事件大阪訴訟最高裁判決76の射程が及ぶか、②クラウドゲームのような場合に、物に固定しているといえるか、③物への固定は著作者の立場の者が主体的に行う必要があるか、の3点である。
本判決は、家庭用テレビゲーム機に用いられる映画の著作物の複製物を公衆に譲渡する権利と複製物の再譲渡が問題となった事案であり、映画の著作物に該当すると、頒布権が発生する効果を持つことから、映画の著作物の該当性が重要な争点となった。最高裁は、「コンピュータ・グラフィックスを駆使するなどして,動画の影像もリアルな連続的な動きを持ったものであり,影像に連動された効果音や背景音楽とも相まって臨場感を高めるなどの工夫がされており,アニメーション映画の技法を使用して,創作的に表現されている」ことから、2条3項の「映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され」た著作物であるとした。
ただ、本判決では、なお書きとして、「本件各ゲームソフトを使用する場合に,ディスプレイの画面上に表示される動画影像及びスピーカーから発せられる音声は,ゲームの進行に伴ってプレイヤーが行うコントローラの操作内容によって変化し,操作ごとに具体的内容が異なるが,プログラムによってあらかじめ設定される範囲」であることを指摘している。これは、一般的な映画の著作物が、固定のストーリーの観賞になるのに対し、ゲームの場合、プレイヤーがキャラクターなど、自身で操作できることから、その都度内容が異なり得るため「物に固定」しているか否か争いになっていたためである。MVによっても、あらかじめプログラムに制御され、予想外の動きはできないので、本判決の射程は及ぶと考えられる。また、「映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現」(2条3項)されたと評価することもできる。
他方で、「物に固定している」といえるのか。パックマン事件77では「著作物が、何らかの方法により物と結びつくことによって、同一性を保ちながら存続し、かつ著作物を再現することが可能である状態」をいい、物は有体物を指す78。
MVの場合、冒頭にあげたゲームの場合は物に固定しているといえよう。しかし、クラウドゲームなど、物に固定しているとはいえないものもあり得る。
③物への固定する者が著作者などに限定されるか否かは、立法担当者は、限定説を念頭に置いている79が、これに関する裁判例や論考は見当たらない。ただ、この問題意識は、生放送を、別の誰かが固定していた場合に2条3項に該当することが不自然という理由であり、管理下になく、想定していない物の固定は除外しても良いと思われる。また、92条の2第1項は実演家の送信可能化権を規定するが、92条の2第2項各号に規定する場合は適用されない80。そのため、91条の解釈がその権利範囲を規定することになる。
本章では、冒頭の各論点の検討を行う。その前に、基本的な視座として、実演家の権利を含め、著作隣接権が乱立すると、権利処理が複雑になり、情報の利用・流通の阻害要因となり得るので、新たな権利の創設には慎重でなくてはならない81。したがって、MV上での「実演」が「その実演」として立法的手当てなく、認められるか否かは、阻害要因となるリスクと、実演の権利保護の観点の比較衡量をする必要がある。
もっとも、先行研究でも議論の多い論点2(実演該当性)については、3.1、3.3で述べたドイツにおける「実演芸術家」のように実演家の定義はなされているが、「実演」についての定義は少ない。これは、3.2で述べたローマ条約を始点とする制定経緯からもわかるように、まずは「機械的失業」と呼ばれる状況から、保護すべき集団・職業があるからと思われる(3.4参照)。そのため、「実演」を定義する場合も、「実演家」の定義が先にあるのである。
ただ、実演の定義や実演家の範囲は、文言上、フォークロアを演じる者を含むか否かという違いはあるが、その実質において、いずれも柔軟な解釈が可能であり、対象を限定するとは解されない。わが国では、「実演」の定義においても、2条1項3号は、「その他の方法により演じること」と規定されており、「演じる」のであればその範囲は広く、同号かっこ書では「類する行為で、著作物を演じないが芸能的な性質を有するもの」を含む82うえ、実演家の定義においてはさらに「実演…指揮し、又は演出する者」と、実演を行う者でなくとも、実演家に該当する場合がある(2条1項4号)。
そうすると、VR上における表現が実演に該当するか否か、そしてその権利がどの範囲の主体に帰属するかという解釈は、Society5.0の中において、対面での「実演」が相対的に減少する中で、その解釈指針は、著作隣接権、特に実演家の保護がMVという新たな機械的失業に対応する必要があり、実演がなされる態様も踏まえ、個性の発揮という準創作行為保護説に依拠した観点から、判断されるべきであろう。
4.2.各論点の検討 4.2.1.論点1(「共同実演」概念の成否)MV上では、不特定多数の者が、現実での名前なども知らないまま、共同で実演を行うことが想定される(ここでは、以下のMV上での実演があり得る前提とする。)。また、後述する論点4において、プログラムの入力者も「指揮」又は「演出」として実演家に該当すると実質的に実演家の権利は常に共同実演となる。
この問題は、共同著作物の人格権行使に関する64条が、実演家人格権には準用されていないことから、共同実演においては、各自が権利行使を要する原則になるが、反対説もあり、実演家人格権の行使は、著作者人格権と別異に扱う必要はなく、共同実演の場合も、共同著作物同様、人格権の一体的な行使の制度が必要であるとする83。
ただ、この解釈は、条文を無視した解釈であるといえ、立法意思も文言上も、実演家人格権は、著作者人格権と別異に扱う意思である84。また、反対説は、オーケストラ演奏など、実演家との間に相互に面識がある場合を想定しているが、大規模、同期性が最大の特徴であるMV上での実演が可能となれば、現実での面識がない者同士の実演も可能となる一方で、人格権の一体的な行使のための合意形成が難しく、さらには、準拠法の問題があり85、Society5.0時代における著作権法解釈としては、却って権利行使の可能性が限定されるおそれがある。そうすると、共同実演概念を認める必要はないと思われる。
なお、ドイツ実演家契約法80条1項では、信義則による同意拒絶の制限が規定されており、立法論として共同実演を認める場合、全体の合意形成を促進する法技術が必要となる。
4.2.2.論点2(実演該当性)前述の桑野のバーチャル実演は、MV上での実演該当性と問題状況は類似する。しかし、現実の動きがシームレスにMVに反映される情報通信環境を想定し、アバターを介したパフォーマンスが可能となる時代は近い。前述のプロピアニストの動きをセンシングデバイスによってデータ化し、素人がピアノ演奏を行う例は現実空間での事例であるが、プロのピアニストの演奏が録音されたものと人が介在して行うものとの違いはどこにあるのかという点と、アバターを介して実演を行う場合と、そうでない場合の区別をどこに設けるのかというのは、パラレルに考えられる。
実演家の保護が準創作行為にあるのであれば、実演該当性は、創作性の議論とパラレルに考えることになる86。この検討は、創作性における対立(人格的意味における個性の現れか、他の表現の選択可能性がどの程度存在するかという「選択の幅」論か)を無視することはできない。しかし、選択の幅論は、創作性の解釈に当たり個性の発揮という説明に疑問あるいは限界が指摘されたことを端緒とする議論である87。そのため、実演該当性について、個性の発揮の観点から解釈することの限界が指摘されていない現在は、データ化した場合を含め、実演に個性が表出されているか否か、という観点からを基準とすることに一応の合理性があると考える。また、個性の発揮がユーザにおいて感得できないMVにおける表現まで保護する必要はない。したがって、論点2は、MV上の表現であっても、実演該当性が一律に否定されるべきではない、との結論に至る88。
4.2.3.論点3(実演と「その実演」の同一性)論点2で、「実演」と認められたとしても、前述のとおり、「その実演」でなければ、実演家に権利が帰属しない。実演家の実演と、MV上でのアバターの表現は、それ自体は、別であることは確かであり、「その実演」、つまり実演家自身の実演に限られる。
実演が機械的に録音、録画された場合で、仮に送信可能化権だけ留保する契約を締結していた場合、送信可能化権が及ぶ「その実演」(92条の2第1項)は、録音録画された再生可能な実演もまた、該当することに異論はないと思われる。これは、機械的再生であり、当業者(特許法29条2項は当該技術分野の通常の知識を有する者を指すが、ここでは、当該芸術分野の通常の知識を有する者を指す)を基準にして同一性を感得できるからである。
そうであれば、実演の保護が、個性の表出にあることも併せて考えれば、アバターがなす実演が実演家の「その実演」であるといえるためには、機械的再生であること、アバターがなす実演から、もとの実演の個性の表出を感得でき、当業者を基準にしてその同一性を感得できることが基準になると考える。ここで、需要者ではなく、当業者を基準とするのは、実演の個性の表出そのものが、プロフェッショナルのレベルでの相違を認識できれば、職業としての実演家は保護対象となるべきであり、需要者を基準として個性の表出に気づけない程度でも、保護の必要性があるからである。
これに対しては、意匠の類似判断では、需要者基準となる(意匠法24条2項)ように、市場において保護されるべき権利を当業者基準で判断することは妥当でないとする反論もあり得る。しかし、これまで論じたように、実演家には準創作性があり、人格的要素の発露があることを保護基準とするならば、需要者が感得する表現を基準とする必要はない。また、需要者基準とすると、保護範囲が狭くなる一方、全くの基準を設けないと、保護範囲が拡散することから、需要者を超えた基準という意味で当業者基準が(当面は)妥当であると考える。
なお、仮に実演と評価できない単なるプログラムだとしても、現実の実演家が実演を行うことで、MV上のアバターが特定の著作物を演じることをした場合、その空間における特定の時間帯のプログラムを切り出して別途動画として販売することも考えられる。このような場合は、そもそも映画の著作物の著作者となり得る。そのため、もともと音楽の実演と即興的な編曲の違いが紙一重と言われる89中で、実演から著作物が発生する可能性も出ている点では、MV上の実演家の権利保護は、最初から共同著作者として保護が検討されるアメリカ法の仕組みの方が優れているかもしれない。
最後に権利範囲、特に91条2項のワンチャンス主義との関係である。MV上でアバターが動くという仕組み自体は、「視聴覚的効果を生じさせる方法で表現」(2条3項)されていることは明らかである。問題は、「物に固定されている著作物」といえるのか、という点である。中古ゲーム事件大阪訴訟最高裁判決では、オンラインゲームが登場する前の時代であり、固定に関しての争いはなかった。しかし、その後のアプリゲームに関しても、特に論点化することなく、著作物がどのカテゴリーに該当するのかさえ明示していないものもある90。ダウンロード型アプリゲームであれば、手元の端末に固定したといえ、2条3項の要件を満たすといえる。
ただ、実演を固定する者は著作者などに限定されないと解するべきである。サービス提供事業者が実演を行うことは明らかであり、MV上での実演を行うに際してはそれを了承しているといえ、この点は特に問題とならない。
4.2.4.論点4(プログラム入力者の「実演家」該当性)自然人が実演を行ったとして、実際の実演のみが、当該実演家の実演として保護される。このとき、その範囲はどこまでか。楽器を用いて特定の楽曲(著作物)を演奏した場合、その楽器がピアノであっても、電子ピアノでもあっても、実演に該当することは明らかであろう。
そして、当該演奏を、マイクを通じて別室にも聞こえるように配信している場合も同様に当該実演家の実演と評価でき、動画配信サービスにおいて同時配信した場合、その動画配信によって感得できる表現は実演によるもの評価できるから当該実演家の実演といえる。
では、シンセサイザーによって、楽曲を組み合わせて演奏した例のように、機械による演奏の場合に、機械を設定した者の実演該当性は従前から議論されていた91。弁護士の前田哲男は、単に楽譜を機械的にデータ等に置き換えるだけでなく、音色や演奏技法等の選択が行われている場合の実演可能性を指摘する。
この見解は、前述のシンセサイザーの例は、実演に該当する可能性が高く、音色、演奏技法等の選択が行われる場合も含むため、音楽ライブでのマニピュレーター(主に、シーケンスのスタート、次に演奏する楽曲データのロード、ドラマーへのクリック音の送信や、サウンド素材のエフェクト操作だけでなく、ドラムループなど即興で行うこともあるライブ音源の制御を担当する者)も、演奏行為がなくとも、実演あるいは実演を「指揮」しているといえ、実演該当性が高まる。そして、この見解は、実演家保護の趣旨を、伝達行為保護説でなく、準創作行為保護説と親和的であるといえる。
しかし、駒田泰土は、自然人が演ずる以上、実演はその者のヒューマン・タッチとして現れるのであるから、実演は当然に個性的であるとし、シンセサイザーへの打ち込みは楽曲の演奏を個別化させるとしても、ヒューマン・タッチよりははるかに人間外在的であるとして、実演該当性を否定する92。このように、準創作行為保護説に立つと、個性の表出という点の強弱によって結論が変わり得る。
これをさらに徹底させる、あるいは技術の発展で今後問題となる限界事例が、プロピアニストの動きをセンシングデバイスによってデータ化し、手元につけたデバイスに電気信号を送って腕の筋肉を動かすことで、素人がピアノ演奏を行った場合、これを「実演」といえるのか、実演家は誰といえるのかといった問題である93。
伝達行為保護説からすれば、素人の人間も、プロのピアニストが実演家としたときの手足に過ぎず、データ化されたプロのピアニストが実演家であり、その演奏を「実演」と評価することに親和的である。他方で、準創作行為保護説、特に、実演に個性の表出を求めると、技術のデータ化によって個性が表現できるのか、という技術による精度が求められよう。結論として、MV上で実演を実行するのは、究極的にはプログラムの入力であることからすれば、そこに個性が見られるのであれば、実演を「指揮」又は「演出」したといえれば、実演家に該当し得る。そこで「指揮」や「演出」の意義が問題となるが、3.3で述べたとおり、これらの著作権法上の定義はない。「指揮」は音楽の著作物、「演出」はそれ以外の著作物の実演についてのかかる行為を指すとの見解94によれば、実演家には該当しない。ただ、立法担当者は、「実演を指揮し、又は演出する者」を、実演そのものを行っていると同一の評価ができる者と解しており95、このように、規範的に捉えると、実演家に該当し得る。
4.2.5.論点5(メタバースにおける「実演」の権利範囲)MVが1つのプラットフォームであるとすると、「実演」となる時間的範囲は比較的明確であるとしても、物理的な舞台装置がない「実演」は「映像」のうち、どこまで及ぶのか権利範囲が一義的に決まるものではない。本稿では、論点5に対する有効な見解を見出すことはできなかった。ただ、実演の判断基準としての個性の発揮の観点からすれば、ユーザが個性の発揮を感得できなくなった部分には及ばない。そしてそれは機械的失業を防ぐという実演家保護の制度趣旨とも合致しているとはいえよう。
4.3.残された課題と今後の展開 4.3.1.残された課題本稿の前提から、AIに法人格を付与することを否定している。また上野は、「実演家」は職務著作(15条1項)のような「職務実演制度」はないため、わが国における実演家は常に自然人とされ、「少なくとも自然人の実演家がその地位を奪われることはないという意味において、実演家主義とでもいうべきものは貫徹されているように思われ」るという96。しかし、これまでも計算機科学の分野において、計算機が創造性を発揮することが指摘されてきており、「実演」が実演家によって生み出されたものでない可能性がある(実演と実演家の紐づけの問題)97。この場合、準創作「行為」保護説の立場からすれば、保護対象外であると理論的に結論付けられる一方で、組合せとはいえ、個性が発揮されていることが感得できるのであれば「実演」であることに違いないから、結果として、実演家の機械的失業は免れない課題が残る98。
また、論点2に関連し、個性の発揮による実演該当性の有効性と限界を指摘したい。AIの深層学習によって、様々なコンテンツの組合せによって予期しない「実演」が生じ得る。そうすると、AI生成物の著作権の帰属とパラレルの問題が生じる。しかし、4.1で述べたように、実演をしない者もわが国著作権法は、「指揮」又は「演出」をすれば実演家と評価されることから、AI生成の著作物の著作権がプログラマーに帰属しないとする多数説と同様に考えることはできない。しかし、プログラムに個性の発揮を認めることは困難であるから、むしろ、個性の発揮を実演該当性の判断基準とすることは、論点4の結論に影響する。実演該当性の基準を個性の発揮として考えると、実演家概念が拡張的に解釈されることをけん制すると、同時に限界を画することになる。他方で、選択の幅説を強調すると、むしろ、論点4について、プログラム入力者が実演家に当たる余地を認める方向性と親和的になる。
4.3.2.「その実演」の同定可能性上記の課題のうち、「実演」に関し、「その実演」として実演家に帰属させ、「紐づける」ためには、判断基準を法解釈で行うほか、技術的な対応があり得る。その一手段として、アバターを認証することが考えられ、バイオメトリクス同様の認証要素を用いる方法が提唱されている99。これにより、いわゆるコンテンツ生成型AIへの対策が可能となり、また、1.3で前述した事例におけるⅠと、Ⅱ. MVにおける表現先(アウトプット)とインプットⅡ. MVにおけるユーザが感得できる表現との間の同一性が評価可能となる。
本稿の結論からすれば、むしろ事例におけるインプット段階の実演とMVにおける表現との同一性を技術的に担保したほうが、実演家の権利保護に資することになる。
なお、同定可能性については、商標法における商標の類否判断同様、実演の同一性は事実か法的判断か問題となる。商標の類否判断の場合、両商標の外観、称呼、観念は事実であるが、それが出所混同を引き起こすおそれがあるか、類否判断はどの範囲まで登録商標に排他的な効力を認めるべきかという問題であるとして法的判断とする100。かかる見解を前提にすると、実演の同一性は、最終的には裁判所の認定を要する法的判断となり、その有効な立証方法の1つとして、アバターの認証は機能し得る。
本稿では、ほとんど検討されてこなかった「実演」につき、VRでの実演を例に検討した。条文解釈次第で実演家の権利保護が左右されることが明らかになり、また、実演の範囲についても、条約との整合性を意識してもなお、まだ拡張する余地があることが判明した。
MVの第一人者であるTony Parisiは、MVのコンセプトについて7ルール101を提唱している。MVの7ルール、「MVはすべての人のためのものである」一方で、「誰もMVを制御しない」。ただ、法秩序は、国際裁判管轄の問題はあるものの、MVにも等しく及び、「制御」されなければならない。この制御によって、「全ての人のため」になることは、著作権法のルールも同様である。今後、MVの普及には、5Gのほか、ホログラム技術、高度なグラフィックおよびデータ処理など、多数のサポートインフラストラクチャを同時に開発・統合する必要がある102。本稿で想定するMV上の「実演」が実現・普及するには多少の年数を要する。また、VR空間におけるルールメイキングの重要性が指摘され103、欧州では既にこれに対応する動きもある104。しかし、より進化する情報技術に合わせ、法解釈もそれに対応し、実演家の権利保護の適切な保護と明確化の一助となれば僥倖である。
本文脚注に掲げたもの
本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業、JPMJMS2215の支援を受けたものです。
1 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授/株式会社情報通信総合研究所主任研究員
2 本稿中の社名、商品名などは各社の商標又は登録商標の場合がある。
3 バーチャルリアリティ(Virtual realty)を「仮想空間」と訳することが一般的である。確かにVirtualには「仮の」「虚」といった訳が歴史的に当てられてきたが、不適切であり、「仮現実」の方が適訳でないかということが指摘されている(谷卓生「VR=バーチャルリアリティーは、“仮想”現実か~“virtual”の訳語からVR の本質を考える~)」放送研究と調査2020年1月号(2020)46頁。用語の問題は本稿の目的ではないため、バーチャルリアリティ(VR)の用語を用いる。
4 知的財産推進本部「知的財産推進計画2022~意欲ある個人・プレイヤーが社会の知財・無形資産をフル活用できる経済社会への変革~」(2022年6月3日)63頁(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku2022.pdf)(最終閲覧日:令和4年10月4日、以下同じ)。
5 Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会(https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/metaverse/index.html)
6 Web3.0時代におけるクリエイターエコノミー創出に係る研究会(https://www.meti.go.jp/press/2022/08/20220823005/20220823005.html)
7 メタバース工学部(http://www.t.u-tokyo.ac.jp/meta-school)
8 林イラン「ゲーム分野の活用事例からみるメタバースの可能性」KDDI 総合研究所R&A(2022年5月号)
9 広報誌「とっきょ」2022年8月1日発行号「特集1 仮想現実は新時代へ 知財で探る「メタバース」」(https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol53/01_page1.html)
10 日本バーチャルリアリティ学会編『バーチャルリアリティ学』(コロナ社、2011)250頁
11 Smart J, Cascio J, Paffendorf J. Metaverse roadmap: pathway to the 3D web [Internet]. Ann Arbor (MI): Acceleration Studies Foundation; 2007. (https://metaverseroadmap.org/MetaverseRoadmapOverview.pdf)
12 https://metaverseroadmap.org/inputs4.html#glossary
13 Go SY, Jeong HG, Kim JI, Sin YT. Concept and developmental direction of metaverse, Korea Inf Process Soc Rev [Internet]. 2021, 28, 7.(http://www.koreascience.kr/article/JAKO202122450520317.pdf)
14 Lee S. Log in Metaverse: revolution of human×space×time (IS-115) [Internet]. Seongnam, Software Policy & Research Institute 2021(https://spri.kr/posts/view/23165?code=issue_reports)
15 渡辺智暁「自律分散的メタバースのガバナンス上の連携について」Nextcom Vol.52(2022)15頁
16 増田雅史=北川昇「メタバースで取得される個人情報の取扱い」ビジネス法務22巻12号(2022)50頁
17 上野達弘「メタバースをめぐる知的財産法上の課題」Nextcom Vol.52(2022)4頁
18 Fortnite(https://www.epicgames.com/fortnite/ja/home)
19 あつまれどうぶつの森(https://www.nintendo.co.jp/switch/acbaa/index.html)
20 本稿ではGoogleが提供するYouTubeやドワンゴが提供するニコニコ動画などの動画提供プラットフォームサービスにおけるアバターを意味する。
21 田村善之『著作権法概説』(有斐閣、第2版、2003)521頁
22 加戸守行『著作権法逐条講義』(著作権情報センター、七訂新版、2021)638頁(以下「加戸・逐条講義」という。)
23 差し当たり、斉藤邦史「人工知能に対する法人格の付与」情報通信学会誌35巻3号(2017)10頁参照
24 Cheong, B.C. Avatars in the metaverse: potential legal issues and remedies. Int. Cybersecur. Law Rev. (2022). 肖像権については原田伸一朗「バーチャル YouTuber の肖像権─CG アバターの「肖像」に対する権利─」情報通信学会誌39巻1号(2021)1頁
25 関真也「メタバースと著作権法 第1回課題の整理」コピライトNo.737(2022)30頁
26 例えば、小塚荘一郎「仮想空間の法律問題に対する基本的な視点―現実世界との「抵触法」的アプローチ」情報通信政策研究6巻1号(2022)ⅠB-8~9
27 小塚荘一郎=石井夏生利=上野達弘=中崎尚=茂木信二「仮想空間ビジネス」ジュリ1568号(2022)65頁(上野発言)
28 上野・前掲「メタバースをめぐる知的財産法上の課題」10頁
29 原田伸一朗「バーチャルYouTuberの人格権・著作者人格権・実演家人格権」静岡大学情報学研究26号(2021)53頁
30 原田・同上58、59頁
31 原田・同上59頁
32 骨董通り法律事務所編『エンタテインメント法実務』(弘文堂、2021)290頁[岡本健太郎執筆]
33 小倉秀夫=金井重彦『著作権法コンメンタールⅠ』(第一法規、改訂版、2020)68、69頁[桑野雄一郎]
34 岡本健太郎「「メタバースによる「現実の再現」とその権利関係」」骨董通り法律事務所コラム(2022年6月29日)(https://www.kottolaw.com/column/220629.html)
35 なお、舞踊の著作物(10条1項3号)に関してではあるが、ダンスの振り付け自体は、著作物として、それ固有に狭義の著作権として保護の余地があり、そもそも著作隣接権の問題ではなくなる。もっとも、上演権(22条)ではなく、2条7項かっこ書によりMV上での上演は、公衆送信(2条1項7号)に該当することから、公衆送信権(23条)の対象となる中山信弘『著作権法』(有斐閣、第3版、2020)313頁(以下「中山・著作権法」という。)
36 関真也『XR・メタバースの知財法務』(中央経済社、2022)158~164頁(以下「関・知財法務」という)
37 関・知財法務158頁
38 関・知財法務161頁
39 ただ、この点、関・知財法務164頁では、「残る検討課題」として、「いかなる場合に、その生身の動き(実演)に表された操作者の創作的要素を読み取ることができる形で「録画」または「送信可能化」等がされたと評価しうるか」を挙げている。
40 関・知財法務164頁
41 関・知財法務164頁
42 実演家保護は沿革的にレコード産業や放送産業の発展により、実演家の実演の機会が喪失する危機が背景にある(中山・著作権法665頁)
43 野村総合研究所『平成26年度文化庁調査研究事業 実演家の権利に関する法制度及び契約等に関する調査研究報告書』(https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/chosakuken/pdf/h27_chosa_hokokusho.pdf)も参照(以下「文化庁報告書」という。)
44 加戸・逐条講義26頁
45 加戸・逐条講義26、27頁。なお、フィギュアスケートのようなスポーツの実演については、議論があり、アーティスティックスポーツの実演該当性につき町田樹『アーティスティックスポーツの研究序説』(白水社、2020)112~117頁参照
46 Act of Oct. 19, 1976, Pub. L. No. 94-553, 90 Stat. 2541(アメリカ合衆国法典(United States Code)第17編の「1976年著作権法」)を指す。
47 邦語訳は著作権情報センター外国著作権法「アメリカ編」(https://www.cric.or.jp/db/world/america.html)を参照した。
48 安藤和宏「アメリカにおける実演家の法的保護に関する一考察」日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センター(CPRA)編『実演家概論』(勁草書房、2013)329頁
49 Directive 2001/29/EC of the European Parliament and of the Council of 22 May 2001 on the harmonisation of certain aspects of copyright and related rights in the information society(https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32001L0029&from=EN)
50 DIRECTIVE (EU) 2019/790 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 17 April 2019 on copyright and related rights in the Digital Single Market and amending Directives 96/9/EC and 2001/29/EC(https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2019/790/oj)
51 フランク・ゴッツェン(戸波美代訳)「EU法(Europeana Union Law)における実演家の権利」日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センター(CPRA)編『実演家概論』(勁草書房、2013)212頁
52 Gesetz über Urheberrecht und verwandte Schutzrechte(Urheberrechtsgesetz) vom 9. September 1965)(1965年9月9日の著作権および著作隣接権に関する法律)
53 邦語訳は著作権情報センター外国著作権法「ドイツ編」(https://www.cric.or.jp/db/world/germany.html)を参照した。
54 文化庁報告書71頁
55 Natalie Löw, Der Schutz ausübender Künstler bei musikalischen Darbietungen im deutschen und englischen Recht -eine rechtsvergleichende Studie–, Dissertation
zur Erlangung des Doktorgrades des Fachbereichs Rechtswissenschaften der Justus-Liebig-Universität Gießen 2009 S.27-28
56 1re partie du Code de la Propriété Intellectuelle(知的所有権法典第1部)
57 文化庁報告書59頁
58 詳細な経緯は、本山雅弘『著作隣接権の理論』(成文堂、2021)187頁以下参照
59 上野達弘「実演と隣接権制度」論究ジュリ26号(2018)14頁
60 尾島明『逐条解説TRIPS協定~WTO知的財産権協定のコンメンタール~』(日本機械輸出組合、1999)74、75頁
61 濱口太久未「著作権法の一部を改正する法律について」ジュリ1119号(1997)41頁参照
62 ジルケ・フォン・レヴィンスキー(財田寛子訳)「実演家の権利の国際条約」日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センター(CPRA)編『実演家概論』(勁草書房、2013)73頁
63 加戸・逐条講義27頁
64 同上
65 小倉秀夫ほか・前掲『著作権法コンメンタールⅠ』71頁[桑野雄一郎]
66 文化庁報告書61頁
67 以下の記述は本山雅弘『著作隣接権の理論』(成文堂、2021)266頁以下に依拠した。
68 文化庁・著作権制度審議会答申説明書(昭和41年4月20日提出)参照(文化庁監修・著作権法百年史編集委員会編著『著作権法百年史資料編』46頁所収)
69 加戸・逐条講義627頁
70 斉藤博『著作権法』(有斐閣、第3版、2007)136頁(以下「斉藤・著作権法」という。)
71 中山・著作権法659頁。特に、ローマ条約上、任意的保護となっている著作物を演じない実演を保護するわが国では、少なくとも実演家の保護に関し、伝達行為保護説では説明がしづらい。上野・前掲「実演と隣接権制度」15頁も参照。
72 大江修子「実演家の権利と外延を考える」コピライト701号(2019)11頁は、準創作的行為保護か伝達行為保護かの二者択一ではなく、隣接権者によって比重が違う旨主張する。私見では、仮にこの見解にとっても、実演家は、他の隣接権者よりも準創作的行為の保護の比重が多くを占めるといえる。
73 駒田泰土・前掲「実演家の権利に係る若干の論点についての考察―フランス法上の議論を導きの糸として―」278頁
74 関・知財法務163頁
75 小倉秀夫=金井重彦『著作権法コンメンタールⅢ』(第一法規、改訂版、2020)43頁[桑野雄一郎]
76 最判平成14年4月25日民集56巻4号808頁
77 東京地判平成11年5月27日判時1679号3頁
78 小倉ほか・前掲『著作権法コンメンタールⅠ』223頁[桑野雄一郎]
79 伊藤正己ほか「新著作権法セミナー(14)著作隣接権(つづき),映画・放送(テレビ)」ジュリ483号(1971)122頁[佐野文一郎]
80 公衆送信権ではなく、送信可能化権としているのは、WPPT10条は公衆が任意の場所及び時間にアクセスすることができるようにする権利を付与しているため、条約に忠実に規定している(送信可能化権の定義につき2条1項9号の5)
81 中山・著作権法660頁
82 わが国の制定経緯につき、上野・前掲「実演と隣接権制度」18頁参照
83 斉藤博・著作権法301頁。渋谷達紀『知的財産法講義Ⅱ』(有斐閣、第2版、2007)537頁は、オーケストラ演奏を例示し、実演には共同実演があると指摘する。
84 加戸・逐条講義638頁、中山・著作権法682頁
85 実演を巡る問題につき、上野・前掲「メタバースをめぐる知的財産法上の課題」10頁も参照。その他小塚・前掲「仮想空間の法律問題に対する基本的な視点―現実世界との「抵触法」的アプローチ」ⅠB-11~12も参照。
86 差し当たり、中山・著作権法66~79頁参照
87 上野達弘「創作性」高林龍ほか編『現代知的財産法講座Ⅰ 知的財産法の理論的探究』(日本評論社、2012)198頁以下参照
88 この点、桑野は「著作権法が予定している「実演」とは質的に大きく異なって」いることを理由に否定する(小倉秀夫ほか・前掲『著作権法コンメンタールⅠ』69頁)。しかし、著作権法は、社会的に実演に該当し得るものは、方法を問わず実演と解する余地を与えており、2条1項3号の「その他の方法により」という文言は質的変容も許容する趣旨であると解するのが、実演家保護の制度趣旨にもかなうはずである。なぜなら、実演家の機械的失業が起こるフェーズは、情報環境の質的変化にあり、質的変化に法が対応できなければ、規定の存在意義が薄れるからである。
89 駒田泰土・前掲「実演家の権利に係る若干の論点についての考察―フランス法上の議論を導きの糸として―」282頁
90 例えば、知財高判平成24年8月8日判例時報2165号42頁(釣りゲータウン事件)
91 紋谷暢男編『JASRAC概論』前田哲男「音楽産業とその関係者 著作隣接権とは」(日本評論社、2009)242頁
92 駒田泰土「実演家の権利に係る若干の論点についての考察―フランス法上の議論を導きの糸として―」日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センター(CPRA)編『実演家概論』(勁草書房、2013)278-279頁
93 ForbesJapanウェブサイト(https://forbesjapan.com/articles/detail/45917)。具体例として、この技術を開発するNTTドコモがYouTubeに動画を公開している(https://www.youtube.com/watch?v=T7BnfxT1qkw)。
94 小倉秀夫ほか・前掲『著作権法コンメンタールⅠ』71頁[桑野雄一郎]
95 加戸・逐条講義27頁
96 上野達弘「国際社会における日本の著作権法-クリエイタ指向アプローチの可能性-」コピライト613号(2012)27、28頁。大江・前掲「実演家の権利と外延を考える」5頁も同旨
97 See, S. Colton and G.A. Wiggins, Computational Creativity: The Final Frontier?, Frontiers in Artificial Intelligence and Applications 242, 2012, 21-26
98 画像生成AIにおいては、既に個性が発揮されたとも思える絵画が生成されているところ、コンクールや画像掲載を行うプラットフォームが、画像生成AIとそうでないものを区別させるなどの対策を取っており、「棲み分け」を自主規制によって行っている。これとパラレルに考えれば、自然人以外が生み出す実演に対するハードロー規制によって実演家を保護するのではなく、自主規制が望ましいことになる。
99 新保史生「サイバネティック・アバターの存在証明─ロボット・AI・サイバーフィジカル社会に向けたアバター法の幕開け─」人工知能36巻5号(2021)575頁以下。導入に向けた制度的課題につき、新保史生「サイバネティック・アバターの認証と制度的課題-新次元領域法学の展開構想も踏まえて-」日本ロボット学会誌41巻1号(2023、近刊)
100 田村善之『商標法概説』(弘文堂、第2版、2000)120頁、上野達弘=前田哲男『<ケース研究>著作物の類似性判断 ビジュアルアート編』(勁草書房、2021)41頁も参照
101 3Dバーチャル空間のTony Parisi “The Seven Rules of the Metaverse A framework for the coming immersive reality”では、以下のルールを掲げる(https://medium.com/meta-verses/the-seven-rules-of-the-metaverse-7d4e06fa864c)
ルール#1:MVは1つだけである。ルール#2:MVはすべての人のためのものである。ルール#3:誰もMVを制御しない。ルール#4:MVは開かれている。ルール#5:MVはハードウェアに依存しない。ルール#6:MVはネットワークである。ルール#7:MVはインターネットである。
102 See, Adrian Pennington, NVIDIA: The metaverse is come, ibc365 (2020年10月7日) (https://www.ibc.org/trends/nvidia-the-metaverse-is-coming/6864.article)
103 KPMGコンサルティング株式会社「令和2年度コンテンツ海外展開促進事業(仮想空間の今後の可能性と諸課題に関する調査分析事業)」(2021年3月26日)(https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/downloadfiles/report/kasou-houkoku.pdf)
104 2022年9月、欧州委員会の Ursula von der Leyen 委員長は、2023年の優先事項を発表し、その中に、グローバルなMV規制イニシアチブを開始することを明らかにしている。STATE OF THE UNION 2022 Letter of Intent(https://state-of-the-union.ec.europa.eu/system/files/2022-09/SOTEU_2022_Letter_of_Intent_EN_0.pdf)