2024 年 8 巻 1 号 p. 123-134
第213回通常国会において成立した放送法の一部を改正する法律(令和6年法律第36号)は、日本放送協会(以下「協会」という。)の放送番組を放送の受信設備を設置しない者に対しても継続的かつ安定的に提供するため、①インターネットを通じて放送番組及び番組関連情報(以下「放送番組等」という。)の配信を行う業務を協会の必須業務とするとともに、②民間放送事業者が行う放送の難視聴解消措置に対する協会の協力義務を強化する等の措置を講ずるものである。
①については、協会の放送番組を放送の受信設備を設置しない者に対しても継続的かつ安定的に提供するため、原則として全ての放送番組について、同時配信を行うこと及び見逃し配信を行うことを協会の必須業務とするとともに、協会の放送番組の内容がその視聴の環境に適した形態で提供されることに対する公衆の要望等を満たすため、放送番組の全部又は一部について、番組関連情報(協会が放送する又は放送した放送番組の内容と密接な関連を有する内容の情報であって、当該放送番組の編集上必要な資料により構成されるもの)の配信を行うことを協会の必須業務とする。
また、協会が番組関連情報の配信を行う業務を自らの判断と責任において適正に遂行するため、協会に対して下記(1)~(3)の各要件に適合する業務規程の策定、公表等を義務付けるとともに、その実施状況を定期的に評価すること等を義務付ける。
(1)公衆の要望を満たすために必要かつ十分なものであること
(2)公衆の生命又は身体の安全の確保のために必要な情報が迅速かつ確実に提供されることが確保されるものであること
(3)他の放送事業者等が実施する配信の事業等における公正な競争の確保に支障が生じないことが確保されるものであること
さらに、受信料の公平負担を確保するため、国内基幹放送のテレビジョン放送の受信設備を設置した者と同等の受信環境にある者として、協会が必須業務として行う放送番組等の配信の受信を開始した者を協会との受信契約の締結義務の対象とする。
②については、協会が放送全体の発展に貢献するプラットフォームとしての役割を果たす観点から、民間放送事業者の講じる放送の難視聴解消措置の円滑な実施に必要な協力に係る協会の努力義務を義務に格上げするとともに、協会に対し、当該協力の具体的な内容に関する協議の求めがあった場合に当該協議に応じることを義務付ける。
The Act to Partially Amend the Broadcasting Act (Act No. 36 of 2024), which was approved by the 213th ordinary session of the Diet, (i) adds the distribution of NHK's broadcast programs and program-related information to essential operations of NHK in order to provide NHK's broadcast programs continuously and stably even to those who do not have broadcast reception equipment, and (ii) takes measures such as strengthening NHK's obligation to cooperate with measures taken by commercial broadcasters to eliminate poor broadcast reception.
With regard to (i), in order to provide NHK's broadcast programs continuously and stably even to those who do not have broadcast reception equipment, the distribution simultaneous with broadcast and the distribution of broadcasted programs are made mandatory for, in principle, all of NHK's broadcast programs. And in order to meet the public demand and other conditions for the contents of NHK's broadcast programs to be provided in forms suitable for their viewing environment, the distribution of program-related information, that is defined as information that is closely related to the contents of NHK's broadcast programs and consists of materials necessary for editing the broadcast programs, is made mandatory for all or part of NHK's broadcast programs.
In order for NHK to properly carry out the operations of the distribution of program-related information at its own discretion and responsibility, NHK is obligated to formulate and publish operating rules that conform to each requirement of the following (a) through (c), and to periodically evaluate, etc. the status of implementation of the operations:
(a) Necessary and sufficient to satisfy the public demand
(b) Ensuring that information necessary for the physical health and safety of the public is provided promptly and steadily
(c) Ensuring there is no hindrance to fair competition with the distribution and related services conducted by commercial broadcasters or other distributors
Moreover, in order to ensure the fair burden of receiving fees, those who have started receiving distributed broadcast programs or program-related information that NHK provides as essential operations are obligated to conclude a receiving contract with NHK, as the persons who are in the reception environment equivalent to the environment of those who have installed reception equipment for television broadcast of domestic basic broadcasts.
With regard to (ii), from the perspective of NHK fulfilling its role as a platform that contributes to the overall development of broadcasting, NHK's obligation to make best efforts to cooperate with the commercial broadcasters for smooth implementation of measures taken by them to eliminate poor broadcast reception is to be a mandated obligation, and at the same time NHK is to be under an obligation to respond to requests for consultation on specific matters regarding cooperation from NHK mentioned above.
令和6年5月24日に公布された放送法の一部を改正する法律(令和6年法律第36号。以下「本法律」という。)は、日本放送協会(以下「協会」という。)の放送番組をテレビジョン放送等の放送の受信設備を設置しない者に対しても継続的かつ安定的に提供するため、インターネットを通じて協会の放送番組及び番組関連情報(以下「放送番組等」という。)の配信を行う業務を協会の必須業務とするとともに、民間放送事業者が行う放送の難視聴解消措置に対する協会の協力義務を強化する等の措置を講ずるものである。
本稿では、本法律の制定に至る検討の経緯及び論点を紹介した上で、本法律による放送法(昭和25年法律第132号。以下現行の放送法は「法」、本法律による改正後の放送法は「新法」という。)の各改正事項の概要について解説することとしたい。なお、本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的見解であることを予めお断りしておきたい。
「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」(座長:三友仁志 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授)から令和4年8月5日に公表された「デジタル時代における放送の将来像と制度の在り方に関する取りまとめ」において、ブロードバンドの普及やインターネット動画配信サービスの伸長と視聴デバイスの多様化、これらに伴う視聴スタイルの変化と「テレビ離れ」などを背景に、取材や編集に裏打ちされた信頼性の高い情報発信、「知る自由」の保障、「社会の基本情報」の共有や多様な価値観に対する相互理解の促進といった放送コンテンツの価値を、インターネット空間にも浸透させていくための方策の一つとして、協会のインターネット配信の在り方について引き続き検討することとされ、そのための検討組織として、同検討会の下に「公共放送ワーキンググループ」(主査:三友仁志 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授)が設けられた。
同ワーキンググループでは、このような問題意識の下、二元体制の一翼を担う公共放送である協会が、デジタル時代においてどのような役割を果たすべきか、そして、これに対応した協会のインターネット活用業務1の在り方(放送制度の中でどのように位置付けていくべきか、規制はどのように課されるべきか等)、また、デジタル時代における協会の事業運営を支える財源はどのような形であるべきか、といった点について、計13回の会合が開催され、オブザーバである協会、(一社)日本民間放送連盟に加え、(一社)日本新聞協会メディア開発委員会の参加も得ながら検討が行われた。
令和5年10月、同ワーキンググループのそれまでの検討結果を取りまとめる形で公表された「公共放送ワーキンググループ 取りまとめ」において、
等の方向性が示された。
協会は、社会生活に必要不可欠な情報を公衆にあまねく提供するために法によって設立された特殊法人であり、「豊かで、かつ、良い放送番組」による国内基幹放送を日本全国で行うこと等を法における主たる目的としている(法第15条)。協会は、この目的を達成するための業務として、必須業務(その実施が法律上義務付けられている業務)と任意業務(その実施が協会の判断に任されている業務)を行っている(法第20条第1項から第3項まで)。
現行制度上、国内基幹放送を始めとする放送の実施に係る業務は全て必須業務とされており(法第20条第1項第1号、第2号、第4号及び第5号)、インターネット活用業務は全て任意業務とされている(法第20条第2項第2号及び第3号)。これは、国内基幹放送等の放送の業務を着実に行えば、社会生活に必要不可欠な情報を公衆にあまねく提供するという協会の使命を果たすことができると考えられてきたためである。
協会は、インターネット活用業務として、放送番組の同時配信及び見逃し配信2を内容とする「NHKプラス」、放送番組のアーカイブ配信3を内容とする「NHKオンデマンド」等4のサービスを行っているが、これらはいずれも、既に放送の受信設備を設置している者に対する補完的・付加的なサービスとして位置付けられている5。
協会は、これらのインターネット活用業務を行おうとするときは、実施基準を定め、総務大臣の認可を受けなければならない(法第20条第10項)6。その一方、これらの業務はあくまで任意業務であるため、配信を行う放送番組の範囲は協会の経営判断に基本的に委ねられており、制度上は全く配信を行わないことも可能である。また、あくまで既に放送の受信設備を設置している者に対する補完的・付加的なサービスであるため、放送とは異なり、設備に関する技術基準等のサービスの継続性・安定性を確保するための規律は課されていない。
3.1.2.課題近年、いわゆる若者の「テレビ離れ」に象徴されるように、視聴者の行動は、テレビジョン放送を通じた視聴から、インターネット配信を通じた視聴にシフトしつつある7。通信ネットワークの高速大容量化に伴って、長時間・高画質の動画コンテンツもインターネット経由でストレスなく受信できる状況になってきたこともあり、視聴者が「情報を受け取る」ための機器が、テレビ端末からスマートフォンやパソコン等の通信端末機器へとシフトする傾向は、今後も止まることはないと考えられる8。
このように、テレビ端末が動画コンテンツを受信するための機器としては「安定的に普及している」機器ではなくなりつつあり、これに代替可能な機器としてスマートフォン・パソコン等の通信端末機器が安定的に普及している状況を踏まえると、協会が「放送」を行うだけでは、社会生活に必要不可欠な情報を公衆にあまねく提供するという協会の使命を果たし得ない状況が生じつつある。
そこで、以上のような視聴環境・視聴習慣の変化を踏まえ、協会の放送番組を、テレビ端末等の放送の受信設備を設置しない者に対しても、インターネットを通じて、放送と実質的に同等の水準で、継続的かつ安定的に提供するための制度を整備することが求められている。
(出典)総務省資料
以上の課題を踏まえ、協会の放送番組を、放送の受信設備を設置しない者に対しても、放送と実質的に同水準の内容で、インターネットを通じて継続的かつ安定的に提供するため、原則として全ての放送番組について、①放送と同時の「同時配信」を行うこと及び②放送日から一定期間の「見逃し配信」を行うことを、協会の必須業務と位置付けることとする(新法第20条第1項第3号及び第4号)9。
ただし、放送番組によっては、著作権者等の権利者10の許諾が得られない11等の理由により、同時配信や見逃し配信を行うことが実際上不可能な場合もあり得る。そこで、このようなものについては、必須業務としての同時配信及び見逃し配信の対象から明示的に除くこととする(新法第20条第1項第3号かっこ書)。
加えて、一部の放送番組については、設備投資や権利処理に多大な費用を要するため、本法律の施行時点において一挙に同時配信や見逃し配信を行うことが困難な場合がある12。そこで、これらの放送番組については、負担の平準化を図る観点から、その配信の実施を当分の間猶予した上で、協会における継続的な検討の結果を踏まえ、段階的に、同時配信及び見逃し配信の対象に加えていくこととする(新法附則第18項から第22項まで)。
また、必須業務として行われる放送番組等の配信の業務(以下「必要的配信業務」という。)の円滑かつ確実な実施を設備面で担保し、必要的配信業務を安定的・継続的に実施させるため、協会に対し、必要的配信業務に用いられる設備及びその運用のための業務管理体制(以下「配信用設備等」という。)を総務省令で定める基準に適合するように維持すること、配信用設備等の概要を総務大臣に届け出ること等を義務付けることとする(新法第20条の3第1項から第6項まで)。
さらに、協会が必要的配信業務として行う配信(以下「必要的配信」という。)を、公衆が円滑かつ確実に受信できるようにするため、協会に対し、公衆によって日常的に使用されているスマートフォンやパソコン等の通信端末機器を用いて必要的配信を受信できるようにするためのプログラムを公衆に対し無償で提供することを義務付けた上で、公衆が、①当該プログラムと②一般的に使用されているブラウザのいずれによっても必要的配信を受信できるようにすることを義務付けることとする(新法第20条の3第7項及び第8項)13、14。
あわせて、必要的配信については、それが国内基幹放送と同列の協会の中核的業務となることを踏まえ、その休止に際しては原則として経営委員会の議決及び総務大臣の認可を要することとする(新法第29条第1項第1号リ並びに同法第86条第1項及び第3項)。
なお、法は、総務大臣が協会に対して、放送事項等を指定して国際放送及び協会国際衛星放送(以下「国際放送等」という。)を行うよう要請することができる旨を定めており(法第65条第1項)、要請に基づき行われる国際放送等の費用は国が負担することとしている(法第67条第1項)。本改正により、協会は、国際放送等の放送番組について必要的配信業務として配信を行うこととなるため、要請に基づき国際放送等を行う場合には、その放送番組等の配信についても要請することとし、そのための費用も国が負担することが制度の趣旨に適うため、そのように規定することとする(新法第65条第1項及び同法第67条第1項)。
3.2.番組関連情報のインターネット配信に係る業務の必須業務化 3.2.1.現行制度の概要現在、協会は、任意業務(法第20条第2項第2号)として、放送番組の配信(同時配信、見逃し配信及びアーカイブ配信)のほか、テキスト情報等(テキスト情報を中心としつつ、関連する映像や画像を含む。以下同じ。)の配信を行っており、具体的には、ニュース番組の内容をウェブサイト上で提供する「NHK NEWS WEB」や、ニュース速報や天気予報、防災情報等をアプリ上で提供する「NHKニュース・防災アプリ」といったサービスを提供している。
これらのテキスト情報等の配信を内容とするサービスは、現行制度上は、「放送番組に対する理解の増進に資する情報」(理解増進情報)の配信として位置付けられており、必須業務である放送の補完的サービスとして、実施基準及び実施計画(法第20条第10項及び第14項)に基づき、実施されている。
3.2.2.課題本改正は、協会の放送番組を、放送の受信設備を設置しない者に対しても、放送と実質的に同等の水準で、インターネットを通じて継続的かつ安定的に提供することを目的とするものであるが、テレビ端末による視聴と通信端末機器による視聴との視聴環境の違いを踏まえると、単に放送番組を配信するだけでは、「放送と実質的に同等の水準」の情報を提供したことにはならないと考えられる。
例えば、テレビ端末による視聴は、家庭内や事業所内等において複数人で同時に視聴することに適している点や伝送上の遅延がほとんど生じない点で通信端末機器による視聴よりも優れている一方、通信端末機器による視聴には、視聴者の興味関心や趣味嗜好に応じた情報の提供が容易である点や、必ずしも映像や音声の編集作業を必要とせず、文字情報のみで必要な情報を放送よりも迅速に伝えることができる点で、テレビ端末での視聴にはない優位性が認められる。こうした両者の視聴環境の違いを踏まえると、通信端末機器に対しては、インターネット配信の特性を活かしたテキスト情報等の配信を行うことによって初めて、総合的に見て、「放送と実質的に同等の水準」の情報を提供したことになると考えられる。
そこで、今般の必須業務化に当たっては、放送番組だけでなく、放送番組の内容と密接な関連を有する内容の情報であって、当該放送番組の編集上必要な資料により構成される「番組関連情報」の配信についても、放送番組の内容がその視聴の環境に適した形態で提供されることに対する公衆の要望を満たすために必要十分な範囲内において、実施される必要があると考えられる15。
その一方、協会が民間事業者の持ち得ない受信料を財源として実施するテキスト情報等の配信が無限定に行われれば、実質的にこれと競合又は隣接するサービスを提供する民間事業者の経営が不当に圧迫されることも想定され、協会の活動によって、これらの事業者の経営が不当に圧迫されることは、放送の二元体制を含むメディアの多元性を確保する観点から望ましくない。
このため、協会による必須業務としての番組関連情報の配信は、公衆の要望を必要十分に満たしつつも関連する事業における公正な競争の確保に支障が生じない限度で行われる必要があるが、そのバランスを確保するに当たっては、協会が言論報道機関として有する編集権にも配慮する必要がある。
3.2.3.改正の概要以上のような考え方に基づき、放送番組の全部又は一部について番組関連情報の配信を行う業務(以下「番組関連情報配信業務」という。)を、協会の必須業務と位置付けることとする(新法第20条第1項第5号)。
その際、協会が言論報道機関として有する編集権に配慮して、配信対象を拡大する要請(視聴環境に適した情報提供が行われることへの公衆の要望を満たすこと等)と配信対象を抑制する要請(関連する事業における公正な競争の確保に支障を生じないこと)の両者のバランスを意識した業務遂行を協会自らの判断と責任において行わせるため、協会に対し、これらの要請を充たす業務規程を策定・公表し、その実施状況を定期的に評価すること等を義務付けることとする(新法第20条の4第1項から第4項まで)。
また、総務大臣は、協会の定める業務規程の内容やその実施状況が関連する事業における公正な競争の確保に支障を生じていないかどうかを判断するに当たっては、判断の適正性を担保する観点から、学識経験者及び利害関係者の意見を聴かなければならないこととする(新法第20条の4第5項)。
その上で、総務大臣は、協会の判断を尊重する観点から、業務規程の内容やその実施状況が上述の要請を充たしていないことが明らかである場合に限って、協会に対して業務規程の変更を勧告・命令できることとする(新法第20条の4第第6項及び第7項)。
3.3. 受信料の公平負担の確保 3.3.1.現行制度の概要協会は、社会生活に必要不可欠な情報を公衆にあまねく提供することを使命とする公共的機関であり、言論報道機関であるため、国や広告主等の外部の影響を極力排し、自立的に番組編集を行えるものとする必要がある。このような協会の自立性を財政面から担保するため、協会の財政基盤は、税や広告収入ではなく、基本的に受信料により賄うこととされている。
ここで、受信料とは、協会の財源を広く国民・視聴者が公平に負担する「特殊な負担金」16であり、現行制度では、協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会の放送を受信することのできる環境にある者17として、一律に協会と契約を締結する義務を負い(法第64条第1項)、当該契約に基づき受信料を支払わなければならないこととされている。
このような受信料制度によって支えられる協会の「公共放送」は、税によって運営される「国営放送」や、広告収入によって運営される「広告付き無料放送」と区別されるだけでなく、視聴の対価としての料金収入によって運営される「有料放送」にも該当しないと整理されている18。
このように現行の受信料制度が、受信料に「視聴の対価」としての性格を認めず、受信契約を締結していない者も事実上協会の放送を受信できる仕組みとしていることは、協会が社会生活に必要不可欠な情報を公衆にあまねく提供することを使命とする公共的機関であることに由来する本質的要請であると理解されている。
3.3.2.課題以上のような受信料制度の趣旨を踏まえれば、「協会の放送番組を受信することのできる環境」と同等の環境(以下「受信可能環境」という。)にある者には、協会との受信契約を締結する義務を課し、協会の維持運営に必要な費用を広く公平に負担させる必要がある。
このため、本改正の結果、協会の放送番組等のインターネット配信が必須業務化され、放送の受信設備を設置していない者であっても、配信の受信により新たに受信可能環境に入ったと評価できる状態になれば、その者にも受信契約締結義務を課すことが、受信料制度における負担の公平性を引き続き確保していく上で不可欠である。
ただし、具体的にどのような場合に「新たに受信可能環境に入った者」と評価できるかは、テレビ端末と通信端末機器との利用実態の違いや、テレビジョン放送とインターネットを取り巻く社会実態の違いを踏まえ確定される必要がある。すなわち、テレビ端末が放送を受信するための専用的機器であることや、テレビジョン放送については協会がその普及の中核を担ってきたという歴史的経緯を踏まえれば、テレビ端末の設置をもって「協会の放送を受信することのできる環境」にあると評価し、協会との契約締結義務を課すことは、当事者の予期に合致しており、社会通念にも適合していると考えられる。これに対し、スマートフォンやパソコン等の通信端末機器が様々な用途に使用される汎用的機器であることや、インターネットが協会の活動とは全く独立に発展してきたという歴史的経緯を踏まえると、単に通信端末機器を保有しただけの者を「新たな受信可能環境に入った者」と評価し、協会との契約締結義務を課すことは、当事者の予期を大きく裏切ることとなり、社会通念にも適合しないと考えられる。
そこで、スマートフォンやパソコン等の通信端末機器の保有者については、テレビ端末の場合とは異なり、単に通信端末機器を保有しただけではなく、その通信端末機器において協会の配信を受信するための能動的な一定の行為を行った者であれば、「新たに受信可能環境に入った者」と評価することが適当であると考えられる。
3.3.3.改正の概要以上のような考え方に基づき、協会の放送番組等のインターネット配信が必須業務化された後においても、受信料制度における負担の公平性を引き続き確保するため、特定必要的配信(必要的配信のうち、ラジオ放送等の受信契約締結義務の対象とならない放送番組及び当該放送番組の番組関連情報の必要的配信を除いたものをいう。以下同じ。)の受信を開始した者に対して、「新たに受信可能環境に入った者」として、協会との受信契約を締結する義務を課すこととする(新法第64条第1項第2号)19。
なお、協会がこれまでインターネット活用業務を専らテレビ端末を設置した者に対する補完的・付加的なサービスとして行ってきたという経緯から、本改正後においても、特定受信設備(放送の受信設備)の設置を理由として受信契約を締結した者と、特定必要的配信の受信の開始を理由として受信契約を締結する者とが、対等な扱いを受けないという懸念があり得る。そこで、このような懸念を払拭するため、協会は、両者が互いに同等の受信環境にある者として協会と受信契約を締結することを踏まえ、これらの者が締結する受信契約の内容を公平に定めなければならない旨を法律上明記することとする(新法第64条第3項)。
放送が国民に最大限普及されること(法第1条)を実質的に保障する観点から、特定地上基幹放送事業者等20に対しては、自らが基幹放送を行う放送対象地域(基本的には都道府県単位)において、当該基幹放送があまねく受信できるように努める(難視聴地域の解消に努める)責務が課されている(法第92条)。
協会は、放送及びその受信の進歩発達に必要な調査研究を行うことをその目的としていること(法第15条)からも明らかなように、協会のためのみならず、放送全体のために貢献する役割を担っている。このことを踏まえ、協会に対しては、他の特定地上基幹放送事業者等が法第92条の責務に則り講ずる措置(難視聴解消措置)の円滑な実施に協力する努力義務が課されている(法第20条第6項)21。
4.2.課題広告収入の減少トレンド等に伴ってローカル局の経営環境は年々厳しさを増しており、民間放送事業者が独力で難視聴地域の解消を図ることは従来にも増して難しくなりつつある。そうした中、放送法及び電波法の一部を改正する法律(令和5年法律第40号)により、協会と民間放送事業者とが中継局設備を共同で利用することが制度上可能となった(法第20条の2及び法第105条の2)こともあり、難視聴地域の解消に協会と民間放送事業者が協力して取り組むことへの期待がより一層高まっている。
その一方、現状では、民間放送事業者が行う難視聴解消措置への協会の協力義務はあくまで努力義務に留まるため、協会と民間放送事業者との協力が実際に行われることの制度上の担保は、必ずしも十分とは言えない状況にある。
(出典)総務省資料
以上の課題を踏まえ、協会の放送全体への貢献の役割を更に一歩押し進める観点から、他の特定地上基幹放送事業者等が行う難視聴解消措置に対する協会の協力義務を、現状の努力義務から、義務に格上げすることとする(新法第20条第6項)。
その上で、当該協力義務の内容を具体化する観点から、協会に対し、他の特定地上基幹放送事業者等から協会との協力の具体的な内容に関する協議(例:中継局設備の共同利用を行うため、法第20条の2の基幹放送局提供子会社を共同で設立したい旨の協議)の求めがあった場合には、正当な理由がない限り、当該協議に応じなければならないこととする(新法第20条第7項)。
本法律は、一部の規定を除き、公布の日(令和6年5月24日)から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとしている。
なお、本法律の施行後5年を経過した場合において、本改正後の規定の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。
放送をめぐる視聴環境が急速に変化し、インターネットへと情報空間が拡大して偽・誤情報なども流通する中においても、本法律により、協会が、民間放送事業者との二元体制を含むメディアの多元性を確保しつつ、公共放送として、豊かで良い放送番組を国民・視聴者に提供する役割や、放送全体のプラットフォームとしての役割を果たし続けることを期待する。
1 法第20条第2項第2号及び第3号に規定する業務(任意業務)として行う業務。放送番組等を電気通信回線を通じて一般の利用に供する業務、放送番組を電気通信回線を通じて一般の利用に供する事業を行う者に放送番組等を提供する業務であり、現在協会は、NHKプラスやNHKオンデマンド等のサービスを実施している。
2 見逃し配信とは、放送日から概ね1週間程度の期間、放送番組の配信を行うサービスであり、放送における録画視聴に相当するものである。
3 アーカイブ配信とは、放送日から一定期間が経過した放送番組の配信をオンデマンドで行うサービスであり、放送におけるレンタルビデオ等に相当するものである。
4 このほか、外国人向け国際放送(NHKワールドJAPAN)の放送番組の同時配信・見逃し配信や、国内基幹放送のラジオ放送の放送番組の同時配信・聞き逃し配信(らじる★らじる)が行われている。
5 NHKプラスは、視聴者が既に受信料を支払っていることを前提に、放送の補完的なサービスとして、追加的な費用負担を求めることなく提供されている。これに対し、NHKオンデマンドは、付加的なサービスとして、有料で提供されている。
6 インターネット活用業務があくまで補完的・付加的なサービスとして提供されていることを踏まえ、「業務の実施に過大な費用を要するものでないこと」が実施基準の認可要件とされている(法第20条第11項第4号)。
7 総務省情報通信政策研究所「令和5年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」によれば、平日における主なメディアの平均利用時間は、令和2年度(2020年度)に初めて「インターネット」が「テレビ」を上回り、令和3年度(2021年度)から令和5年度(2023年度)にかけて、その差は更に拡大している。(図1参照)。
8 内閣府消費動向調査によれば、令和5年度(2023年度)末においてテレビ端末は総世帯の92.0%が所有しているものの、平成21年度(2009年度)末の98.8%から減少している。29歳以下の若年層に限って見れば、平成21年度(2009年度)末の94.4%から令和5年度(2023年度)末には77.9%にまで減少しており、「テレビ離れ」の傾向が顕著に表れている。一方、スマートフォンについては、平成25年度(2013年度)末の45.2%から令和5年度(2023年度)末は90.7%へと急激に増加している(図1参照)。
9 放送番組のアーカイブ配信(NHKオンデマンド)については、放送の場合におけるレンタルビデオ等に相当する付加的なサービスであり、放送番組を通信端末機器の保有者に放送と実質的に同水準で提供するために必要なサービスとは言えないため、引き続き、任意業務として実施することとする(新法第20条第2項第2号)。
10 この場合の権利としては、著作権や著作隣接権のほか、スポーツ興行主が有する契約上の権利であるスポーツ放映権がある。
11 著作権については、著作権法の一部を改正する法律(令和3年法律第52号)により、著作物の放送での利用を許諾した者は、同時配信及び見逃し配信での利用も許諾したものと「推定する」旨の規定が置かれたが(著作権法(昭和45年法律第48号)第63条第5項)、著作権者が配信を認めない旨の「別段の意思表示」をした場合には、当該著作物を配信に利用することができない。
12 例えば、地方向け番組については、「公共放送ワーキンググループ 第2次取りまとめ」(令和6年2月28日公表)においても、「配信方法や費用等についての検討が必要なことから、国民・視聴者のニーズ等を踏まえつつ、準備が整ったものから段階的に実施していくことが適当」とされている。また、衛星基幹放送の放送番組については、同取りまとめにおいて、「NHKから放送番組の権利処理に係る困難性やコスト等の課題が示されたところ、実施環境が整うまでの当面の間は、必須業務化を見送ることが適当」とされている。
13 後述のように、公衆が特定必要的配信の受信を開始するとその時点で協会との受信契約を締結する義務が生じるが(新法第64条第1項第2号)、特にブラウザ経由での受信の場合、何らの対策も講じないと、公衆の予期しない形で特定必要的配信の受信を開始してしまうケース(例:リンク先のコンテンツを確かめずにリンクをクリックしたところ協会の放送番組の配信が開始してしまった場合)が発生し得る。このような事態を避けるため、協会に対し、例えばID・パスワードの取得・入力など、公衆が誤って特定必要的配信の受信を開始することを防止するための措置を講ずることを義務付けることとする(新法第20条の3第9項)。
14 受信契約の対象となるインターネット配信の普及を図るため、協会は、特定必要的配信の対象となる情報の全部又は一部について、受信契約を締結していない者による試行的な受信を可能とするための措置を講ずることができることとする(新法第20条の3第10項前段)。ただし、その際は、受信契約を締結している者との間で不公平とならないよう、配信の品質の制限その他の総務省令で定める措置を講じなければならないこととする(同項後段)。
15 とりわけ、被災情報や防災情報、国民保護に関する情報を公衆に提供することは公共放送の役割の中でも特に重要であり、このような情報を、インターネット配信の特性(必ずしも映像や音声の編集作業を必要とせず、文字情報のみで必要な情報を伝達可能)を活かしてインターネット接続端末の保有者に迅速かつ確実に提供することは、協会がテキスト情報等の配信を必須業務として行うべき重要な理由となる。
16 受信料は、協会の放送により受益する可能性のある者が負担するという意味で、講学上の「受益者負担金」(国や地方公共団体等の公的主体が特定の事業を行う場合に、これに要する経費に充てるため、その事業の受益者が負担する金銭給付義務)に類するものではあるが、協会の維持運営に必要な費用の全体を受益者の総体が公平に分担するものであり、受益の程度と負担の限度が個々に一致するという受益者負担金の一般原則が妥当しない。
17 最大判平成29年12月6日は、「(筆者注:受信料という)財源についての仕組みは、特定の個人、団体又は国家機関等から財政面での支配や影響が原告(筆者注:協会を指す。以下同じ。)に及ぶことのないようにし、現実に原告の放送を受信するか否かを問わず、受信設備を設置することにより原告の放送を受信することのできる環境にある者に広く公平に負担を求めることによって、原告が上記の者ら全体により支えられる事業体であるべきことを示すものにほかならない。」と判示している。
18 法は、第7章において、有料放送に対する諸規律を定めており、そこでは「有料放送」とは、「契約により、その放送を受信することのできる受信設備を設置し、当該受信設備による受信に関し料金を支払う者によつて受信されることを目的とし、当該受信設備によらなければ受信することができないようにして行われる放送」と定義されているが(法第147条第1項)、協会の放送は、誰でも受信設備を設置でき、その結果、受信契約を締結していない者も事実上受信できるものであることから、「有料放送」には該当しないと整理されている。
19 現行制度においてラジオ端末等の設置によっては受信契約締結義務が発生しないとされていることとの均衡から、ラジオ放送及び多重放送の放送番組及び当該放送番組の番組関連情報の必要的配信については、受信契約締結義務の対象としない。
20 法第92条の責務は、特定地上基幹放送事業者のほか、地上基幹放送用の基幹放送局設備を提供する基幹放送局提供事業者(ハード・ソフト分離の場合のハード事業者)にも課されるが、現実には、地上基幹放送は全て特定地上基幹放送事業者によって提供されているため、そのような事業者は存在しない。
21 この協会の努力義務は、地方の民間放送事業者(いわゆるローカル局)の厳しい経営環境を背景として、電波法及び放送法の一部を改正する法律(令和4年法律第63号)において措置された。