腸内細菌学雑誌
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総 説
腸内細菌による中枢神経系炎症の制御
宮内 栄治
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2022 年 36 巻 3 号 p. 143-148

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抄録

多発性硬化症(MS:Multiple sclerosis)は脳や脊髄といった中枢神経系に慢性炎症をともなう自己免疫疾患であり,その症状は視覚障害や四肢の麻痺など多岐にわたる.発症原因については未だ十分に解明されていないが,環境的要因と遺伝的要因の両方が関与し,主に自己抗原特異的なTh17細胞が病態形成において中心的な役割を果たしていると考えられている.近年,MS患者の腸内細菌叢が健常人とは異なることがいくつかのグループから相次いで報告された.また,MSの動物モデルである実験的自己免疫脳脊髄炎(EAE; Experimental autoimmune encephalomyelitis)を用いた研究では,マウスを無菌状態で飼育することでEAEの発症や進行が抑制されることが示されていた.これらの報告はある種の腸内細菌がMSにおける中枢神経系の炎症促進に加担していることを示唆している.しかし,どのような細菌が関与しているのか,さらには腸管内の細菌がいかにして中枢神経系の炎症を制御するのかなど,不明な点が多く残されていた.今回われわれは,2つの異なる腸内細菌が相乗的に作用し,EAEにおける中枢神経系の炎症を促進することを明らかにした.EAEにおいては,神経軸索を覆うミエリンに特異的なTh17細胞が抹消から脊髄に移行し炎症を惹起するが,免疫に誘導されたミエリン特異的T細胞が抹消から小腸に移行すること,さらにそこで腸内細菌の刺激を受け自己応答性Th17細胞が活性化することを確認した.Erysiplerotrichaceae科の菌はアジュバント様の作用で自己応答性Th17細胞の病原性を高め,Lactobacillus reuteriが発現するUvrAがT細胞受容体特異的にミエリン特異的T細胞の増殖を促進することを見出した.興味深いことに,片方の菌の作用のみではEAEの病態には大きく影響せず,相乗的な作用が中枢神経系の炎症促進に重要であることが示された.これらの結果は小腸細菌叢を制御することがMSの発症や症状緩和に寄与する可能性を示している.一方,ヒトとマウスでは常在する腸内細菌が異なり,また,MSとEAEでは異なる自己抗原が標的になると考えられる.今後,これらのギャップを埋めることにより,腸内細菌を起点としたMSの新しい予防・治療法の開発に繋がると期待できる.

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© 2022 (公財)腸内細菌学会
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