抄録
日本と中国が戦争状態にある中、羽仁吉一、羽仁もと子夫妻は中国北京で自由学園北京生活学校を開校した。国と国とはこの状態であっても、歴史的に永い文化交流を持つ日本人と中国人が互いに理解し親愛の情を持つことを、羽仁夫妻は願った。自由学園と月刊誌『婦人之友』を通して、国内、中国、また世界の教育事情、社会事情に関する意見を聴き、羽仁夫妻がこの教育事業を着想し、開校に至る経緯を見ていく。この、中国での教育事業に対して批判、危惧、誤解もある中で、国内、中国双方から、社会的、思想的支援者があった。また『婦人之友』読者から実際的、経済的応援があった。多くの支援を得た羽仁夫妻のビジョンは夫妻が激しい議論を経て、その底にあった共通の祈りによって共有したものであった。