抄録
油蚕と正常蚕ならびにまだら油蚕を用い,種々の塩基性色素および酸性色素により生体染色を行なうとともに,パラフィンに包理した材料について組織学的な観察を行なった結果,次のようなことを知ることができた。
1. 数種の塩基性色素をまだら油蚕に注射あるいは添食すると,有賀のNeutral redおよびNile blueの結果と同様,まだら油蚕の皮膚の正常細胞は濃染したが,油蚕性細胞はほとんど染まらず,また絹糸腺,マルピギー管などもまだら状に染色された。しかし酸性色素の注射および添食によっては皮膚はほとんど着色せず,その他の外はい葉起原の器官は一様に着色し,正常細胞と油蚕性細胞との染色性の差はなかった。
2. Pyronine-Methyl green染色によると正常細胞と油蚕性細胞の核酸には大きな差は認められなかった。
3. 固定切片を染色した場合は生体染色の場合と異なり,Neutral redおよびNile blueによって油蚕,正常蚕ともに真皮,絹糸腺,マルピギー管などの各細胞はよく染まった。ただまだら油蚕の真皮では油蚕性細胞のほうが染色度が大きいように見えた。すなわち生体の場合と固定材料の場合では塩基性色素による染色性が異なっていた。
4. 油蚕と正常蚕の真皮細胞についてパラフィン切片による組織学的観察を行なった結果,油蚕性細胞には空胞の見られるものが多く,細胞質が粗であるのに,正常細胞では空胞がほとんど存在せず,細胞質がよりちみつであるように見えた。
5. 透過性に関係があると考えられているPhcsphataseの作用は油蚕細胞と正常細胞との間に差が認められなかった。
6. 以上の実験結果を考え合わせると,真皮細胞における尿酸塩や色素の吸着保持についての正常細胞と油蚕性細胞との差には,細胞質たんぱくの荷電や性状の違いが関係しているようであるが,細胞の核酸やPhcsphataseは関係していないように思われる。