植物研究雑誌
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ミャンマーから新しく記録された Rosa clinophylla var. glabra(バラ科)の形態および分子データに基づく分類学的検討
田中伸幸大井・東馬哲雄邑田仁
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2009 年 84 巻 1 号 p. 027-032

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抄録

日華区系の西端としての南ヒマラヤの植物多様性を解析する一連の研究で, 2005年の雨季終盤の9月にミャンマー北部のカチン州ミッチーナのイラワジ川河川敷で採集した際, 見慣れないバラ属が生育していたが, 花もなく同定は不可能であった. 枝は灌木状と言うよりは横に這って, 棘が比較的少なかった. 半世紀以上前に当時のビルマを調査した英国のプラントハンター, Kingdon-Ward (1930) は, ミッチーナのイラワジ川の流域にカカヤンバラ Rosa bracteata Wendl. が灌木状になって生育していることを報告している. 2007年 2 月の乾季に再び同地を調査に訪れたところ, 河原の砂地に高さ 2 - 3 メートルの灌木状に生育し, 単生花をまばらにつけている同植物を発見した. そこで, 正確な同定のために開花期の標本, DNA 解析用の葉の乾燥試料を採取した.

 イラワジ川で採集されたバラは形態的に Bracteatae 節に属する Rosa clinophylla Thory に類似していた. 一方, Bean (1981) も Kingdon-Ward が報告しているイラワジ川の野生バラは Rosa clinophylla にあたることを述べている. その後, Ghora and Panigrahi (1985) は, R. clinophylla の種内に 2 つの変種を認めた. ミャンマーで採集されたイラワジ川流域の R. clinophylla がどちらの変種に当たるのかについては, いままで報告はなかった. そこで, 採集した標本の詳細な形態比較を行ったところ, ミャンマーで採集されたものは, R. clinophylla var. glabra に当たることが明らかとなった. var. glabra は, これまでインドとバングラデシュからしか報告がなく, ミャンマーからの報告は初めてである. Rosa clinophylla var. glabra は, var. clinophylla に比べて明らかに花が大きく, 枝や幹は無毛である. また, 1 年のうちで雨季の数ヶ月間は水流の中に埋没する特殊な環境に適応していると考えられる. 変種とする Ghora and Panigrahi (1985) の分類学的取り扱いは, 形態的にも生態的にも妥当であると考えられる.

 一方, DNA 解析でも, 葉緑体 DNA の約9000 bp の塩基配列を決定したが, 配列の類似性から R. clinophyllaR. bracteata と非常に近縁で Bracteatae 節であることが示された他, 配列の違いから, R. clinophyllaR. bracteata はそれぞれ独立した種として, var. clinophylla と var. glabra は変種として扱うのが妥当であると考えられた.

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© 2009 植物研究雑誌編集委員会
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