行動医学研究
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総説
医学教育の中のサイコオンコロジー
小田原 幸 端詰 勝敬坪井 康次
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2014 年 20 巻 1 号 p. 12-16

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要 約

2007年4月にがん対策基本法が施行され、治療の初期段階からの緩和ケアの実施が推奨されている。加えて、緩和ケアに関する大学の卒前教育の充実に努めるとともに、医師を対象とした普及啓発を行い、 緩和ケアの研修を推進すべく、教育・研修体制の拡充に努めるべきとされている。これを受け、医学部の卒前教育の動きは徐々にではあるが拡大している。東邦大学医学部においても、チーム医療、緩和ケアチーム、緩和ケア、サイコオンコロジーの講義が行われている。しかし、緩和ケアに関する講義内容は多様で、それぞれの教員の方針に任されている現状にある。加えて、講義形式の検討や教員同士の連携など、システマティックな取り組みが必要と考えられる。今回、筆者は4年生を対象とした緩和ケアチームの講義に際して学生にアンケートを行った。その結果、緩和ケアに興味がある学生は全体の60%を超えるものの、実態が良く分からないといった回答も多く見られた。今後はこれらの意見も参考にしながら授業内容やカリキュラムを整えていく必要がある。

はじめに

2006年に「がん対策基本法」が制定され、翌年4月1日より施行、同6月に「がん対策推進基本計画」が発表された。そこには、緩和ケアを治療の初期段階から充実させ、診断、治療、在宅医療など様々な場面において切れ目なく実施される必要があること、地域連携の推進、身体的な苦痛に対する緩和ケアだけではなく、精神心理的な苦痛に対する心のケア等を含めた全人的な緩和ケアを、患者の療養場所を問わず提供できる体制を整えていく必要性が記されている。加えて、がん診療に携わる全ての医師が緩和ケアの重要性を認識し、その知識や技術を習得する必要があることから、緩和ケアに関する大学の卒前教育の充実に努めるとともに、医師を対象とした普及啓発を行い、緩和ケアの研修を推進していくといった教育・研修体制の拡充についても明記されている。

このような法律ができた背景としては、がんに伴う痺痛や苦悩などの苦痛の緩和が従来不十分で、患者や家族の希望する場所で安心して生活することが難しいと考えられているためである。また、緩和ケアを行っている専門的な機関が少ないという点やオピオイドの消費量が他の先進国と比べて極端に少ないというデータから、疼痛対策が十分に行われていないと推測されているからである1)

「がん対策基本法」および「がん対策推進基本計画」に従って、がん医療に携わる医師の「緩和ケア研修会」も始められており、研修会でのカリキュラムにも「精神症状」と「コミュニケーション」という精神腫瘍分野の講義やワークショップが組み込まれているなど、がん医療に関わる医師を対象とした緩和ケア研修が急速に拡大していったのに対し、医学部の卒前教育の動きは徐々に拡大しているのが現状である。本稿では、緩和ケアに関する医学部卒前教育の実態を、東邦大学での取り組みを交えて紹介し、求められる教育と今後の課題を述べる。

卒前教育の実態

高宮2)によれば、緩和ケアの授業実施率は1994 年の44%から徐々に増加し、特に1998 年の48%から2001 年の94%は飛躍的変化である。これは、2001 年に作成された医学教育モデル・コア・カリキュラムには、緩和ケア関連の項目が多く取り上げられている。その試案が2000 年に公表されており、そういった影響は大きいと考えられる。

また、「大学病院の緩和ケアを考える会」では、医学生の緩和ケア教育のあり方を検討するために、1995年から、1998年、2001年、2005年、2009年に計5回の全国80大学医学部の緩和ケア教育基礎調査が行われている3)。 2009年は、80大学中66大学より回答を得ている(回答率82.5%)おり、講義の実施率は、2009年は65大学(98.5%)であった。過去の調査では2001年を境に実施率が伸びている(Fig. 1)。実施コマ数であるが、平均5.5コマ(MAX:20、MIN:1)であり、7コマ以上行っている大学は、20大学であった。実施学年は4年生が59大学(89.4%)と多く、次いで、3年生、1年生、5・6年生、2年生の順であった。講義の名称は、緩和医療が22大学(33.3%)と最も多く、講義内容は、疼痛緩和が62大学(93.9%)ともっとも多く、症状緩和が52大学(78.8%)、インフォームドコンセントが35大学(53.0%)と続いた(Table 1Table 2)。担当教員の背景となる診療科は、麻酔科が45大学(68.2%)と多く、内科が20大学(56.1%)、外科が17大学(30.3%)、精神科が14大学(25.8%)と続いた。講義方法は、講義が65大学(98.5%)と主体であるが、事例検討が17大学(25.8%)、グループワークが12大学(18.2%)などの工夫がみられ、さらに、実習やPBLテュートリアルと続いた(Table 3)。緩和ケアに関する教育内容は多様でそれぞれの大学や教員の方針に任されているのが現状といえる。

Fig. 1.

緩和ケア教育実施率の年次推移(高宮(2012)より)

Table 1. 講義名称
講義名称 回答数
緩和医療 22 33.3
緩和ケア 13 19.7
医学概論 10 15.2
疼痛緩和 5 7.6
終末期医療 3 4.5
ターミナルケア 2 3
その他 34 51.5

高宮(2012)より.回答大学数 66校.(複数回答)

Table 2. 講義内容
講義内容 回答数
疼痛緩和 62 93.3
症状緩和 52 78.8
インフォームドコンセント 35 53
チーム医療 34 21.5
ホスピス 32 48.5
がん告知 29 43.9
家族のケア 29 43.9
その他 21 31.8

高宮(2012)より.回答大学数 66校.(複数回答)

Table 3. 講義方法
講義方法 回答数
講義 65 98.5
事例検討 17 25.8
グループワーク 12 18.2
ロールプレイ 11 16.7
実習 5 7.6
ビデオ学習 8 12.1
PBL テュートリアル 5 7.6
その他 1 1.5

高宮(2012)より.回答大学数 66校.(複数回答)

東邦大学医学部における緩和ケアの教育

東邦大学医学部においては、全人的医療を実践できる医療人としての自覚を涵養する目的で各学年に対して多様な講義を行っている。この全人的医療の枠組みにおいて、3年次にチーム医療、4年次に緩和ケアチームの講義がそれぞれ1コマずつ組み込まれている。加えて、心身医学・行動科学の枠組みで4年次に緩和ケアの講義が2コマ、サイコオンコロジーの講義が1コマ割り当てられている。

さて、肝心の学生たちは緩和ケアについてどのようなイメージを持ち、緩和ケアの講義をどう感じているのだろうか。まず、それを調査し、把握することが今後の医学教育の拡充を図る上で必要と言えよう。そこで今回、筆者は4年生を対象とした緩和ケアチームの講義に際して学生にアンケートをとったので、その結果を交えて報告する。

まず、講義前のプレアンケートを行った。緩和ケアという言葉を聞いたことがあるかという質問に対しては、全学生が知っていると答えた。次に、緩和ケアに興味があるかという質問に対しては、61.5%の学生が興味があると答えており、半数を超える結果となった(Fig. 2)。しかしながら、11.5%の学生は興味がないと答えていた。続いて、緩和ケアを行う適切な時期はいつかという質問に対しては、半数以上が時期を問わずに行われるべきと回答した(Fig. 3)。一方で、終末期が適切な時期と答えた学生も28%おり、緩和ケア=終末期といったイメージは根深いのかもしれない。そして、緩和ケアに対するイメージを自由記述で回答してもらった(Table 4)。その結果、「病気ではなく患者を診る」といった医療の根本ともいえるイメージをもつ学生や、緩和ケアやケアの早期介入の重要さを理解している学生が半数以上を占めていたが、医師には関係のない話、終末期のみに行うケアというイメージを持つ学生も少なからず存在していた。このような学生に対して、いかに興味をもたせ、重要性や必要性を理解させるかは教員側の工夫に委ねられているのかもしれない。

Fig. 2.

緩和ケアに興味があるかという質問への回答

Fig. 3.

緩和ケアを提供する時期についての質問に対する回答

Table 4. 学生がもつ緩和ケアのイメージ
• 大変そう。
• 病気そのものではなく、病気又は治療からくる痛み(疼痛)や、嘔吐、悩みなどの患者のQOLを上げる。
• 最初から最後まで患者さんと関わっていく医療。
• 最近は、早い段階から積極的に行うべきものである。
• 患者の不安や悩みなどを取り除くことを目的とした精神的なケアを主体とした医療。
• 正直、医師というより看護師さんが行うイメージです。
• 何をやってるのか知りません。
• 存在はよく聞くが、いまいち想像しづらい。
• 終末期しか行われていない。満足のいく治療を受けられている人が少ないイメージ。

この4年時の緩和ケアの授業では、乳がん患者の意思決定様式4)について考える時間を作っている。今日のがん治療において、治療法の意思決定は患者においてなされるべきとされている。しかし、意思決定は患者にとって大きなストレスでもある。また、検査結果への不安と情報の多さから意思決定が適切になされない場合もある。これらのことから、患者のパーソナリティや行動パタンを鑑みて、医師は患者の意思決定を促すために熟慮すべきであると考えられている。そこで、患者が示す「決めてください、従います」「○○を使った治療をしてください」「考えられません」「全てを考慮して決めたい」という4つのパタンに沿って、医師である自分がどう応えるのがベストか、を考えて発表をしてもらった(Table 5)。加えて、自分が症例(あるいは症例の夫)の立場であったら、どのような思いを抱くか、担当医にはどのようなスタンスで関わってほしいかも回答してもらった。最後に、講義を受けた感想を自由記述してもらったので、その一部を紹介する(Table 6)。これらの感想から分かるように、模擬症例を使用した患者の立場にたって考えることで、知識の充足だけではなく、患者との関わり方を疑似的に体験ができたことは意義深いと考える。加えて、最近の授業では患者の立場にたって考えることや、コミュニケーションについて考える機会が少ないといった意見もあり、学生に緩和ケアの理解を促すと共に、興味を持たせるためには、講義内容に工夫をする必要性が示唆された。また、講義の始めに緩和ケアに「興味がない」と解答した学生が11.5%いたが、感想からは「難しさを感じた」「治療と同じくらい重要だと知った」といった解答も多く見られた。そのため、緩和ケアに対する「未知の分野」あるいは「自分には関係がない」という感覚が「興味がない」という解答の背景にあったのではないかと考えられる。

Table 5. 患者の意思決定様式を考えるための模擬症例
パタンA 「決めてください、従います」
医師: 検査の結果から、ステージ2(腫瘍の大きさが3 cm、リンパ節への転移あり)の乳がんであることが分かりました。
Aさん: がんなんですね。どうしたら良いのでしょうか? 先生が良いとおっしゃる治療を受けます。どうか、よろしくお願いします。
医師:
Table 6. 講義後の感想
• 実際に症例を通して「患者の意思決定」について考えることができて良かった。
• 最近こういうことを考える機会がなかったので良かった。
• 実際に患者さんにとっての悪い情報や、その対応策について、どのように伝えたらよいのかということ自体、あまり考える機会がなかったので、考えさせられました。
• 緩和ケアは末期の患者さんに行うイメージが強かったけど、早期より痛みや精神面をケアしていくことで、患者さんも家族も負担が軽減さ れると知った。
• 患者の立場で考えると緩和ケアの重要性がわかった。
• 緩和ケアがQOLだけでなく、予後まで影響を与えることを知り、その重要性を学んだ。
• 医師として治療のみならず、このような対人関係のコミュニケーション能力は大切だと改めて痛感しました。

カリキュラムの標準化に向けた動き

前述のように、緩和ケアに関するカリキュラムは未だ標準化されてはおらず、実施授業数や内容の決定は、大学や教員に依存しているのが現状である。木澤らは、医学生が卒業時に習得するべき緩和ケアに関する能力を明確化する目的で、2009年に大学医学部・医科大学における緩和ケアの学習到達目標を作成した5)。この到達目標に沿った方略・評価を、自治医科大学緩和医療講座で開発している。同講座は、日本財団の寄附講座として、2010年4月に開講しており、丹波らを中心に系統的な講義をモデル的に作成している。また、大学病院の緩和ケアを考える会では、2003年に発表した緩和ケアカリキュラムを基に、医学生向けテキスト「臨床緩和ケア」6)を刊行している。さらに、このテキストを使用して、教員が講義作成と模擬授業を行う体験型のセミナーを過去8年間にわたり実施しており、更なる活動の輪の拡大が望まれる。

おわりに

緩和ケアは、がんが進行した時期だけではなく、がんの診断や治療と並行して行われるべきものとされ、早期からの緩和ケアの介入によってQOLの改善のみではなく、予後に良い影響があるとの報告がある7)。このような効果がみられる緩和ケアをより多くの患者に提供するためには、医学部生の時から緩和ケアの必要性を理解し実践する土台を作っていく必要があると考えられる。加えて、緩和ケアに対して興味を全く持っていない学生は存在しないようだが、講義の方法や内容に工夫を凝らすなどして関心を高める必要性はあるように感じる。その際に、スモールグループによる学習やテュートリアル、ロールプレイ教育などを導入するなどして、学生の自主性と思考の幅を広げる必要もありそうである。こういった教育を提供するためには、緩和医療に関わっている医療従事者が、教育に関心を持つことが大切である。加えて、カリキュラムの標準化によるシステマティックな取り組みが必要であると考えられた。

文 献
 
© 2014 日本行動医学会
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