女性に対する暴力が、「名誉」の概念の下に振るわれる諸事例に注目した特集中にあって、本稿がまず指摘するのはしかし、名誉に基づく暴力の行使は「女性」に対するものだけではない点である。地中海周辺域において名誉と暴力との関係に注目した人類学分野の研究が過去に注目してきたのは、むしろ血讐といった、主として男性によって集団間で展開される暴力行為であった。本稿でも、著者が1980年代末から断続的に調査を行っているエジプト西部砂漠のベドウィンについて収集した情報を主たる事例として、前半部では血讐をめぐり名誉が論じられる文脈を取り上げ、「名誉に基づく暴力」の概念を拡張して捉えることをまず提案する。同時に、暴力の行使が名誉に基づいて正当化されるだけではなく、暴力の抑止や和解もまた、名誉に基づいて説明されることを明らかにし、「名誉に基づく暴力」の概念を見直す。
後半部では、そのようにして拡張した「名誉によって正当化される暴力」の枠組みの中で、女性の性的不品行を契機に発動される暴力が、血讐などとは異なる、別個の種類の事象として設定しうるものであるかを、同じく西部砂漠ベドウィンの事例に則して検証する。注目されるのは、男性の調査者がベドウィンの男性から聞き取りを行うに際して、血讐については誇らしいことがらとして積極的に語るのに対して、名誉殺人について語ることにはある種の気まずさを伴う点である。そうした気まずさは、女性の性的不品行が、集団による女性のセクシュアリティの管理の失敗という、他集団との関係において語ることのできない事象であることと深く関わっている。
これらの議論を通して、本稿は「名誉に基づく暴力」の概念をより大きな研究対象として設定し、その中で名誉が暴力の行使を正当化するだけではなく、暴力について語る際の汎用的なイディオムであることを指摘し、次いで女性の性的不品行に対して発動される暴力が名誉の増進をめぐる集団間の公的な競争ではなく、集団内で隠蔽されるべき名誉の喪失として、血讐などとは区別されると結論づける。