本稿では、内陸アラスカ先住民社会で語られる「昔ながらの生活」への回帰という予言(過去回帰言説)について考察する。とりわけ、危機管理の専門家集団が使う用語としての「備え」との比較を通じて、不確実性を生きる生活者の生存戦略として内陸アラスカ先住民の「予言」を捉えなおすことを目指す。長期調査とコロナ禍後の短期オンライン調査の結果に基づき、ディチナニクのイーサイ家がたどった歴史を事例として、入植者がもたらす物品への依存、キリスト教化、感染症の流行など、過去回帰言説の成立に影響を与えた事柄について指摘した。土地権益請求を経た現在、過去回帰言説が基盤となって、ニコライ村では狩猟ガイド業と「文化キャンプ」のような生業の再活性化の取り組みが実施されている。これらの実践は、人間·動物·精霊·器具の有機的なつながりが不断に更新されていくような異種集合体の維持を意味し、混交経済下での生業活動であると同時に、ポスト混交経済を視野に入れたものでもある。詳細な「シナリオ」に基づいた「シミュレーション」をおこなう「備え」とは対照的に、「予言」は曖昧さを含んでいるからこそ、個々の人々が微妙に異なる実践をおこなうことを許容するものとなっている。