抄録
脊髄保護における選択的脳灌流(SCP)の役割を示唆した急性A型大動脈解離の手術例を経験したので報告する.症例は,術前に運動知覚異常のない72歳,男性である.造影CTで解離は上行大動脈から腎動脈レベルに達しており,真腔は狭小化し,解離腔は造影されなかった.術中に確認できる範囲の解離腔は血栓で充満していた.中等度低体温,選択的二分枝脳灌流にて上行弓部全置換術を施行した.術後,感覚機能は保たれていたが,下肢でより重症な四肢の運動麻痺が認められた.神経学的診断および脊髄MRI所見から,術中の脊髄虚血により脊髄前角を中心とした灰白質が縦断的に頸胸椎レベルで障害されたものと診断された.術前から肋間動脈の血流が低下していた可能性のある本例では,SCPによる前脊髄動脈への血流が,脊髄保護においても重要な役割を果たしていた可能性があり,三分枝送血でのSCPが望ましいことが示唆された.