[目的]腹部大動脈瘤に対するステントグラフト治療においてShort angulated neck(SAN)は解剖学的な適応限界であると言える.AORFIX AAAステントグラフトのリングステント構造はこのようなSAN症例に対し優位性があるものの,独特な形状の中枢端を腎動脈に合わせて正確に留置することは困難である.そのため,われわれは同グラフトの正確な留置を目的とした新たな留置方法(AORFIXテクニック)を考案した.この方法は実際のSAN症例においても中枢側からのエンドリーク制御に有用であることが分かっている.本稿では,ブタ血管モデルを用いた実証実験によりフィッシュマウス形状のステントグラフト中枢端の挙動を観察することで,そのメカニズムを明らかにするとともに,本テクニックの有用性を検証する.[方法]ブタの胸部大動脈を用いて,腎動脈が分岐した腹部大動脈モデルを計4体作製した.通常の方法にて留置しバルーンによる中枢タッチアップを施行した2体をコントロール,AORFIXテクニックを施行して留置した2体を介入群とした.電子内視鏡で観察しながら血管内でのステントグラフトの手技を施行し,血管を切開後にその中枢端の留置形状を観察した.[結果]コントロール群1体では,腎動脈入口部直下にフィッシュマウスの谷を合わせる形で留置したが,中枢タッチアップ後には腎動脈入口部をカバーする位置まで谷が迫り上がっていた.つづいて腎動脈バルーン形成術によるグラフトの矯正を試みたが,リングステントの復元力により谷が再び迫り上がるため狭窄は解除されなかった.コントロール群のもう1体は迫り上がりを考慮して腎動脈入口部より十分下方に留置したところ,タッチアップによる谷の迫り上がりは観察されず,フィッシュマウスの谷は想定よりも低い位置に留置されていた.一方,介入群2体では,フィッシュマウスを閉じた状態で腎動脈入口部が確認できる位置で留置しAORFIXテクニックを用いた中枢タッチアップを行った.フィッシュマウスの谷に位置するリングステントは密に折り畳まれ,谷は腎動脈入口部下端の血管壁に嵌合するように固定されていた.腎動脈の開口は良好であり,バルーン解除後も谷の迫り上がりは観察されなかった.[結語]臨床において経験するAORFIX AAAステントグラフトの挙動をブタ血管モデルにおいて再現することができた.AORFIXテクニックを用いることで,フィッシュマウスの谷が腎動脈入口部に嵌合するように留置され,バルーン解除後もその形状が維持されていることから,本法はSANの症例に対して再現性が高く有用であるとともに,その効果は永続的である可能性が示唆された.
鈍的胸部外傷による心損傷は死亡率が高く,アプローチとして胸骨正中切開だけでなくClamshell thoracotomyも選択肢の1つとなりうる.今回われわれは鈍的胸部外傷による左心耳損傷に対してClamshell thoracotomyにて止血を得た症例を経験したので報告する.症例は49歳女性.夫との口論後に6階の自宅ベランダから飛び降りて腹臥位で落下した.ショックで搬送され,FASTにて心嚢液を認めた.心タンポナーデにより心停止となり,左前方側方開胸を実施し心膜を開窓した.心嚢内の血腫を除去したところで自己心拍再開したが多量の血液噴出を認め,視野確保目的にClamshell thoracotomyに移行した.左心耳に約8 mmの損傷を認め,ECMOを確立した後に縫合止血した.術後20日目にICUを退室し,術後77日目に独歩自宅退院した.鈍的心損傷の原因として交通外傷が多いが,本症例は墜落外傷による左心耳損傷でありClamshell thoracotomyにて救命できた非常に稀な症例である.またClamshell thoracotomyは臨床現場において開胸手段の1つとなるため,十分に認知しておくことが必要である.
心臓血管手術歴や大動脈高度石灰化のある患者の弁膜症治療は外科的治療のリスクが高い.今回,経皮的僧帽弁接合不全修復術の合併症をきたした症例に対して準緊急で大動脈遮断を行わずに僧帽弁置換術を施行した.症例は31年前に冠動脈バイパス術の既往がある83歳男性.重症僧帽弁閉鎖不全症による心不全を生じた.経皮的僧帽弁接合不全修復術を施行したが弁尖に交絡し僧帽弁狭窄症のため循環動態不安定となった.陶器様大動脈と冠動脈バイパスグラフト存在のため大動脈遮断困難と判断し,心室細動下右側開胸鏡視下僧帽弁置換術を施行し,良好な経過を得た.心室細動下側開胸手術は大動脈遮断困難である症例の手術戦略として有用と考えられた.
われわれは,僧帽弁置換術周術期にVA-ECMOを要した症例に人工弁の早期血栓弁を経験し,抗凝固療法により救命したので報告する.症例は,11年前に二次孔欠損型心房中隔欠損症(ASD)にてパッチ閉鎖術を受けた76歳,女性.2カ月前に食思不振,呼吸困難にて前医に緊急入院となった.大動脈弁閉鎖不全症(AR),僧帽弁閉鎖不全症(MR),三尖弁閉鎖不全症(TR),心房細動(Af)による心不全治療を2週間受けた後に当科に転院となった.入院2日目に頻脈に対する薬物介入を契機にショック状態となり,V-A ECMO, IABPが導入され,入院3日目に準緊急的に生体弁を用いた大動脈弁置換術(AVR)および僧帽弁置換術(MVR),三尖弁形成術(TAP)に加え左心耳閉鎖術が施行された.術翌日の再開胸止血術を経て,術後2日目にV-A ECMOが抜去された.術後3日目に経食道エコーにて僧帽弁位人工弁の開放制限が指摘され,人工弁の平均圧較差は11 mmHgであった.血栓弁と診断し,ヘパリン,ワルファリンによる抗凝固療法が行われた.術後7日目にはIABPが抜去され,11日目には人工弁の平均圧較差は3 mmHgに改善し血行動態は改善した.17日目には胸骨閉鎖が可能となり,術後39日目に一般病棟に転出,52日目にリハビリ目的に転院となった.
症例は84歳男性,心不全を伴う重症大動脈弁狭窄症に対して経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVR)を施行した.TAVR直後より大動脈弁の弁周囲逆流(paravalvular leak: PVL)を認めており,心不全の管理に難渋し,vascular plugによる閉鎖を試みたが,PVLの改善を認めず,最終的にTAVR後4カ月で外科的大動脈弁置換術(SAVR)の方針となった.手術はTAVR弁を摘出してのSAVRに加え僧帽弁置換術,上行大動脈置換術,肺静脈隔離術を併施した.術前から長時間手術が予想されたため,大動脈弁置換術にはrapid deployment aortic valveを使用した.術後経過は順調であり合併症なく経過した.術後の心臓超音波検査では置換した大動脈弁,僧帽弁に問題を認めなかった.TAVR後から長期入院のためリハビリに時間を要したが,術後26日目に自宅退院となった.現在,術後2年以上経過しているが心不全症状はみられず外来通院中である.今回,TAVR後の外科的AVRに対してrapid deployment valveを使用し良好な結果を得たので報告する.
症例は73歳女性.急性前壁心筋梗塞に伴う心室中隔穿孔(VSP)を発症し,緊急手術となった.左前下行枝(LAD)より2 cm程度離して右室からVSPにアプローチし,15 mm程度の穿孔部を認めた.LADを損傷しないように注意して拡大サンドイッチ法で閉鎖を行った.その後,壊死心筋のやや中枢側でLITA(左内胸動脈)-LADの冠動脈バイパスを施行した.術後経過は良好で,術後5日目に施行した経胸壁心臓超音波検査で明らかな遺残短絡を認めず,また冠動脈CTではLITA-LADを含む全バイパスの良好な血流を認め,術後12日目に自宅退院となった.VSP修復に伴う責任病変への血行再建の是非は議論が分かれているが,本症例の経験から完全血行再建を検討する価値があると考えられた.
症例は56歳男性,7年前他院で遠位弓部大動脈瘤に対しtotal debranch TEVARを施行.翌年人工血管感染,左鎖骨下動脈グラフト抜去+腋窩-腋窩bypass術を施行.創部完治せず,膿汁を伴う左頸部+胸骨正中切開部皮膚瘻を認め紹介された.術前PET-CTでは左総頸動脈グラフト,上行大動脈に留置されたステントグラフト~正中創・左頸部創まで感染の波及を認めた.手術はまず仰臥位で胸骨ワイヤーを抜去した.左頸部で総頸動脈を露出した後,右半側臥位で左後側方切開を行った.左総大腿動脈送血,総大腿静脈+主肺動脈脱血で体外循環を開始,直腸温25℃まで中心冷却した.Th 10レベルで下行大動脈を遮断,近位側大動脈を切開しステントグラフトを抜去.弓部分枝に内腔からカテーテルを挿入し,順行性脳灌流を開始,順行性心筋保護液を注入した.リファンピシン浸漬3分枝J graftで上行~弓部~下行大動脈置換を行った.前回の左総頸動脈グラフトを抜去し,遠位でリング付きGore-Tex graft 8 mmを吻合,再建した.食道裂孔経由で有茎大網を充填し,手術を終了した.体外循環時間 331分,心虚血 166分,順行性脳灌流 182分,手術時間は14時間37分であった.術後6週間抗菌薬加療も継続,前胸部・左頸部瘻を直接閉鎖し,退院した.
症例は70歳女性.10歳頃に大動脈縮窄症(CoA: Coarctation of Aorta)に対して下行大動脈-下行大動脈バイパス術を施行された.子宮体癌術前検査で胸部大動脈瘤を認め,当院を紹介された.造影CTにて胸部下行大動脈に62×47 mmの動脈瘤を認め,人工血管からの連続性を認めることからCoA術後の末梢側吻合部仮性動脈瘤の診断となった.瘤径も大きく破裂リスクも高いと判断し,準緊急的に胸部ステントグラフト内挿術(TEVAR)に加えて左腋窩動脈-左大腿動脈バイパス術を行った.術後CTでは瘤内への血流は認めなかった.術後経過は良好で子宮体癌に対する手術を行い,退院となった.
胸部ステントグラフト内挿術(TEVAR: Thoracic endovascular aneurysm repair)のアクセスルートとしては総大腿動脈が一般的であるが,血管径や性状などから他のアクセスルートを用いるべき症例や,血管内治療を断念せざるを得ない症例も存在する.症例は70代,女性.X-5年 上行大動脈瘤・腹部大動脈石灰化狭窄に対し,部分弓部大動脈置換術および上行大動脈-両側外腸骨動脈バイパス術を施行した.X年,右下腹部でバイパスグラフトが感染したことを契機に,遠位弓部大動脈および下行大動脈それぞれに嚢状瘤が出現した.バイパスグラフト感染は抗菌薬投与で軽快したが,嚢状瘤は仮性瘤の可能性が否定できず,TEVARの方針とした.手術では心窩部正中を切開して腹膜前腔でバイパスグラフトを露出し,ここをアクセスとしてZone 3から第11胸椎レベルにかけて順行性にZenith Alpha(Cook Medical, Bloomington, IN, US)を2本留置した.術後5日目の造影CTではいずれの嚢状瘤にもtype Ia/Ibを疑うエンドリークを認めたが,術後4カ月の造影CTでは自然消失しており,いずれの嚢状瘤も消退していることが確認された.これまでにTEVARにおけるさまざまなアクセスルートが報告されてきたが,上行大動脈から下肢への非解剖学的バイパスグラフトをアクセスとして使用した報告は本症例が初めてと考えられる.
症例は29歳男性.右肝動脈瘤破裂を契機にvascular type Ehlers-Danlos syndromeと診断されていた.今回,ボーリングをした際に右上肢の血腫・疼痛を認め,救急受診した.エコーおよび造影CTによる画像診断の後,緊急手術を行った.術中所見から,上腕動脈破裂を認め,大伏在静脈による動脈置換術を施行し,救肢できた.術後6年経過するも,吻合部出血や新たな血管イベントなく経過している.
医師の働き方改革の本格施行を受け,心臓血管外科における特定行為研修修了看護師とのタスクシェアの重要性が高まっている.本研究では,若手心臓血管外科医および心臓血管外科に従事する特定行為研修修了看護師を対象に全国アンケートを実施し,実態と課題を明らかにした.術後管理や処置の一部においてはタスクシェアが進んでいたが,手術関連業務や緊急対応では限定的であった.看護師側からは,自身の役割や処遇,教育体制に対する課題が多くあげられた.今後,特定行為研修修了看護師との円滑なタスクシェアを実現するためには,役割の組織的支援体制の構築が不可欠である.