2018 年 47 巻 4 号 p. 174-177
外科治療は術後の甲状腺ホルモンの動態に多大なる影響を及ぼす.特に心臓手術の術後では,血液中の甲状腺ホルモンはしばしば低値を示すが,実際に症状を伴うことは稀とされている.これは心臓手術のような大きな侵襲行為の後には,甲状腺ホルモンが代償性に低値を示す “non thyroidal illness”(NTI)と呼ばれる病態が発生するためであり,NTIは視床下部-脳下垂体-甲状腺ホルモン系統そのものには異常がないにもかかわらず,甲状腺ホルモンの低値を中心とした甲状腺機能検査異常を引き起こす病態と定義されている.NTIは一般に生体防御機構の1つと考えられ,病的意義は少なく,積極的な薬物治療の対象とはされていない.そのため,開心術後の血液生化学検査において,甲状腺機能低下がみられたとしても,慎重な解釈が必要とされる.今回,われわれは高齢者に対する大動脈弁置換術後に,甲状腺ホルモンの異常低値を伴う,著明な倦怠感と軽い見当識障害が出現し,薬物治療にて改善した症例を経験したので報告する.