2020 年 49 巻 3 号 p. 128-132
症例は71歳男性,維持透析患者.胸部不快感が持続し,救急要請した.搬送先の病院で施行した胸部CTで,大動脈周囲に血腫を伴う偽腔開存型のStanford A型急性大動脈解離を認め,手術目的に当院に紹介となった.当院搬入時に施行した頭部CTで,左視床および右尾状核頭に急性期脳出血を認めた.神経症状としては,右上肢に軽度の運動能低下を認めるのみであった.ただちに近隣病院の脳神経外科医師とオフラインで画像を共有し検討した結果,急性大動脈解離に対する緊急手術は,術中に使用する抗凝固剤により脳出血が増悪することが懸念されるため中止した.脳出血に対する外科的介入の適応はその時点ではなかったが,慎重な観察を要した.ICUではメシル酸ナファモスタットを用いて透析を再開したが,幸い脳出血の増悪を認めなかった.第5病日の胸腹部CTで上行大動脈の偽腔の拡大を認めたため,第6,第7病日の頭部CTで脳出血の増悪がないことを確認し,第8病日に急性大動脈解離と以前から認める大動脈弁狭窄兼閉鎖不全症に対し,上行大動脈人工血管置換術と大動脈弁置換術を施行した.翌日に抜管し,術後6日目にICUを退室した.神経症状の増悪を認めず,術後の頭部CTでは血腫の増大を認めなかった.術後47日目にリハビリ継続のため転院した.急性期脳出血と急性大動脈解離を同時に診断することは稀である.どちらの病態も深刻であるが,併発した場合,治療の指針が確立されておらず治療戦略の決定に難渋する.今回,発症から1週間の経過観察期間を経て急性大動脈解離に対する手術を施行した結果,神経症状の増悪なく経過し,救命し得た1例としてここに報告する.