日本心臓血管外科学会雑誌
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第52回日本心臓血管外科学会学術総会 卒後教育セミナー
安全確実な脳保護法の選択とpit fall
内田 徹郎
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2022 年 51 巻 6 号 p. lxix-lxxvi

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抄録

胸部大動脈とくに弓部大動脈の手術では,脳合併症を予防するため,安全かつ確実な術中の脳保護が不可欠である.体外循環を使用した弓部大動脈手術の脳保護法として,弓部分枝に循環用のカニューレを挿入して脳灌流を行う選択的順行性脳灌流法(selective antegrade cerebral perfusion: SCP),脳はじめ全身を18~20℃まで冷却する低体温循環停止法(hypothermic circulatory arrest: HCA),HCA下に上大静脈から脳灌流を行う逆行性脳灌流法(retrograde cerebral perfusion: RCP)がある.SCPは,至適灌流条件に関するさまざまな歴史的変遷を経て,生理的で時間的制限の少ない,比較的安全な脳保護法として,わが国で最も汎用されている.脳血流の自己調節機能が期待できる灌流圧下限の40~60 mmHg,灌流量9~12 ml/kg/min,さらに最近は25~28℃の中等度低体温下のSCPによる弓部置換術を採用する施設が多い.HCAは,超低体温下の酸素消費量減少による脳保護効果を基本とする.特別な体外循環回路や脳循環カニューレを必要としないため,簡便で術野はシンプルだが,適切な脳保護には厳しい時間的制約がある.RCPは,HCAの最大の問題である脳虚血の時間的制約を延長し得る脳保護法として導入された.しかし,さまざまな基礎的,臨床的研究の結果,RCPはSCPに比較して,必要な脳灌流を担保することが困難とされた.現在のRCPの位置付けは,短時間のHCAにおける補完的脳保護作用と弓部分枝内に落下した粥腫や血栓の逆行性排出に有効な脳保護法として用いられている.最適な脳保護法の選択と同様に,脳塞栓症の原因となる塞栓源を弓部分枝に飛散させないための対策も重要であり,カニューレの選択,挿入部位および遮断部位を適切に判断する必要がある.とくにshaggy aortaでは,粥種塞栓による脳梗塞のリスクが高いため,SCPを確立した後に体循環を開始するbrain isolation法が行われる.また手術中の脳虚血性変化を早期に検出すべく,近赤外線による脳内局所酸素飽和度がモニタリングされている.世界をリードするわが国の良好な弓部大動脈手術の成績は,適切な脳保護法のもとに手術が施行されていることに他ならない.さまざまな時代背景で変遷と改良を重ね,進歩してきた各種脳保護法の優劣を単純に論ずるのではなく,それぞれの優位性と限界を十分に認識した上で,病態に応じた各脳保護手段を適切に使い分けることが重要と考える.

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