抄録
本研究では,過去から現在への時間的広がりを持った感情理解の発達は,推論の仕方の発達的差異,すなわち現在の状況に依拠した推論から他者の思考に依拠した推論への発達的変化を反映していると想定した。(i)現在の状況に依拠した感情の推論とは,他者が過去に感情を帰属した手がかりが提示されることで,現在の他者の感情を,その手がかりから推論することであり,(ii)他者の思考に依拠した感情の推論とは,他者が過去で感情を帰属しなかった手がかりが提示されることで,現在の他者の感情を,「他者はその手がかりを見て過去を思い出している」という思考にもとづいて推論することである。この仮説を検証するために,3,4,5歳児を対象に,(i)と(ii)のどちらかの推論過程にもとづいて感情を理解する物語課題を提示し,現在の他者の感情を推論させると同時に,その理由を求めた。その結果,3歳児は(i)の推論過程でのみ,4,5歳児は(i)と(ii)両方の推論過程にもとづいた時間的広がりを持った感情理解ができることを示した。これらの結果は仮説を支持するものであり,時間的広がりを持った感情理解の発達変化は推論過程の変化に起因する,また,4歳頃を境として,状況に依拠した推論から他者の思考に依拠した推論へと変化することを示唆した。