抄録
Erikson, Erikson, & Kivnick(1986/1990)によれば,乳児期に顕著となる基本的信頼感vs.基本的不信感は,後に続く全ての心理社会的課題の支えとなると同時にそれ自体も発達するものである。本研究では,この信頼感の発達に重要な役割を果たす母親的人物との相互性に着目し,その乳児期から老年期に至る変容過程を,高齢者の内的現実から捉えることを目的とした。半構造化面接を行い,66-86歳の17名(平均年齢74.88歳,SD=5.34)から母親的人物との相互性に関する語りを得た。語りにおいて,乳幼児期に実母に養育されていても老年期において意識される母親的人物が実母とは限らなかったことから,発達に伴い母親的人物が移り変わる可能性が指摘された。語りの分析を行った結果,母親的人物との相互性は21個の上位コードと32個の下位コードに集約され,上位コードを総合し母親的人物との相互性の変容モデルを作成した。これらより,中年期における母親的人物の衰弱や物理的喪失体験が,悲嘆の過程や喪失後の母親的人物の内在化とその相互性に関連していることが示唆された。さらに老年期においては母親的人物の内在化が多くの対象者で認められ,喪失した愛着対象として高齢者の生活に多様な影響を与えていることが示された。