本稿では,対人理解の能力とその発達について,これまで心の理論と呼ばれてきた従来の理論を批判的に検討し,その代替となるような理論枠組みを提案する。この枠組みは従来の認知主義に対して,第1に近年活発になっている現象学的視点に基づく相互作用説に依拠しつつ対人理解を説明する。第2にこの理論枠組みでは,現象学的な相互作用説でも十分説明できない社会文化的構成としての発達の過程とその(構成物としての)結果とが区別される。そのために,まず従来の心の理論研究の認知主義的背景と理論的立場を概観する。次いで現象学的視点から見た心の理論説への批判と身体化された相互作用の中での対人認知の発達をたどり,誤信念課題の達成に関する最近の知見と議論も併せて検討する。最後に,相互作用説に基づく社会的認知の多重あるいは二重過程モデルが,現象学だけでなく心理学的な説明としても最も有力で現実的であるものの,このモデルでも対人認知の社会文化的な構成過程には十分言及されていないことを指摘する。さらに,心の理論研究が陥っていた誤謬を明らかにする。