教育心理学研究
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幼児の数概念の研究
集合の相等判断と保存
伊藤 恭子
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1963 年 11 巻 3 号 p. 157-167,191

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抄録

本研究は, 幼児の数概念の発達過程を解明し, 数概念の成立を促すには, どのような働きかけを必要とするかを明らかにすることを目的としている。
そこで, まず, 数概念の基礎である2集合の相等判断と数の保存の成立を調べるために4・5才児にテストを試みた。その結果, 幼児にとつては, 知覚的に異なる2集合の同時的な相等判断が比較的容易 (もちろん知覚的形態に左右される場合も多いのだが) で, 同じ形態から一方を変形させたときの相等判断はより困難となり, ひとつの集合を変形した前後での相等判断はほとんどできなかつた (保存の概念の欠如)。以上のことから, 集合数としての把握が保存に先行するといえよう。また, 誤反応の分析から, 数概念形成過程にある幼児は, 数詞を唱え, 事物を対応させて数えることができても, また, その最後の数詞が集合の多さをあらわすことを知つていても, 最終的には知覚的要因を手がかりとして比較判断を行なつていることがわかつた。
そこで, 幼児の数概念の成立を促進するため2つの教育プログラムA, Bをたて, 数概念未発達の幼児に実験教育を試みた。Aグループ (4名) には, 1-1対応操作をとおして集合を把握させ, 数の構造をイメージ化する方針で, Bグループ (4名) には, 数詞を媒介として数概念の形成に努める方針ですすめた。方法は個別で, 1回の時間は10分ぐらい, 8~9回行なつた。その経過から次のことが観察された。Aグループでは, 集合の比較判断を1-1対応操作で確かめることの習得によつて, 相等判断の障害になつていた知覚的要因の影響から脱却することができた。また, Bグループの例から, 単に数詞を暗誦するだけでは媒介としての役に立たず, 数詞の意味づけ. イメージ化を行なうことによつてはじめて集合の比較判断の手段となりうることが確かめられた。この他, いちど2集合の関係が確認されるとその後配置を変えても, その関係は保存されることが観察された。
数の保存概念の成立は, 数の構造を理解させることによつて促進されうるように思われた。この実験教育中の例は, いずれもある集合に+1すれば増え, -1すれば減るという理解から保存概念が成立してきている。一方, はじめから数詞を媒介とし経験的確かめによつて保存概念を形成させることが考えられたが, 結局, 数詞個々の関係を認識しなければ手がかりにはならない。ここでも, 数の構造の理解が数概念成立に大きな役割りを果たすことがわかつた。
しかし, 本報告は, 例数も少なく, 研究の予備的な段階であることはまぬかれない。そこでとくに, 今後ぜひ検討したいと考える点を1, 2あげて結びにかえたい。
(1) これまで, 幼児に積極的に働らきかけることによつて概念の形成をさせることを考えてきたが, レディネスとか成熟ということを考慮しないわけにはいくまい。本実験教育でも, コソトロール群の1人は, 幼稚園では教育を与えなかつたにもかかわらず, この間に保存概念が成立している。これはどう解すべきだろうか。未開人を考えればわかるように, 神経生理的成熟のみによつて数概念が成立するとは考えられない。しかし幼児をとりまく家庭や社会など文化的環境によつて, ある時期までにおのずと数概念が形成されることは十分考えられる。つまり, このように環境からの働きかけによつて概念が養われるのだとすれば, やはり無意図的ではあるが教育がなされていることになる。概念の形成を環境の無意図的な働きかけに頼つてよいものか, 積極的に教育的働ぎかけによつてその促進と明確化をはかつた方がよいのかよ即座には結論できないことであり, 幼児の発達過程において, どのような違いを生じるかを調べる必要があろう。
(2) 数の性質には, 集合数としてと順序数としてとの2面があることはいうまでもない。従来は順序数としての把握から数概念を解する方向であつたが, 本研究では集合数を中心に数概念の考察をすすめてきた。そのため, 数の順序数的扱いについては, テストも教育も行なわなかつたが, 集合数のみの教育によつて順序数が自然に把握されるかどうかはわからない。これまでの教育が学校や家庭においても序数的扱いが主であつたなどの理由から序数的把握が容易になされていたとも考えらる。今後序数がどのような過程で理解されていくか, また, 集合数との関係把握はいかになされるかの解明を試みねばならないだろう。
(3) さらに, 幼児の数概念の教育というとき, 大きな問題になるのは, ひとりひとりに対して個別的な指導を行なうのか, それとも幼稚園や保育所の集団的な体制をくずさないで, なおかつ数教育のを可能にでぎるか, ということであろう。本研究では, テストも, 教育も, すべて個別に行なわれた。しかし水道方式をとり入れている幼稚園などにおいても, 集団指導のなかに数の教育をとり入れている実践例が報告されている。個別にやるべきことをただ教える方の人手や場所のため, といつた消極的な理由から集団化するだけでなく, 集団学習のもつもつと積極的な効果も考えられるだろう。とすれば, そのような体制に適合した指導の方式を考案することが欠かせないであろう。

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