日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
大動脈周囲リンパ節転移を認めたI p型早期大腸低分化腺癌の1例
金井 俊平谷口 正展北村 美奈長門 優岡内 博中村 一郎中村 誠昌下松谷 匠丸橋 和広
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2013 年 46 巻 3 号 p. 217-223

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Abstract

症例は76歳の女性で,便潜血反応陽性を指摘され精査目的の下部消化管内視鏡検査で下行結腸にI p型ポリープを認めた.過形成性ポリープの診断でポリペクトミーを施行したが,切除標本の大部分に低分化腺癌と粘液癌を認め,切除断端が陽性であったため,追加腸切除を施行した.また,術前画像所見より大動脈周囲リンパ節転移を疑い,大動脈周囲リンパ節郭清も同時に施行した.切除腸管に腫瘍細胞の遺残は認めなかったが大動脈周囲リンパ節転移陽性のため,最終診断はadenocarcinoma por2,muc>tub2 type 0-Ip,pSM(>5,000 μm),int,INFb,ly0,v1,M1 Stage IVであった.今回,この特徴的な内視鏡所見を呈した病変が粘膜下層深部へ浸潤し,さらには遠隔リンパ節転移を来した要因を病変の割面形態,および病理組織学的検査所見との関係から若干の文献的考察を加えて報告する.

はじめに

大腸低分化腺癌は,本邦においては全大腸癌の4~7%程度と報告されている1)~3)が多くは進行癌で発見され,早期癌で発見される症例は非常にまれである4)5).その中で今回,我々は大動脈周囲リンパ節転移6)‍~‍8)を伴うI p型早期大腸低分化腺癌の1例を経験したので報告する.

症例

症例:76歳,女性

主訴:なし

既往歴:高血圧,慢性副鼻腔炎

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:検診で便潜血反応陽性を指摘され当院内科を受診し,精査目的の下部消化管内視鏡検査で下行結腸にI p型のポリープを認めた.生検の結果より過形成性ポリープと診断し,後日ポリペクトミーを施行した.しかし,摘除標本の病理組織学的検査所見では病変の先端陥凹部から茎部にかけて低分化腺癌と粘液癌が存在し,切除断端にまで腫瘍細胞の浸潤を認めたため外科的追加切除の適応と判断され当科紹介となった.

現症:身長152 cm,体重50 kg.明らかな身体所見上の異常は認めなかった.

血液検査所見:血液一般検査に異常はなく,腫瘍マーカーもCEA 2.3 ng/ml,CA19-9 12.8 U/mlと正常範囲内であった.

下部消化管内視鏡検査所見:下行結腸に有茎性の隆起性病変を認めた.隆起周囲の立ち上がり部分はなだらかで,茎の根部は周囲の正常粘膜より連続して覆われていた.茎は太く緊満感があり,隆起頂部は陥凹し,発赤,白苔の付着と一部びらんを認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Pedunculated elevated lesions are noted in the descending colon. The edges of the elevated portion incline slightly, and the base of the peduncle is completely covered with normal mucosa. The peduncle is thick and taut. The top of the elevated portion is recessed. Redness, a white coating, and some erosion are noted.

胸腹部CT所見:ポリペクトミー後に施行した胸腹部CTでは下行結腸近傍のリンパ節,大動脈周囲のリンパ節に腫大を認めた.画像上は明らかな肺転移,肝転移は認めなかった(Fig. 2).

Fig. 2 

A CT of the chest and abdomen after polypectomy reveal swelling of the lymph nodes in the vicinity of the descending colon and para-aortic lymph nodes.

FDG-PET所見:腹部CTで腫大を認めた大動脈周囲のリンパ節の位置に一致して著明な異常集積を認めた.その他に明らかな異常集積は認めなかった(Fig. 3).

Fig. 3 

Markedly abnormal clusters are found to coincide with para-aortic lymph nodes that appear swollen in abdominal CT.

手術所見:下行結腸癌,大動脈周囲リンパ節転移の術前診断で手術を施行した.明らかな腹膜播種や肝転移はなく,また重複癌の可能性も考慮し,子宮,卵巣も調べたが明らかな腫瘍性病変は認めなかった.左側結腸切除術に加えて,大動脈分岐部から左腎静脈の下縁まで大動脈周囲のリンパ節郭清を行った.

追加切除標本:追加切除標本において,ポリペクトミー後の瘢痕部分の残存粘膜下層に腫瘍細胞の遺残を認めないことから早期癌と診断した.また,傍腸管リンパ節と大動脈周囲リンパ節には転移を認めた(Fig. 4).

Fig. 4 

In specimens from further resection, residual tumor cells are not found in remaining submucosa, with scarring after polypectomy, so a diagnosis of early cancer invading the submucosa is made.

病理組織学的検査所見:腫瘍本体の先端辺縁の粘膜部には中分化管状腺癌がわずかに存在するも,病変内には腺腫成分は認めず,先端陥凹部から切除断端までは非充実型低分化腺癌(por2)と粘液癌で充満していた.また,先進部の簇出の評価はポリペクトミーによる熱変性の影響のため困難であった.免疫染色検査では腫瘍本体はCK7(–)/CK20(+)の大腸型のパターンをとる成分とCK7(+)/CK20(–)のパターンをとる成分とが混在していた.傍腸管リンパ節の転移巣では腫瘍本体と同様に非充実型低分化腺癌と粘液癌が混在し,免疫染色検査においても腫瘍本体と同様のパターンを呈した.しかし,大動脈周囲リンパ節の転移巣では,腫瘍はほぼ非充実型低分化腺癌で構成され,免疫染色検査の結果では,腫瘍本体に部分的に認められた低分化腺癌細胞と同様のCK7(+)/CK20(–)のパターンであった.以上の病理組織学的検査所見,および臨床経過から下行結腸癌由来の大動脈周囲リンパ節転移と診断した(Fig. 5, 6).

Fig. 5 

Although moderately differentiated tubular adenocarcinoma is minimally present in the mucosa at the edges of the margins of the main mass of the tumor, adenoma components are not found in the lesions. The area from the edges of the recess to the surgical margin is filled with non-solid poorly differentiated adenocarcinoma and mucinous carcinoma. Immunostaining indicates that the main mass of the tumor has a mixture of components that are CK7(–)/CK20(+) (i.e. resembling the colon) and CK7(+)/CK20(–). a) Loupe, b) HE staining, c) CK7, d) CK20.

Fig. 6 

Metastases to the para-aortic lymph nodes are tumors mostly consisting of poorly differentiated adenocarcinoma (HE staining).

最終診断はadenocarcinoma por2,muc>tub2 type 0-Ip,pSM(>5,000 μm),int,INFb,ly0,v1,M1 Stage IVであった.SM浸潤距離に関しては,今回は垂直断端陽性のため粘膜筋板から切除断端までの距離を測定し,pSM(>5,000 μm)と略記した.

術後経過:退院後に術後補助化学療法としてmFOLFOX6療法を12クール施行した.術後14か月が経過するが画像上は明らかな再発所見は認めていない.

考察

大腸低分化腺癌は,本邦においては全大腸癌の4~7%程度と報告されている1)~3)が多くは進行癌で発見され,早期癌で発見される症例は非常にまれである4)5).分化型腺癌と比較した臨床病理学的検討も多く行われているが,既存の報告はほとんどが進行癌症例における検討であり,本症例のような早期大腸低分化腺癌に関してはその希少性のため,その形態的特徴,発育進展過程にいまだ一定の見解は得られていない.医学中央雑誌で「早期大腸癌」,「低分化腺癌」,「大腸SM癌」をキーワードに1983年から2012年8月までで検索し,さらに引用文献を調べることにより本邦における低分化腺癌成分が存在する早期大腸癌の報告40例(会議録除外)を検索しえた.そこでこれらと自験例をあわせた41例の早期大腸低分化腺癌について検討を行った.

男女比は29:12と男性に多く,30歳以下の若年発症した2例以外は,50~70歳代の報告が多かった.大きさは3~50(平均14.6)mmで,肉眼型は0-I型20例,0-II型21例で隆起型と表面型の頻度に差はなかった.腫瘍の局在部位は,盲腸5例,上行結腸8例,横行結腸10例,下行結腸3例,S状結腸7例,直腸8例であった.病理組織学的検査所見において,部分的に分化型腺癌成分を認めるものは41例中31例(75.6%),腺腫性分を伴うものは記載のある37例中4例(10.8%)であった.リンパ節転移について記載のある39例中17例(43.6%)にリンパ節転移を認めた.

病変の局在に関して,大腸低分化腺癌は右側結腸の発生頻度が比較的高いとされているが1)~3),今回の検討においても右側結腸23例,左側結腸・直腸18例とやや右側の頻度が高かった.しかし,右側結腸23例中19例(82.6%)が0-II型病変で左側結腸・直腸18例中16例(88.9%)が0-I型病変であることから,病変の局在と肉眼型には何らかの関連があるものと思われる.

病理組織像においては,腺腫併存例は少なく,多くの症例で粘膜内に分化型腺癌成分を認めることから,大腸低分化腺癌はadenoma carcinoma sequenceから発生する症例は少なく,多くは分化型腺癌からの脱分化により生じるものが主経路であるという八尾ら9)の推測に矛盾しない結果であった.また,割面形態上は,腫瘍が粘膜内で隆起性増殖を示すpolypoid growth type carcinomaは少なく,本症例も含めて癌粘膜部が辺縁非腫瘍性粘膜に比べて薄いnon-polypoid growth type carcinoma(以下,NPGと略記)が多かった10)~12)

通常内視鏡検査所見に関しては,中心に陥凹を伴い,隆起の立ち上がりから陥凹辺縁までが非腫瘍性粘膜で覆われた“粘膜下腫瘍様の隆起を伴う陥凹病変”が多く,諸家の検討4)13)14)における早期大腸低分化腺癌の形態的特徴と一致する結果であった.また,本症例も隆起の立ち上がりが正常粘膜組織で被われ,粘膜下腫瘍様の形態を呈していたが,茎部が太く寸胴型であり,頭部は発赤し緊満感を呈していたことから,“penis like appearance”15)~17)に合致する所見でもあった.分化型腺癌として発生したde novo癌(II c病変)を起点により早い段階で低分化腺癌へ脱分化した悪性度の高い腫瘍細胞が急速に粘膜下層深部へ浸潤し,かつ急増することによりこのような隆起形態を呈したと考えられる.

リンパ節転移に関しては,早期大腸低分化腺癌に関する佐野ら18),金尾ら8)の集計と同様に今回の検討でも39例中17例(43.6%)にリンパ節転移を認め通常の大腸SM癌の転移率よりも高率であり悪性度が高いことが示された.さらに,今回,早期大腸癌ではまれな大動脈周囲リンパ節へのskip転移を認めたが,これは組織型に非充実型低分化腺癌を含んでいたことに関連があると思われる.大腸低分化腺癌において充実型,非充実型に亜分類した検討は少ないが19)~22),非充実型は充実型に比べて,リンパ節転移,肝転移,腹膜播種陽性例が有意に多く予後不良とされており,本症例においても,悪性度の高い非充実型低分化腺癌成分が傍腸管リンパ節からskip転移を来したと推察される.

以上より,大腸低分化腺癌はde novo発生した分化型腺癌からの脱分化により生じるものが主経路であり,早期癌であっても進行癌に類似した悪性度を呈すると思われる.また,“粘膜下腫瘍様の隆起を伴う陥凹病変”,“NPG-typeの隆起性病変”は早期大腸低分化腺癌に特徴的な内視鏡検査所見の一つと考えられるが,いまだ症例数は少なく詳細な発育進展過程は不明であるため,今後の症例の集積が期待される.

利益相反:なし

文献
 

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