日本消化器外科学会雑誌
Online ISSN : 1348-9372
Print ISSN : 0386-9768
ISSN-L : 0386-9768
症例報告
胃切除7年後に皮膚,13年後に鼠径リンパ節に単発転移した胃癌の1例
遠藤 俊治宮崎 知道清 勉山田 晃正奥山 正樹福地 成晃酒田 和也小西 健山内 周西嶌 準一
著者情報
キーワード: 胃癌, 晩期再発, 皮膚転移
ジャーナル フリー HTML

2013 年 46 巻 3 号 p. 159-166

詳細
Abstract

症例は65歳の男性で,右鼠径部腫瘤を自覚し当院を紹介受診した.13年前に胃癌に対し幽門側胃切除術を施行し,病理組織学的検査では低分化腺癌t2(ss)n0M0 stage Ib(胃癌取扱い規約12版)であった.6年前に右後頭部皮膚転移に対し切除術および放射線治療の既往がある.右鼠径部に径3 cm大の弾性硬,可動性良好の腫瘤を触知した.頸胸腹部造影CTでは右鼠径部に27×25×12 mm大のリンパ節腫大を認めた.他に明らかな転移を指摘できなかった.局所麻酔下に右鼠径部リンパ節摘出生検を行った.病理組織学的検査で転移性腺癌と診断され,13年前の胃癌の転移として矛盾しない所見であった.胃癌の皮膚転移,鼠径リンパ節転移は,終末期にはしばしば見られるものの,単独転移は極めてまれで,胃切除後7年,13年を経た転移は非常に珍しい再発形式である.文献的考察を加え報告する.

はじめに

胃癌の転移再発形式は,腹部大動脈周囲などのリンパ節転移や肝転移,腹膜播種転移が一般的であり,皮膚転移や鼠径リンパ節転移は比較的まれで,終末期に全身転移の一所見として認められることがあるものの,孤立性転移は極めてまれである1)2).今回,我々は胃癌に対し幽門側胃切除術を施行し,7年後に孤立性皮膚転移を,13年後に孤立性鼠径リンパ節転移を認めた,極めて緩徐でまれな再発転移形式を示した1例を経験したので報告する.

症例

患者:65歳,男性

主訴:右鼠径部腫瘤

既往歴:特記すべきことなし.

現病歴:1999年4月,胃癌に対して幽門側胃切除術D2郭清(胃癌取扱い規約12版)3),Billroth I法再建を施行した.摘出標本では幽門前庭部小彎に1.5×1.0 cm大の3型腫瘍を認め,病理組織学的検査では非充実型低分化腺癌であった(Fig. 1).t2(ss),INFγ,ly0,v0,n0,P0,H0,M0,stage Ib(胃癌取扱い規約12版)であった.術後補助化学療法は行わず経過観察し,再発転移を認めなかった.

Fig. 1 

Histopathological findings of the stomach tumor reveal it is poorly differentiated, non-solid type adenocarcinoma (H-E staining, ×100).

2005年末ごろより右後頭部に腫瘤を自覚し,2006年4月に当院受診.次第に増大し径3.5 cm大となったため2006年10月に生検を行ったところ,転移性皮膚癌と診断された.頭頸部CTでは右後頭部の皮下に約5 cmの範囲に約2 cmの厚さの腫瘍を認めた(Fig. 2).骨への浸潤像は認めず,有意なリンパ節腫大を認めなかった.胸腹部造影CTでは転移を認めなかった.PET-CTでは右後頭部の皮下腫瘤にFDGの集積を認めるほかは,悪性腫瘍を疑わせる異常集積を認めなかった.上部消化管内視鏡検査では,残胃炎以外に異常を認めなかった.2006年11月に全身麻酔下に皮膚腫瘤切除,植皮を行った.摘出標本では皮下組織を中心に5.0×5.0×2.6 cm大の白色調で境界の不明瞭な病変を認めた(Fig. 3).病理組織学的検査では低分化腺癌を認め,胃癌の転移として矛盾しなかった(Fig. 4).深部断端陽性と考えられたため,放射線照射50 Gyを施行した.化学療法は行わず経過観察し,再発転移を認めなかった.

Fig. 2 

CT of the head shows a tumor 5 cm in diameter and 2‍ cm in thickness in the right posterior head.

Fig. 3 

Macroscopic findings of the resected skin reveals a 5.0×5.0×2.6 cm white tumor with unclear boundaries.

Fig. 4 

Histopathological examination of the skin tumor reveals it is poorly differentiated adenocarcinoma, indicating that the tumor occurred due to metastasis from gastric cancer (H-E, ×100).

2012年1月ごろから右鼠径部腫瘤を自覚し,2012年3月に当院紹介受診となった.

来院時現症:右鼠径部に径3 cm大の弾性硬の可動性良好な腫瘤を触知した.圧痛は認めなかった.他の表在リンパ節は触知しなかった.

来院時検査所見:腫瘍マーカーはCEA,CA19-9とも正常範囲内であった.その他の血液生化学検査では異常を認めなかった.

頸胸腹部造影CT所見:右鼠径部に2.7×2.5×1.2 cm大の不正な腫瘤を認めた(Fig. 5).他に明らかな転移を指摘できなかった.

Fig. 5 

CT of the neck, chest, and body shows a tumor 2.7×2.5×1.2 cm in size in the right inguinal portion. No other metastasis is found.

以上より,リンパ節の炎症性腫大,悪性リンパ腫,胃癌転移などが鑑別診断として考えられ,生検目的に2012年4月に局所麻酔下に右鼠径部腫瘤摘出術を施行した.

摘出標本肉眼所見:腫瘤は周囲の脂肪織との境界明瞭な孤立性白色結節で,長径2.0 cm大,弾性硬であった.他に明らかな腫瘤を認めなかった.

摘出標本病理組織学的検査所見:腫瘤はリンパ節で,腺癌の増生を認めた(Fig. 6).胃癌の転移として矛盾しない像であった.免疫染色検査でHER2は1+であった.

Fig. 6 

The tumor of the right inguinal portion is lymph node metastasis from gastric cancer, and is revealed to be poorly differentiated adenocarcinoma by histopathological examination (H-E, ×100).

術後経過:術後に撮像したPET-CTでは悪性腫瘍を疑わせる異常集積を認めず,上部消化管内視鏡検査でも残胃の癌を認めなかった.再発予防目的に,現在S-1を内服加療中である.

考察

胃癌の術後再発の多くは5年以内に生じ,術後のフォローアップ期間も5年を一区切りとすることが多い.しかし,胃癌再発例のうち5年以降の晩期再発の頻度は8.6%と報告されており4),またSanoら5)によると早期胃癌再発例のうち23%が5年以降の再発であり,晩期再発は決してまれではない.これらはいずれも20年以上前の症例の検討であり,近年では術後補助化学療法が標準化したことにより,再発までの期間がさらに長くなっている可能性もある.晩期再発部位は腹膜(24.5%),リンパ節(22.4%),肝臓(16.3%),骨(12.2%)の順で多く,皮膚は2.0%と低い6).自験例は術後7年間他臓器転移なく経過し皮膚に単独転移し,さらにその6年後に鼠径リンパ節に単独転移しており,緩徐で特異な再発経過を辿った症例として非常にまれである.岩永ら7)は晩期再発の理由として1)遺残癌細胞が少ない,2)場所が癌進展に不利,3)癌増殖が遅い,4)宿主の高抵抗性の4項目を挙げている.自験例の晩期再発の機序は不明であるが,胃切除術の時点で微小転移が存在し,休眠状態が長期にわたって続いていたものと推測される.それが何かの原因で賦活化され,皮膚転移および鼠径リンパ節転移を生じたものと考えられる.

胃癌の皮膚転移はまれで,その頻度は2%とされている8).転移部位については頸胸腹部など原発巣に近い体幹部にみられるものが多く,胸管などを介したリンパ行性転移によるものと考えられる9).また,自験例のごとく血流の多い頭皮や顔面皮膚に転移することも多い8).原発巣の組織型は印環細胞癌が最多で,未分化癌,中分化腺癌,高分化腺癌の順とされる10).原発巣発見から皮膚転移までの期間は平均24~25か月であった11)12).皮膚転移は末期癌患者の全身転移の1所見として認められることが多く,孤立性転移は極めてまれである1).また,皮膚転移後の予後は極めて不良とされる.

文献データベースのJDreamII(独立行政法人科学技術振興機構)でキーワード「胃癌」,「皮膚転移」で検索を行ったところ(1983~2012年,会議録除く),胃癌の皮膚転移症例は108例であった.このうち同時性転移は26例,異時性転移は58例で,ほかは記載がなかった.異時性転移では,胃癌手術から皮膚転移出現までの期間は中央値20か月(最短1か月–最長120か月)であった.皮膚転移出現後の生存期間は中央値6か月(0.5–36か月)で,3年以上の生存例はなかった.自験例の皮膚転移出現までの期間は7年で,過去の報告例のうち,5番目に長かった.また,皮膚転移出現後6年生存中で,過去の報告例を大幅に上回っている.

胃癌術後5年以上経過して皮膚転移が出現した症例は,自験例を含めて10例であった(Table 11)11)‍~‍18).組織型で記載のあったものはいずれも低分化腺癌あるいは印環細胞癌であった.深達度,リンパ管侵襲,静脈侵襲,リンパ節転移,ステージに関してはさまざまで,一定の見解を得なかった.皮膚転移部位は頸胸腹部などの体幹部が6例と多く,頭部および顔面が3例であった.他臓器転移を認めたのは3例で,皮膚単独転移は4例であった.化学療法は4例に施行された.レジメンはさまざまで,S-1を用いたものはなかった.皮膚転移後の予後は不良だが,自験例の76か月を筆頭に,30か月や12か月の生存例もあった.

Table 1  Reported cases of gastric carcinoma which metastasized to skin after 5 years or later in Japan
Author Year Age of skin metastasis Sex First treatment Histological classification Depth ly v N M Stage Adjuvant therapy Interval between gastrectomy and skin metastasis Portion of skin metastasis Multiple (M) or Solitary (S) Size (mm) Other metastasis Treatment for skin metastasis Prognosis
Hori11) 1988 ND ND ND adenocarcinoma ND ND ND ND ND ND ND 6 years ND ND ND ND ND ND
Fujiwara13) 1989 72 M partial gastrectomy por SS 2 1 0 0 IB ND 9 years chest S 11.5 bone vaccine 14 mo. Dead
Nakamura1) 1995 50 M total gastrectomy sig SS 2 1 1 0 II ND 7.5 years lip, chest, shoulder S 10 no tumor resection, chemotherapy (5-FU+MMC) 30 mo. Alive
Fukui12) 1995 56 M ND adenocarcinoma ND ND ND ND ND ND ND 6 years abdomen S 20 ND ND 5 mo. Dead
Yamamura14) 1997 53 F distal gastrecomy por2 SE 0 0 1 0 IIIA 5-FU+MMC+ Ara-C, 5-FU, Tegafur 6 years neck M peritoneum chemotherapy (5-FU, VP-16+ADM+CDDP) 4 mo. Dead
Kikuchi15) 1999 47 M ND adenocarcinoma ND ND ND ND ND ND ND 9 years head S ND ND ND Alive
Tagi16) 2004 56 F total gastrectomy sig M 0 0 0 0 IA ND 5 years abdomen, chest M no tumor resection, chemotherapy ND
Sato17) 2009 54 F distal gastrectomy por SE ND ND 2 0 IIIB ND 6 years abdomen S ND no radiation, chemotherapy (Capecitabine+CDDP) 12 mo. Alive
Kameda18) 2009 64 F distal gastrectomy por2 SM 2 1 2 0 II Doxifluridine 9 years ND ND ND leptomeninge, lung, liver no 1 mo. Dead
Our case 59 M distal gastrectomy por2 SS 0 0 0 0 IB no 7 years head S 50 no tumor resection, radiation 76 mo. Alive

Histological findings are written according to Japanese Classification of Gastric Carcinoma the 13th edition. ND: not documented, por: poorly defferentiated adenocarcinoma, por2: poorly differentiated adenocarcinoma (non-solid type), sig: signet-ring cell carcinoma, M: mucosa, SM: submucosa, SS: subserosa, SE: perforates serosa, ly: lymphatic invasion, v: veous invasion, N: lymph node metastasis, 5-FU: 5-fluorouracil, MMC: mitomycin C, Ara-C: cytosine arabinoside, VP-16: etoposide, ADM: adriamycin, CDDP: cisplatin

胃癌の鼠径リンパ節転移は,皮膚転移よりさらにまれである.鼠径リンパ節転移の原発は,下肢,体幹の下半,会陰,生殖器が多く,Zarenら19)は鼠径リンパ節転移2,210例のうち,胃原発は9例(0.4%)と報告している.JDreamIIでキーワード「胃癌」,「鼠径」,「リンパ節」で検索を行ったところ(1983~2012年,会議録除く),胃癌の鼠径リンパ節転移の報告はわずか3例であった2)20)21).PubMedでもキーワード「gastric cancer」,「inguinal lymph node metastasis」で検索を行ったところ,本邦から1例の報告があるのみであった22).自験例と合わせた5例についてまとめ,検討した(Table 22)20)~22).同時性転移が2例で,いずれも粘膜下層にとどまる早期癌であった.異時性は3例で,鼠径リンパ節転移出現までの期間は4年,5年5か月,13年であった.5例中4例では,鼠径リンパ節転移出現までに大動脈周囲リンパ節転移や皮膚転移が指摘されているが,1例は鼠径リンパ節が初発転移であった.治療は全身化学療法が4例,放射線治療が2例に行われている(重複あり).鼠径リンパ節転移後の予後は,多臓器転移例は5–23か月で死亡しているが,鼠径リンパ節単独転移の1例は,放射線治療を行い4年無再発生存中である.

Table 2  Reported cases of gastric carcinoma which metastasized to inguinal lymph node (ILN) in the world
Author Year Age of ILN metastasis Sex First treatment Histological classification Depth ly v N M Stage Adjuvant therapy Interval between gastrectomy and ILN metastasis Portion of ILN metastasis Other metastasis Treatment for ILN metastasis Prognosis
Akimoto20) 1991 53 F subtotal gastrectomy tub2>por+sig SM 2 0 3 1 IV MMC, FT-207, OK-432 synchronous right paraaortic LN chemotherapy 11 mo. dead
Kawata21) 1992 78 F distal gastrectomy undifferentiated SM 1 0 3 1 IV chemo synchronous bilateral multiple bone, paraaortic LN chemotherapy 5 mo. dead
Morita22) 1997 67 M partial gastrectomy sig M 0 0 0 IA no 4 years left no dissection, radiation 48 mo. alive
Nakamura2) 2000 56 F total gastrectomy muc SE 3 2 2 0 IV
(CY1)
MMC, 5-FU 5 years 5 months bilateral umbilical skin, axillary LN, mammary grand, rectus muscle radiation, chemo (MTX, 5-FU) 23 mo. dead
Our case 65 M distal gastrectomy por2 SS 0 0 0 0 IB no 13 years right skin resection, chemo (S-1) 4 mo. alive

Histological findings are written according to Japanese Classification of Gastric Carcinoma the 13th edition. tub2: moderately differentiated tubular adenocarcinoma, por: poorly defferentiated adenocarcinoma, sig: signet-ring cell carcinoma, muc: mucinous adenoarcinoma, por2: poorly differentiated adenocarcinoma (non-solid type), M: mucosa, SM: submucosa, SS: subserosa, SE: perforates serosa, ly: lymphatic invasion, v: veous invasion, N: lymph node metastasis, LN: lymph node, MMC: mitomycin C, 5-FU: 5-fluorouracil, MTX: methotrexate, S-1: tegafur+gimeracil+oteracil potassium

自験例では,皮膚転移は深部断端陽性のため放射線治療を追加したが,鼠径リンパ節転移は節外進展や他のリンパ節への転移は認められず,放射線治療を行わなかった.しかし,微小転移が残存している可能性がある.晩期再発に対する抗癌剤の効果は不明であるが,本人と家族に十分説明したところ,抗癌剤治療を希望されたため,胃癌術後補助化学療法に準じてS-1の投与を開始した.

利益相反:なし

文献
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top