日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
腹腔鏡下胆囊摘出術後に発生した難治性肝性リンパ漏の1例
松本 知拓伊関 丈治京田 有介大場 範行高木 正和渡辺 昌也大端 考佐藤 真輔永井 恵里奈菊山 正隆
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2013 年 46 巻 3 号 p. 189-195

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Abstract

慢性肝炎を合併した胆石症に対する腹腔鏡下胆囊摘出術後に難治性の腹水貯留を認め,腹水検査の結果肝性リンパ漏と診断し手術的にリンパ漏閉鎖を行いえた症例を経験したので報告する.症例は54歳の男性で,胆石症に対して腹腔鏡下胆囊摘出術を施行した.術後に保存的治療ではコントロールできない難治性の腹水貯留が発生した.腹水検査の結果,肝性リンパ漏と診断し術後5か月目に縫合閉鎖を施行した.肝硬変や慢性肝炎を伴う胆石症に胆囊摘出術を施行した際の合併症の一つに腹水の貯留があるが,通常は保存的治療で軽快する.しかし,極めてまれではあるが難治性の場合があり,リンパ管切離部からの肝性リンパ液の漏出に起因することがあるため,腹水検査で原因を明らかにすることが重要である.肝硬変や慢性肝炎を合併した患者の胆囊摘出術に際しては術後の合併症として肝性リンパ漏を念頭におく必要がある.

はじめに

肝硬変を伴う胆石症に対して胆囊摘出術を施行した場合,術後合併症として腹水貯留を認めることがあるが,通常は保存的治療で軽快する1)~4).しかし,極めてまれながら胆摘術後に難治性腹水を発症することがあり,術中のリンパ管損傷による肝性リンパ漏の関与が指摘されている5)6).今回,我々は慢性肝炎を合併した胆石症に対する腹腔鏡下胆囊摘出術後に難治性の腹水貯留を認め,腹水検査の結果,肝性リンパ漏と判明し手術的にリンパ漏閉鎖を行いえた症例を経験したので報告する.

症例

患者:54歳,男性

主訴:右側腹部痛

既往歴:糖尿病,C型慢性肝炎

生活歴:喫煙30本/日,飲酒:焼酎500 ml/日,週に1~2回

現病歴:2010年8月,11月に右側腹部痛を自覚しUSで胆石症と診断された.2011年2月,胆石症に対して腹腔鏡下胆囊摘出術を施行した.

初回入院時血液生化学検査所見:血清アルブミン値は軽度低値で,また軽度の肝機能障害を認め,C型慢性肝炎と考えられた(Table 1).

Table 1  Laboratory data on first admission
WBC 8,500​/μl  Hb 17.6​ g/dl  PLT 245,000​/μl
PT% 69​%  APTT 30.4​ sec  T-bil 1.0​ mg/dl
TP 8.1​ g/dl  ALB 3.7​ g/dl  ALT 150​ U/l
D-bil 0.2​ mg/dl  AST 83​ U/l  γGTP 113​ U/l
LDH 201​ U/l  ALP 237​ U/l  Cr 0.72​ mg/dl
CK 98​ U/l  BUN 13​ mg/dl  CL 104​ mmol/l
Na 136​ mmol/l  K 4.3​ mmol/l  HCV Ab​ (+)
HbA1c 7.9​%  HBs Ag​ (–)

初回入院時画像所見:胆囊頸部にφ18 mmの結石と小結石を複数認めた.肝臓に特記すべき異常所見を認めなかった.軽度の脾腫を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Enhanced CT shows a 18-mm gallstone (arrow). The liver is normal. The spleen is slightly swollen.

術後2日目,右下腹部のポート挿入部より腹水が流出したため挿入部を縫合閉鎖し術後5日目に退院した.その後,外来で利尿薬を投与しつつフォローしたものの腹水は増加を続けた.消化器内科で血管炎や結核性腹膜炎は否定され,利尿薬やステロイド投与などの保存的治療を継続するも改善を認めなかった.腹水検査の結果はトリグリセリドが低値で,蛋白含有量が4.5 g/dlと高く,血球としてはリンパ主体の腹水であり(Table 2)術後の肝性リンパ漏と診断した.術後5か月の2011年7月,肝性リンパ漏の治療のため手術を施行した.

Table 2  Laboratory data of ascites
specific gravity 1.040  TP 4.5 g/dl  T-bil 0.6 mg/dl
AMY 31 U/l  Sugar 206 mg/dl  LDH 96 U/ml
Na 140 mmol/l  K 3.5 mmol/l  CL 105 mmol/l
CEA 0.8 ng/ml  T-cholesterol 58 mg/dl  triglyceride 48 mg/dl

differential white blood count (neutrophilic leukocyte 0%, lymphocyte 100%, eosinophilic leukocyte 0%)

再入院時理学的所見:身長159 cm,体重77.0 kg(初回入院時67.5 kg).腹部は著明に膨満し緊満感を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

Abdomen is obviously distensed.

再入院時血液生化学検査所見:血清総蛋白と血清アルブミン値は著明に低値であった.また,初回と同様に肝障害も認めた(Table 3).

Table 3  Laboratory data on second admission
WBC 6,900​/μl  Hb 14.6​ g/dl  PLT 273,000​/μl
TP 6.2​ g/dl  ALB 2.6​ g/dl  T-bil 1.1​ mg/dl
D-bil 0.2​ mg/dl  AST 116​ U/l  ALT 86​ U/l
LDH 262​ U/l  ALP 170​ U/l  γGTP 65​ U/l
CK 76​ U/l  BUN 12​ mg/dl  Cr 0.93​ mg/dl
Na 141​ mmol/l  K 4.1​ mmol/l  CL 106​ mmol/l

再入院時画像所見:著明な腹水の貯留があり腹部が緊満していた.肝臓は腹水で圧排されて変形しているが辺縁は平滑であった.肝臓内を含め,充実性腫瘤は同定できなかった(Fig. 3).

Fig. 3 

Large amount of ascites excludes the internal organs. The liver is also excluded but the margin is sharp. There is no tumor in the abdominal space.

手術所見:約10 lの腹水を排液すると,胆囊動脈クリップのすぐ背側に1 mm前後の孔がありリンパ液の漏出を認めた.同部位を6-0 proleneで連続縫合閉鎖し,そののち,タココンブ®を用いて被覆した(Fig. 4).同時に施行した肝生検の結果はchronic hepatitis,active,with liver fibrosis,A2,F3,であり前肝硬変状態の慢性肝炎と考えられた.

Fig. 4 

Fistula (arrowhead) is detected very close to the clip (arrow) and is sutured. L: Liver; C: Clip. The upper one is for cystic artery, and the lower one is for cystic duct.

術後経過:術後4日目にドレーンを抜去した.その他の術後経過は良好で術後6日目に退院した.その後も腹水の貯留を認めていない.

考察

肝硬変を伴う胆石症に対して腹腔鏡下胆囊摘出術を施行した場合,安全性や合併症についてさまざまな報告がある.安全性に関しては非肝硬変での手術と比較して,開腹への移行率が高い,手術時間が長い,出血量が多い,といったことがいわれている.合併症については創感染や死亡率の面では差がないとされるが,肝硬変を伴う胆石症に対して胆囊摘出術を施行した場合の特有の術後合併症として腹水貯留を認めることがある1)~4).肝硬変症例で生じる腹水についてはさまざまな成因が指摘されている.①血性アルブミンの合成能低下による血漿膠質浸透圧の減少,②Na,水の貯留(アルドステロンの増加,エストロゲンの増加,抗利尿ホルモンの増加,腎血流量の低下),③肝繊維化と小葉構造の改変に伴う門脈圧亢進などが代表的である.この腹水は漏出性の腹水であり,通常は,利尿剤投与などの保存的治療で軽快する.一方で,胃癌術後,特に肝障害例で難治性の腹水貯留を認めることがあり,これは肝十二指腸間膜のリンパ節郭清に伴うリンパ管の切離部からの肝性リンパ漏の関与が指摘されている7)8)

肝性リンパ漏は,胃癌術後の報告が主である.肝障害例の胆石症患者に対する胆囊摘出術後のリンパ漏による難治性腹水の報告は極めて少ない.本邦における腹腔鏡下胆囊摘出術後の肝性リンパ漏の報告は,医学中央雑誌で1983年~2012年の期間において,「胆囊摘出術」,「肝リンパ」をキーワードとして検索するかぎり2例のみであった4)5).これらは2例とも肝硬変の合併症例で,高蛋白の腹水であった.1例は保存的に軽快を認めた.もう1例は開腹し縫合部の閉鎖を試みたが再発し,フィブリン糊,OK-432の併用で漏出の停止をみた.その他に胆囊摘出術後の難治性腹水の報告として,胆囊摘出術後に乳ビ腹水を見たとの報告があった9).しかし,この報告は,肝障害の合併はなく,漏出部位も胆囊床部であった.肝リンパ漏とは別の機序で難治性腹水を呈した1例とも考えられる.

今回,自験例では腹腔鏡下胆囊摘出術後の難治性腹水であり,術中の胆囊剥離は通常通りであり問題なく終了した.しかし,術直後から腹水の貯留を認めたため,内科で腹水の性状を調べ蛋白およびアルブミンが高値であることから滲出性腹水と診断,原因検索が行われた.一般的に腹水は漏出性と滲出性とに大別される.漏出性の場合には肝疾患(肝硬変,門脈圧亢進症),ネフローゼなどの腎疾患,うっ血性心不全,低栄養状態などが鑑別に挙がり,一方で滲出性腹水は,癌性腹膜炎,細菌性腹膜炎,結核性腹膜炎,膠原病関連の腹水などが鑑別に挙がる10).本症例も上記の鑑別を検索したがどれも陰性であった.ここで重要なことは腹水中の蛋白およびアルブミンの高値,つまり滲出性腹水と診断されるものの中に,肝性リンパ漏も含まれるという点である.

肝障害例で生じる腹水はほとんどが漏出性である.肝性リンパ漏によるリンパ腹水ではその性状に特徴がみられる.腹腔内のリンパ流は腸リンパ系(いわゆる乳ビ腹水)と肝リンパ系に分けられる.そのうち腸リンパは小腸で吸収された脂肪滴を多く含み乳白色に混濁している.一方で,肝リンパは胸管リンパ流の20~50%を占め水様透明な液である.性状検査では,リンパ球主体で,血漿とほぼ等しい高い蛋白成分を含み,腹水中のトリグリセリドが正常値であることで肝リンパと診断される10).高蛋白および高アルブミンの腹水の鑑別の一つとして,特に,術後の難治性腹水の場合には肝性リンパ漏を念頭におくことが必要である.

肝臓のリンパ管は漿膜下線維性被膜に起因する浅リンパ管とportal triadに沿う結合組織内の深リンパ管に大別される.深リンパ管は肝内部のリンパ管を集めつつ,浅リンパ管の一部と合流し,下行経路であるa)肝門→肝リンパ節→乳ビ槽という経路をとり静脈に注ぐ.一方で,浅リンパ管の大部分は上行経路であるb)横隔膜付着部から横隔膜を貫き縦隔を経由して静脈に注ぐ経路をとる(Fig. 511).慢性肝炎や肝硬変といった肝障害が存在すると,中心静脈が結合織のために狭窄したり,再生結節のために肝静脈枝が圧迫されたりすることにより,うっ血が起こり,Disse腔を経てリンパ液になる肝リンパの量が増大することがいわれている12).リンパ管の再生する機構は多数あり,たとえば側副路によるバイパス,浅部と深部のリンパ管間のバイパス,さらにはリンパ管静脈路による交叉連絡などがそれである13).肝障害時には肝性リンパ流が増加することにより通常ならば自然治癒するリンパ管の修復が阻害されることがリンパ腹水が出現する原因の一つと考えられる.

Fig. 5 

Lymph flow of the liver. a) porta hepatis→hepatic lymph node→cistern of chyle; b) foramen venae cavae→mediastinum→vein.

保存的治療で軽快しない場合,最も確実な治療法は損傷したリンパ管の縫合閉鎖であると考えられる.流出部を確認することができれば細い縫合糸で縫合閉鎖する.しかし,周囲の胆管・脈管損傷の可能性や流出部を確認できない場合もあるので,そのような場合には局所の炎症を誘発する薬剤(OK-432)を散布した報告もある14).このような治療にもかかわらず術後まで大量腹水貯留が続く場合には腹腔-静脈シャントを試みてもいいかもしれない15).肝硬変や慢性肝炎など肝障害を合併した患者においては肝性リンパ漏による難治性腹水が起こりうることを認識し,vessel sealing system,超音波凝固切開装置などの使用や丁寧な結紮を心がけ肝性リンパ漏を引き起こさないよう注意することが肝要である16)

利益相反:なし

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