日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
胆囊腺筋腫症に発生した胆囊肉腫様癌の1例
江川 紀幸井手 貴雄甲斐 敬太三好 篤北原 賢二能城 浩和
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2013 年 46 巻 4 号 p. 275-281

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Abstract

症例は77歳の男性で,腎盂腎炎で近医入院中に,腹部CTで胆囊腫瘍を疑われ,当科を紹介された.進行胆囊癌と診断し,肝S4a+5切除,胆囊切除,胃部分切除,D2リンパ節郭清術を施行した.切除標本では胆囊粘膜には腫瘍性病変は認めず,胆囊底部に胆囊腺筋腫症と思われる粘膜下腫瘍様の隆起を認め,肝臓および胃へ直接浸潤していた.病理組織学的には腫瘍細胞は肉腫様形態を示し,免疫組織学的にcytokeratin 7陽性,vimentin陽性で肉腫様癌と診断された.背景の胆囊には,底部型の胆囊腺筋腫症を認め,Rokitansky-Achoff sinusがその発生母地である可能性が示唆された.Gemcitabineによる術後補助化学療法を施行し,現在術後20か月無再発生存中である.胆囊の肉腫様癌はまれな組織型で,胆囊腺筋腫症がその発生母地と考えられた報告例はこれまでなく,文献的考察を加えて報告する.

はじめに

胆囊における肉腫様癌(sarcomatoid carcinoma)は,最新のWHO分類では,undifferentiated carcinoma,spindle and giant cell typeとして分類される1),まれな胆囊癌の組織型である.通常は胆囊粘膜に発生した腺癌成分を有し,腺癌細胞と肉腫様細胞の移行像がみられるとされているが,今回,胆囊粘膜に癌成分を認めず,Rokitansky-Achoff sinus(以下,RASと略記)から発生したと思われる肉腫様胆囊癌の1切除例を経験したので報告する.

症例

患者:77歳,男性

主訴:特になし.

既往歴:B型慢性肝炎,高血圧,脳梗塞

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:腎盂腎炎で近医入院中に撮影した腹部CTで胆囊癌を疑われ,精査・加療目的に当科を紹介された.

入院時現症:身長154 cm,体重50 kg.血圧128/56 mmHg,脈拍71/min,体温36.4°C.眼瞼結膜に貧血を認めるものの,眼球結膜には黄染を認めなかった.腹部は平坦・軟で,腫瘤は触知しなかった.

入院時検査所見:Hb 11.8 g/dl,Ht 35.6%と貧血を認めた.腫瘍マーカーの上昇は認めなかった(Table 1).

Table 1  Laboratory data on admission
WBC 6,900 /μl TP 7.2 g/dl BUN 18.3 mg/dl
RBC 373×104 /μl Alb 3.5 g/dl Cr 1.07 mg/dl
Hb 11.8 g/dl T-bil 0.4 mg/dl
Ht 35.6 % AST 11 IU/l Na 142 mEq/l
Plt 36.3×104 /μl ALT 10 IU/l K 4.2 mEq/l
PT 100.3 ALP 275 IU/l Cl 105 mEq/l
APTT 30.1 % LDH 121 IU/l
Fib 529 sec γ-GTP 82 IU/l CEA 2.1 ng/ml
  mg/dl ChE 281 IU/l CA19-9 11 U/ml
T-cho 188 mg/dl DUPAN2 <25 U/ml
TG 174 mg/dl

腹部超音波検査所見:胆囊底部〜体部に壁肥厚を認め,周囲に囊胞性病変を伴っていた.肝臓との境界は不明瞭であった.

腹部造影CT所見:胆囊底部に41×17 mmの腫瘤性病変を認め,造影早期からの増強効果を示した.肝臓への直接浸潤が疑われ,胃壁との境界も一部不明瞭であった(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal CT: The border between the mass lesion, liver and stomach is indistinct.

腹部造影MRI所見:胆囊底部の壁肥厚を認め,同部には囊胞構造も認めた.肝臓との境界は不明瞭で,早期濃染を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

Abdominal MRI: Wall thickness with cystic lesion can be seen in the fundus of the gallbladder.

以上より,胆囊癌,T4(Hinf2,H0,Binf0,PV0,A0),N0,M0,Stage IVaと診断し,胆囊切除,肝S4a+5切除,D2リンパ節郭清術を行うこととした.

手術所見:胆囊底部の腫瘍は肝臓へ直接浸潤し,胃幽門部へも浸潤していたため,胃部分切除を追加した.

切除標本肉眼所見:胆囊粘膜面には,明らかな腫瘍性病変は指摘できず,底部に中心に陥凹を伴う粘膜下腫瘍様の隆起を認め,底部型腺筋腫症と思われた(Fig. 3).腫瘍は胆囊の漿膜下組織を中心に発育し,肝臓,胃へ直接浸潤していた(Fig. 4a, b).

Fig. 3 

The submucosal tumor-like lesion with central dimple suggests a fundal type of adenomyomatosis (arrow).

Fig. 4 

(a): The tumor mainly proliferates at the submucosal layer of the gallbladder, and invades into the liver parenchyma. (b): Histopathological findings reveal that the tumor mainly proliferates at the submucosal layer of the gallbladder (HE, ×20).

病理組織学的検査所見:紡錘形細胞を主体として,一部巨細胞を混ずる肉腫様形態を呈した腫瘍細胞が浸潤性に増生していた(Fig. 5a, b).管状腺癌の成分は検索範囲には認めなかった.免疫組織学的に腫瘍細胞は内分泌マーカーとして,CD56,chromogranin A,synaptophysinは全て陰性であった.α-SMA陰性,S-100陰性で,cytokeratin 7陽性(Fig. 5c),vimentin陽性(Fig. 5d)であり,肉腫様癌(WHO分類;undifferentiated carcinoma,spindle and giant cell type)と診断された.病理組織学的にも胆囊粘膜と腫瘍との連続性は認めなかった(Fig. 4b).背景には腺筋腫症の所見を認め,RASがその発生母地となった可能性が考えられた.#13aリンパ節転移を認め,pT4(Hinf3,H0,Binf0,PV0,A0),pN2,M0,fStage IVbであった.

Fig. 5 

Histopathological findings: (a): The tumor shows pseudo-sarcomatous proliferation (HE, ×40). (b): The proliferation of the spindle- shaped atypical tumor cells can be observed (HE, ×200). (c): Immunohistochemical study of cytokeratin 7. A strong positive stain of tumor cells can be observed (×400). (d): Immunohistochemical study of vimentin. A strong positive stain of tumor cells can be seen (×400).

術後経過:術後はgemcitabineによる補助化学療法を施行し,術後20か月経過するも現在まで再発の兆候は認めていない.

考察

従来,胆囊における「癌肉腫」の用語は,本症例のような「肉腫様癌」と「真の癌肉腫」の両者を包含して使用されてきた.しかしながら,前者は基本的に上皮由来の腺癌が紡錘形となり肉腫様変化を来したもので,後者は悪性上皮性細胞である「癌腫」と非上皮性悪性腫瘍である「肉腫」が混在する悪性腫瘍である2).「真の癌肉腫」は泌尿生殖器,呼吸器,乳腺など,癌の発生する全ての臓器に認められ3),それぞれの臓器において通常,「癌肉腫(carcinosarcoma)」といえば「真の癌肉腫」を指す.胆囊では,本稿で使用している「肉腫様癌」と同義の用語として,「いわゆる癌肉腫」,「紡錘形細胞癌」,「未分化癌」などがある.WHO分類では,“undifferentiated carcinoma,spindle and giant cell type”と“carcinosarcoma”は,明確に区別されており,他臓器との比較や海外の報告との整合性のためにも用語の統一を求める声が多い4)5).現行の胆道癌取扱い規約(第5版)6)では,「癌肉腫」の分類しかなく,その説明は「癌と肉腫が混在する腫瘍である.癌細胞が紡錘形,円形ないし多形化して,肉腫様(pseudosarcomatous)にみられることがある.この場合,ケラチンなどの上皮性マーカーと神経,筋肉のような非上皮性マーカーや電顕などを用いて検討する必要がある.」となっている.これは,「真の癌肉腫」のみを癌肉腫に分類すると解釈できるが,「肉腫様癌」も「癌肉腫」に分類されると誤解されている場合がある.

胆囊原発の癌肉腫はまれな腫瘍であり,「胆囊癌」,「癌肉腫」,「紡錘形細胞癌」,「未分化癌」をキーワードにして1983年から2012年1月の期間を医学中央雑誌で検索したところ,本邦報告例は105例であった.西原ら7)によると,胆囊肉腫様癌の平均年齢は68歳で,男女比1:4.5と一般的な胆囊癌と同様の傾向を示している.術前診断は極めて困難であり,そのほとんどが胆囊癌として手術あるいは剖検を受けている.予後は一般的に極めて不良とされている一方7),越川ら8)の胆囊肉腫様癌4症例に関する報告では,深達度SSの2症例については5年以上の生存期間を認めており,通常の胆囊癌と同様に肉腫様癌の予後に関しても,進行度によっては予後も期待できる可能性がある.治療法に関しては,化学療法や放射線療法の奏効例は報告されておらず,可能であれば外科的切除を行うべきである.現在のところ術後補助療法に関しては定まった見解はないが,本症例は周囲臓器に浸潤を伴う胆囊肉腫様癌であり,これまでの報告から再発の危険性は高く,gemcitabineによる術後補助化学療法を約6か月間施行した.現在術後20か月無再発生存中であるが,今後も厳重な経過観察が必要と思われる.

胆囊腺筋腫症(adenomyomatosis of the gallbladder)はRASの増生,およびそれを取り巻く平滑筋と膠原線維により,胆囊壁が肥厚する病態である9).胆囊摘出例中1.3~12.5%の頻度で認められ10)~13),健診の腹部超音波検査でも2.1%の頻度で遭遇する日常的な病変である14).肉眼形態により,底部型(fundal type),分節型(segmental type),びまん型(diffuse type)に分類され11),本症例は肉眼的に底部型の胆囊腺筋腫症を合併していた.

腺筋腫症と胆囊癌の関連については現在のところ確定的な見解はない.生天目ら15)が行った摘出胆囊7,757例の検討では,分節型腺筋腫症と胆囊癌の合併率は6.5%であり,底部型・びまん型腺筋腫症における合併率(各々1.0%,0%)よりも有意に高率で,分節型のみが胆囊癌と関連していたと報告している.また,腺筋症合併の胆囊癌の発生機序に関しては,①既存の腺筋腫症によって生じた胆囊内腔狭窄による胆汁うっ滞などの物理的,化学的刺激によって狭窄部より底部側の粘膜が癌化するという説16)17),②胆囊腺筋腫症自体が癌化するという説18)などがある.前述の生天目ら15)の報告では,分節型腺筋腫症に合併した胆囊癌34例全てが,狭窄部より底部側の粘膜に癌の発生を認めており,①の説を支持している.しかし,その一方で自験例のように粘膜下病変のみで胆囊内腔に病変を認めないRAS由来と思われる胆囊癌や,分節型以外の腺筋腫症と合併した胆囊癌の報告例も散見され15)19)20),①以外の発生起序も想起される.本症例は表層の胆囊粘膜に腫瘍性病変がなく,胆囊腺筋腫症に伴うRASからの発癌が示唆された.我々が検索しえた範囲では,RASから発生したと考えられる胆囊癌の本邦での報告は14例21)~34)(「胆囊癌」,「Rokitansky-Achoff sinus」をキーワードにして,1983年から2012年1月の期間を医学中央雑誌で検索)であったが,胆囊癌の進行により,RASの破壊や,粘膜上皮への進展のためにRAS原発かどうか判断できない症例もあり,実際のRAS原発の胆囊癌の症例は他にも存在すると推測され,今後の症例集積と検討が待たれる.

利益相反:なし

文献
 

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