2013 年 46 巻 4 号 p. 295-301
患者は25歳の女性で,妊娠22週に右季肋部痛が出現し,当院産科を受診した.腹部CTでは,回盲部は頭側へ圧排され,虫垂は腫大し周囲脂肪織への炎症の波及を認めた.急性虫垂炎の診断にて虫垂切除術を施行した.病理組織学的検査では蜂窩織炎性虫垂炎の所見であった.また,切除標本にて虫垂の先端に径7 mmの結節を認め,病理組織学的には類円形の核を有する異型細胞の増殖を認めた.免疫染色検査にて虫垂神経内分泌腫瘍(G1)と診断された.腫瘍細胞は固有筋層まで浸潤を認めたが,脈管侵襲は認めなかった.妊娠36週に陣痛の発来を認め,帝王切開術を施行した.この際,虫垂神経内分泌腫瘍の腹膜播種およびリンパ節転移の検索のために術中洗浄細胞診,回結腸動脈リンパ節のサンプリングを行い,迅速病理診断に提出したが,結果はいずれも陰性であった.妊娠22週に虫垂炎を契機に発見された虫垂神経内分泌腫瘍の1例を報告した.
妊娠中の急性虫垂炎の頻度は1,000~2,000妊娠に1人程度とまれであるが1)2),妊娠中に虫垂炎を契機に悪性疾患が発見された際には,その後の対応に検討を要すると考えられる.一方,神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor;以下,NETと略記)のうち,低悪性度のNETは,以前はカルチノイド腫瘍と呼ばれていたが,2010年WHO分類にて高分化型のNETのうち,その核分裂像数<2%でKi-67指数≦2%のものはNET G1と表記されることとなった3).今回,妊娠22週に虫垂炎を契機に発見されたNET G1の1例を経験したので報告する.
患者:25歳,女性
主訴:腹痛,嘔吐
既往歴:24歳時に帝王切開術にて分娩した.
現病歴:妊娠22週3日目に腹痛,嘔吐を主訴に近医を受診した.当院産科および外科紹介受診となり,腹部CTにて虫垂の腫大を指摘され,急性虫垂炎の診断にて,緊急手術の方針となった.
現症:体温37.0度.右季肋部に自発痛および圧痛を認め,Blumberg徴候は陽性であった.
血液検査所見:WBC 25,960/μl,CRP 0.22 mg/dlと炎症反応を認めた.その他の血液生化学検査に異常所見を認めなかった.
腹部CT所見:妊娠子宮により盲腸および虫垂は頭側へ圧排されていた(Fig. 1A).右上腹部に腫大した虫垂を認めた(Fig. 1B).
Abdominal computed tomography shows the ileocecal area displaced cranially (A) and the swollen appendix with inflammatory changes of the periappendiceal fat (B).
以上の所見より,妊娠22週に発症した急性虫垂炎の診断にて緊急開腹手術を施行した.
手術所見:右上腹部の傍腹直筋切開にて開腹した.腹腔内には妊娠子宮を認め,盲腸はそれにより頭側へ圧排されていた.虫垂は発赤を伴って腫大し,周囲に膿性の腹水を少量認めた.虫垂間膜および虫垂根部を結紮切離し,虫垂根部を盲腸に埋没した.切除検体では虫垂遠位側に径7 mmの腫瘍を認めた(Fig. 2).
Gross examination of the resected appendix reveals a tumor (7 mm in diameter) at the tip of the appendix.
病理組織学的検査所見:虫垂根部から体部にかけて,壁全層性に炎症細胞の浸潤を認め,phlegmonous appendicitisの所見であった(Fig. 3A).虫垂遠位側の腫瘍には,類円形の核を有する異型細胞が増殖し,固有筋層深部にまで浸潤していたが,核分裂像はほとんど認められなかった(Fig. 3B).免疫染色検査では,chromogranin A(Fig. 4A),synaptophysin(Fig. 4B),neural-cell adhesion moleculeの神経内分泌マーカーが陽性であった.Ki-67 labeling indexは2%以下であり,脈管侵襲は認められなかった.以上の所見より,虫垂NET G1と診断された.
Histopathological examination reveals the tumor is composed of proliferation of atypical cells with round nuclei.
These atypical cells show positive reaction for immunohistochemical staining of chromogranin A (A) and synaptophysin (B).
術後経過:妊娠23週0日に退院となった.妊娠24週4日に虫垂腫瘍の病理組織学的検査結果を本人と家族に説明した.本例では前回妊娠時に帝王切開を行っており,今回の妊娠においても当院産科にて帝王切開が予定されていた.このため帝王切開の際に転移の検索を行うこととした.妊娠32週4日の腹部CTでは,リンパ節転移および遠隔転移の所見を認めなかった.妊娠36週3日に腹部緊満感が出現し,緊急帝王切開手術となった.帝王切開の際に回結腸動脈リンパ節のサンプリングおよび腹腔内洗浄細胞診を行ったが,術中迅速病理組織学的診断にて結果はいずれも陰性であった.現在術後17か月目,再発や転移を認めず,母児共に健康である.
虫垂NETは切除虫垂の0.3から0.9%にみられる低悪性度の腫瘍である4)5).消化管由来のNETの7.3%を占め,胃,直腸,小腸,膵臓に次いで多く認められる6).発生部位は虫垂先端に最も多く6)~8),本腫瘍は虫垂炎の切除検体から偶発的に発見されることが多い6).若年の女性に比較的多いといわれるため6)7),妊孕期の女性においても注意すべき疾患である.
妊娠中に発見された虫垂NETに関して,1983年から2011年まで医学中央雑誌にて「妊娠」,「虫垂」,「神経内分泌腫瘍もしくはカルチノイド」をキーワードとして検索したが,本邦における既報は認めなかった.PubMedを用いて1950年から2011年までの検索期間にて「pregnancy」,「appendix」,「neuroendcrine tumorもしくはcarcinoid」をキーワードとして検索した.Pitiakoudisら9)が妊娠中に発見された虫垂NETの1例報告および13例のreviewを行っている.以後の報告も含めて,検索が可能であった英語論文の18例9)~21)に自験例を含めた19例の臨床病理学的因子に関して検討した(Table 1).平均年齢は27歳,腫瘍径の平均は14.5 mmであった.腫瘍の部位は虫垂遠位が8例(80%),虫垂中央が2例,虫垂根部付近が1例であった.深達度はMPが3例で,SS/SEが8例と記載のあった症例全例が進行例であった.分娩後にリンパ節郭清を伴う腸管切除術が追加された症例を2例に認めたが,その他の症例は虫垂切除術のみであった. NETの発見契機では,妊娠中の急性虫垂炎の手術時にて発見された症例が10例(58.8%)であったが9)10)12)15)18)~21),7例(41.2%)は帝王切開術や子宮外妊娠の手術の際に発見されたものであった12)~14)17).
No | Author | Year | Age | Size (mm) | Location | Depth | Preoperative diagnosis | Operative Prosedure | Length of gestation | Result of gestation |
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1 | Banner10) | 1945 | 36 | n.i. | n.i. | n.i. | appendicitis | n.i. | n.i. | ectopic pregnancy |
2 | Banner10) | 1945 | 20 | 25 | D | n.i. | appendicitis | AD | n.i. | normal |
3 | Banner10) | 1945 | n.i. | n.i. | n.i. | n | n.i. | n.i. | 6 months | normal |
4 | Beston11) | 1961 | 32 | n.i. | n.i. | n.i. | n.i. | AD | postpartum | normal |
5 | Berrios12) | 1965 | 23 | 3 | P | MP | appendicitis | AD | 2 months | normal |
6 | Berrios12) | 1965 | 21 | 20 | D | SE | — | AD | n.i. | CS |
7 | Berrios12) | 1965 | 26 | 15 | M | SS | — | AD | 2.5 months | ectopic pregnancy |
8 | Berrios12) | 1965 | 30 | 9 | M | SS or SE | — | AD | 38 weeks | elective CS |
9 | Syracuse13) | 1979 | 31 | 15 | n.i. | SE | — | AD, ICR | n.i. | elective CS |
10 | Parsons14) | 1986 | n.i. | n.i. | n.i. | n.i. | — | AD | n.i. | n.i. |
11 | Jurica15) | 1989 | 24 | 20 | D | SS | appendicitis | AD | 21 weeks | stillbirth |
12 | McLean16) | 1994 | 30 | 13 | n.i. | SE | — | AD | 37.5 weeks | normal |
13 | Gökaslan17) | 2002 | 30 | 20 | D | SS | — | AD | n.i. | elective CS |
14 | Korkontzelos18) | 2005 | 23 | 22 | D | SE | appendicitis | AD, RHC | 16 weeks | CS |
15 | Pitiakoudis9) | 2008 | 24 | 5 | D | MP | appendicitis | AD | 33 weeks | normal |
16 | Gilboa19) | 2008 | 31 | n.i | n.i. | n.i | appendicitis | AD | 9 weeks | stillbirth |
17 | Sadot20) | 2010 | n.i. | n.i | n.i. | n.i. | appendicitis | AD | n.i. | n.i |
18 | Thompson21) | 2011 | 27 | n.i. | D | n.i. | appendicitis | AD | n.i. | ectopic pregnancy |
19 | Our case | 25 | 7 | D | MP | appendicitis | AD, LNS | 22 weeks | emergency CS |
D: distal appendix, M: middle appendix, P: proximal appendix, AD: appendectomy, ICR: ileocecal resection, RCL: right hemicolectomy, LNS: lymph node sampling, CS: Cesarian section, n.i.: not informative
虫垂切除後に虫垂NETと診断された際には,画像検査や病理組織学的検査をもとに追加手術の有無を検討する必要がある.妊娠中の画像検査は胎児に対する被曝線量を考慮して必要最低限にすべきであるが,基本的には母体を優先すべきである.消化器疾患に対する各種放射線検査における胎児の被爆線量は,腹部単純X線検査で3 mGy,腹部CTで25 mGyとされている22).一方妊娠8週から25週までの放射線被曝が胎児に起こす問題としては中枢神経障害が挙げられるが,中枢神経障害が起こるとされるしきい値は100 mGyである23).このことを理解したうえで,妊婦といえども検査を考慮することが望ましい.本例は妊娠22週であり,器官形成期以降であった.このため本人と産科医とも相談したうえで,急性虫垂炎の診断目的と術後に虫垂NETと組織診断されて帝王切開を行うまでの間,合計2回の腹部CTを必要最小限の撮像範囲にて施行した.その他の医療放射線の被曝に関しても極力少なくするように努めた.
虫垂NETの治療に関しては本邦において標準的な指針は存在せず,リンパ節郭清の程度は,各施設の判断で決定されている状況である.海外での長径10 mm以下の虫垂NETのリンパ節転移頻度は,0%という報告24)から15%という報告25)までさまざまである.MacGillivrayら26)の414例の虫垂NETの検討においても,腫瘍径が20 mm未満の症例で転移が認められたのは6例(1.5%)と報告している.しかし,腫瘍径6 mmの虫垂NETから肝転移を来したという1例も報告されており26),微小な腫瘍といえども遠隔転移の検索は必要と考えられる.European Neuroendocrine Tumor Society(ENETS)からNETに関する診療ガイドラインが示されている27).長径20 mm以下の虫垂NETに関しては,リンパ節郭清を伴う腸管切除は不要であり,虫垂切除のみで十分とされている.本例の腫瘍径は7 mmであるが,本邦でのSoga28)の報告によると5.1から10 mmの粘膜下層までの深達度の消化管NETでは13.3%のリンパ節転移を認めたとされている.しかし,虫垂NETのみでの検討された本邦の報告は認められず,いまだ虫垂NETにおけるリンパ節転移と腫瘍径の関係においてはエビデンスに欠ける.
本例は海外のガイドラインでは積極的に追加の腸切除を行うべき状況ではないが,リンパ節転移や遠隔転移の危険性があることを説明し,CTを行い遠隔転移のないことを確認した.また,今回の分娩も帝王切開が予定されていたため,前もって本人家族と産科医と相談して,帝王切開の際の方針を決定しておいた.すなわち術中に転移の検索を行い,術中迅速診にて転移陰性の場合にはリンパ節郭清を伴う腸管切除は行わないこととした.帝王切開という緊急手術の最中に外科医の参加と病理医の診断を必要とするが,事前の検討を行うことで,術中にトラブルなく各科協力のもとに手術を完遂することが可能であった.
最後に,病理組織学的検討にご指導いただきました当院中央検査部・福島万奈先生,ならびに産科的問題点に関してご指導いただきました当院産婦人科・飯ヵ濱悠美先生に深謝申し上げます.
利益相反:なし