2015 年 48 巻 10 号 p. 877-882
症例は57歳の女性で,卵巣癌に対する子宮全摘,両側付属器切除後の再発巣に対し化学療法が行われていた.初回手術から約4年後に腫瘍浸潤による直腸膣瘻を認めたため,下腹部正中切開によりS状結腸人工肛門を造設した.術後4日目に正中創からの浸出液が増加し,その後,人工肛門周囲の発赤,潰瘍形成を認め,壊疽性膿皮症(pyoderma gangrenousum;以下,PGと略記)と診断,広範囲の壊死を認めたが,ステロイド軟膏塗布で術後44日目にほぼ上皮化した.その後の治療経過中に上腕ポート抜去部や末梢点滴抜針部にも特徴的な潰瘍を認め,PGと診断した.PGは炎症性腸疾患や悪性腫瘍などに合併することがあり,辺縁が隆起した特徴的な潰瘍を主症状とし,下腿前面に発症することが多い.人工肛門周囲に発症することもあるが,本症例のようにポート抜去部や末梢点滴抜針部に続発した報告はなく,その原因に関しても報告する.
壊疽性膿皮症(pyoderma gangrenousum;以下,PGと略記)は炎症性腸疾患や自己免疫性疾患,悪性腫瘍などに合併することがあり,辺縁が隆起した特徴的な潰瘍を主症状とし,膿疱,痂皮,瘢痕を生じる疾患である1).今回,我々は人工肛門造設部と上腕ポート抜去部,さらに末梢点滴抜針部に続発してPGが発症した極めてまれな1例を経験したので報告する.
患者:57歳,女性
既往歴:卵巣癌
現病歴:2008年4月に卵巣癌に対し,両側付属器切除を施行した.子宮浸潤,腹膜播種を認めたため,carboplatin 500 mg/bodyの腹腔内投与を行った.術後化学療法としてtaxol,carboplatin療法(以下,TC療法と略記)を3クール施行した後,8月に単純子宮全摘,大網部分切除を行った.この際,正中創の創部感染を認めたが保存的加療にて改善した.9月から再度TC療法を3クール施行し,画像上腫瘍を認めなかったため経過観察となった.2009年7月に膣断端,左鎖骨上窩,大動脈周囲,骨盤内リンパ節腫大あり,卵巣癌の再発と診断されTC療法を施行したがcarboplatin投与にて掻痒出現を認めた.その後はweekly paclitaxelに変更し,13クール施行し,その後もCPT-11,mitomycin Cを2クール,doxilを10クール施行した.膣断端,左腸骨領域播種巣,リンパ節転移は増大していた.2012年2月よりgemcitabine投与を開始したが,翌日に腹痛,性器出血にて外来受診した.膣断端からの出血と子宮周囲の膿瘍形成を認め,直腸膣瘻の診断にて入院となった.感染と出血コントロール目的に人工肛門造設を予定したが,出血によると考えられる低血圧,迷走神経反射があり,末梢静脈点滴路の確保が困難なため,3月2日に左上腕に中心静脈ポートを留置し,3月7日にS状結腸人工肛門を造設した.
術後4日目から38°C台の発熱と軽度の腹痛を認め,血液検査にて炎症反応高値(白血球25,790/μl,CRP 21.6 mg/dl)であったため腹腔内感染の増悪,また発赤,熱感などは認めなかったが正中創から多量の浸出液を認めたため創部感染の可能性も考え,doripenem 0.5 g×3回/日の投与を行った.術後7日目より正中創の疼痛,皮膚壊死,創離解を認め(Fig. 1),術後8日目には同様の皮膚壊死を人工肛門周囲にも認め,さらにその周辺には激痛を伴う紅斑が出現した(Fig. 2).術後9日目より正中創と人工肛門周囲の壊死が潰瘍化したためPGを疑い,疼痛に対しfentanylを使用したうえで創部洗浄とリンデロン®軟膏の塗布を行ったが,翌日より皮膚潰瘍,壊死範囲の急激な拡大を認めた(Fig. 3).人工肛門用の装具は潰瘍と浸出液のため貼付が困難であり,頭側は正常の皮膚組織,尾側は人工肛門の周囲に残っている少ない皮膚組織と,潰瘍部にガーゼをあて,パーミエイド®などの被覆材で被覆し,その上から装具を貼付し,頻回の貼替えで対応した.ステロイドの全身投与も考慮したが,CT画像上,入院時のCTと比較して腹腔内膿瘍の改善を認めておらず,感染増悪の可能性が否定できないため施行しなかった.潰瘍は癒合しながら拡大し,術後14日目には人工肛門のほぼ全周に潰瘍を認めた.術後22日目に壊死範囲は最大となり周堤を伴った皮膚潰瘍を認め,その中心部にさらに深層に達する潰瘍を認めた(Fig. 4).その後局所所見は徐々に改善し(Fig. 5),術後44日目にはほぼ上皮化した(Fig. 6).これらの経過中に血液細菌培養検査を5回,創部細菌培養検査を3回,β-Dグルカン測定を3回施行したが,全て陰性であった.47日目より原疾患の卵巣癌に対する治療のため,gemcitabineの投与を開始したが,56日目より発熱,炎症反応上昇,血圧低下,意識レベル低下などのショック症状を呈したため,敗血症性ショックの疑いにて左上腕ポートを抜去し,meropenem 1.0 g×3回/日,micafunginの投与を行った.ポート抜去後7日目より創部の発赤,水泡形成を認め,PGと診断した.洗浄とステロイド塗布を行ったところ,ポート抜去後10日目に潰瘍は最大となったが(Fig. 7),その後約10日間で軽快した.さらにその後,右前腕部の点滴抜去部に水泡形成,皮膚潰瘍を認め,同部もPGと診断した(Fig. 8).同様の治療を行い,8日間で縮小傾向を認めた.その後,創部は治癒に至ったが,人工肛門造設の約7か月後に原疾患の増悪により死亡した.
Postoperative day 7: blistering, skin necrosis and surrounding redness of midline wounds.
Postoperative day 8: a wide range of erythema and necrosis around the stoma and the midline wound.
Postoperative day 13: rapidly expanded necrosis and ulceration.
Postoperative day 22: showing the deep cardinal symptom of ulcer on the inside.
Postoperative day 27: improvement in redness and deep ulceration.
Postoperative day 44: recovered epithelazation.
Deep ulcer occurring at the site of the venous port of the upper arm.
PG at the site of the peripheral intravenous puncture.
PGは,1930年にBrunstingら2)が潰瘍性大腸炎患者に発生した疼痛を伴う原因不明の進行性皮膚潰瘍病変として初めて報告している.軽微な物理的刺激,外傷や感染を契機に発症することが多く,初期病変は疼痛を伴う紅斑であり,その中心部より次第に潰瘍形成が始まる.潰瘍が拡大,癒合して広範な潰瘍となり,辺縁は不規則蚕食性でやや隆起し,中心の皮下組織は壊死し深い潰瘍になる.このようなポケット状に深くえぐれた状態を“穿掘性潰瘍”と表現しているものもあるが,原著や欧米文献で使われているundermining ulcerの和訳であり,用語集にも掲載されている3).PG発症時の平均年齢は44(18~84)歳で女性に多い(男性:女性=1:3~4)とされており4),炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease;以下,IBDと略記)や大動脈炎に合併することが多い5)6).一方,PGのうち潰瘍性大腸炎が20%,Crohn病が16%,大動脈炎が22~31.1%に合併するとされる1)7).その他,慢性関節リウマチ,悪性疾患,甲状腺疾患,多発性骨髄腫などに合併することがあり,併存疾患のない単独発症は20~30%との報告がある4).炎症性腸疾患患者では,人工肛門造設例の2.7~3.8%に発生すると報告されており8),欧米に比べ本邦での報告例は少ないが,PGと診断されず,接触性皮膚炎や術後感染と誤診されている可能性も示唆される.発症原因は不明ではあるが,組織学的にはIL-8やIL-16などの関与も示唆されており9)~11),免疫学的異常による血管炎が機序として考えられる.Levittら12)は,大腸炎に高頻度に発生するため,Escherichia coliと皮膚抗原に交叉反応性があるためではないかと述べているが,今回の症例では人工肛門造設部だけでなく,E. coliの暴露がないポート抜去部や点滴抜針部にも続けてPGを発症していることから,外傷による局所的な炎症のじゃっ起自体がPGの原因ではないかと考える.
病理学的所見としては,紅斑部の生検ではリンパ球の集簇を伴う血管炎がみられ,内皮または血管周囲に免疫複合体の沈着を伴い,潰瘍周囲の変化の強い部位では壊死と好中球浸潤がみられるが特異的な所見は認めない1)13).創感染との鑑別が必要で,細菌学的培養検査は陰性であるとされているが,人工肛門周囲であることもあり診断に苦慮することも少なくない.経過にはCRPのモニタリングが有用であったとの報告もあるが14),特異的な変化を示さず診断に有用とはいえない.
PG標準治療の第一選択はステロイドやタクロリムス軟膏の塗布であり,効果が不十分の場合にはステロイドや免疫抑制剤の全身投与とされている.血球成分除去療法や15),インフリキシマブ投与の有効性も報告されているが少数であり今後検討が必要と考えられる16).また,併存疾患の活動性と相関するとされており,併存疾患の病勢コントロールを並行して行うことが非常に重要である.人工肛門再造設や植皮などの直接的な外科的治療はPGの再発を来すことが多く,行うべきではないとされている.
今回の症例においても,初発症状が熱発,創部痛,炎症反応上昇であり,もともと腹腔内膿瘍が存在したため,創部感染や膿瘍の悪化を疑い,感染に対する治療を先行したが,特徴的な皮膚潰瘍を認めた後にPGの診断に至った.これらの初発症状からPGの確定診断をし,治療を開始することは非常に困難であると考えられるが,今回,ポート抜去部,点滴抜針部のPGが比較的軽症で改善した要因の一つに,疼痛,発赤,水泡形成など比較的早期の症状が出現した時点でPGと診断し,治療を開始したことが考えられる.術後のCRP異常高値,人工肛門周囲の激しい疼痛,発赤などを認めた際は,PGを疑って注意深く観察し,早期診断,治療に努めることが重要である.
IBDや大動脈炎の既往がなく,人工肛門周囲にPGを発症し,他部位に続発した症例は,1977年から2014年12月までの医学中央雑誌で「壊疽性膿皮症」と「人工肛門」をキーワードとして検索(会議録除く)した結果,本症例のみであった.今回の症例においては進行再発卵巣癌で,直腸膣瘻による持続的炎症を有し,長期間の化学療法,放射線療法を行っており,これらに人工肛門造設という侵襲が加わりPG発症につながったと考えられる.さらに,全身状態の悪化によりポート抜去や点滴抜去などの比較的低侵襲処置でもPGが続発する可能性も考慮して治療にあたることが重要である.
利益相反:なし