日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
Rokitansky-Aschoff sinus内に発生し囊胞状病変を呈したと考えられる粘液産生性早期胆囊癌の1例
里吉 梨香佐藤 勤吉楽 拓哉岩﨑 渉齋藤 謙小棚木 均
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キーワード: 早期胆囊癌, 粘液産生
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2015 年 48 巻 2 号 p. 118-125

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Abstract

症例は73歳女性で,定期的な超音波検査にて胆囊底部に8 mmの隆起性病変を認めた.MRIで胆囊底部に隔壁様構造を認めたが,その内部は胆囊内腔とほぼ等信号であり腫瘍とは認識されなかった.6か月後の超音波検査にて隆起性病変は12 mmに増大していた.内部に血流を認める広基性の隆起であり,胆囊癌も念頭に置いて開腹胆囊摘出術を施行した.胆囊底部の壁内に囊胞性病変が存在し,小孔で胆囊内腔と交通していた.囊胞内は粘液で充満していた.組織学的には囊胞基底面で粘液産生性の異型上皮が乳頭状に増殖し,高分化型粘液腺癌と診断された.腫瘍周囲の胆囊壁にRokitansky-Aschoff sinus(以下,RASと略記)が多数存在しており,囊胞はRAS内に発生した粘液性腫瘍が粘液を充満させて増大したものと考えた.RAS内に発生した粘液産生性胆囊癌はこれまでに報告がなく,興味深い症例であると考えた.

はじめに

腫瘍から多量に分泌される粘液により特異な臨床像を呈する胆道癌が報告され,その疾患概念も確立されつつあるが,早期胆囊癌で粘液産生が著明な症例を見ることはまれである1).今回,我々は定期的な超音波検査により早期癌の段階で診断・切除しえた粘液産生性胆囊癌の1例を経験したので報告する.

症例

患者:73歳,女性

主訴:特になし.

既往歴:慢性C型肝炎,高血圧症,高脂血症.子宮脱にて子宮全摘術後.

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:2007年より慢性C型肝炎のため当院消化器科で定期的に腹部USを行っていた.経過中,USで胆囊底部に隆起性病変を指摘され,6か月後に同病変が増大したため精査を行った.

入院時現症:身長152 cm,体重51 kg.腹部は平坦,軟で,腫瘤を触知せず,圧痛も認めなかった.

入院時血液検査所見:AST 72 IU/l,ALT 64 IU/l,ALP 367 IU/lと軽度の肝胆道系酵素の上昇を認めた.腫瘍マーカーはCEA 3.2 ng/ml,CA19-9 18.7 U/mlと正常範囲内であった.

腹部US所見:発見時,胆囊底部に径15 mmの囊胞性病変を認め,内部に8 mmの広基性の隆起性病変を認めた.6か月後に囊胞の大きさに変化はなかったが,囊胞内隆起は12 mmに増大した.ソナゾイド造影では,early vascular phaseで隆起性病変に造影効果を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

(A) A cystic lesion was found at the fundus of the gallbladder and an 8-mm tumor was observed within it (arrow). (B) The tumor increased in size to 12 mm six months later. (C) Sonazoid-US showed internal blood flow in the tumor in the early vascular phase (arrowhead).

腹部造影CT所見:胆囊底部に囊胞性病変を認め,この囊胞に圧排される胆囊壁は肥厚し造影効果を認めた.矢状断からは,囊胞が胆囊壁内にあり,造影効果が認められるのは囊胞と胆囊の隔壁に存在する隆起性病変であることが示唆された(Fig. 2).

Fig. 2 

Horizontal view of abdominal CT (A: plain, B: arterial phase, C: portal phase). A cystic lesion was observed at the fundus of the gallbladder. (D) Sagittal view of enhanced CT. A border of the cystic lesion and the gallbladder was thickened (arrow).

腹部MRI所見:囊胞内は胆囊内腔と同様にT1で低信号域,T2で高信号域として描出された.隆起性病変は明らかではなかった(Fig. 3).

Fig. 3 

T1-weighted (A) and T2-weighted (B) MRI revealed that internal spaces of the cystic lesion and the gallbladder are almost the same in intensity.

腫瘍が増大していることと内部に血流を認めることから貯留性囊胞は考えにくく,胆囊癌の疑いで開腹胆囊摘出術を施行した.

手術所見:胆囊底部肝床側に15 mm大の囊胞性病変を認めた.周囲との癒着や浸潤は見られなかった.術前に胆囊癌の確定診断が得られておらず,術中肉眼的に明らかな肝浸潤も認めなかったため,胆囊全層切除で胆囊摘出を行い術中迅速組織診断に提出した.胆囊癌であることが判明し,胆囊床切除と12番リンパ節郭清を追加した.

摘出標本の肉眼所見:胆囊底部の壁内に15×18×15 mm大の囊胞性病変が存在し,小孔で胆囊内腔と交通し,出口に粘液栓を認めた(Fig. 4A).囊胞内は透明な粘稠度の高い粘液で充満しており,囊胞の深部に白色の隆起性病変が広がっていた(Fig. 4B, C).

Fig. 4 

Gross findings of the resected specimen. (A) The cystic lesion was present within the gallbladder wall and communicated with the lumen of the gallbladder through a small aperture (arrow). (B) The lesion was cut along a dotted line in A. Inside of the cyst was filled with viscous mucus. (C) The cross sections of the tumor. Each section was sliced along the lines indicated in B.

病理組織学的検査所見:囊胞性病変の底部で異型の粘液上皮が乳頭状に増殖していた.乳頭の基部付近で核の偽重層化が目立ち,核の腫大・クロマチンの増加と核小体が明らかであり,高分化型粘液腺癌と診断された(Fig. 5).MIB-1 indexは30%であった(Fig. 6A).癌の周囲の胆囊壁にはRokitansky-Aschoff sinus(以下,RASと略記)が多く認められた(Fig. 5A).産生された粘液がRAS内腔に充満したことにより,RASが囊胞様に変化したと考えられた.術前は囊胞と胆囊との隔壁が肥厚していた部分が腫瘍の本体と考えていたものの,組織学的には,癌は囊胞の基底部に認められ,肥厚として観察されたのは胆囊漿膜下層の浮腫と線維化によるものと見られた.胆道癌取扱い規約(第5版)によると,pap,m-RASss,INFα,ly0,v0,pn0,pHinf0,pBinf0,pPV0,pA0,pBM0,pHM0,pEM0,pN0,fStage Iであった.また,産生粘液はdiastase-消化後PAS陽性,アルシャンブルー陽性を示した(Fig. 6B, C).ムチン(mucin;以下,MUCと略記)染色を行ったところ,MUC1は上皮および粘液に強い発現を認め,MUC5ACも腫瘍全域の上皮に強く発現していた.MUC2およびMUC6は腫瘍の一部の上皮で陽性像を示した(Fig. 7).

Fig. 5 

Microscopic findings of the tumor. The tumor consisted of well-differentiated papillary mucinous adenocarcinoma (HE, ×2 in A, ×40 in B). Rokitansky-Aschoff sinuses (RAS) were observed around the tumor.

Fig. 6 

Immunohistochemical features. (A) MIB-1 index was approximately 30% (×20). (B) Cancer epithelium was PAS-D positive (×10). (C) Alcian blue was stained in cancer epithelium and secreted mucus (×10).

Fig. 7 

Immunohistochemical features. MUC1 was expressed in cancer epithelium and secreted mucus (A). MUC5AC was broadly expressed in cancer epithelium and mucus (B). MUC2 and MUC6 were partially expressed in cancer epithelium (C, D). (×20, respectively).

術後経過:術後経過は良好で第9病日に退院した.現在外来で経過観察しているが,術後4年経過し再発を認めていない.

考察

粘液産生胆囊癌は胆道癌取扱い規約(第5版)には記載ないものの,臨床的に胆囊および胆管に多量に分泌された粘液により腹痛,黄疸,肝機能障害など特有の臨床症状や検査所見あるいは特有の画像所見を呈する疾患と定義される.近年胆道の粘液産生腫瘍はその疾患概念が確立され,粘液産生膵腫瘍との臨床病理学的類似性が指摘され検討されているが,胆囊の粘液産生癌の報告は多くない.

医学中央雑誌で「粘液産生胆囊癌」をキーワードとして1983年から2012年までの期間で,さらにPubMedで「mucin-producing carcinoma」,「gallbladder」をキーワードとして1950年から2012年までの期間で検索し,さらに検索文献の引用文献を合わせて検索したところ,長谷部ら2)が36例を集積しており,そのほか自験例を含めた5例を合わせ,41例が集積された1)~25).これらの症例の臨床像としては,性別は男性15例,女性26例と女性に多く,年齢は平均69歳(49~85歳)であった.有症状例は37例であり,右季肋部痛や上腹部痛などの腹痛が22例と最も多く,黄疸は22例に認められた.癌の組織型は乳頭腺癌,高~中分化型管状腺癌の順に多く,両者を合わせた分化型腺癌の割合は76%(31/41例)と多数を占めていた.その他粘液癌4例,低分化型腺癌2例,分化型と未分化癌の混在するものが4例であった.深達度はm 2例,mp 15例,ss 19例,si 3例であり,m/mp症例の割合は41%(17/41)であった.さらに,進行度はStage I 16例,Stage II 15例,Stage III 5例,Stage IV 4例であり,Stage I/IIの割合は77%と高かった.胆囊癌全体でのm/mpの割合が21.9%であることやStage I/IIが46%であるのに対し,粘液産生胆囊癌は早期に発見され,予後良好であることが推察された25)

粘液産生胆囊癌の造影CT所見は,不整な壁肥厚像以外に特有な所見はなく,CT値での粘液と濃縮胆汁との区別は困難と報告されている13).一方,USでは,粘液は樹枝状の異常高エコーとして描出され7)~9),塊状となった場合は腫瘍との鑑別が困難であるが,Matsudaら15)は内部血流の消失やデブリ様エコーの浮動性,胆道内の粘液の消長などにより腫瘍と粘液の鑑別が可能で,USが粘液産生胆囊癌の診断に有用と述べている.いずれにせよ,ある程度の大きさにならないと画像診断で確定することは難しいと判断された.

膵intraductal papillary-mucinous neoplasm(以下,IPMNと略記)と粘液産生胆管腫瘍ないし胆管内乳頭状腫瘍(intraductal papillary neoplasm of bile duct;以下,IPNBと略記)には,免疫組織化学的にMUCの発現パターンに類似性が認められることから,IPNBは膵IPMNの胆管counterpartとして注目されている21).膵IPMN,IPNBともに予後不良なMUC1の発現率は低いが,腸上皮形質であるMUC2,胃腺窩上皮形質であるMUC5AC,幽門腺上皮形質MUC6は高頻度に発現するとされている21)26).本症例でもMUC2,MUC5A,MUC6は陽性であり,一般的な膵IPMN,IPNBと同様のパターンを呈した.MUC1は浸潤癌に陽性率が高いとされるが,本症例は早期の高分化型腺癌にもかかわらずMUC1が陽性であった.粘液産生胆囊癌においてはMUCの発現についての検討は症例数が少ないことから21)23),今後症例を集積しての意義付けが待たれる.

本症例では,周囲にRASが多数存在していたことや,粘膜下の囊胞内に腫瘍と充満する粘液を認めた形態から,囊胞はRAS内に発生した粘液性腫瘍が粘液を充満させて増大した可能性が高いと推論した.RAS内に発生した粘液産生性胆囊癌はこれまでに報告がなく,興味深い症例である.

利益相反:なし

文献
 

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