日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
粘液囊胞腺癌を伴った仙骨前面囊胞性腫瘍の1例
藏田 能裕鈴木 一史宮内 英聡大平 学当間 雄之米山 泰生松永 晃直松原 久裕
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2015 年 48 巻 2 号 p. 132-137

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Abstract

症例は67歳の男性で,60歳時に肛門痛を自覚した.前医で仙骨前面に囊胞性腫瘍を指摘された.64歳時に腫瘍の増大を認め,腫瘍の一部を摘出し尾骨囊胞腺腫と診断された.遺残腫瘍が増大し,臀部痛・排便障害が出現したため当院紹介となった.仙骨前面に最大径115 mmの囊胞性腫瘍を認め,CEAが18.6 ng/‍mlと高値を示した.悪性腫瘍の存在を強く疑い,仙骨合併腹会陰式直腸切断術を施行し腫瘍を完全切除した.病理組織学的検査所見ではmucinous cyst adenocarcinomaと診断され,発生母地となった囊胞性腫瘍はtailgut cystであったと考えられた.術後3年,再発徴候なく生存中である.Tailgut cystは胎生期の遺残物から発生する囊胞性腫瘍であり,悪性腫瘍を伴った報告も散見される.報告例を検討すると,高齢・CEA高値が悪性症例に有意に多く,完全切除例では再発の報告は見られなかった.

はじめに

仙骨前面に発生する囊胞性腫瘍は,有病率約4万人に1人の比較的まれな疾患である.発生学的に内・中・外胚葉の接点となるため仙骨前面には種々の先天性腫瘍が発生するといわれているが,それらは組織学的に鑑別可能である1)2).今回,同部位に発生した仙骨前面囊胞性腫瘍に対して仙骨合併腹会陰式直腸切断術を施行し,臨床経過・画像所見・病理組織学的検査所見よりtailgut cystが発生母地と考えられた粘液囊胞腺癌の1切除例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:67歳,男性

主訴:臀部痛,排便障害

既往歴:肛門周囲膿瘍(20歳時).痔核(60歳時).

現病歴:2004年,60歳時に肛門痛を自覚した.上記既往のため通院中であった前医でCTを撮影し,仙骨前面から肛門右側に連続する径22 mm大の囊胞性腫瘍を認めた.穿刺吸引細胞診では多量の粘液を認めたが,悪性細胞は認めず,ガングリオンの疑いと診断され,経過観察となっていた.64歳時,腫瘍による圧迫のため座位での疼痛が悪化し,前医で再度CTを撮影した.腫瘍は仙骨前面で43 mm,皮下で52 mm大まで増大を認めたため,前医で手術を施行した.腰椎麻酔下に臀部より皮下腫瘍のみを摘出し,仙骨前面の腫瘍はゼリー状の内容物のみを摘出し,手術終了した.病理組織学的検査所見では最大径50 mm大の囊胞で,内部は立方上皮・粘液上皮に覆われており,悪性細胞は認めず,尾骨囊胞腺腫と診断された(Fig. 1a~d).術後,仙骨前面の遺残腫瘍は徐々に増大していたが経過観察となっていた.

Fig. 1 

a: CT shows a cystic mass in the presacral region with a maximum diameter of 22 mm (arrow). b: MRI (T2-weighted) shows a high intensity mass in the presacral region (arrow). c, d: The resected tumor included gelatinous contents. The cystic region was lined by a cuboidal epithelium.

67歳時(術後3年2か月),臀部痛に加え排便障害が出現したため,精査加療目的に当科紹介受診となった.

当院初診時現症:身長173 cm,体重69 kg.

血液生化学検査所見:CEA 18.6 ng/ml,CA19-9 60.9 U/mlと高値を認めた.

腹部CT所見:仙骨前面から臀部皮下に広がる,90×65×115 mmの多房性囊胞性腫瘍を認めた.腫瘍の壁は軽度の造影効果を持ち,腫瘍に沿って血管の増生を認めた.仙尾骨は腫瘍による破壊像を伴っていた(Fig. 2a).

Fig. 2 

a: CT shows a cystic mass in the presacral region with a maximum diameter of 115 mm. The tumor infiltrated the sacrum (arrow). b: MRI (T2-weighted) shows multiple high-intensity masses, extending from the presacral region to the spine (arrow).

腹部MRI所見:T2強調像で高信号の多房性腫瘍を認めた.腫瘍は仙尾骨,直腸周囲組織へ浸潤し,頭部方向へは脊椎に添ってL5までの進展を認めた.腫瘍の一部に拡散強調像で高信号に描出される部位を認めた(Fig. 2b).

下部消化管内視鏡検査所見:肛門から10 cmの部位に白苔の付着した粘膜発赤部を認めた.腸管の外圧迫像は確認できなかった.

注腸造影検査所見:直腸からS状結腸にかけての拡張不良を認めた.腸管の圧排像は確認できなかった.

以上より,仙骨前面より発生した囊胞腺腫と診断し,腫瘍マーカーが高値あること,周辺組織への浸潤傾向があることから悪性腫瘍の存在を強く疑い,手術を施行した.

手術所見:整形外科・形成外科・当科の3科合同で,全身麻酔下に仙骨合併腹会陰式直腸切断術を施行した.仙骨はS3-4で切断し,腫瘍の進展が疑われた大臀筋および脊柱起立筋をL1レベルまで合併切除した.腫瘍摘出により臀部に形成された欠損部は大臀筋皮弁を形成し補填した.手術時間14時間31分,出血量2,875 gであった.

病理組織学的検査所見:肉眼的には臀部皮下に径35 mm程度の弾性軟の囊胞性腫瘍を,内部には粘液成分の貯留を認めた.仙骨前面の腫瘍を合わせた全体の大きさは120×100×90 mmであった(Fig. 3a).

Fig. 3 

a: We performed a transsacral abdominoperineal resection with distal sacrectomy. b: The multiple resected cysts. The cysts included gelatinous contents. The columnar epithelial cells show nuclear atypia, disordered cell polarity and irregular glandular structures. The cystic lesion was diagnosed to be mucinous cystic adenocarcinoma.

顕微鏡的には囊胞性病変の内腔は円柱上皮で被覆されていた.腫瘍の一部の細胞は軽度の核異型を伴い,核の極性や腺管構造の乱れを認めた.周囲組織への粘液の浸潤像も認めたため,mucinous cyst adenocarcinomaと診断された(Fig. 3b).腫瘍は大臀筋・臀部皮膚真皮組織・仙骨内・脊柱起立筋への浸潤を認めた.また,直腸側への浸潤も認められたが,深達度は固有筋層までであり,直腸粘膜との交通は確認できなかった.脈管侵襲は陰性,切除断端も陰性であり,郭清リンパ節にも転移は認められなかった.術前にMRIの拡散強調像で高信号に描出された部位と,切除標本での悪性腫瘍の浸潤部位の整合性に関しては,判定困難であった.

後に施行した免疫染色検査では,CK7・CK20・CEA・p53陽性であった.前医標本ではCK7・CK20・CEAが陽性,p53陰性であった.以上から,本悪性腫瘍は前回手術の囊胞性腫瘍から発生したと考えられた.また,前医での手術時には通常染色では指摘できなかったが,CEAは陽性を示しており,その時点で悪性化する可能性を秘めていたことが示唆された.

臨床経過・画像所見・病理組織学的検査所見より,腫瘍はtailgut cystを発生母地とした悪性腫瘍であると考えられた.

術後経過:術後経過は良好であった.筋皮弁形成後のため床上での安静期間が長期に及んだが,第33病日に退院となった.脈管侵襲は陰性であり,リンパ節転移も認めなかったが,大腸粘液癌(high-risk Stage II)に準ずるものと考え,外来で大腸癌術後補助化学療法と同様にtegafur/uracil+l-leucovorinを5クール投与した.術後8か月のCTでは再発を認めず,CEA 1.7 ng/ml,CA19-9 5.3 U/mlと正常範囲内であった.現在術後3年,再発の徴候なく生存中である.

考察

腹側を直腸,背側を仙尾骨,下方を肛門尾骨靱帯と肛門挙筋,頭側を腹膜翻転部で囲まれた部位を仙骨前隙と呼び,発生学的に内・中・外胚葉の接点となるため種々の先天性腫瘍が発生するといわれている.Hawkinsら1)は,同部位に発生する発生学的異常に起因する腫瘍をdevelopmental cystと定義し,その組織学的な差異から,これらをepidermal cyst(類表皮囊腫)・dermoid cyst(皮様囊腫)・enteric cystに分類した.さらに,enteric cystは腸管との交通の有無によってcystic rectal duplication(重複腸管)とmucinous secreting cystに区別された.Hjermstadら2)はmucinous secreting cystをtailgut cystと呼ぶことを推奨し,現在ではこの名称が一般的となっている.Tailgut cystは胎生初期に存在するhindgutの遺残物が囊胞形成したものであり,仙骨前面に発生する比較的まれな腫瘍である.組織学的には粘液様の内容物を含む単房性・または多房性の囊胞であり,内面は円柱上皮で覆われた構造をとるが,炎症などの影響により移行上皮や扁平上皮が混在する場合もある.いずれの場合も,重層扁平上皮が中心となり角化物を認めるepidermal cyst,扁平上皮に毛囊・皮脂腺などの皮膚付属器を伴うdermoid cyst,直腸との連続性を持ち平滑筋と漿膜で覆われたcystic rectal duplicationとは組織学的に鑑別可能である.

1983年から2013年10月までの医学中央雑誌で「仙骨前隙」,「仙骨前面」,「囊胞性腫瘍」をキーワードとして検索しえた,成人仙骨前面腫瘍の本邦における切除例報告例は206例であり,そのうち成人のtailgut cystは自験例を含め56例であった.56例のうち,術前診断の記載があったものは40例であり,診断は囊胞12例,tailgut cyst 12例,後腹膜腫瘍8例などとなっていた.正診率は30%程度であり,術前診断は困難であることが示唆された.

成人tailgut cyst切除報告56例のうち,自験例を含め8例3)~9)が悪性腫瘍の発生母地となっていた(Table 1).年齢・性別・最大腫瘍径・腫瘍マーカー(CEA・CA19-9)で良性例と悪性例を比較したところ,年齢とCEA値で有意差を認めた.平均年齢は49.0(20~76)歳:69.0(33~70)歳(p<0.05)と悪性例で有意に高齢であり,CEA値も4.38(1.1~30.9)ng/ml:13.50(3.8~83.5)ng/ml(p<0.05)と悪性例で有意に高値であった.一方で,従来CA19-9が高値を示すtailgut cystの報告は散見されていたが,今回の比較では32.0(6~8,778)U/ml:69.9(40~109)U/ml(p=0.98)と有意差を認めず,CA19-9の値を術前の良悪性の判定に使用することは困難であると考えられた(Table 2).

Table 1  The reports of malignantly transformed tailgut cyst
No Author Year Age/Sex Size (cm) Operation Prognosis
1 Yabana3) 1996 66/F 9 TSR NA
2 Maruyama4) 1998 66/F 9 TSR 3Y/alive
3 Kamei5) 1998 65/F 7 TSR Alive
4 Iwakawa6) 2001 70/F 7 TSR 1Y/alive
5 Tei7) 2007 33/F 9.7 TAR 2Y/alive
6 Hatsugai8) 2009 50/F 9 TAR 6M/alive
7 Nakayama9) 2010 68/M 25.7 APR NA
8 Our case 67/M 12 TSR+APR with distal sacrectomy 3Y/alive

TSR: transsacral resection, TAR: transabdominal resection, APR : abdominoperineal resection

Table 2  56 cases of surgically resected tailgut cyst in Japan
Benign (n=48) Malignant (n=8)
Age 49.0 (20–76) 69.0 (33–70) P<0.05
Sex (M/F) 12/36 2/6 P=1
Size (cm) 5.5 (1.5–8.5) 9.0 (4–25.7) P=0.10
CA19-9 (U/ml) 32.0 (6–8,778) 69.9 (40–109) P=0.98
CEA (ng/ml) 4.38 (1.1–30.9) 13.50 (3.8–83.5) P<0.05

悪性腫瘍を伴った8例では,自験例を含めた3例で初回に部分切除が施行されており,その後増大した腫瘍に悪性腫瘍の発生を認めていた.悪性化する可能性があるため,可能であれば初回手術時に完全切除を試みるべきであると思われる.最終的には8例全例で腫瘍の完全切除が行われ,完全切除後の再発の報告は見られなかった.本症例においても,悪性腫瘍の並存の可能性を念頭に治癒的切除を目指し,治療計画を立てることが肝要と思われた.

利益相反:なし

文献
 

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