日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
下部直腸間膜に発生した悪性腹膜中皮腫の1例
久保 徹神藤 英二田代 恵太上野 秀樹識名 敦深澤 智美末山 貴浩河合 俊明山本 順司長谷 和生
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2015 年 48 巻 2 号 p. 138-144

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Abstract

症例は46歳の女性で,検診の腹部超音波検査で卵巣腫瘍が疑われ,当院紹介となった.造影CTおよび造影MRIでは直腸背側を中心とし,最大径8 cmの内部壊死を伴う腫瘍を認めた.注腸造影および大腸内視鏡検査では直腸の圧排を認めたものの,粘膜面の変化は認めなかった.FDG-PETでは同部位に集積を認めた.以上から,骨盤内の悪性腫瘍を念頭に手術の方針とした,開腹所見では明らかな腹膜播種なく,腫瘍は下部直腸の間膜内に限局して発育していた.腫瘍切除を伴う低位前方切除を行った.病理組織学的に免疫染色検査ではcalretinin,cytokeratin 5/6,D2-40陽性で,CEA,MOC-31陰性であり,悪性腹膜中皮腫(上皮型)と診断された.本症が腹膜外(下部直腸間膜内)に限局性に発生することは極めてまれであり,文献的には本邦において過去に1例報告されたのみである.

はじめに

悪性腹膜中皮腫は漿膜を被覆する中皮細胞を発生母地とした比較的まれな疾患である.肉眼分類はびまん性と限局性に分類されるが,その多くは前者であり,外科的切除の対象となりえる後者のものは少ない1).今回,我々は下部直腸間膜内に発育した限局性悪性腹膜中皮腫の1切除例を経験したので報告する.

症例

患者:46歳,女性

主訴:特になし.

既往歴:27歳時に帝王切開歴あり.

職業歴:事務職員であり,アスベストの曝露歴なし.

家族歴:夫が約30年間建設業に従事していたが,中皮腫の発症はなし.

現病歴:2012年8月,検診の超音波検査で右卵巣腫瘍を疑われ,当院婦人科紹介受診となった.MRIおよびCTの結果,直腸壁外性の腫瘍あるいは後腹膜由来の悪性腫瘍が疑われ当科紹介となった.

入院時現症:腹部は平坦,軟で,腹壁から腫瘤を触知しなかった.下腹部正中に帝王切開時の手術痕を認めた.直腸診では,下部直腸の右壁に弾性硬の壁外性腫瘤を触知した.

入院時血液検査所見:CRP 0.8 mg/dlと軽度の炎症所見を認めた.腫瘍マーカーはCEA 1.3 ng/ml,CA19-9 58.9 U/ml,CA125 28.8 U/mlといずれも正常範囲内であった.

単純X線検査所見:特に所見なし.

注腸造影検査所見:下部直腸右壁を中心に壁外性の圧排所見を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Barium enema shows the compression (white arrow) extraluminally from the right wall of the lower rectum.

大腸内視鏡検査所見:下部直腸に圧排所見を認めるが,粘膜面に明らかな異常を認めなかった.

骨盤造影CT所見:下部直腸背側を中心とした,最大径8 cmの内部壊死を伴う腫瘍を認めた.子宮筋腫の併存も認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

Abdominal CT scan shows that a tumor (white arrows) of approximately 8 cm in the circumference of lower rectum partly contains internal necrosis.

骨盤MRI所見:腫瘍は囊胞様成分と充実成分からなり,直腸など周囲臓器への明らかな浸潤はなかった.両側卵巣は正常に描出された(Fig. 3).

Fig. 3 

Pelvic MRI (T2-weighted diffuse image) shows that the tumor contains cystic (white arrowhead) and solid lesion (white arrow).

FDG-PET所見:同部位および子宮筋腫に集積を認めたが,他部位に異常集積はなかった.

以上の所見から骨盤内の悪性腫瘍を念頭に開腹手術の方針とした.

手術所見:開腹所見では明らかな腹膜播種なし.ダグラス窩に漿液性の腹水を少量認めたが,細胞診ではClass IIと診断された.腫瘍は腹腔内より認識できず,下部直腸の間膜内に限局して発育していた.腫瘍により骨盤内が占拠され視野確保は不十分であったが剥離は比較的容易であり,直腸間膜内の腫瘍切除を伴う低位前方切除を行った.術中に腫大リンパ節は触知せず,傍直腸リンパ節の郭清のみにとどめた.

摘出標本肉眼所見:直腸間膜内に80×50×81 mmの黄色調部分や一部囊胞状部分を混じた灰黄色充実性腫瘍を認めた(Fig. 4).

Fig. 4 

The surgical specimen shows 80×50×81 mm sized tumor in the lower mesorectum.

病理組織学的検査所見:大小不同の類円形核と好酸性の立方状胞体を有する腫瘍細胞が,炎症細胞浸潤を伴いつつびまん性に増殖する像が主体に認められ,一部では乳頭状に増殖を示していた(Fig. 5).免疫染色検査ではcalretinin,cytokeratin 5/6,D2-40陽性で,CEA,MOC-31陰性であり,悪性中皮腫(上皮型)と診断された(Fig. 6).郭清されたリンパ節に転移は認めなかった.

Fig. 5 

Tumor cells forming tubulopapillary and solid structures by means of cuboidal epithelioid cells borders (a: HE×100). The cytoplasm was abundant, some deeply eosinophilic (b: HE×200).

Fig. 6 

Tumor cells are stained positively for calretinin, negatively for CEA.

経過:術後は亜腸閉塞症状を発症したが保存的に軽快し,第18病日で退院した.外来では補助療法を行わず経過観察中であるが,術後1年を経過した時点で再発を認めていない.

考察

悪性中皮腫は漿膜中皮細胞を起源とする比較的まれな悪性腫瘍である.アスベスト曝露との関連が知られており,発生部位としては胸膜が全体の約76%と最も多く,次いで腹膜(7~9%)とされる2).悪性腹膜中皮腫(以下,本症と略記)のアスベスト曝露の頻度は悪性胸膜中皮腫より少ないとされているが,高濃度曝露での発生が多いとされている3).自験例はアスベストに曝露されていた夫と同居しており,曝露した可能性が推察される.

本症はその肉眼検査所見から,被覆性発育を示すびまん型と,腫瘤形成を示す限局型に分類される.頻度は前者が85%と大半を占め,自験例である後者は低頻度である4).さらにまれなことに,自験例の腫瘍は開腹所見で腹腔内に腫瘍は存在せず,腹膜外である下部直腸間膜内に限局して発育していた.我々が医‍学中央雑誌で1983年から2014年2月の間に「腹膜中皮腫」,「限局性」をキーワードとして検索したところ,会議録を除いて17例の報告があった.これらの症例に自験例を加えた18例を検討した(Table 15)~21).直腸間膜内に限局して発育した本症は,自験例の他には山川ら18)の報告のみであった.アスベスト曝露が明確であったのは自験例を含めて4例であった.また,術前診断にて本症が疑われたのは3例のみであった.そのうち2例に対しては生検が行われており,限局型の本症は確定診断が困難であると考えられた.自験例に関しては経直腸的もしくは経仙骨的生検の実施も考慮されたが,腫瘍散布の可能性を危惧し,結局は試験開腹を兼ねた腫瘍切除という方針とした.なお,近年本症に対するFDG-PETの有用性が報告されている14)21)22).自験例においても実施し,良悪性の鑑別,遠隔転移の有無など手術適応を決定する際の術前検査として有用であった.

Table 1  Reported cases of localized malignant peritoneal mesothelioma in Japan
No Author/Year Age/Sex Asbestos exposure Sites Clinical diagnosis of MPM Prognosis
1 Naka/19845) 39/Male (–) Serosal surfaces of stomach (–) 20 months alive
2 Hirai/19866) 50/Female (–) Uterine adnexa (–) 7 months alive
3 Hanai/19867) 52/Male (–) Prostate gland (+) 3 months dead
4 Oota/19898) 54/Male (–) Transverse mesocolon (–) unknown
5 Kondou/19919) 51/Male (–) Serosal surfaces of ascending colon (–) 12 months alive
6 Mori/199510) 55/Female (+) Parietal peritoneum (–) 3 months alive
7 Matsukuma/199611) 68/Male (–) Serosal surfaces of liver (–) 10 months dead
8 Baba/199912) 54/Male (–) Serosal surfaces of liver (+) unknown
9 Igarashi/200413) 72/Female (–) Mesoileum (–) 12 months alive
10 Shimomura/200614) 80/Female (–) Mesoileum (–) 18 months alive
11 Kuroda/200815) 52/Male (+) Mesojejunum (+) 8 months alive
12 Inagaki/200916) 63/Female (+) Serosal surfaces of stomach (–) 13 months dead
13 Hao/200917) 78/Female (–) Mesoileum (–) unknown
14 Yamakawa/200918) 87/Male (–) Mesorectum (–) 7 months dead
15 Shimada/201119) 47/Female (–) Mesorectum, vagina (–) 9 months alive
16 Terasawa/201220) 78/Male (–) Serosal surfaces of pancreas (–) unknown
17 Hasegawa/201321) 48/Male (–) Serosal surfaces of liver (–) 9 months alive
18 Our case 46/Female (+) Lower mesorectum (–) 12 months alive

MPM: malignant peritoneal mesothelioma

本症に対する標準治療は確立されたものがない.特にびまん型に対しては外科的治癒切除が不可能であり,放射線療法,温熱化学療法,化学療法(carboplatin,paclitaxel,cisplatinなど)を組み合わせた集学的治療が行われている23)~26).一方Goldblumら27)は切除可能であった限局型悪性腹膜中皮腫6例全例に9年間再発を認めず,限局型に対する治癒切除の有効性を報告している.菊池ら28)は本邦で報告された104例を集積し,切除可能な症例は手術療法が最も生存率が良好であったと結論づけている.

自験例は幸いにも肉眼的に治癒切除が可能であったため,術後補助療法に関してはevidenceが少なく実施しない方針とした.術後1年間再発を認めず良好な予後が期待されるが,その一方で,治癒切除可能であった限局型悪性腹膜中皮腫の術後早期に再発を認める報告も散見される7)16).今後も慎重な経過観察が必要である.

1960年代から1990年代後半にかけ本邦の工業領域で多量のアスベストが使用されている.アスベスト曝露から悪性中皮腫の発症までには通常30~40年かかるとされ,今後は本疾患に遭遇する機会も増加が見込まれる29).多くの症例を蓄積し,有効な治療法の確立が期待される.

本論文の要旨は第68回日本大腸肛門病学会学術集会(2013年11月,東京)において発表した.

利益相反:なし

文献
 

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