日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
腹腔鏡下幽門側胃切除術後に肝鎌状間膜内ヘルニアを来した1例
奥村 公一細木 久裕山浦 忠能吉村 文博金谷 誠一郎
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2015 年 48 巻 2 号 p. 172-177

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Abstract

腹腔鏡下胃切除術Billroth-I法再建後には間膜内間隙は理論上生じず,内ヘルニアの報告はない.今回,我々は医原性に作られた肝鎌状間膜内小孔に内ヘルニアを生じた1例を経験したので文献的考察を加え報告する.症例は67歳男性で早期胃癌の診断にて腹腔鏡下幽門側胃切除術を施行した.ペンローズドレーンを用いた肝外側区の挙上目的で左三角間膜に小孔をあける際,鎌状間膜に挿入口を設けた.初回手術で鎌状間膜の閉鎖は行わなかった.術後8日目食事開始したが,術後11日目よりイレウス症状を認めた.画像検査の結果,肝鎌状間膜内ヘルニアと診断し,腹腔鏡下に再手術を施行した.鎌状間膜内に嵌入した小腸を整復し,欠損口を非吸収糸で閉鎖した.小腸に絞扼壊死の所見はなかった.鎌状間膜欠損口に陥入した内ヘルニアは本邦では8例のみ報告があり,手術後での報告例はない.腹腔鏡下胃切除術後に起こりえるまれな合併症として認識が必要と考えられた.

はじめに

腹腔鏡下胃切除術(laparoscopic gastrectomy;以下,LGと略記)においては,特にRoux-en-Y法再建後には空腸間膜やPetersens defectなどの内ヘルニアが報告されている1)が,Billroth-I法再建後には間膜内間隙は理論上生じず,内ヘルニアの報告はない.今回,我々は腹腔鏡下幽門側胃切除術(laparoscopic distal gastrectomy;以下,LDGと略記)後医原性に作られた肝鎌状間膜内ヘルニアの1例を経験したので報告する.

症例

患者:67歳,男性

主訴:心窩部痛

既往歴:66歳時 胃潰瘍(A1stage).手術歴なし.

身体所見:身長172.5 cm,体重62.3 kg,BMI 20.9

病歴:活動性胃潰瘍治癒後の生検にて胃体中部小彎の早期胃癌(低分化型腺癌)と診断しLDG(D1+郭清,デルタ吻合2)によるBillroth-I法再建)施行した(Fig. 1).ペンローズドレーンを用いた肝外側区の挙上目的に左三角間膜に小孔をあける際,鉗子の可動域制限がかかったため,鎌状間膜に直径数cmの挿入口を設けた.閉創時には鎌状間膜の閉鎖は行わなかった(Fig. 2).

Fig. 1 

A type 0-IIc early gastric cancer is seen at the lesser curvature of the gastric corpus.

Fig. 2 

A small hole remains in the falciform ligament, made during LDG.

術後経過:術後2日目に吻合部出血によるヘモグロビン低下を認めたため,上部消化管内視鏡検査施行したが自然止血していた.以後,排ガス,排便を確認し,術後8日目より食事摂取を開始していた.術後11日目イレウス症状が出現し,透視検査でトライツ靭帯を超えて数十cmの部位にて腸管口径差が生じているのを確認した(Fig. 3).腹部造影CTにて狭窄部位が肝表面と腹壁の間であり,拡張した腸管が肝鎌状間膜内の小孔であることを確認し,上部空腸の陥入した肝鎌状間膜内ヘルニアと診断した(Fig. 4).絞扼の疑いはなく,初回手術後16日目待機的に腹腔鏡下の再手術を施行した.術前診断の通り,前回手術で作られた肝鎌状間膜の間隙へトライツ靭帯から数十cmに位置する空腸が左から右へ約10 cm陥入しており,ヘルニア解除後,同欠損部を非吸収糸で縫縮し閉鎖した(Fig. 5a~c).以後,イレウス再発なく経過良好にて退院した.

Fig. 3 

Upper gastrointestinal series shows a caliber change (arrow) of the upper jejunum.

Fig. 4 

Abdominal CT scan reveals a bowel obstruction at the site of the falciform ligament of the liver (arrow).

Fig. 5 

Operative findings show that the small intestine, 10 cm in length, is stuck in the falciform ligament from the left to right side (a), the intestinal loop is repositioned (b), and (c) the hole is closed.

考察

LG術後の内ヘルニアの発生頻度は0.8~6.9%1)3)であり,そのうち,空腸間膜が55.2%,Petersens defectが27.5%という報告3)がある.一方,肝鎌状間膜内ヘルニアはLG術後では報告がない.我々は,空腸間膜の間隙や,Petersens defectは全例閉鎖する方針としているが,本症例の鎌状間膜欠損部は内ヘルニアの発生を懸念せず閉鎖を行わなかった.鎌状間膜内ヘルニアの存在は,「鎌状間膜」,「内ヘルニア」をキーワードとして医学中央雑誌にて1983年から2013年まで検索した結果では8例を認めるのみであった(Table 14)~11).いずれの症例も先天性の欠損の可能性を示唆しており,医原性に発症した症例は報告がない.「falciform ligament」,「internal hernia」,「iatrogenic」をキーワードとしてPubMedにて1950年から2013年まで検索した結果4例の報告のみであった.それぞれが,胆囊摘出術2例12)13),Nissen手術2例14)15)であり,いずれもポート挿入時の損傷ではないかと推測されている.

Table 1  Reported cases of internal hernia through the falciform ligament in Japan
No Author (Year) Age Sex Preoperative diagnosis Intestinal necrosis Operation Ligament
1 Takahashi4) (1983) 14 M acute abdomen not observed laparotomy divided
2 Tachi5) (1987) 16 M strangulated ileus not observed laparotomy divided
3 Sato6) (1996) 27 F strangulated ileus observed laparotomy divided
4 Imamura7) (1997) 27 F strangulated ileus observed laparotomy divided
5 Deguchi8) (1997) 34 F strangulated ileus observed laparotomy divided
6 Kobayashi9) (1999) 22 M correct diagnosis not observed laparoscopy divided
7 Nishihira10) (2000) 0 M internal hernia not observed laparotomy divided
8 Kato11) (2008) 81 M internal hernia not observed laparotomy divided
9 Our case 67 M correct diagnosis not observed laparoscopy suture

当初鎌状間膜は上腹部に存在し,内ヘルニアの可能性は非常にまれであるため縫合閉鎖もしくは肝円策の解放をしていなかったが,イレウス症状出現後にCT施行し,陥入を確認した際には肝表面と腹膜の間の腸管拡張を認めたため,位置関係として異常裂孔である鎌状間膜への小腸陥入が存在すると術前診断した.絞扼所見はなく,症状は安定していたため,待機的に腹腔鏡手術を施行し整復可能であった.これまでの鎌状間膜内ヘルニアの症例報告でも,CTにて肝臓の腹側に拡張した腸管が存在した特徴が述べられており,自験例においても同様の画像所見であり,本例を強く疑うべきである.

これまでも,妊娠後期に鎌状間膜内ヘルニアを来した症例の報告6)7)があるが,これは妊娠子宮により腹腔内臓器が頭側に圧排されることで欠損口に陥入しやすい環境となっていたためと思われる.本症例においても,術後吻合部出血に伴い腸管拡張し,嘔気による腹圧上昇が肝鎌状間膜への小腸の陥入につながったものと考えた.また,腹腔鏡下胆囊摘出術を施行した506例の中に2例の鎌状間膜欠損を認めたとの報告がある16)ことからも,欠損口があるものでも内ヘルニアを起こさずに経過しているものが多いと考えられ,腹圧の異常上昇が一つの原因であると考えた.頻度として低いとはいえ,内ヘルニアになった際にはすでに絞扼が完成し小腸切除術にまで至ることが多い.本症例は絞扼所見なく,保存的加療も選択肢としては考えられたが,画像上鎌状間膜内ヘルニアと診断しえたため,自然解除後の再嵌入の可能性を考えたこと,また原因が初回手術前には存在しなかった医原性の欠損口であったことを踏まえ,患者に説明,同意のもと手術加療の方針とした.結果的には嵌入した空腸は嵌入先の大網に癒着しており,保存加療での根治は困難な症例であったと考えられる.

本症例を経験し,肝鎌状間膜の欠損口は内ヘルニアの原因になりうることの認識が必要と考えられ,今後は必要以上に肝鎌状間膜に小孔を作らないように配慮し,同部位にできた小孔は閉鎖するか肝円索を切離開放することが必要と考えられた.自験例においては鉗子操作の制限が原因でやむを得ず作った欠損口で,医原性であったため,腹腔内の整容性も考え縫合閉鎖し,元の解剖の状態を復元させた.LG術後に起こりえるまれな合併症としての認識が必要と考えられた.

なお,本論文の要旨は第11回日本消化器外科学会大会(2013年10月,東京)にて発表した.

利益相反:なし

文献
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  • 6)   佐藤  典宏, 御木  高志, 豊永  敬之, 許斐  裕之, 石光  寿幸, 永渕  一光,ほか.妊娠後期に発症した肝鎌状間膜ヘルニアの1例.日本外科学会雑誌.1996;97(9):787–790.
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  • 16)   南  昌秀, 滝田  佳夫, 新田  直樹, 湊屋  剛.腹腔鏡下胆嚢摘出術の際に発見された肝鎌状間膜異常裂孔の2例.日本消化器外科学会雑誌.1998;31:577.
 

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