2015 年 48 巻 3 号 p. 192-200
症例は78歳の男性で,出血性胃粘膜下腫瘍の診断により保存的加療を行い,その約3か月後に再び吐血を認め,緊急上部消化管内視鏡検査を施行した.その結果,胃体中部後壁に20 mm大の拍動性出血を伴う隆起性病変を認めたため,クリッピング止血術を施行し,繰り返す出血性胃粘膜下腫瘍の診断で緊急入院した.上部消化管造影X線検査および腹部CTでは胃体中部後壁に20 mm大の隆起性病変を認めた.超音波内視鏡検査で病巣は20×20 mm大,胃壁第4層(MP)と連続し,かつ内部構造は不均一で壊死と思われる低エコー領域として描出された.以上より,胃内発育型の消化管間質腫瘍を疑い,腹腔鏡・内視鏡合同胃局所切除を施行した.病理組織学的検査所見で粘膜下層に異所性腺組織を認め,粘膜内と異所腺内には高分化型腺癌を認めた.今回,我々は腹腔鏡・内視鏡合同胃局所切除後,早期胃癌を伴う出血性胃粘膜下異所腺と診断した1例を経験したので報告する.
胃粘膜下異所腺は腺組織が粘膜下層に増殖する病態であり1),中高齢者に多く,繰り返す出血症例の報告は自験例を含め2例2)のみである.今回,我々は繰り返す出血性胃粘膜下腫瘍(submucosal tumor;以下,SMTと略記)に対して腹腔鏡・内視鏡合同胃局所切除を行い,術後早期胃癌を合併した出血性胃粘膜下異所腺と診断した1例を経験したので報告する.
患者:78歳,男性
主訴:吐血
既往歴:高血圧,糖尿病,慢性腎不全,白内障,ラクナ梗塞
現病歴:2011年12月に腎性貧血の精査目的に上部内視鏡検査を施行したところ,慢性胃炎を指摘されたが明らかな腫瘍や出血源はなく経過観察されていた.2013年5月に吐血を認め当科受診した.緊急上部消化管内視鏡検査で出血性胃SMTの診断で保存的加療を行い退院した.2013年8月に再び吐血を認め,クリッピング止血術を施行後,繰り返す出血性胃SMTの診断で緊急入院した.
入院時現症:身長166 cm,体重51 kg,体温36.1°C,血圧166/79 mmHg,脈109回/分,呼吸回数18回/分,眼瞼結膜貧血あり,黄染なし,心窩部中心に軽度膨満,圧痛なし,直腸診でタール便などなし.
入院時血液検査所見:WBC 4,530/μl,RBC 279×104/μl,Ht 21.2%,Hb 6.7 g/dl,Plt 10.3×104/μl,CRP 0.3 mg/dlと高度の貧血,血小板減少を認めた.生化学データではTP 5.3 g/dl,Alb 3.3 g/dlと低タンパク血症・低アルブミン血症を認め,BUN 92.9 mg/dl,Cre 2.68 mg/dlと腎機能障害を認めた.腫瘍マーカーはCEA 4.1 ng/ml,CA19-9 14.7 U/mlと正常範囲であった.
また,尿中抗Helicobacter pylori(以下,H. pyloriと略記)抗体検査は陽性であった.
緊急上部消化管内視鏡検査所見:2013年5月の所見では,胃体中部後壁に20 mm大の境界明瞭で立ち上がりなだらかなbridging foldを有する隆起性病変を認めた(Fig. 1a).2013年8月の所見では,病変からの拍動性出血を認めたためクリッピング止血術を施行した(Fig. 1b).胃粘膜は噴門部まで非薄化し,細い血管が透視され,中等度の萎縮性胃炎を呈していた.
Emergency upper gastrointestinal endoscopy findings. a: A well-defined, gently elevated protruding lesion (arrow) measuring 20 mm in the posterior wall of the middle part of the gastric body can be seen. b: Throbbing hemorrhage on the base of the tumor can be observed, and endoscopic clipping is performed.
上部消化管造影X線検査所見:胃体中部後壁大彎寄りに20 mm大,表面平滑な隆起性病変を認めた(Fig. 2).
Upper gastrointestinal series shows a protruding lesion (arrow) measuring 20 mm with a smooth surface in the posterior wall of the middle part of the gastric body.
腹部単純CT所見:胃体部後壁から内腔に突出する20 mm大の隆起性病変(Fig. 3)を認めたが,壁外への浸潤所見と腹部リンパ節腫大は認めなかった.また,出血と考えられる明らかなhigh densityの所見は認めなかった.
Abdominal plain CT shows a protruding lesion (arrow) measuring 20 mm in the posterior wall of the gastric body.
超音波内視鏡(endoscopic ultrasonography;以下,EUSと略記)検査所見:病巣は20×20 mm大,胃壁第4層(MP)と連続し,かつ内部構造が不均一で壊死と思われる低エコー領域として描出された(Fig. 4).以上より,胃体中部後壁の胃内発育型の消化管間質腫瘍(gastrointestinal stromal tumor;以下,GISTと略記)を疑い2013年8月に腹腔鏡・内視鏡合同胃局所切除(laparoscopy endoscopy cooperative surgery;以下,LECSと略記)を施行した.
Endoscopic ultrasonography findings. Endoscopic ultrasonography shows a protruding lesion measuring 20×20 mm, continuing to the 4th layer (MP). The internal structure was heterogeneous and described as a low echoic area, suspected to be necrosis.
手術所見:腹腔鏡からアプローチし,4ポート挿入し,気腹を開始した.腹腔内から胃壁を観察したが腫瘍の局在は同定できなかった.内視鏡下に胃内を観察すると,腫瘍は胃体上部後壁大彎寄りに存在し,腫瘍周囲をマーキング(Fig. 5)の後に適時粘膜層を局所注射しながら内視鏡下にESDで粘膜・粘膜下層を全周性に切開し,一部全層切開した.全層切開した部位より超音波凝固切開装置で胃壁を貫通させ,残りの漿膜筋層を超音波凝固切開装置で切離した.切除標本は腹腔鏡下に回収した.その後,胃の変形を防ぐため自動縫合器は使用せず,穿孔部の胃壁を鏡視下に全層一層連続縫合した.明らかな腹部リンパ節腫大は認めなかった.
Operative findings. After marking around the tumor, we cut half around the tumor using the ESD technique.
標本所見:胃粘膜下層に20×20 mm大,中央部にdelleを伴う隆起性病変を認めた.割面では腫瘍側面の出血部位に一致した凝血の沈着を認めた(Fig. 6).
The resected specimen shows a protruding lesion measuring 20×20 mm in the submucosal layer with a slight central depression. The cut surface shows coagulated blood matching with the hemorrhage region of the lateral part of the tumor (arrow).
病理組織学的検査所見:粘膜下層に多数の腺管が囊胞状に拡張した異所性腺組織を認め,異所腺底部に粘膜筋板の断片を認めた(Fig. 7a).クリッピングを施行した部位の粘膜筋板の断裂・欠損を認め,赤血球の凝集が認められた(Fig. 7b).粘膜内および異所腺内に腺管構造が不規則な高度異型を伴う高分化型腺癌を認めた(Fig. 8).また,免疫染色検査にてKi-67による増殖活性やp53蛋白発現を検討したところ,正常上皮と癌細胞の陽性率を比較しても明らかな差は認めなかった.
Histological findings (a: Elastica Masson staining loupe, b: HE staining ×10). a: Histological findings show well defined heterotopic gastric gland tissue in the submucosal layer. b: The endoscopic clipping region shows rupture and defect of the muscularis mucosa (arrows) and condensation of red blood cells.
Histological findings of the adenocarcinoma (HE staining, a: ×2, b: ×4, c: ×10). Well-differentiated adenocarcinoma with severe atypia associated with irregular ductal structures of the mucosa layer and heterotopic gastric glands can be observed.
術後経過:術後経過良好であり,術後第14病日に軽快退院した.今後外来にて除菌を行う予定である.
胃粘膜下異所腺とは,本来胃粘膜固有層内にあるべき胃腺組織が異所性に粘膜下層に認められる胃SMT病変である1).中高齢者の男性に多く,部位は胃体部に多い傾向にあり,切除胃の検討で,2.3%1)~10.7%3)程度に認められる.発生機序として,先天的に腺組織が粘膜下層に迷入するという先天性迷入説4)と,繰り返すびらん・再生の結果,後天的に上皮成分が粘膜下層に迷入したとする後天性炎症説5)がある.先天性迷入説は若年者の報告がまれに存在する6)ものの,本邦症例の多くは後天性炎症説であり,背景粘膜に慢性胃炎,萎縮性変化,腸上皮化生が多いこと,さらに胃粘膜表面の再生性変化,粘膜筋板の断裂,粘膜筋板の裂隙を通じた異所腺と粘膜の連続などの所見から慢性炎症との関連が示唆される1)7).慢性炎症が基盤となる根拠として,本疾患が中高齢者に多いことや,びらんや潰瘍の発生しやすい腺境界領域およびそのやや幽門側領域に多いこと5),また異所腺の多くがびまん性・多発性に生じることなどが考えられる.また,H. pylori感染との関連を示唆する報告もある8)~10).H. pyloriとは,胃内の強酸性の環境で生息することのできるラセン状のグラム陰性桿菌であり,慢性胃炎を生じ胃・十二指腸潰瘍,胃MALT(mucosa associated lymphoid tissue)リンパ腫と関連があるとされる11).H. pylori感染が胃癌の発生に重要な危険因子であることが明らかとなり,World Health Organization(WHO)とInternational Agency for Research on Cancer(IARC)から胃癌の発癌物質であると決定されている12).スナネズミを用いたH. pylori感染の実験では,H. pyloriの長期感染により胃粘膜下異所腺が発生することが報告されている8).また,同じくスナネズミを用いた実験では除菌によって胃粘膜下異所腺の増殖が抑えられることや9),ニコチン投与したH. pylori感染では異所腺が有意に増加したことが報告されている10).自験例は高齢男性の胃体部に発生した胃粘膜下異所腺であり,喫煙歴がありH. pylori陽性の慢性胃炎を伴っていることから,発生機序として後天的に慢性胃炎を繰り返した結果生じたものであり,今後のH. pylori除菌や禁煙指導が重要であると考えられた.
また,自験例は繰り返す出血のため手術の方針としたが,腫瘍の出血の原因として腫瘍の形態が隆起状であることと,慢性胃炎が基盤にあることが考えられる.①隆起状の腫瘍はその形態から食物残渣などの物理的刺激を受けやすく,胃粘膜がびらん・潰瘍化したことと,②もともとの慢性胃炎が基盤となり,びらん・再生を繰り返した結果,断裂した粘膜筋板内の血管が破綻したこと,この2点が重なったことで粘膜筋板の断裂・欠損部位から出血したと考えられた.
また,孤立した異所腺の自己崩壊により,出血壊死した可能性も否定できない.1983年から2013年11月までの医学中央雑誌で「胃粘膜下異所腺」,「出血」,1950年から2013年11月までのPubMedで「heterotopic gastric gland」,「hemorrhage」をキーワードとして検索(会議録は除く)した結果,出血を伴う胃粘膜下異所腺の報告は1例のみであった2).その報告では胃粘膜下異所腺を背景粘膜としているが,形態は不整な陥凹を呈する潰瘍像であり,隆起状を呈する胃粘膜下異所腺からの出血の報告は自験例のみであった.
肉眼的には粘膜面の異常のないもの,不整な隆起や陥凹,ポリープ状を呈するものなど多彩である13)が隆起状を呈することは少なく,浅木ら14)は良性胃SMT 758例中本疾患が1例(0.13%)のみであったとし,山際ら3)は,胃SMTの形態をとるものは切除胃で検索した異所腺160例中9例(0.56%)と報告している.異所腺の量が局所的に多いか,異所腺が粘液を貯留して囊胞を形成すると,SMTのように隆起すると考えられている15)が,そのほとんどは山田IまたはII型のなだらかな隆起であり,山田IIIまたはIV型の隆起を呈したものはまれである6).自験例では病理組織学的検査所見で囊胞状の拡張を呈した腺管が多数認められることから,山田III型の隆起を呈したと考えられた.また,報告例のほとんどが合併する胃癌やSMTとしてESDや開腹・腹腔鏡下胃切除術により切除されている2)16)17).
LECSとは,比企ら18)が報告するように,胃内発育型のSMTに対して考案された手技である.従来胃外発育型のSMTでは,単純に自動縫合器で胃壁を挟み込むsimple wedge resectionを行うことは容易であるが,胃内に発育の主座がある場合,後壁病変,胃食道移行部近傍,幽門輪近傍の病変では,simple wedge resectionは困難となることが多い.LECSでは内視鏡下にESDを用いて腫瘍辺縁の粘膜下層まで切開を行い,腹腔鏡下にこの切除線に沿い腫瘍を切離する方法であり,噴門・幽門近傍,後壁の病変に対しても術後の胃変形を最小限に抑えて胃切除を行うことが可能で,食物停滞などの合併症を予防できる.操作中に胃内腔が腹腔内で開放されるため,上皮性腫瘍や潰瘍を伴うSMTでは腹膜播種のリスクが伴う問題点19)がある.そこで胃内容を腹腔内に流出させないCLEAN-NET(combination of laparoscopic and endoscopic approach to neoplasia with non-exposed technique)法20)や,NEWS(non-exposed endoscopic wall-inversion surgery)法19)などが開発された.これらの方法は切除可能な標本の大きさに制限があるが,LECSの適応は長径5 cmまでの胃SMTと考えられている18).自験例のように後壁を主座とし,ある程度の大きさのある胃内発育型の腫瘍に対してLECSは有効な手技であると考えられた.また,自験例ではdelleを認めたため,retrospectiveに見れば開腹での胃局所切除を検討すべきであった.
胃粘膜下異所腺は,以前は切除胃や内視鏡的切除により偶然発見されることが多かったが,近年EUS検査による診断の発達により術前診断されることが多くなった.EUSで典型的な異所腺像を示し,癌の合併が明らかでないと判断した場合,経過観察が可能なこともある21).しかし,胃癌の合併が大きな問題となり,90~100%との報告もある1)17).また,極めてまれではあるが,異所腺自体の癌化の報告例も見られる22).さらに,多発癌や異時性癌を合併しやすいと考えられている1).自験例は内視鏡検査とEUSからGISTを疑い手術を施行したが,病理組織学的検査所見により胃粘膜下異所腺の診断に至った.Retrospectiveに見れば,EUSでの腫瘍内部の低エコー領域は,粘膜下層の囊胞状に拡張した異所腺の所見であると考えられた.
自験例では,粘膜内および異所腺内に癌細胞を認め,さらに異所腺底部に粘膜筋板の断片を認めた.このことから,異所腺内の癌細胞が粘膜内と粘膜下層のどちらに位置するか壁深達診断が困難であった.粘膜筋板の断片を認めた成因として,慢性炎症が基盤となりびらん再生を繰り返した結果,粘膜筋板が破壊され,その間隙を通って異所腺が粘膜下層に波及したためと考えられた.自験例では腹部CT所見および手術所見で明らかなリンパ節腫大は認めず,術後の病理組織学的検査所見でもリンパ管侵襲,静脈侵襲はなく,断端陰性であったため,追加切除せずに経過観察している.LECSなどの胃局所切除術後の早期胃癌を伴った異所腺に対して確立された治療法がないのが現状である.現在のところ,切除部位からの明らかな再発所見は認めていないが,今後残胃癌や異所腺の有無を確認するため,厳重な内視鏡検査やEUSが必要となる.胃癌に異所腺を認める例のうち約30%に多発癌が発見されたとの報告があり5),全例に胃全摘を奨励するとの報告もある23).よって,今後残胃癌が発生した場合には,胃全摘を施行すべきであると考える.
利益相反:なし