日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
膵管内乳頭粘液性腫瘍に併存した膵腺房細胞癌の1例
下条 芳秀矢野 誠司川畑 康成西 健木谷 昭彦原田 祐治田島 義証
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2015 年 48 巻 3 号 p. 234-240

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Abstract

膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)に併存した膵腺房細胞癌(acinar cell carcinoma;以下,ACCと略記)の1例を経験した.症例は83歳の女性で,CTおよびMRIで膵頭下部の囊胞性病変に加え,膵頭部に径3.6 cm大の充実性腫瘤を認めた.ERCPとMRCPでは腫瘤陰影に隣接する主膵管の狭窄と尾側膵管の拡張,門脈の圧排像を認めた.以上より,分枝型IPMNに併存した浸潤性膵管癌と診断し,門脈合併切除を伴う亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行した.病理組織学的検査の結果,分枝型IPMN に併存したACCと診断された.IPMNに併存したACCは報告が少なく貴重な症例であった.IPMNは浸潤性膵管癌を高率に合併するが,ACCなど術前に確定診断をつけることが難しいまれな膵癌を合併することも念頭に置く必要がある.

はじめに

膵癌の中でも膵腺房細胞癌(acinar cell carcinoma;以下,ACCと略記)は浸潤性膵管癌に比べるとまれであり,全膵癌の1%以下であると報告されている1).一方,膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)を有する患者には種々の臓器に悪性腫瘍を合併することが知られており,その頻度は約30%とされている2)3).膵癌の合併もしばしば見られるが,その多くは浸潤性膵管癌であり4),IPMNに併存したACCの本邦報告は現在までに1例のみである5).今回,我々は乳癌と結腸癌の多臓器重複癌の既往を有するIPMN症例に併存したACCの1例を経験した.

症例

患者:83歳,女性

主訴:特になし.

既往歴:67歳時,結腸癌にて横行結腸切除術.77歳時,乳癌にて右乳房温存手術.

家族歴:特記すべき事項なし.

現病歴:2002年5月に右乳癌で右乳房温存術を受け,当科外来通院中であった.2005年4月の腹部CTにて膵頭下部に囊胞性変化を指摘された.2007年12月,MRCPで主膵管の狭窄・拡張を認め,精査のため入院となった.

入院時身体所見:腹部所見では,上腹部から下腹部正中に手術瘢痕を認めたが,他には特記すべき異常所見は見られなかった.

入院時検査所見:血液生化学検査では,CEA(8.7 ng/ml)とDUPAN-2(153 U/ml)が異常高値を示したが,CA19-9(<1 U/ml)と SPAN-1(5 U/ml)は正常であった.

腹部ダイナミックCT所見:膵頭下部に多房性囊胞性病変を認めた(Fig. 1a).また,膵頭部には径3.6 cm大の早期相で低吸収,後期相で高吸収を示す腫瘤陰影を認め,腫瘤より尾側の膵管は拡張していた(Fig. 1b, c).また,腫瘤近傍の門脈には圧排像が見られた(Fig. 1d).

Fig. 1 

Contrast-enhanced CT (CECT) images. a: A multiple cystic tumor (arrowheads) is present in the inferior head of the pancreas. b, c: A solid tumor is present in the head of the pancreas, with a low density at the early phase (arrowheads) (b), a high density at the late phase (arrowheads) (c) and dilation of the distal pancreatic duct (arrow) (b, c). d: Encasement of the superior mesenteric vein is evident at the portal venous phase (arrow).

腹部MRI所見:CT所見と同様に膵頭下部の囊胞性病変と主膵管の拡張を認めた(Fig. 2).しかし,CTで指摘された膵頭部の腫瘤陰影は同定されなかった.

Fig. 2 

MRI studies. Magnetic resonance cholangio­pancreatography (MRCP) reveals a cystic tumor (white dotted circle) and stenosis of the main pancreatic duct at the head of the pancreas (arrowhead) together with dilation of the distal pancreatic duct (arrows).

内視鏡的逆行性膵管造影検査所見:膵頭下部に分枝膵管と交通する囊胞性病変を認めたが,その内部に陰影欠損像は見られなかった(Fig. 3).また,十二指腸乳頭部の開大や粘液流出も見られなかった.膵液吸引細胞診はclass IIIであった.

Fig. 3 

Endoscopic retrograde pancreatography reveals the dilation of the branch duct (arrowheads) without mural nodules in the pancreatic head.

超音波内視鏡検査所見:主膵管狭窄部に一致して約7 mmの低輝度な領域を認めた.また,膵頭下部に約10 mm大の囊胞性病変を認めたが,内部に壁在結節は指摘されなかった.

以上の所見より,分枝型IPMNとは別に浸潤性膵管癌の併存を考慮し,2008年2月,2群リンパ節郭清と門脈合併切除を伴う亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行した.

摘出標本:膵頭部に径1.2×1.0×0.6 cm大の,周囲へ浸潤性に拡がる充実性腫瘍を認めた.同部に一致して主膵管の狭窄が見られた.また,その腫瘍とは離れた膵頭下部には,1.5×1.0×0.7 cm大で2房性の囊胞性病変を認めた(Fig. 4).

Fig. 4 

Surgical specimen. A (IPMN): A bilocular cystic tumor (arrowheads), 1.5×1.0×0.7 cm in diameter, shows no connection with the main pancreatic duct (arrow). B (ACC): A solid whitish tumor (arrowheads), 1.2×1.0×0.6 cm in diameter, in the head of the pancreas involves the portal vein (arrow).

病理組織学的検査所見:膵頭部の充実性腫瘍は,好酸性胞体に類円形核をもつ腫瘍細胞が腺房様構造を示しながらシート状に増生し(Fig. 5a),腫瘍周辺には著しい線維化が認められた(Fig. 5b).免疫染色検査ではantitrypsin(Fig. 5c)とantichymotrypsin(Fig. 5d)が陽性で,ACCと診断された.膵癌取扱い規約第6版6)では,Ph,pCH(–),pDU(–),pS(–),pRP(+),pPV(+),pA(–),pPL(–),pOO(–),infiltrative type,INFβ,ly0,v2,ne2,mpd(b),pN0,PCM(–),BCM(–),DPMX,pR0,pT4N0M0,pStage IVaであった.

Fig. 5 

Microscopic appearance of ACC of the pancreas. a: The acidophilic neoplastic epithelial cells show sheet-like growth patterns with acinar differentiation (H&E staining, ×100). b: An extensive pancreatic fibrosis (arrows) related to desmoplastic reaction and pancreatic ductal obstruction is seen around the ACC (arrowheads) of the pancreas (H&E staining, ×40). c, d: The tumor cells are positive for anti-trypsin (c) and anti-chymotrypsin (d) (immunohistochemical staining, ×200).

膵頭下部の囊胞性病変は,囊胞内腔上皮が乳頭状に増生し,一部に核形不整が認められ,分枝型IPMNのhigh-grade dysplasiaと診断された(Fig. 6).

Fig. 6 

Microscopic appearance of IPMN of the pancreas. The epithelium cells of the cystic tumor grow in a papillary fashion with nuclear polar disorder (H&E staining, ×200).

経過:本患者は高齢であるため,術後補助化学療法は行わなかった.術後26か月目に多発肺転移を来し,術後36か月目に永眠された.

考察

IPMNに併発する膵癌については,1)IPMN由来膵癌,いわゆるintraductal papillary mucinous carcinoma(以下,IPMCと略記)と,2)併存膵癌の2種類が知られており7),自験例のようにIPMN病変部と離れた部位に発生した膵癌は後者に属する.近年,IPMNと他臓器癌の合併が注目されているが8),膵癌を合併する頻度も高く,Yamaguchiら4)はIPMN切除例76例のうち7例(9.2%)に膵癌が見られたと報告している.本邦における膵癌の発生頻度は10万人当たり男性27.0人,女性23.6人9)であることを考えると,IPMN症例が膵癌を合併する頻度が極めて高率であることが窺える.しかし,その多くは浸潤性膵管癌であり,自験例のようなACCの合併は,「IPMN」,「膵腺房細胞癌」をキーワードに1983年から2013年12月までの医学中央雑誌にて検索したところ,本邦ではこれまでに1例のみの報告であった.その中で濱野ら5)は,術前にACCの確定診断に至ることは非常に困難であると述べている.

ACCは膵癌の中でもまれな腫瘍であるため,画像上の特徴的所見については十分に定義されていない.Tatliら10)は,ACC 11例のCTを中心とした画像診断ついて,10例(91%)は境界明瞭で円形から楕円形を呈し,9例(82%)は部分的あるいは完全に膵臓から突出するように発育していたと報告している.また,腫瘍径が5 cm以下では均一かつ充実性腫瘍として描出されるが,腫瘍がさらに大きくなると壊死や出血により囊胞成分を有してくるとしている.自験例は,結果的には病理組織学的検査所見で腫瘍サイズが1.2×1.0×0.6 cmと小さく,浸潤性に発育し,腫瘍の境界は不明瞭であった.また,腫瘍周囲にはdesmoplastic reactionと腫瘍による膵管系の閉塞に起因すると考えられる線維化を伴っていたことから,実際の肉眼所見と術前の画像所見に相違が生じたものと考えられた.また,自験例で見られた主膵管閉塞については,Kitagamiら1)はACCでも29.9%に主膵管内進展が見られたと報告しているが,一般には浸潤性膵管癌に見られる所見である.このように,術前の画像検査でACCと診断することは容易ではなく,本症例では主膵管の狭窄などの所見からIPMNに併存した浸潤性膵管癌を疑った.

IPMNにおける重複腫瘍の頻度と発生臓器は,その国や地域の癌発生状況に相応して見られることが報告されている11).2007年の膵癌登録報告12)によると,本邦における膵癌27,335例の組織型は約90%が乳頭腺癌や管状腺癌などの浸潤性膵管癌であった.一方でACCは111例(0.4%),腺扁平上皮癌283例(1.0%),粘液癌171例(0.6%),退形成癌38例(0.1%),未分化癌111例(0.4%)と少ない.IPMNに合併する膵癌も他臓器癌と同様にその地域の発生頻度に比例するとすれば,本邦におけるIPMNとACCの合併は極めてまれであると推察される.実際,通常型膵癌の中で発生頻度の少ない腺扁平上皮癌,粘液癌,退形成癌,未分化癌とIPMNとの合併は,それぞれ3例,0例,6例,0例の報告しか見られていない13)14)

発癌過程からみると,浸潤性膵管癌はK-ras,HER-2/neu,p16,p53,DPC4,BRCA2などの遺伝子異常が発癌に関与していることが指摘されている.IPMNにおいてもHER2,DPCなどの遺伝子異常が認められるとの報告があり,IPMNを有する膵臓自体に浸潤性膵管癌が発症しやすい素因がある可能性が示唆されている15).一方,ACCでは,浸潤性膵癌で高頻度に見られるK-ras,p53やDPC4の異常は少なく16),逆に,浸潤性膵癌では異常を示す頻度の低いAPC/β-catenin pathwayの異常がACCの約23.5%に見られたと報告されている17).したがって,発癌メカニズムにおける遺伝子学的背景からも,IPMN併存膵癌としてはACCより浸潤性膵管癌が多いと考えられる.

IPMNに合併する重複癌について,Suzukiら8)はIPMN 1,379例において,胃癌86例と結腸/直腸癌57例を含む262例(19.0%)に他臓器の悪性腫瘍を同時性または異時性に認めたと報告している.一方,西ら18)はIPMNに膵癌・子宮癌・両側乳癌を合併した多重複癌の1例を報告し,IPMNに合併した3臓器以上の多重複癌の本邦報告は,IPMC・胆管癌・胃癌,IPMC・乳癌・肝細胞癌,IPMC・直腸癌・膀胱癌・腎癌の各1例を加えた4例のみで,極めてまれであるとしている.自験例は,ACCに加えて乳癌,横行結腸癌を重複する3重複癌であり,IPMNに合併する3臓器以上の多重複癌としては5例目の報告となる.近年,IPMNに見られる膵臓以外の同時性消化器癌の発生とMUC2遺伝子転写との関連性が報告されているが19),IPMNに他臓器癌の合併が多い要因についてはまだ不明な点が多く,今後の解明が望まれる.

利益相反:なし

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