日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
胃前庭部および十二指腸球部が嵌頓した混合型食道裂孔ヘルニアに対しメッシュを用いた腹腔鏡下手術を施行した1例
猪瀬 悟史諏訪 達志苅込 和裕十束 英志中村 直和岡田 慶吾北村 謙太松村 知憲
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2015 年 48 巻 3 号 p. 179-185

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Abstract

症例は78歳の女性で,突然嘔吐を繰り返し,上腹部痛も出現したため当院救急外来を受診した.腹部造影CTにて,食道裂孔から縦隔内へ胃前庭部および十二指腸球部が脱出し,その口側の著明な胃拡張と多量の胃液貯留を認めた.経鼻胃管を留置したところ2,200 mlの排液を認め,上腹部の膨満は消失した.上部消化管内視鏡検査では胃前庭部が頭側に挙上され食道裂孔のレベルで締めつけられており,内視鏡による整復を試みたが不可能であった.保存的治療は無効と判断し腹腔鏡下手術を施行した.脱出していた胃前庭部および十二指腸球部を腹腔内に還納したのち,開大した食道裂孔を縫縮しメッシュによる補強を行い,再発予防のため食道胃接合部および胃底部を横隔膜に数針固定した.術後胃内容排泄遅延を認めた以外は経過良好であった.胃前庭部および十二指腸球部が嵌頓し通過障害を来した食道裂孔ヘルニアのまれな1例を経験したので報告する.

はじめに

食道裂孔ヘルニアは,本邦においても高齢化に伴い近年増加傾向にあり,臨床上しばしば遭遇する疾患であるが,胃以外の腹腔内臓器が脱出することはまれである1).今回,我々は胃前庭部および十二指腸球部が嵌頓し通過障害を来した混合型食道裂孔ヘルニアのまれな症例を経験したので報告する.

症例

患者:78歳,女性

主訴:嘔吐,上腹部痛

家族歴:特記すべきことなし.

既往歴:アルツハイマー型認知症,脳梗塞

現病歴:2013年4月下旬,突然嘔吐を繰り返し,上腹部痛も出現したため当院救急外来受診し,精査加療目的に入院となった.

入院時現症:身長153 cm,体重49.1 kg,体温36.5°C.円背あり.上腹部は膨満し,同部位に圧痛を認めた.反跳痛,筋性防御は認めなかった.

血液検査所見:WBC 10,300/μl,BUN 35.1 mg/dl,Cre 0.97 mg/dlと上昇していた.腫瘍マーカーはCEA,CA19-9とも正常範囲内であった.

腹部単純X線検査所見:胃拡張像を認めた.

腹部造影CT所見:胃前庭部および十二指腸球部が,開大した食道裂孔から縦隔内へ脱出し,その口側の著明な胃拡張と多量の胃液貯留を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal CT scan shows the prolapse of the gastric antrum and duodenal bulb into the mediastinum (arrows), the stomach is markedly dilated, and retention of fluid contents is evident.

入院後経過:以上の結果から,胃前庭部および十二指腸球部が嵌頓し通過障害を来した混合型食道裂孔ヘルニアと診断した.経鼻胃管を留置したところ2,200 mlの排液を認め,上腹部の膨満は消失した.絶飲食とし,経鼻胃管による減圧を行ったが嵌頓は解除されないため,上部消化管内視鏡検査を施行し整復を試みた.

上部消化管内視鏡検査所見:胃前庭部が頭側に挙上され食道裂孔のレベルで締めつけられていた.狭窄部の口側胃内に食物残渣が貯留していたが,粘膜の壊死性変化は認めなかった.内視鏡は何とか十二指腸下行部まで挿入可能であり,愛護的に内視鏡による整復を試みたが不可能であった(Fig. 2).

Fig. 2 

Gastrointestinal endoscopy shows the gastric antrum almost obstructed in the hernia hilum.

抗血小板凝集薬を服用していたため,保存的に経鼻胃管による減圧を続けたが嵌頓は解除されなかった.保存的治療は無効で手術適応と判断した.開腹手術に移行する可能性などを十分に説明し同意を得たうえで,入院第11病日に腹腔鏡下手術を施行した.

手術所見:臍下部に腹腔鏡用トロッカーを挿入し腹腔内を観察したところ,胃前庭部および十二指腸球部が,開大した食道裂孔の右側から縦隔内に嵌頓し,大網がヘルニア門に広範囲に癒着していた(Fig. 3).上腹部に4本トロッカーを挿入し,5ポートで手術を施行した.胃体部を慎重に尾側に牽引すると,胃前庭部,幽門,十二指腸球部の順に容易に腹腔内に還納することができた.胃軸捻転はなく,整復された胃,十二指腸球部の色調は良好であった.ヘルニア囊は切除せず,ヘルニア門と大網との癒着を剥離してヘルニア門を露出した.胃上部も縦隔内に脱出しており,混合型食道裂孔ヘルニアと診断した.胃上部とヘルニア囊との癒着を剥離して胃上部を腹腔内に還納した.食道裂孔は長径約6 cmと開大し,横隔膜脚は脆弱化していたため,食道裂孔縫縮に加えParietexTM Composite Hiatal Meshを食道裂孔に縫着した.再発予防のため食道胃接合部および胃底部を横隔膜に数針固定した(Fig. 4).手術時間は2時間30分,出血量は15 mlであった.

Fig. 3 

Gastric antrum and duodenal bulb incarcerated into the mediastinum is noted on the right side of the esophagus (arrow), and greater omentum is adhered to the hernia orifice extensively.

Fig. 4 

(a) The hiatal defect is 6 cm, and the crura of the diaphragm is markedly weakened. (b) Mesh replacement hiatal hernia repair is added.

術後経過:胃内容排泄遅延を認めたが,術後10日目から食事摂取が可能となった.以後経過良好であった.術後の腹部CTで,胃十二指腸は解剖学的に生理的位置にあり,拡張のないことを確認した.現在外来にて経過観察中で,再発なく経過良好である.

考察

食道裂孔ヘルニアの定義は,食道裂孔をヘルニア門として胃の漿膜を含む全層が胸縦隔内へ脱出する状態をいい,横隔膜ヘルニアの85~95%を占めるとされる1).本邦でも高齢化に伴い近年増加傾向にあり,日常診療においてよく遭遇する疾患である.その成因として,①食道裂孔周辺の横隔膜の先天性または老化などによる括約筋の筋力低下,②腹腔内圧の上昇(肥満,妊娠,腹水,脊髄変形など)による食道裂孔の持続する拡張から弛緩の状態が続いて発生する,③食道自体の病変・潰瘍の瘢痕収縮や攣縮,癌の放射線治療による収縮ならびに周辺腫瘍による浸潤・癒着・食道牽引によって生ずるもの,などが考えられている1).食道裂孔ヘルニアは,その解剖学的特徴により①滑脱型sliding type,②傍食道型paraesophageal type,③混合型mixed typeに分類され,滑脱型が最も多い1).一方,傍食道型や混合型は比較的頻度が少ないものの,穿孔や通過障害などを引き起こすことがあり,手術適応になることが多い.いずれの場合も胃以外の腹腔内臓器が脱出することは少なく,本症例のように十二指腸球部が脱出,嵌頓することは非常にまれである.

今回,PubMedで「hiatal hernia」,「incarceration」をキーワードに1950年から2013年まで検索し,また医学中央雑誌で「食道裂孔ヘルニア」,「嵌頓」をキーワードに1983年から2013年まで検索した結果,十二指腸球部が嵌頓した食道裂孔ヘルニアの報告は13例見られ(会議録を除く),本症例を加えた14例について検討を行った(Table 12)~14).発症年齢は中央値78.5歳(52~97),男女比は3:11で,高齢の女性に多い傾向が見られた.主訴は嘔吐,腹痛が多く,通過障害に伴う症状と考えられた.食道裂孔ヘルニアのタイプでは,傍食道型が9例,混合型が5例であった.BMIは中央値21.1 kg/m2(18.7~24.5)で,肥満との関連は見られなかった.円背の記載のあった症例は本症例を含めて3例であった.

Table 1  Reported cases of esophageal hiatal hernia with incarceration of the gastric antrum and duodenal bulb
Case Author Year Age Sex Symptom Type of hernia Kyphosis BMI Treatment Emergency operation (Y/N) Use of mesh sheet
1 Kafka2) 1994 71 F vomiting, upper abdominal pain paraesophagus ND ND laparotomy N (–)
2 Washio3) 1996 66 M vomiting, upper abdominal pain, abdominal distension paraesophagus ND ND laparotomy N (+)
3 Hamana4) 1997 79 F vomiting mixed ND ND laparotomy N (–)
4 Eda5) 2000 79 F vomiting mixed ND 20 laparotomy N (–)
5 Maruyama6) 2001 71 F upper abdominal pain, abdominal distension paraesophagus ND ND laparotomy Y (–)
6 Itano7) 2005 52 F vomiting, abdominal distension, body weight loss paraesophagus ND 24.5 laparotomy N (–)
7 Yoshioka8) 2005 82 F vomiting, upper abdominal pain mixed ND 18.7 laparoscopic surgery N (–)
8 Ekelund9) 2006 88 M vomiting, belching paraesophagus ND ND laparotomy Y (–)
9 Nishida10) 2008 75 M vomiting paraesophagus ND ND laparoscopic surgery N (–)
10 Monma11) 2010 71 F chest discomfort, tarry stool paraesophagus ND 21.1 laparotomy N (–)
11 Shinoda12) 2010 85 F vomiting mixed (+) 22.2 conservative N (–)
12 Tomizuka13) 2011 97 F vomiting, upper abdominal pain paraesophagus (+) ND gastroendoscopic guidance N (–)
13 Takeuchi14) 2013 84 F vomiting paraesophagus ND 22.1 laparotomy N (–)
14 Our case 78 F vomiting, upper abdominal pain mixed (+) 21 laparoscopic surgery N (+)

ND; no description, BMI; body mass index

一般的に,十二指腸は後腹膜に固定されているという解剖学的特徴を有するため可動性の小さい臓器であるが,十二指腸球部が縦隔内に脱出するには十二指腸の可動性が何らかの原因で大きくなっていることが必要である.本症例においては,腸回転異常症やKocher授動術などの既往はないにもかかわらず,十二指腸球部の後腹膜への固定が高度に弛緩し可動性が大きくなっていることを術中に確認した.本症例において十二指腸球部が縦隔内に脱出,嵌頓した原因として,①加齢に伴う組織の脆弱化,②慢性的に胃が縦隔側に脱出していたことにより大網がヘルニア門に癒着し,十二指腸が長期にわたり縦隔側に牽引され,しだいに後腹膜への固定が緩くなっていったこと,③円背により腹腔内圧が上昇していたことに加え,解剖学的に食道裂孔と十二指腸球部との距離が短縮していたこと,などが推測された.

食道裂孔ヘルニアに対する外科的治療は,ヘルニア内容の還納とヘルニア門の閉鎖が原則となる.術式に関しては,1991年にDallemagneら15)が腹腔鏡下Nissen手術を報告して以来,Nissen法,Toupet法などの腹腔鏡下手術の報告が増加しており,本邦においても良好な成績が報告されている16)17).我々が今回検討した14例のうち,12例で外科的治療が施行されており,1例は内視鏡的整復にて,1例は保存的治療にて嵌頓が解除されていた.外科的治療が施行された12例のうち10例は待機手術がなされ,2例は胃穿孔を併発し緊急手術が施行されていた.腹腔鏡下手術は自験例を含めた3例において施行されており,いずれも良好な治療経過が報告されている8)10).また,メッシュを使用した報告は本症例を含めて2例であった3)

一般的に巨大食道裂孔ヘルニアの場合は横隔膜脚の脆弱化も伴っていることが多いため,裂孔縫縮のみでは縫縮部にかかる緊張のため組織が裂けて再発を来す可能性が高いとされ,欧米では多くの施設でメッシュによる補強が施行され,短期成績におけるメッシュ使用の有用性が多数報告されており18)~24),使用されるメッシュの種類も多岐に及んでいる25).Championら18)は,食道裂孔が5 cm以上開大している症例においては裂孔縫縮のみでは10.6%に再発を認めたが,メッシュによる補強を付加したことで再発率は1.9%に低下したと報告している.また,Granderathら22)は,メッシュを使用する指標として食道裂孔の表面積を算出し,その値によって裂孔縫縮のみ,裂孔縫縮+メッシュ,tension free repairの術式を選択することの有用性を報告している.本邦では野村ら26)は,①いわゆる巨大食道裂孔ヘルニア症例,②術中所見で食道裂孔の開大が5 cm以上認められた症例,③食道裂孔の開大が5 cm以下であっても横隔膜脚が脆弱で縫縮により裂けてしまうことが予想される症例を適応としていると報告している.しかし,米国消化器内視鏡外科学会(Society of American Gastrointestinal and Endoscopic Surgeons;以下,SAGESと略記)のアンケート調査24)にもあるように,メッシュ使用の具体的な適応,使用するメッシュの種類や術式は施設により異なっており,統一したガイドラインは欧米においてもいまだ作成されていないのが現状である.また,メッシュ使用で起こりえる合併症として嚥下困難,食道びらん,食道狭窄,食道や胃へのメッシュの浸食などが報告されている19)24)27)28).今回使用したParietexTM Composite Hiatal Meshは材質の軟らかいpolyester meshであり,表面に癒着防止フィルムも付加されていることで食道や胃への癒着が軽減され,また半吸収されることで術後の違和感が軽減するとされており,良好な短期成績が報告されている20)21)

本症例では,食道裂孔は長径約6 cmと開大し,横隔膜脚が脆弱化していたためメッシュによる補強を追加し,術前の逆流性食道炎による症状は軽度であったため噴門形成術は行わなかったが,術後約1年の現在,メッシュに起因する合併症は認めておらず,再発もなく経過良好である.メッシュを用いた腹腔鏡下手術は,嵌頓症例においても本症例のように容易に整復可能な場合は,高齢者に対しても安全,低侵襲に手術を遂行することができ,有用な方法と考えられた.しかし,現時点ではメッシュ使用の長期成績は明らかではないため使用には慎重を期すべきと考えられ,メッシュ使用の適応を含め,今後の症例の集積と検討が必要である.

利益相反:なし

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