日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
膵癌との鑑別が困難であった慢性膵炎経過中に発生した腫瘤形成性自己免疫性膵炎の1例
田中 伸孟藤井 努山田 豪高見 秀樹林 真路森本 大士多代 充杉本 博行小寺 泰弘
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2017 年 50 巻 11 号 p. 888-896

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Abstract

症例は67歳の男性で,2010年からアルコール性慢性膵炎にて入退院を繰り返していた.血清IgG4は正常であった.2015年に腹痛増悪の精査で膵体尾部に膵石と主膵管多発狭窄を認め,後腹膜から縦隔に及ぶ膵液瘻を認めた.膵管ステント留置にて膵液瘻は軽快したが,超音波内視鏡検査で膵尾部に腫瘤を認め,擦過細胞診で疑陽性であったことから慢性膵炎に発生した膵癌を疑い膵体尾部切除術を施行した.病理所見では膵実質組織にリンパ球,形質細胞の浸潤と線維化を認め,免疫染色検査ではIgG4陽性細胞を認めたため,自己免疫性膵炎と診断された.自己免疫性膵炎はしばしば膵癌との鑑別に苦慮する疾患であり,また炎症が慢性化することはよく知られているが,慢性膵炎の経過中に自己免疫性膵炎が発生することは非常にまれである.

はじめに

自己免疫性膵炎(autoimmune pancreatitis;以下,AIPと略記)は1995年にYoshidaら1)により提唱され,日本膵臓学会の改訂版の診断基準 2011年を経て,我が国から発信された新しい疾患概念である2).AIPは時に腫瘤を形成する特有の膵炎であり,組織学的にリンパ球と形質細胞の高度な浸潤と線維化を認め,ステロイドに劇的に反応することを特徴とする.また,血清IgG4の上昇とIgG4陽性形質細胞の著しい浸潤を伴う膵外病変を認めることが多く,今ではIgG4関連疾患(IgG4-related disease;以下,IgG4-RDと略記)の膵病変と考えられている1)~4)

今回,我々は慢性膵炎経過観察中に認められた膵腫瘤に対して膵体部癌の診断で膵体尾部切除術を行ったが,組織学的にAIPであった1例を経験した.AIPと膵癌との鑑別は常に問題となり,本症例は慢性膵炎経過中に自己免疫現象が明らかとなった非常にまれな疾患であるため,文献的考察も含めて報告する.

症例

患者:67歳,男性

主訴:慢性膵炎経過観察中に膵腫瘤を指摘された.

既往歴:アルコール性慢性膵炎

飲酒歴:ビール4本/日,日本酒3合/日,40年間.

現病歴:2010年に腹痛を認めたため近医を受診したところ,アルコール性慢性膵炎と診断され入院加療となった.その後,飲酒量は減らしていたが,近医で入退院を繰り返しており,2015年には腹部に激痛が出現したため精査が行われた.

前医血液生化学検査所見:CRP 0.01 mg/dl(基準値:<0.03 mg/dl),WBC 4,680/μl(基準値:3,500~8,500/‍μl),アミラーゼ118 U/l(基準値:37~125 U/l),リパーゼ65 U/l(基準値:11~53 U/l)であり,軽度膵酵素の上昇を認めるのみであった.

前医CT所見:膵体尾部移行部に膵石と膵管狭窄を認めた.膵尾部の膵管は拡張しており,後腹膜から縦隔に及ぶ液体貯留を認めたことから,慢性膵炎急性憎悪に伴う膵液瘻と診断された(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal CT shows pancreatic stones in the tail of the pancreas (A, arrowhead) and the low density area from the retroperitoneum to where the mediastinum developed (B, C, arrowheads).

前医ERCP所見:膵頭部と膵体尾部の2か所の主膵管に狭窄を認めたため,膵管ステント留置を施行し,症状は軽快した(Fig. 2).

Fig. 2 

ERCP confirms that stenosis of the main pancreatic duct is found in the head of the pancreas (yellow arrowheads), and discontinuation of the pancreatic duct can be observed at the transition part of the pancreatic body tail (yellow arrowheads).

膵体尾部の膵石に対して体外衝撃波結石破砕術を施行していたが,効果は十分ではなかった.症状は軽快したものの狭窄は残存したため,精査を追加したところ,膵液細胞診は陰性であったが,膵頭体部の擦過細胞診が疑陽性(Class IV)であった.

前医PET-CT所見:膵臓へのFDG集積はSUV最大値2.2と淡く認められるのみで,明らかな腫瘍性病変を示唆する所見はなく,胆管やリンパ節などの他臓器にも明らかな集積は認められなかった(Fig. 3).

Fig. 3 

In PET-CT, accumulation of FDG in the pancreas is only slightly recognized as the SUV maximum value of 2.2, and no obvious accumulation is found in other organs such as bile ducts and lymph nodes (A, B).

以上の所見より,膵頭部微小膵癌が疑われ,手術目的に当院紹介となった.

入院時現症:腹部平坦,軟で腫瘤を触知せず,圧痛なし.

入院前血液生化学検査所見:CRP 0.00 mg/dl(基準値:<0.03 mg/dl),WBC 3,700/μl(基準値:3,500~8,500/μl),アミラーゼ80 U/l(基準値:37~125 U/l),エラスターゼ1 94 ng/dl(基準値:<299 ng/dl),CEA 1.2 ng/ml(基準値:<5.0 ng/ml),CA19-9 7.1 U/ml(基準値:<37 U/ml),DUPAN2 25 U/ml未満(基準値:<150 U/ml),Span-1 9.4 U/ml(基準値:<30 U/ml),IgG4 50.8 mg/dl(基準値:4.8~105 mg/dl)はいずれも正常範囲内であった.

腹部ダイナミックCT所見:膵内に石灰化を多数認め,慢性膵炎の所見であった.膵尾部に漸増性に造影される腫瘤を認め(Fig. 4A~D),この腫瘤部よりも尾側の主膵管は拡張し,膵実質の萎縮を認めた.また,脾動脈に沿って左胃静脈まで及ぶ軟部組織濃度領域を認めた(Fig. 4E).

Fig. 4 

Abdominal CT taken before surgery shows the mass gradually enhances on the pancreatic tail (A–D, arrowheads) and the peripheral area of the splenic artery (E, arrowhead) seems to be invaded by the tumor. A: plain, B: early arterial phase, C: late arterial phase, D: equilibrium phase, E: late arterial phase.

超音波内視鏡検査所見:膵尾部に輪郭が明瞭で不整な形状の16 mm大の低エコー腫瘤と内部に石灰化を認め(Fig. 5),それより尾側の主膵管は拡張していた.膵頭体部には腫瘤を認めなかった.

Fig. 5 

EUS taken before the surgery shows that there is a distinct and irregular 16-mm hypoechoic mass and calcification is found inside the pancreatic tail (Area surrounded by yellow arrowheads).

ERCP所見:膵頭体移行部の主膵管狭窄は改善しており,主膵管と分枝膵管の不規則な拡張を認めた.膵体尾部には主膵管の狭窄と壁の不整を認めた(Fig. 6).

Fig. 6 

ERCP taken before surgery shows that stenosis of the pancreatic head has improved (blue arrowhead), but the pancreatic duct disruption in the pancreatic body tail transition remains (yellow arrowhead).

MRCP所見:腫瘤より尾側の主膵管に拡張を認めた(Fig. 7).

Fig. 7 

MRCP confirms caudal dilation of the main pancreatic duct (arrowhead).

狭窄部からの生検を施行したが悪性像は認めなかったため,超音波内視鏡下穿刺吸引法(endoscopic ultrasound-guided fine needle aspiration;以下,EUS-FNAと略記)による生検も追加したが,悪性像は認めなかった.

以上より,当院で行った病理学的検査では悪性を示唆する所見は得られなかったものの,新たに見つかった膵尾部の腫瘤影が画像上膵癌を否定できなかったこと,前医での擦過細胞診が疑陽性であったことから,慢性膵炎経過中に発生した膵尾部癌の診断で切除の方針とした.

臨床診断:膵管癌

Pt,TS1(16 mm),結節型,cT4,cCH0,cDU0,cS1,cRp1,cPVsp1,cAsp1,cOO0,cN0,cM0,CYX.

TNM分類(JPS 6th/UICC 6th):cT4 cN0 cM0 cStage IVa/cT3 cN0 cM0 cStage IIA.

手術所見:左肋弓下切開にて開腹した.膵臓は炎症性変化のため癒着が強く周囲組織の剥離に難渋した.浸潤が疑われた脾動脈周囲は特に硬い組織に覆われていたが,根部には明らかな浸潤を認めなかったため,脾動脈根部で結紮切離した.術中超音波検査で腫瘤を確認後,門脈左縁を切離ラインとして自動吻合器で膵臓を切離し,D2郭清を施行して標本を摘出した.手術時間241分,出血量は702 ml,無輸血であった.摘出標本の腫瘤は白色割面を呈しており,脾臓動静脈に近接していた.また,主膵管に狭窄を認め腫瘍の浸潤と考えられた(Fig. 8).

Fig. 8 

Specimen C shows an intercept of the portion indicated by the yellow arrow of specimen B. Macroscopic view of the resected specimen (C) included a white fibrous mass narrowing the pancreatic duct (C, arrowheads). The red arrowhead indicates the splenic artery and the blue arrowhead indicates splenic vein (C). The head is on the left side (C).

術後経過:ISGPF grade Bの膵液瘻を発症したが,保存的治療で軽快し,術後25日目に退院となった.

病理組織学的検査所見:腫瘤形成部位では非常に強い線維化を認め,膵管周囲にIgG陽性細胞のうち40%超のIgG4陽性のリンパ球と形質細胞を中心とした炎症細胞浸潤を認め,かつ顕微鏡400倍拡大の視野に10個超のIgG4陽性細胞を認めた(Fig. 9).背景膵は小葉内に種々の程度の線維化や炎症細胞浸潤を認め,中等度の慢性膵炎の像を認めるのみで,背景膵にIgG4陽性細胞は認めなかった.悪性像は認めておらず,以上からAIPと診断した.

Fig. 9 

Immunohistochemical staining with IgG4 shows there are IgG4 positive plasma cells in the tumor tissue.

考察

AIPは著明なリンパ球,形質細胞浸潤,IgG4陽性形質細胞の浸潤,花筵状線維化,閉塞性静脈炎を特徴とするlymphoplasmacytic sclerosing pancreatitis(LPSP)5)と同義であり,IgG4-RDの膵病変とされる.AIPは腹痛や黄疸などの自覚症状や検診での画像検査で偶発的に発見されることもあり,時に膵腫瘤を形成することで膵癌との鑑別が必要となる特有の膵炎である1)6)~9).高齢の男性に多く,ステロイドが奏効し,糖尿病を合併することが多いとされる.AIPは本邦より発信された疾患概念であるIgG4-RDの一つ10)11)であり,血中IgG4が高率に上昇することが知られている6)12).AIPと膵癌の鑑別を血清マーカーで比較検討したところ,IgG4が感度86%,特異度96%で正診率が91%と他の自己抗体と比べ最も良好であり12)13),IgG4はAIPに特徴的なマーカーと考えられている.画像検査では,ダイナミックCTで膵実質は遅延性増強パターンを示し,腫大した膵臓の辺縁が直線化して被膜様構造を呈することがAIPに特異的な所見として知られているが14),その頻度は48%と報告されている15).ERCPでは膵管狭細像を認め,狭窄上流の主膵管径の拡張は軽度であることが膵癌との鑑別に有用である.さらに,胆管狭窄がAIP症例の約88%に合併すると報告されており16),閉塞性黄疸をしばしば認めるといった特徴を有する.PET-CTではAIPでも90%以上でFDGの集積を認めるが17),膵外病変として唾液腺,後腹膜線維症,前立腺などに集積を認めることがあるため,膵癌との鑑別に有用であると報告されている18)19).本症例では血清IgG4が正常値であり,CTでは膵臓の萎縮が著明で膵尾部に多発した石灰化を認めている.ERCPでは膵頭部の膵管狭窄が改善していることから,膵炎の改善を示唆するものと思われたが,膵尾部病変については腫瘤部の狭窄は残存していた.また,腫瘤より尾側の膵管は著明に拡張し,主膵管壁が不整であったことからも,膵尾部の病変については慢性膵炎から発症した膵癌を第一に疑った.

AIPと膵癌との鑑別には病理組織学的診断は必須であり,膵液細胞診や擦過細胞診,あるいはEUS-FNAが推奨されている.EUS-FNAはその検体量の少なさからAIP診断に直接結びつかないことが多いが,膵腫瘤診断において極めて高い特異度を考えると膵癌の否定といった観点からは施行意義は高いといえる20)21).本症例では前医での膵頭部病変に対する擦過細胞診が疑陽性という結果であったが,当院での膵液細胞診,EUS-FNAは共に癌陰性であり,画像上膵頭部の膵管狭窄病変が自然軽快していることから,膵頭部病変は膵炎による変化と診断した.膵尾部病変に対しても膵炎を考慮したが,膵頭部病変が改善したにもかかわらず膵尾部の狭窄は残存していること,血中IgG4が正常範囲内であったことから,慢性膵炎を発生母地とした腫瘤を膵炎と断定する根拠に乏しく,膵癌を第一に考え手術の方針とした.術前に施行したEUS-FNA検体を後方視的に検討したところ,AIPと診断できる十分な炎症細胞は認めなかったが,EUS-FNAを再検し,IgG4細胞が陽性であれば,膵炎を積極的に疑い,手術を回避した可能性はあったと考える.一方で,前医で行われた擦過細胞診の結果について後方視的に当院で検討しても,疑陽性として矛盾しない所見であったため,悪性腫瘍の存在は否定できなかったとも考えられる.

1995年にAIPの疾患概念が提唱された当初は,AIPは膵石灰化を認めず,慢性膵炎に移行することはない急性期の病態として考えられていた1).しかし,通常の慢性膵炎と診断された症例の中にAIPが存在していた可能性があることが指摘されており,Kawaら9)は慢性膵炎と診断した175例中13例(7.4%)にAIPが合併していたと報告している.Hartら22)も国際調査でAIPの約7%で膵石灰化を認めると報告している.AIPは特徴的な膵頭部の腫大により上流膵管が鬱滞し,膵管内圧が上昇して膵炎を引き起こすが,胆汁の逆流など炎症を繰り返すことにより,膵実質の破壊が起こってくる.これは通常の慢性膵炎に見られる過程と同様であり,AIPも炎症を反復することで徐々に慢性膵炎に進行していることを示唆している23).医学中央雑誌にて1983年から2015年までの間で「膵石」,「自己免疫性膵炎」をキーワードに検索すると,15例の症例報告を認めたが,本症例のように慢性膵炎経過中に自己免疫現象が明らかになった膵石を伴うAIP症例は2例のみであった(Table 124)25).本症例では,いつの時点から自己免疫現象が関与していたかは不明であるが,長年にわたる飲酒歴があるため,アルコール性慢性膵炎が先行病変として存在していたと思われる.しかし,膵石形成にAIPが関与した可能性は否定できず,本症例の経過においてAIPと慢性膵炎を分けて考えることは非常に困難である.以上より,慢性膵炎経過中に膵腫瘤を認めた場合は膵癌に加えAIPの可能性を念頭に置き,病理組織学的検査を繰り返し行うことや入念な画像診断を行う必要があると考える,慢性膵炎経過観察中に認められる腫瘤性病変に対する診断,治療を検討するうえで,本症例は非常に示唆に富む症例であった.

Table 1  Autoimmunity mechanism beginning when being passing is clarified from chronic pancreatitis with pancreatic stones
No Author Year Age/Gender Cause Period IgG4/IgG (mg/dl) Pathological diagnosis Extra pancreatic lesion
1 Hattori24) 2005 60/M Alcohol 6 years 1,870/3,541 None Stenosis of the bile duct
2 Hayashi25) 2011 50/M Alcohol 5 years 1,800/3,388 Duodenal biopsy Stenosis of the bile duct
3 Our case 61/M Alcohol 5 years 50/823 Resected specimen None

利益相反:なし

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