日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
小腸間膜血管肉腫の1切除例
塩入 誠信樋上 健大塚 将之
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2018 年 51 巻 11 号 p. 702-708

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Abstract

症例は66歳の女性で,腹痛,発熱を主訴に当院受診となった.血液生化学検査で炎症所見の著明上昇と腹部単純CTで臍から回盲部周辺におよぶ脂肪織の浸潤像を認めたことから,限局性腹膜炎と診断し緊急手術を行った.術中所見では,回腸末端から約40 cmの回腸間膜を中心とし周辺腸管を巻き込み一塊となった部位が責任病変と思われ,腹膜転移所見も見られた.第19病日に軽快退院したが,病理組織学的検査,ならびにCD31,CD34,Factor VIIIの免疫染色検査にて小腸間膜血管肉腫と診断されたため,通院によるpazopanibを用いた分子標的治療を導入した.しかし,術後5か月で急激な血性腹水貯留を初発とする腹腔内再発を来し救命できなかった.発生機序は既往の子宮頸癌に対する放射線照射が誘発した治療合併症と推察され,報告例検討では腹腔内発生は非常にまれであった.血管肉腫は予後不良であり有効治療の発見が急がれている.

はじめに

腸間膜原発の血管肉腫は非常にまれ1)~4)で,本邦では2例の報告例を認めるのみである5)6).今回,我々は過去の腹腔内照射歴が誘因と推察された小腸間膜血管肉腫の1例を経験したので報告する.

症例

症例:66歳,女性

主訴:腹痛,発熱

既往歴:約8年前に他院にて子宮頸癌Ib期に対して放射線療法(全骨盤照射計50.4 Gy,腟内照射計24 Gy).

家族歴:母,原発性肝癌.弟,肺癌.

現病歴:数週間前からの腹痛,発熱を主訴に当院外来受診となった.腸間膜脂肪織炎による限局性腹膜炎と診断され加療目的で入院となった.

入院時現症:身長166.2 cm,体重64.2 kg.体温38.5°C.腹部は右下腹部を中心に圧痛,反跳痛を認めた.明らかな腫瘤は触知しなかった.

入院時検査所見:WBC 10,850/ml,CRP 24.53 mg/dlと炎症所見上昇を認めた.また,CEA 0.9 ng/ml,CA19-9 4 U/mlと腫瘍マーカーは正常であった.

腹部単純X線検査所見:小腸ニボー像を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Standing abdominal X-ray shows niveau formation in the small intestine.

腹部造影CT所見:臍から右下腹部にかけて脂肪織浸潤像,腸管壁肥厚像,ダグラス窩に腹水貯留を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

Abdominal CT in this coronal view shows fat infiltration, intestinal wall thickness from the navel to the right lower abdominal lesion and some ascites in Douglas’ pouch.

以上の所見より,限局性腹膜炎,腸閉塞と診断され緊急手術となった.

手術所見:腹腔内には膿汁または腸液様の黄色混濁した腹水貯留を認めた.回腸末端から約40 cmの回腸間膜に回腸と肝彎曲付近の結腸を巻き込むmassを認めた.また,腸間膜や腹膜には雨滴大透明ゼリー状の粘液瘤の付着を多数認め,悪性腫瘍の腹膜転移が疑われた.結腸右半切除+回腸部分切除を行い,再建し終了した(Fig. 3).

Fig. 3 

There was a huge intra-abdominal mass involving the large intestine on the ileal mesentery about 40 cm oral to the terminal ileum on the operative views.

切除標本所見:回腸間膜が渦状の引き連れを呈し周囲の腸管を巻き込んでいたが,明瞭な結節形成は見られなかった.また,切除した腸管内腔には粘膜病変や粘膜下腫瘍様所見は見られず,腸管由来病変ではなかった(Fig. 4).

Fig. 4 

The resected specimen demonstrated a tornado formation without a remarkable mass on the ileal mesentery. There seemed no abnormal change of the mucosa arising from this enteric lumen.

病理組織学的検査所見:回腸壁の粘膜下層から固有筋層を中心として回腸間膜まで広範に浸潤する結節非形成性で境界不明瞭な非上皮性の脈管形成性腫瘍を認め,不整な異型血管内皮様細胞の浸潤と内腔が狭小化した融合状血管網の形成が見られた(Fig. 5a, b).

Fig. 5 

a, b: Microscopic findings revealed a pseudovessel network consisting of highly atypical endothelium with hyperchromatic and prominent nuclei. Moreover, there was an invasive sarcoma that had not a nodular structure or clear border but the vasculature from the mucosal layer to the ileal mesentery (a: HE ×40, b: HE ×100).

免疫染色検査では紡錘形異型細胞の細胞質においてFactor VIII関連抗原が顆粒状に染色された.CD31とCD34も陽性であったことから血管肉腫と診断された(Fig. 6a~c).

Fig. 6 

a–c: Immunohistochemical staining revealed granular staining for Factor VIII-related antigen in the cytoplasm of atypical endothelium (arrowheads) (a: ×100). Both CD31 and CD34 stained strongly (b, c: ×100).

また,腸間膜には膿瘍形成,血腫形成,穿孔性腹膜炎所見なども認めたが,切除標本において明らかな腸管穿孔部位は同定困難であった.

術後経過:経過良好,術後19日目に退院となった.以後,外来でpazopanib(ヴォトリエント®)800 mg/日による分子標的療法を行った.術後約5か月,急激な血性腹水貯留を来し,腹水細胞診の結果は異型細胞陽性であったため血管肉腫再発と診断,術後約6か月目に死亡した.

考察

血管肉腫は軟部組織肉腫の約1~2%1)2)に見られる血管内皮細胞由来の非上皮性悪性腫瘍である.海外の統計から,血管肉腫の罹患率は100万人に約1.27人3)となるが腹腔内発症例はそのうちの5%未満とされる4)ため血管肉腫が原発巣として腸間膜に発症するのは非常にまれとなる.1980年から2017年7月までに医学中央雑誌にて「血管肉腫」,「腸間膜」をキーワードに検索したところ,2例5)6)の本邦報告例を認めるのみであった(会議録は除く).

血管肉腫の発生因子としては慢性持続性リンパ浮腫,トロトラスト,ヒ素,塩化ビニル,放射線照射,外傷,膿胸などが指摘されている1)が,自験例は子宮頸癌に対する放射線治療歴を有した.子宮頸癌や乳癌などへの放射線療法後に比較的長期の潜伏期間を経て皮膚などの照射野に発生する軟部組織肉腫は放射線照射誘発軟部組織肉腫(radiation induced soft tissue sarcoma;以下,RISと略記)と呼ばれ,Perthes7)によって1904年に初めて報告されて以降,肉腫全体の3.3%を占める治療合併症として近年知られるようになった8).Arlenら9)は1)肉腫発生以前に,少なくとも3年以上前に放射線治療を受けており,2)放射線治療を行った領域内に発生した肉腫であり,3)肉腫の組織型が放射線治療を必要とした原発腫瘍のそれと異なるものであることと診断基準を定義した.自験例では発症約8年前に子宮頸癌Ib期に対して骨盤照射と腟内照射を受けていること,腫瘍の中心部は回腸末端から約40 cm付近であったことから照射野に位置していたと考えても矛盾しないこと,さらに組織型が異なることから,Arlenら9)の診断基準に基づき血管肉腫の発生は放射線照射によって誘発されたと推察した.血管肉腫が放射線照射後に照射野の皮膚に発症した症例報告は散見するものの腸間膜発症例は非常にまれであり,自験例に類似する本邦報告例としては1980年から2017年7月までに医学中央雑誌にて「血管肉腫」,「放射線」,「腹腔内」をキーワードとして検索したところ,子宮頸癌に対する放射線治療後大網に発症した1例の報告を認めるのみであった10)(会議録は除く).このため,RISの腹腔内臓器原発血管肉腫発生は極めてまれと思われる.

放射線照射と血管肉腫の発生との関係は明らかではない.一般的に50 Gy以上の照射は細胞死をもたらすが,30 Gy以下の照射は遺伝子の不安定化を引き起こし細胞修復の障害になるとされる.このことから,血管肉腫の発生機序は照射野辺縁では照射線量が一定にならず,腫瘍発生を促進する遺伝子変異が生じやすくなるためではないかと推測された.

病理組織学的検討では放射線照射の有無は血管肉腫の組織学的特徴には影響しない11).また,頭部や乳腺といった臓器の違いや,軟部組織や皮膚といった組織の違いに依存しない12).村田11)によれば,その典型像ではN/C比の高い核を有す大小不同の境界不明瞭な類円形細胞の充実性増殖や異型性血管内皮細胞の増殖と不規則な分枝および吻合を繰り返す血管形成を示す.しかし,実際にはその異型度は正常組織と鑑別が困難な高分化像から,ほかの肉腫や低分化癌などとの鑑別診断が必要となる紡錘形細胞や上皮様細胞が小胞巣状やシート状に増殖し管腔構造を有さない未分化像まで多様であるため,検体入手可能な場合でも臨床診断に難渋することが多い.特に腹腔内臓器に発症した場合には自験例のように著しく病状進行した状態で異常を指摘され,手術や剖検を経て診断確定することも少なくない.自験例では顕微的考察において,小腸壁から腸間膜にかけて異型血管内皮細胞浸潤と融合状血管網形成などから成る非上皮性腫瘍を認めたが,境界不明瞭で非腫瘤形成性のため原発部位の特定は困難であった.しかし,術中所見と切除標本の肉眼的考察から,腫瘍は腫瘤形成なく回腸と上行結腸を巻き込み一塊となっていたにもかかわらず腸管腔は保存され物理的腸管閉塞を生じていなかったことから腸管由来であったとは考えにくく,腫瘍の原発部位は腸間膜であったと推察した.病理組織学的検査によって血管肉腫が疑われた場合はCD31,CD34,Factor VIIIなどの血管内皮マーカーの免疫染色検査が診断確定に有用である11)

予後は極めて不良であり血管肉腫の生存期間中央値は7~8か月とされる13).また,RISは通常の軟部組織肉腫に比較して予後不良である14)15)

治療であるが手術による拡大切除が望ましいとされるが,腹腔内発症例では腫瘍の深部浸潤や転移のため顕微的根治切除は難しい5).自験例でも術中所見として腹膜播種を疑う結節を多数認め,術後の著しい病状進行が予見された.

次に,化学療法であるが軟部腫瘍診療ガイドライン2012では血管肉腫を含む非円形細胞肉腫に対してdoxorubicin単剤療法が標準治療とされている.これは横紋筋肉腫などの円形細胞肉腫で確立している化学療法レジメンが非円形細胞肉腫にも試みられたが,doxorubicin単剤と同等以上の有効性は示されなかったからである16).このため,近年になって血管肉腫に対するいくつかの第2相前向き試験が行われ解析されている.まず,taxan系薬剤治療が試みられ,ANGIO-TAX study の結果からweekly paclitaxel療法の有効性が示された17)ため,本邦でも保険収載された.また,分子標的治療薬では抗VEGF作用を有すbevacizumab18)とsorafenib19),チロシンキナーゼ阻害作用を有すsunitinib20)を用いた第2相試験の結果,いずれも統計学的有意差は得られなかった.

自験例で使用したpazopanibは添付文書上,軟部組織肉腫に対するanthracycline系薬剤投与後の2nd lineとして位置付けられているVEGFRなどに対する多チャンネルのチロシンキナーゼ阻害剤であり,PALETTE試験により有効性が示され21)本邦でも保険収載された.PazopanibはVEGFRからのシグナル伝達阻害作用によって血管肉腫に生じる異常血管の増殖抑制や正常血管修復効果に伴う腫瘍増殖抑制を期待しうる.このため,自験例ではご本人の社会的事情による治療制限が存在したこともありpazopanibを1st lineで使用したが,本療法は内服治療のため在宅可能となりQOLを損なわず,治療期間中にgrade 3以上の有害事象も見られなかったことから同様症例における治療法として有力な選択肢の一つになりうると考えられた.ただし,自験例の治療後に本邦から血管肉腫に対するpazopanibの有効性に懐疑的との検討も報告された22)ため,引き続き血管肉腫に対するpazopanibの治療効果を検討する必要があると思われる.

組織学的悪性度が高く予後不良である血管肉腫に対する系統的な治療戦略がいまだ確立されていない理由は発生頻度が著しく低く,かつ予後不良ゆえ,症例を集計し十分な検討を行えないためと思われる.このため,自験例の経験は特に子宮頸癌に対する放射線照射療法後の合併症との観点から貴重であったと思われ,本邦における血管肉腫治療の進歩に寄与することを願い報告した.

本論文の要旨は第39回日本癌局所療法研究会において発表した.

謝辞:本論文作成にあたり,酒見亮介先生,椛沢政司先生にはご協力に御礼申し上げます.

利益相反:なし

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