日本消化器外科学会雑誌
Online ISSN : 1348-9372
Print ISSN : 0386-9768
ISSN-L : 0386-9768
症例報告
低異型度虫垂粘液性腫瘍と虫垂杯細胞カルチノイドが併存した1例
渡邊 勇人沼田 幸司上岡 祐人加藤 綾土田 知史佐伯 博行松川 博史河野 尚美利野 靖益田 宗孝
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 52 巻 9 号 p. 544-550

詳細
Abstract

症例は73歳の女性で,CTで虫垂遠位部に25 mm大の多房性腫瘤を認め,虫垂粘液腫または虫垂癌の診断で手術を行った.手術は腹腔鏡下に行い,虫垂根部に腫瘤および周囲への浸潤所見も認めず,虫垂切除を行った.迅速診断は虫垂粘液腺腫であり,追加切除は行わなかった.永久標本で低異型度虫垂粘液性腫瘍(low-grade appendiceal mucinous neoplasm;以下,LAMNと略記)および杯細胞カルチノイド(goblet cell carcinoid;以下,GCCと略記)の診断を得たため,追加切除の方針とし,腹腔鏡下回盲部切除,D3郭清を施行した.最終病理診断はLAMN(pTis,N0,M0 p-Stage 0)とGCC(pT3,N0,M0 p-Stage IIA)の併存であった.術後補助化学療法は施行せず,術後1年無再発生存中である.虫垂GCCとLAMNとの合併例はまれであるため,報告する.

Translated Abstract

A 73-year-old woman was referred to our hospital because of a multilocular mass 25-mm in diameter detected on CT in the distal appendix. The patient was given a diagnosis of mucinous cystadenoma or carcinoma of the appendix and underwent laparoscopic appendectomy. There was no mass in the appendicular root and no invasion into surrounding tissues. As histopathology of the resected specimen revealed the diagnosis of goblet cell carcinoid complicated with low-grade appendiceal mucinous neoplasm (LAMN) of the appendix, laparoscopic ileocecal resection with D3 lymphadenectomy was performed. Pathological diagnosis revealed goblet cell carcinoma (GCC) (pT3, N0, M0 pStage II) coexisting with low-grade appendiceal neoplasm of the appendix. The patient remains alive 1 year after the surgery without adjuvant chemotherapy. We report a rare case of GCC coexisting with LAMN of the appendix.

はじめに

虫垂杯細胞カルチノイド(goblet cell carcinoid;以下,GCCと略記)と虫垂粘液囊胞腺腫(mucinous cystadenoma;以下,MCAと略記)は虫垂腫瘍の中で比較的まれな疾患とされる.術前および術中の診断に難渋することが多く,術後に確定診断を得ることも少なくない.MCAは2010年のWHO分類から低異型度虫垂粘液性腫瘍(low-grade appendiceal mucinous neoplasm;以下,LAMNと略記)として新たに悪性腫瘍に分類され1),2013年より本邦の大腸癌取扱い規約第8版でも新たに分類された2).今回,非常にまれな両者の併存例を経験したので報告する.

症例

患者:73歳,女性

主訴:なし(検診異常).

既往歴:高血圧,脂質異常症

現病歴:検診の腹部エコーで膵囊胞性病変を指摘され,精査目的にCTを施行したところ,虫垂遠位部に25 mm大の多房性腫瘤を認め,精査加療目的に当院紹介となった.

初診時身体所見:身長153 cm,体重49.5 kg,BMI 21.1.腹部は平坦・軟で右下腹部に圧痛は認めず,腫瘤も触知しなかった.

初診時血液検査所見:血算・生化学検査に異常は認めず,腫瘍マーカーもCEA 5.0 U/ml,CA19-9 11.4 ng/mlといずれも上昇を認めなかった.

胸腹部造影CT所見:虫垂遠位に25 mm大の不整形,多房性腫瘤を認めた(Fig. 1A, B).腹腔内に有意なリンパ節腫大,腹水,遠隔転移を疑う占居性病変を認めなかった.

Fig. 1 

A, B: Abdominal enhanced CT: A multilocular mass 25 mm in diameter in the distal appendix.

大腸内視鏡検査所見:虫垂入口部に異常なし.

上記より,虫垂粘液腫または虫垂癌の疑いで,腹腔鏡下虫垂切除を施行した.

手術所見:全身麻酔下,仰臥位にて施行した.臍部をopen法で開腹,12 mmトロッカー挿入し,カメラポートとした.H0,P0,腹水なし.左側腹部,下腹部正中に5 mmトロッカー追加した.虫垂遠位部は腫大していたが,根部は腫大なく,周囲への浸潤も認めなかった.虫垂を根部で結紮切離し,検体を迅速診断に提出した.MCAの診断を得たため,虫垂切除で終了した.

病理組織学的検査所見(永久標本):検体は10 g,55×15 mm大で,一部に40×20 mm大の粘液を含む腫瘤を認めた(Fig. 2A, B).迅速標本付近には細胞質に粘液を有する円柱状細胞が乳頭状に増殖し,MCAの像を認めた.その周囲~根部にかけて核小体の目立つ類円形核と細胞質に粘液を有する印環細胞様の腫瘍細胞が浸潤性に増殖しており,GCC と考えられた(Fig. 3A, B).免疫染色検査でchromogranin,synaptophysin,CD56はいずれも陽性であり(Fig. 4A, B),Ki-67指数は30%であった.GCCは一部漿膜下組織まで達していたが,虫垂断端は陰性であった.MCAとGCCの関連性を考慮し,両者が近接する部分を10 μm毎に3 μm厚の連続切片を作製したが,上記2病変の連続性は認められなかった.

Fig. 2 

A, B: Cut surface of resected specimen: The size of the specimen was 55×15 mm. The size of the mucinous tumor is 40×20 mm.

Fig. 3 

A, B: Pathological findings: In the appendix tip, papillary proliferation of the mucin-producing epithelium revealed mucinous cystadenoma. In the root, invasive proliferation of goblet cells resembling signet-ring cells revealed goblet cell carcinoma.

Fig. 4 

A, B: Immunohistochemical examination: Tumor cells were positive for chromogranin (A), synaptophysin (B).

初回術後経過:上記病理結果より,LAMNとGCCの併存の診断を得た.追加切除の方針となり,腹腔鏡下回盲部切除,D3郭清を施行した.最終病理診断はLAMN(pTis,N0(0/22),M0 p-Stage 0)とGCC(pT3,N0(0/22),M0 p-Stage IIA)の併存であった.

術後補助化学療法は施行せず,現在術後1年で無再発生存中である.

考察

虫垂の囊胞様拡張は虫垂粘液囊胞と総称され,虫垂内腔に粘液が貯留し,囊腫様に拡張した状態を指し,頻度は本邦で虫垂切除例の0.08~4.1%とされている.発症年齢は50~60歳代に多く,やや女性に多い3).病理組織学的には大きく三つに分類され,Higaら4)の分類では①過形成,②MCA,③粘液囊胞腺癌とされていた.2013年大腸癌取扱い規約第8版では,MCAと粘液囊胞腺癌という分類はなくなり,LAMNという新たな分類が採用された2).大腸癌取扱い規約第9版ではLAMNは腺癌の1亜型と記載されている5).粘液囊胞腺腫の大部分と粘液囊胞腺癌の一部がLAMNに該当する.虫垂腫瘍の30~50%が虫垂炎を合併するとされ,虫垂切除後に偶発的に診断されることが多いが,LAMNは発育が緩徐のため虫垂炎の合併は他の虫垂腫瘍より少ないと報告もある6).自験例においても炎症所見は認めなかった.

LAMNは,形態学上は粘液産生の多い胞体を有し,異型度の低い1層の円柱上皮細胞からなる腫瘍を指す.腺腫と類似して増殖は緩やかだが,時に虫垂壁外に浸潤して腹膜偽粘液腫の原因となり,遠隔転移を引き起こすとされるが,リンパ節転移はまれとされる1)

LAMNの治療は外科的切除が原則であるが切除術式に関しては明確な基準はなく,虫垂切除もしくはリンパ節郭清を伴う回盲部切除が行われている.虫垂切除のみの場合,断端陽性となるリスクがあるが,虫垂断端に腫瘍上皮やムチンが残存しても再発率に寄与しないとの報告もある7)

現時点では,腫瘍からのmarginを確保した切除が行われれば十分と考えられる.

一方,GCCは,粘液産生能を有する虫垂カルチノイドの特殊型であり,1969年にGagnéら8)によって初めて報告され,1974年にSubbuswamyら9)が定義した腫瘍である.本邦では1989年に岩下ら10)が杯細胞カルチノイドの名称で初めて報告している.

発症平均年齢は50歳(29~75歳)で男女比は1:1であるが11),腺癌成分が併存するGCCは女性優位に発症する12).腫瘍は粘膜下層で主に発育し,同心円状の浸潤によりびまん性粘膜肥厚から虫垂内腔の狭窄を来し,急性虫垂炎の診断で虫垂切除された検体において診断されることが多い3)13)

病理組織学的には印環細胞様の杯細胞と小型で弱好酸性の胞体を有する小型の類円形細胞からなる腫瘍で,粘膜層深層~漿膜下層まで広がることが多い.Pluripotent intestinal cryptbase stem cellから発生するとされており粘液と内分泌顆粒の両者の特徴を示す腫瘍細胞が散見される11)

粘液染色で杯細胞型の腫瘍細胞内の粘液産生や細胞外の粘液プールの存在が確認され,免疫組織化学では,杯細胞型腫瘍細胞にクロモグラニンA,セロトニン,エンテログルカゴン,ソマトスタチン,ペプタイドPPなどの内分泌細胞マーカーが陽性となる12)

Tangら13)はGCCを組織学的特徴から,典型的なcarcinoidで,印環細胞癌や未分化癌のcomponentを含まないgroup A,印環細胞癌のcomponent を含むgroup B,未分化癌のcomponentを含むgroup Cという三つのsubtypeに分類し,この組織学的分類に腫瘍のT因子,穿孔の有無,切除断端などを加味して治療方針を提言している.自験例は,腺癌成分は含まずgroup Bと考えられた.

また,GCCは神経内分泌腫瘍の成分と腺癌類似成分を含むことからWHO 2010年分類ではmixed adenoneuroendocrine carcinoma(以下,MANECと略記)に分類されており,neuroendocrine neoplasm(以下,NETと略記)とは区別されている.さらに,WHO 2017年分類ではMANECはmixed neuroendocrine-non-neuroendocrine neoplasm(MiNEN)と名称が変更されている.

GCCの生物学的悪性度は高く,腫瘍増殖能を虫垂の他のNETとGCCを比較すると,Ki67 指数がNETで0~5%であるのに対し,GCCは0~75%であり,高い増殖能を有すると考えられる.また,Pahlavanら14)は約600例の解析でリンパ節転移を8.7%に,腹膜播種を1.0%に認め,5年生存率は60~84%と報告している.そのため,GCCは癌腫として認識され,治療法についても腺癌に準じた外科手術が推奨されている11)15)

自験例においても,追加切除として腺癌に準じた回盲部切除を行った.

GCCの術後補助化学療法についても腺癌に準じた治療 が報告されているが有効な治療法は確立されておらず,自験例では根治切除が得られ,リンパ節転移を認めなかったため,補助化学療法は施行しなかった.術後観察期間に関しても明確な基準はないが,腺癌に準じて5年以上の慎重な経過観察が必要と考えられる.

自験例では術前画像で積極的に悪性所見は認めず,初回手術の迅速診断でもLAMNの診断となったため虫垂切除のみに留めたが,永久標本でGCCの併存を認め,追加切除を要した.これについては迅速診断では固定されていない標本を全割することは難しいため,LAMNの部分だけを鏡検したためと考えられた(Fig. 2Bの黄線部分).自験例のように低悪性度・高悪性度の腫瘍が併存している症例では確定診断をつけることがより難しくなると考えられた.

LAMNとGCCの併存例について,医学中央雑誌で1964年から2017年までの本邦報告例を「虫垂」,「杯細胞カルチノイド」,「goblet cell carcinoid」,「粘液囊胞腺腫」,「低異型度虫垂粘液性腫瘍」をキーワードで検索したところ(会議録除く),4例の報告を認めた16)~19).なお,低異型度虫垂粘液性腫瘍は2013年より本邦大腸癌取扱い規約に分類されるようになったため,従来の粘液囊胞腺腫も含め,検索を行った.過去の報告4例に自験例を加えた5例について表に示す(Table 1).男性2例,女性3例,年齢72歳(22~82歳),であった.術前診断は急性虫垂炎が1例,虫垂粘液囊胞腺腫が4例であった.開腹手術は3例,腹腔鏡下手術は2例で,3例は虫垂切除,盲腸部部分切除が,1例は回盲部切除+リンパ節郭清,1例は虫垂切除後追加で回盲部切除+リンパ節郭清が施行されていた.いずれも最終病理診断にてLAMNとGCCの併存と診断され,腫瘍の連続性はなく,重複腫瘍と診断されていた.術後補助化学療法は全例で未施行であった.

Table 1  Five cases of goblet cell carcinoma complicated with low-grade appendiceal neoplasm of the appendix reported in Japan
No. Author/
Year
Sex/
Age
Symptom Preoperative diagnosis Size of appendix Open/Laparo Operation procedure pT pN Adj Outcome Follow up
1 Sato16)/
2005
F/
72
Abdominal tumor Mucinous cystademona 150×100 mm Open Partial cecal resection unknown unknown none Alive 42 months
2 Tanaka17)/
2006
F/
22
Right lower quadrant pain Appendicitis 70×10 mm Open Appendectomy SS unknown none unknown unknown
3 Kumagai18)/
2007
M/
82
none Mucinous cystademona 40×20 mm Laparoscopy Appendectomy MP unknown none Alive 2 months
4 Asai19)/
2015
M/
69
none Mucinous cystademona 70×30 mm Open ICR MP N0 none Alive 6 months
5 Our case F/
73
none Mucinous cystademona 55×15 mm Laparoscopy Appendectomy⇒ICR SS N0 none Alive 12 months

LAMNとGCCが併存した理由についてはいまだ議論の余地がある.

Abtら20)はGCCが粘液を有する印環細胞様細胞と銀反応陽性細胞からなり,同一包体内にムチンと陽クロム親和性顆粒を有する細胞を認め,この顆粒を豊富に持つ細胞とこれらの顆粒を持つ粘液細胞との間にまれに連続性があることから共通の先祖細胞からの発生が示唆されたと報告している.Alsaadら21)は,両者が病理組織学的に類似・近接していること,GCCは神経内分泌腫瘍および粘液産生上皮細胞系の双方に分化する未分化多能性腸管幹細胞に由来することから,GCCが内胚葉由来のカルチノイドと腺腫や腺癌の二つの異なる新生物を生じた可能性があると述べている.al-Talibら22)はGCCとMCNの併存例を報告しており,病理組織学的に単一の未分化多能性腸管幹細胞が双方に分化した可能性を示唆している.

一方で,熊谷ら18)の報告では腫瘍は連続性がなく,病理組織学的に関連性は薄いのではないかと述べている.

自験例では病理所見(連続切片)で本邦報告例4例と同様に腫瘍の明らかな連続性は認めず,GCCとLAMNの偶発的な併存と考えたが,両者の連続性の可能性も完全には否定できず,虫垂に発生した粘液性腫瘍の一部が癌化,内分泌細胞として分化し,杯細胞カルチノイドに至ったという可能性も考えられる.

利益相反:なし

文献
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top