日本消化器外科学会雑誌
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特別報告
デジタル描画デバイスを用いた,「手術の流れ」がわかる手術記事
堀 周太郎
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電子付録

2020 年 53 巻 3 号 p. 282-289

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Abstract

手術記事では短時間に手術内容を理解できることが望ましい.そのためには手術イラストが重要な役割を担う.手術イラストは複数の異なる手技・術中経過を一つの絵の中に盛り込むことで「手術の流れ」を表現することができ,術中写真を張り付けた手術記事に比べて情報量に優れる.筆者は手術を「術前解剖」「切離ラインの設定」「標本摘出時」「手術終了時」の4段階に分け,それぞれに対応した手術イラストを作成することを基本としている.近年は高精細タッチスクリーンを備えたタブレット型コンピューターを用いることで,従来の手描きと遜色のないデジタル描画が可能である.手描きの手術イラスト作成に必要な鉛筆や紙,これらを広げるスペースが不要となり,時と場所を選ばず手術イラストが作成できる.また,レイヤー機能を活用するとイラストの修正が容易で,上手な絵を「下絵」として指導医-研修医間で共有することができ,外科教育面における寄与も大きい.

はじめに

手術記録は診療録の一部であり,その目的は手術の内容が他の医療従事者に正確に伝わることである.ゆえに手術記録を作成するにあたっては,その記録が正確であることが大前提となる.

そのうえで手術記録作成に際して重視すべきことは「短時間で理解できること」である.術者以外の医師が術後合併症などで緊急対応せざるをえない場合,手術内容を短時間で把握できることは極めて重要である.そのような「一目でわかる正確な手術記事」を作成できることは,ただ見た目が美しい手術記事を作成するよりもはるかに重要な能力と考える.(もっとも,上記に当てはまる,洗練された手術記事は,えてして見た目も美しいものである.)

手術記録は通常,文章による記載と,挿絵の二つで構成されるが,上記のような「一目でわかりやすい手術記録」を作成するためには,挿絵(手術イラスト)が重要な役割を担うことになる1).本稿では手術記録の記載方法のうち,手術イラストの書き方について述べる.

手術の「流れ」がわかるイラスト

鏡視下手術の普及や,術野カメラを備えた手術室の増加に伴い,術後の評価に足る高精細な手術動画を撮影することが可能になってきた.あるいは従来から術中に写真を撮影している施設もあるのではないだろうか.

事実に忠実な記録を作成する方法として,これらの術中写真や,手術動画のキャプチャ画像を手術記事の挿絵として用いることもできる.しかしながら,これらは手術の一場面を切り取った「静止画」にすぎない.その写真に写ったものを伝えることはできるが,その場面に至る手術のプロセスを表現することが困難である.

これに対し,手術イラストは複数の手術操作を1枚のイラストの中に表現することができ,結果として手術の「流れ」が表現できる.また,イラストであれば図示に不要な情報の取捨選択を行うことも容易で,1枚の術中写真に比べて「手術記事として伝えるべき情報の質と量」は手術イラストの方が優れている(Fig. 1).

Fig. 1 

Comparison between picture and drawing as a surgical record. A/B/C shows the intraoperative picture of perihilar lymph node dissection and bile duct dissection for hilar bile duct cancer. Several pictures are required to describe the process. D: Although they can be united in one drawing. Also, drawing can screen out the inessential information, which can help readers’ understanding.

手術イラストに必要な4つの場面

手術の「流れ」が一目でわかるイラストを作成するためには,一つのイラストに含まれる情報量が重要になる.イラストに盛り込む情報量が多すぎれば,一目でイラストを理解することが困難となるし,逆に情報量の少ないイラストを多数並べた場合は,手術記事の分量が大きくなり,結局「一目でわかる手術記事」からは程遠いものとなる.

過不足のない情報量を手術イラストに含めるためには,手術内容をいくつかの段階に分け,各段階のコンセプトに応じた手術イラストを作成するとよい.

筆者は手術を①術前解剖,②切除ライン決定,③臓器摘出時(再建前),④手術終了時(再建後)の4段階で区切り,それぞれのポイントにおける手術イラストを手術記事に記載している.以下,各イラストについて要点を述べる.

術前解剖Fig. 2

術前の検査から想定した,切除対象臓器の解剖と病変の局在および進展,周囲臓器の解剖を図示する.

Fig. 2 

Drawing of the preoperative anatomy and tumor location of hilar bile duct cancer. A: Anatomy of whole liver and pancreatic head. Describe three-dimensional positional relationship of the vessels and organs. B: Zoomined view of hilar bile duct around the tumor. Draw tumor location/extension properly.

病変と周囲脈管や臓器を含めた構造物との重なり,距離を正確に表現するよう留意する.

この1枚は術前に描き上げておくことが望ましい.また,できれば術前計画における切除予定範囲を図示する.これにより術前の症例把握の程度と,治療計画の精度が明らかになる.若手医師にとっては,症例をどれほど深く理解しているか,指導医にアピールする絶好の機会である.

なお,後述するデジタル描画アプリを用いることにより,術中所見による局所的な解剖,病変の局在・進展についての修正が可能である.これにより術前評価と術中所見の対比も明らかになり,術前画像評価について術後にフィードバックを行うことができる.教育的にも重要なイラストである.

切除ライン設定Fig. 3

術中の実際の臓器切除範囲を図示する.

Fig. 3 

Drawing of the organ resection line in extended left trisegmentectomy with extrahepatic bile duct resection for hilar bile duct cancer. This describes not only the resection line of the involved organ, but also details of lymph node dissection and vascular dissection.

このイラストでは手術開始時の,手を加えていない臓器における切除範囲を示すものではなく,手術がある程度進行し,主要な脈管を確保,あるいは切除した後,対象臓器の切離を開始する前の状態を表現する.

病変と臓器切離ラインとの位置関係が具体的に示されるため,術者の治療戦略を理解しうるイラストである.

臓器摘出時(再建前)Fig. 4

病変・臓器を切除・摘出した後の残存臓器・脈管の状態を図示する.消化管再建を要する症例では再建前の状態をイラストにする.悪性腫瘍ではリンパ節郭清の範囲や,動脈における神経叢剥離の範囲についても詳細に表現する.先の“切除範囲”のイラストが術者の治療戦略を表すものであるならば,臓器摘出時のイラストは,その治療戦略が実際に達成可能であったかを示す,「回答」の役割を担う.

Fig. 4 

Drawing of the surgical field after removal of the resected liver in extended left trisegmentectomy with extrahepatic bile duct resection for hilar bile duct cancer. This drawing describes the state before digestive tract reconstruction.

手術終了時(再建後)Fig. 5

術野における操作を終え,閉創する前の状況をイラストにする.切除後の臓器再建を要した症例では再建部位と再建方法を適切な位置関係で表現する.また,ドレーンが留置されている症例では臓器との重なりにも注意してドレーンの留置経路を図示する.

Fig. 5 

Drawing of the surgical field at the end of the surgery in extended left trisegmentectomy with extrahepatic bile duct resection for hilar bile duct cancer. This describes the state after digestive tract reconstruction and drainage tube placement.

このイラストは,術後の情報共有という観点からは最も重要なイラストといえる.たとえば術後のケアを行うコメディカルスタッフは,このイラストによって創の下の状況を視覚的に理解しうる.また,手術を見ていない医師が当直などで緊急に対応する場合も,手術終了時のイラストを参考にしながら対応することになる.彼らが術野の最終的な状態を一目で理解できるようなイラストである必要がある.

なお,再建を要しない手術であれば,このイラストと先の「臓器摘出時」のイラストは一つにまとめてもよい.

以上が,私が手術イラストに必ず含める4枚のイラストである.必要に応じて,数枚のイラストを追加して手術内容を補完する.

なお,手術記事の質を均てん化するためには,最低限記載すべき手術イラストは診療チーム内で統一しておくことが望ましい.

タブレット端末を用いた手術イラストのデジタル描画

近年,高精細タッチスクリーンを備えたタブレット端末と,これに対応するスタイラスペンの普及により,デジタル描画による手術イラスト作成が手軽に行えるようになった.

筆者はiPad Pro®とApple pencil®の発売当初から,一貫して両者を用いて手術イラストを描いている.紙に描いているかのような精緻な筆遣いが可能なうえ,複数のペン先形状,ペンの色あるいは消しゴム機能を自在に選べることから,従来のように手術イラストを描くのに紙とペンケース,それらを開く場所を必要としなくなり,iPad®とApple pencil®さえあれば,場所と時間を選ばずに従来と遜色のない手術イラスト作成が可能になった(Fig. 6).

Fig. 6 

Comparison of the surgical illustration by different drawing tools. A shows surgical illustration describing the living donor liver transplantation drawn by conventional paperwork (using paper and pencil). B shows surgical illustration describing the extended left trisegmentectomy with extrahepatic bile duct resection drawn using tablet computer with high-resolution touch screen (iPad®). Both show comparable performance.

いくつか描画アプリケーションの利用を経て,筆者は現在,「プロクリエイト(Procreate®)」を手術イラスト作成に用いている.同アプリケーションは,レイヤー機能など,他の有料描画アプリケーションに劣らぬ機能を備え,複数のファイル形式での出力が可能で,かつ有料描画アプリケーションの中では比較的廉価であることが気に入っている理由である.

レイヤー機能を用いた,手術イラスト描画

前出の描画アプリケーションでは,レイヤー機能を駆使することで,下描きをトレースするように本番の絵を描くことができる.これにより,従来の紙と鉛筆で行っていた作業と同様の感覚で手術イラストを作成することができる(Fig. 7).さらに,異なる脈管・臓器ごとに別のレイヤーに保存しておくと,複雑に重なる脈管の表現や修正を容易に行うことができ,作業時間の短縮や,局所解剖の理解に有用である(Video 1).あるいは術前に作成したイラスト(術前イラスト)を術中所見にあわせて修正する際なども,この機能を使うと便利である.

Fig. 7 

Drawing of the preoperative anatomy and tumor location of hilar bile duct cancer using layer function in digital illustration application (Procreate®). Location of cancer, bile duct, artery, hepatic vein and portal vein are drawn in different layers. This function enables the correction of specific structure without affecting the others.

デジタル描画ツールで学ぶ「手術イラスト」の描き方

従来から,上手な絵を描くには,お手本とする絵の模写を行うことが有用とされる.手術イラストの作成において「美しい絵」は必ずしも必要ないが,自らの理想とする絵が描けるようになるには,やはり手本となるイラストの模写が有効な手段であろう.前述のレイヤー機能を活用すれば,まず手本とするイラストをレイヤーとして端末に保存し,これをトレースすることで手術イラストの練習が可能である.また,定型的な手術描画ファイルをデジタルフォーマットとして共有しておけば,初心者も「上手な手術イラスト」のセンスを学びやすい.すなわち,タブレット端末を用いた手術イラスト作成は,活用次第で有用な外科医学教育手段になりうる.

結語

手術イラストの作成において筆者が重視することは,手術の「流れ」を視覚的に理解できること,そのために過不足のない情報量を1枚のイラストに盛り込むための工夫が必要である.また,手術イラスト作成にタブレット端末を用いたデジタル作画を積極的に導入することで,より簡便に,高精細な手術イラストを作成し,かつ良質なイラストを共有することができるようになった.手術イラスト作成に絶対の正解はない.新しい技術の導入とともに,判りやすい手術イラストを作成するためのさらなる工夫が必要である.

利益相反:なし

文献
  • 1)   江崎  稔, 小菅  智男.【手術記録の書き方】胆道の手術 浸潤性膵管癌 膵全摘術.消化器外科.2014;37:902–911.
 

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