日本消化器外科学会雑誌
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特別報告
外科医の修練における手術記載とイラストレーションの意義
長田 梨比人別宮 好文
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2020 年 53 巻 6 号 p. 533-541

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Abstract

外科医は手術記載を作成することを怠ってはならない.その内容には,医療行為の中で特に侵襲的な外科手術が行われるに至った根拠,施行中の経過と結果について簡潔かつ明瞭に記載しなければならない.診療録の一部であり,公文書であることは論を俟たない.その一方で学術的活動に必要な情報の保持媒体となり,かつ外科医本人の診療にかける熱意を表現できる数少ない手段でもある.外科臨床にはscienceとartの両面があるといわれるが,業務の効率性が重視される近年においては,特にartの領域について論じることは以前よりも難しくなったと感じる.それでもなお,手術記載には外科医個人の持つ個性,「疾患に対する侵襲的処置」という本質的に望ましくない事象に向き合う姿勢をartの側面から他者に伝える機能が残っている.

はじめに

去る2019年7月に開催された第74回消化器外科学会総会における特別企画「オペレコを極める」を知ったとき,外科医として修練中である筆者自身の手術に対する取り組み方を表す一つの機会と捉えて応募した.実際の学会場では,筆者の想像を超えるユニークな視点で記された多数の手術記事に触れることができた.数々のデジタルツールの活躍を目の当たりにし,筆者の手術記載方法はその意味ではやや非効率であることは否めないとも感じた.

本稿は筆者の外科診療へ姿勢を表現し,忌憚のない批評をいただく機会と理解している.至らぬ点があるのは承知のうえで,筆者の手術記載の作成方法を紹介させていただきたい.

方法

筆者が日常に用いている方法を述べる.

1. 作成フォーマット

筆者の勤務先においては,指定された手術記載のフォーマットはなく,術者の裁量に任されている.現在筆者はMicrosoft PowerPointを使用し,A4用紙サイズにページ設定して作成し,印刷したものを電子カルテにスキャンして保存している.

2. 表紙

まず全症例の共通項目として,個人識別情報や手術施行日,手術時間,出血量,術前および術後診断,ステージといった臨床情報を記載する.

つづいて術前病歴のサマリー,キー画像(CT,ERCP,3-Dシミュレーションなど),手描きの術前シェーマなどを記載する.表紙のみで手術症例の概要が俯瞰できるように情報を取捨選択するようにしている.

3. イラストレーション

筆者は初期研修医時代から,手術記載のイラストの重要性について先輩外科医から指導を受けてきた.いまだ外科手技の経験を積み重ね続けなければならない立場であるが,何らかの形で自分自身が噛み砕いた手術の情景を,他者に表現する方法はないか常に模索してきた.その結果,たとえ多忙であったとしても,やはりイラストレーションにこだわりをもつことに妥協すべきでないと考えている.以下,筆者が現状で採用しているイラストレーションについて記述する.

4. 用紙

コピー用紙などで実用上は全く差し支えないが,美しく仕上げるためには,万年筆,色鉛筆,鉛筆,ボールペン,のいずれを使用しても心地よい筆運びが得られるケント紙が最適であると考えている.ケント紙は比較的高価であるが,500枚単位などで一括購入することで1枚当たりの単価をかなり抑えることができる.手術の1場面ごとに1枚の紙を贅沢に使って,紙面いっぱいに大きく記載するようにするとよい1)

でき上がったイラストを,スキャナーのできるだけ高画質設定で取り込み,PowerPointファイルに配置していく.

5. 筆記用具

一つの方法に限定せず,状況に応じて以下を使い分けている.

万年筆:最も多用している.パイロット社製の14金ペンで,ペン先Fを愛用している.味のあるイラストを短時間で描くことができることが特徴だが,趣味的な性格の強い筆記具であり,手術記載を書く作業に楽しみが生まれるのが最大の利点である.インクもパイロット製ブルーブラックがコストパフォーマンスも高く使いやすい.ブルーブラックの中では比較的青みが強い印象である.脈管や臓器の描きかたに自分なりのルールを決めておくことで,ブルーブラック1色の線描のみでも明瞭に解剖学的構造物の印象を描き分けることができる.

鉛筆および消しゴム:脈管などの輪郭をH~HB程度で描き,2B~4Bの軟芯のもので肝臓など大きな構造や陰影を描くと,単色でも雰囲気を備えたイラストを作成できる.また,消しゴムでの細かい調整が容易なため時間もあまりかからない.他の筆記具の下描きとして使用する場合は,軟らかいものは紙が汚れやすい.消しゴムはやや硬めの材質の小さ目のサイズのものが使いやすい.

色鉛筆:イラストをカラーで作成する際に使用している.Faber-Castell社製Polychromos色鉛筆を愛用している.芯は軟らか目で,細かい描写をすることがやや難しい面もあるが,発色が大変よい.本格的なイラストとして仕上げる場合は,輪郭まで全てを色鉛筆で描き,他の筆記具の線を残さないことで,美しく仕上がる.ときには一般的な色鉛筆画の技法書を参考にすることも役立つ2).イラストとしての描く楽しみを追求することと,手術記載として短時間で簡潔明瞭に描くことのバランスが重要である.例として,静脈を描くときには,青系統の色鉛筆を2色使用し濃淡をつけ,前面を白く残すと簡単に臨場感のあるイラストになる.

ボールペン:黒ボールペンで輪郭を描き,内部を色鉛筆で塗ることで,実臨床上必要にして十分なイラストとなる.また,いわゆる多色ボールペンがあれば脈管を描き分けるのはさらに容易である.ただし全てを色鉛筆で仕上げる場合に比べると,どうしても美しさで劣り,何よりも万年筆や色鉛筆にある「手術の情景を振り返りながらそれをイラスト描き出す楽しみ」は乏しい.

Fig. 1に,特に日常的に愛用している筆記用具を示した.

Fig. 1 

The author’s favorite writing instruments for drawing pictures of surgical records. Lead pencils, fountain pen with fine 14-karat gold nib, and colored pencils manufactured by Faber-Castell, from top to the bottom.

それぞれの筆記具で作成し,実際の手術記事に使用したイラストを示す(Fig. 2).

Fig. 2 

Three illustrations for actual surgical records. A: Preoperative schematic image of the pancreatic head desmoid tumor drawn by colored pencils. B: The schematic image of the hepatic resection of the segment 7 and 8, drawn by fountain pen. C: Intraoperative illustration of the laparoscopic lateral segmentectomy, drawn by lead pencils.

色鉛筆を使用するとどうしても時間がかかるため,実臨床業務の一環としてとらえた場合,やや現実的ではないこともある.その意味でも万年筆で1色でのイラストは労力とのバランスが取れていると感じる.

6. 術中写真,術中超音波画像,X線イメージ画像など

これらはイラストとは異なり,術者の主観が含まれない記録である.それ故に手術中のdecision makingの根拠となることが多いものであるから,必要に応じて手術記載に含み,その周囲に所見を記載している.

7. 手術記載本文

筆者はイラストを主役とし,周囲に所見や施行手技を書き込む方式をとっている.この方式は,手術所見や手技の詳細を記した文章とイラストを別々に記載する方法にくらべ,読み手の立場において手術の流れと要点が伝わりやすいものとなると考えている.一方で書き手の立場ではイラストとその説明文を,配置を工夫しながら記載する必要があるため,手術の全経過を振り返り,自らの経験として定着させるために役立つと考えている.

症例

筆者が今回の特別企画「オペレコを極める」に応募した,実際の手術記載を示す.(レイアウトの都合上,縦A4版5枚であったものを横向き3枚に修正した.)この症例は上行結腸癌術後,前回手術の剥離面である十二指腸下行脚周辺に再発し,膵頭十二指腸切除(pancreaticoduodenectomy;以下,PDと略記)を必要とした症例である.筆者宛に紹介され,本企画の応募締切り直前に実際に行われた手術である.本症例はPDとしては非典型例で結腸切除後の癒着が予想されたことから,PDの術者経験が比較的浅い筆者は前立ちとなったが,自らの成長につながることを期待して手術記載を作成した.

Fig. 3は通常筆者が使用している手術記載の表紙である.PDの適応としては典型的でないため,適応理由,さらには吻合部を含めた回腸と横行結腸の合併切除を要したことが,無理なく示されるように情報を盛り込んだ.

Fig. 3 

The cover page of the actual surgical record of the pancreatico­duodenectomy with partial resection of the ileum and transverse colon. This procedure was performed for the local recurrence of the transverse colon cancer after right hemicolectomy.

Fig. 4は手術序盤の記録である.回結腸を後腹膜面より広く授動するCatell-Braash手技や,回腸リンパ節腫大の評価,腸管切除範囲の決定過程を示している.

Fig. 4 

The detail of the surgical records. From skin incision to the completion of the mobilization of the remnant colon and ileum (Cattel-Braasch maneuver).

Fig. 5は膵頭十二指腸および結腸の授動後,検体切除に至る過程の中心的な操作である.当科でPDに対して標準的に採用している右後方アプローチによる視野展開を描写している.本症例は結腸癌術後再発例であるため,上腸間膜動脈周囲神経叢は完全温存し,膵頭神経叢第I部,第II部を切離したこと,第一空腸動脈や下膵十二指腸動脈の確実な同定を行ったことが伝わるイラストになるよう,色鉛筆使いを工夫した.

Fig. 5 

The schema on the upper left shows right posterior approach for the dissection of the pancreatic head, preserving the nerve plexus around superior mesenteric artery. Lower left shows final step of the removal of the surgical specimen. The schema on the right shows the completion of the surgical resection.

Fig. 6は再建から手術終了までを示している.吻合箇所が多く,蠕動方向の誤認を防ぐため,回結腸吻合を先に行い,その背側に挙上空腸を通した.胆管空腸吻合,膵空腸吻合いずれも,細かく見れば多くのステップから成り立つ手技であるが,最も象徴的なシーンをイラストに描き起こして一連の過程を思い起こせるようにした.

Fig. 6 

The illustration of the left side shows ileocolostomy, hepaticojejunostomy, and pancreatojejunostomy. The right side shows overview of the reconstruction and placement of the drainage tubes, and wound closure.

考察

今回,第74回消化器外科学会特別企画「オペレコを極める」においてデジタルツールを駆使し,かつ非常に美しい手術記載のプレゼンテーションに触れ,特にその効率性の高さには感銘を受けた.従来の紙ベースのイラストを使用して作成する筆者の方法が,現時点で最適であるとは考えていない.筆者は肝胆膵外科医として修練中の身であるがゆえに,自分自身の手術記事に注ぐ熱意が,現状でどれほど通用するものか試してみたかったという気持ちもあり,完全に色鉛筆のみでイラストを作成し,必要以上に力が入ってしまったことは否定できない.実際の学会会場では,診療録としても,そして「外科的教養を深めるための読み物,あるいは作品」としての意味においてもより洗練された手術記事の数々に触れ,自分の手術記事は医療記録として情報の取捨選択を行って,よりシンプルなものへと改善する余地があると感じた.今後医療全体で扱う情報量がさらに増加し効率化を求められ,あくまでも記録である手術記載に一定以上の時間をかけることは現実的に困難になっていくと思われることを,今一度はっきりと認識する機会となった.

しかしながら,手術記載は我々外科医にとって許されている,数少ない自己の診療行為にかけるpassionを表現する場であることは,今後も変わらないと考える.特に肝胆膵外科領域では,診断,告知,手術適応,術式の決定と厳しいやり取りがなされる.また,合併症なく良好に経過したとしても術後患者の体に不可逆な変化が生じてしまい,この変化を与えた手術なるものが適切に記録されることは極めて重要な意味を持つことに異論はないだろう.そして当然のことながら,外科医の能力は本質的に手術に注がれるべきであり,手術記載はその結果の証明である.

それに加えて手術記載とは,①疾患という本質的に望ましくない事象に対し最善を尽くした対応,②公文書としての確実な保存,③科学的評価に耐える記録媒体としての条件を満たしていること,これらを踏まえたうえで許される,外科医の「遊び心」が表現できる場所ではないだろうか.以前より臨床の場では,「よい手術記載を残すことができる外科医は,手術が上手い.あるいは,上達する.」という言葉があり,これがいわゆる手術記載におけるartの成分ではないかと考える.しかし,修練中の外科医にとっては,この言葉は励みにはなるものの,実のところ何ら根拠を持ったものではないことも感じている.まずそもそも「手術が上手い」ことを,どのように定義するかということに困難がある.実際のところ,リアルタイムの手術手技,あるいは術前診断,術前処置などの付随する業務におけるartの成分を,いかにして手術記載に落とし込むか,それが自身の成長に役立っているか否かをどのように確認するか,という点においては筆者自身,何度も模索を重ねている.そして手術記載のイラストにおいて,美術的な良し悪しに重きを置くあまり,「外科医として涵養すべき,本当の意味でのartisticな能力」を見失ってしまうことにも注意している.記録という直接的なoutputが見えにくい業務においては特に効率性が求められ,現在は大容量の動画記録も容易となり,イラストと異なり,正確な時間軸で何度でもその情景を再生できることから,詳細かつ手の込んだイラストによる手術記載を作成すること自体,時代にそぐわないのではないかと感じることもある.このように手術記載のartの側面をscientificに明示し,その効果を証明することは容易ではないが,決して不可能ではないことを示していきたい.それを後押しする意味では,近年メディカルイラストレーターと呼ばれる職種が注目されるようになり,医療者同士,医療者と一般との間のコミュニケーションツールとしてのイラストレーションの存在がより重要性を増し,「日本メディカルイラストレーション学会」も設立していることは,今後外科医にとっても大きなメリットとなると感じる.メディカルイラストレーションがより広く認識され,手術記載のあり方もこの視点で深く議論していきたいところであるが,その視点で手術記事を捉えた場合,イラスト入り手術記載は他の分野のものと異なり,疾患を有する患者個人に一対一で対応し,性質上高リスク医療行為に直接かかわり,ときに外科医の責任に深く関与することが他の分野のメディカルイラストレーションとは大きく異なる.そのため手術記載のあり方について,リスクマネジメントの視点も含めた積極的な議論ができることを望む.特に今回の企画を契機として,手術記載を作成することの外科医の修練における教育効果を,何らかの定量的に解析可能な項目をもって評価し,より客観的な視点で評価が可能となるような試みを模索したい.それが可能となれば,手術記載の持つ外科のartの側面が,再度scienceと融合できるのではないかと思われる.その結果が,筆者を含め修練中にある外科医の目標達成につながり,さらには本邦の外科診療全体のレベル向上につながることを期待したい.

利益相反:なし

文献
  • 1)  二村 雄次.コーヒーブレイク 手術記録の書き方.幕内 雅敏,二村 雄次編.胆道外科の要点と盲点 第二版.東京:文光堂;2009. p. 334–335.
  • 2)  河合 ひとみ.色鉛筆の新しい技法書 なぜ上手に描けないのか,そのポイントがわかるアドバイス付き.東京:誠文堂新光社;2014.
 

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