2020 年 53 巻 8 号 p. 675-680
診療録における重要な記録の一つである手術記録は,正確に迅速に記載されることが求められる.手術記録にイラストを加えることは,読み手である他者に必要な情報を簡便に伝えるために効果的であり,また修練過程にある外科医にとって自己研鑽や教育のツールとしても,非常に大事なことと思われる.近年,タブレットおよび筆圧検知機能の付いたスタイラスペンなどの優れたヒューマンインターフェースデバイスの登場により,誰でもドローイングをできるようになった.デジタルデータとしてイラストのテンプレートを作成し,個々の手術症例における差異を表現する修正を加えることで,迅速に正確なイラストを作成できるようになったと感じている.これまでのデジタルイラスト作成の経験と考察を述べたい.
手術記録の記載は法的義務であるとともに,診療録における重要な記録の一つである.時と場所を隔てて他者に手術内容を伝えられることが求められる.海外における手術記録は文章のみで構成されているものが多く,イラストを付け加えるという習慣は一般的ではない.そのためイラスト作成は日本独特のものといえるのかもしれない.また,鏡視下手術が主流となっている昨今の消化器外科領域においては,術中に記録された動画や静止画のほうがより正確な情報を含んでおり,これを使用することの方が目的にかなっているのかもしれない.
このように考えると手術記録にイラストを付記することは不要であるかのように思えるが,読み手となる他者にとっては記録された膨大な文章や動画の中から必要な情報をひきだしてくることは困難であり,静止画においても,映し出された臓器・脈管などの構造物の解剖学的位置関係を読み解くこと,もしくはその静止画が作成された意図を推しはかることは容易ではない.過去の記録から正確な情報を抽出してくることは,執刀医もしくは手術記録作成者であっても困難となることはよく経験されることと思う.イラストやシェーマがあることで,読み手に速やかに正確な情報を伝えられるようになると思われる.専門性の異なる紹介元医師に対しても,イラストであれば手術情報を伝えることができるようになり,さらに執刀医の情熱や紹介していただいたことに対する感謝の意を伝えることにもつながる.また,その日行った手術内容を頭の中で再考し,立体解剖を1枚の絵に描画することは修練途上にある外科医にとっての教育上の効果もある1)2).阪本良弘先生は,著書の中で「質の高い手術を追及するうえで手術記録は教育上も有用なツールであり,(中略)肝胆膵外科領域ではアート力の強化が,複雑な3次元解剖の理解を高め,質の高い手術の実践に結びつくと信じています.」と述べられている1).
しかしながら,多忙な外科医の日常診療の中で,手術記録の記載,特にイラスト作成に費やす時間は,大きな負担である.欧米においては,執刀医がボイスレコーダーに口頭で記録し,それを医療事務が音声反訳するという方法がとられているのは,時間短縮や効率化を図っているのだろう.外科医が手術記録作成に費やせる時間は,術式や手術領域(肝胆膵外科,消化管外科,食道外科領域など),施設の特徴(大学病院,ハイボリュームセンター,一般病院,クリニックなど),執刀医の立場(指導医,専攻医,研修医など)などの環境によって大きく異なるとは思われるが,多くの場合,その記載が翌日以降となり,薄れた記憶に頼ったイラスト作成となったり,過度に簡略化されたり,拙劣となることもあるだろう.このような状況では情報が不正確になるとともに,修練・教育といった目的や紹介元に情熱・感謝の意を伝えるということにおいても逆効果になりかねない.つまり手術記録のイラストの作成方法には,「正確」「簡便」「迅速」「端麗」であることが求められるのではないだろうか.
このように質を担保しつつ迅速にイラストを作成するには,紙ベースのいわゆるアナログ描画では困難であることは多くの外科医が感じてきたことと思われる.そこでデジタルドローイングにてテンプレートイラストを作成し,個々の症例の差異に応じて加筆修正していくという方法が考えられてきた.しかし,従来のドローイングのためのハードウェアデバイスや,アプリケーションなどのソフトウェアは,高価であるものの用途の転用がしにくく,またその使用方法についても専門的な知識を要するものであったため,手術記録への利用は一部の外科医に限られていた.ところが,近年ペンタブレットや,タブレットおよび筆圧検知機能の付いたスタイラスペンなどの優れたヒューマンインターフェースデバイスの登場によって,鉛筆で紙に描くようなアナログ的な感覚でドローイングができるようになった.また,アプリケーションソフトウェアも低価格となり,その汎用性が拡がったため手術記録への利用もなされるようになってきた.そこで,本稿では,2016年からの手術記録におけるデジタルイラスト作成の経験とその可能性について述べたい.
iPad Pro® 10.5 inchまたはiPad®第6世代,Apple Pencil®第1世代(Apple Inc., Cupertino, CA, USA)を使用した.イラスト作成用のアプリケーションとしては,Notes App®,日本語名:メモApp(Apple, Inc.)や2018年からはProcreate®(Savage Interactive Pty Ltd, Hobart, AU)を使用した.
直腸手術の手術記録に使用するために,骨盤臓器を中心としたテンプレートイラストを作成した.2016年に作成したイラストを示す(Fig. 1).手術動画や静止画,解剖学書などを参考に描画した.Notes App®にはレイヤー機能はない.そのため臓器の立体関係を描画するには,背側の臓器である下大静脈や腹部大動脈から描き始め,腹側の臓器(下腸間膜動静脈とその分枝)を描き加える際に,重なる部分の背側臓器を消すという方法で行ってきた.2018年からはアプリケーションとしてProcreate®を使用した.これによりブラシおよび消しゴムの種類/太さ/不透明度,色の明度/色相/彩度調整などの選択肢が増えた.また,キャンバスサイズ調整,レイヤー機能,さまざまな画像ファイル出力,動画出力(タイムラプス再生)が可能になった.レイヤー機能により臓器もしくは立体的に位置の異なる臓器の部分ごとに,レイヤーを分けることで,より詳細なイラストを作成・修正することが容易になった(Fig. 2,動画).さらに,脈管の分枝形態や腸管の長さなど,症例ごとの差異に対応するために,いくつかのパターンごとにテンプレートを準備した.Fig. 3に,inferior mesenteric artery(IMA)からのleft colic artery(LCA),sigmoid artery(SA),superior rectal artery(SRA)の分枝形態を表現するために用意したテンプレートレイヤーを示す.

The illustration for an operation record of the colorectal surgery was drawn using the Apple Pencil® and the Notes® application in iPad®.

The illustration was drawn using the Procreate® application.
Video A time-lapse video of the author drawing the illustration.

Three layers, representing each vascular anatomy patterns of inferior mesenteric artery (IMA), were prepared. (A) In ‘pattern 1’ layer, pattern that LCA arise independently from IMA. (B) ‘pattern 2’, LCA and SA branched from a common trunk of the IMA. (C) ‘pattern 3’, LCA, SA, and SRA branched at the same location.
筆圧検知機能のあるスタイラスペンであるApple Pencil®を利用したデジタルドローイングは,紙と鉛筆を使用するアナログ描画に近い感覚でありながら,輪郭描きや色入れの際に,2本指によるピンチアウト/ピンチイン/ドラッグなどで,拡大/縮小/回転などを行うことが可能で,アナログでは不可能な非常に細かい描画が容易に行えた.また,筆圧以外にも不透明度を調節することや消しゴム機能で全ての色を消すこと,薄い色で濃い色を塗りつぶすことなどもできるため,混色やグラデーションに際し特別な描画の技術は必要ない.光沢や陰影を加えることで立体感を表現することも容易であった.作業履歴が保存されており,間違った場合の「戻る」「進む」機能は作業時間の短縮に大きく寄与する.アプリケーションによっては,イラスト作成過程を動画で自動記録する機能もあるため,タイムラプス再生を見て描画過程を確認することでイラスト作成技術についても自己研鑽が可能となる.また,アナログ描画のようなさまざまな画材や広い作業スペースは不要で,タブレット端末上で全ての操作が行えるため,作業場所や時間を選ばないことも有利な点であろう.
ドローイングアプリケーションのレイヤー機能は,効率的なイラスト作成には欠かせない大きな利点である.描画の際には,臓器もしくは立体的に位置の異なる臓器の部分ごとにレイヤーを分けておくことが大切である.該当となるレイヤーを複製/修正/削除することで,個々の症例における外科的解剖,手術術式,病状などのさまざまな差異を容易に表現することができる.本稿で示したテンプレートの完成には,おそらく数十時間かかっていると思われるが,紙ベースのイラストと違うのは,ひとたびテンプレートを作成してしまえば,大幅な変更を要する場合でも白紙からやり直す必要のないことである.つまり,作業履歴データにより,ある時点まで遡って修正することも可能であるし,描画方法を途中で変更することもできる.本稿で示したように,予めさまざまなパターンのテンプレートを用意すれば,症例ごとのイラスト作成にほとんど時間はかからない.さらに,既存のイラストや静止画像,術前評価のために作成した血管再構成画像などを最下層のレイヤーに設定することで,それをトレース(敷き写し)すれば,白紙からイラストを作成する必要はない.デジタルデータであるので,施設や同門,もしくは全国の外科医の間で,イラストやレイヤーのテンプレートデータを共有することも可能である.また,将来的にはthree-dimensional computer graphicsの作成技術も一般的になってくると思われる.それらの応用により,さらに「正確」「簡便」「迅速」「端麗」である手術記録を作成することができるようになると期待する.
利益相反:なし