2021 年 54 巻 2 号 p. 83-90
症例は53歳の男性で,発熱,左腰背部痛を主訴に受診した.血液検査での白血球数の増加とCRP値の上昇,および腹部造影CTでは胃体部の壁肥厚と複数の肝膿瘍を認め,抗菌薬,プロトンポンプ阻害薬による保存的治療を開始した.上部消化管内視鏡では胃体中部の潰瘍性病変を認め,生検にて中分化管状腺癌が確認された.肝膿瘍形成を伴う進行胃癌と診断し,膿瘍縮小後に開腹胃全摘,肝外側区域切除,横隔膜部分切除術を施行した.病理組織学的診断では胃癌pT4b(SI),pN2,pM1(LYM),pStage IVであった.胃癌の潰瘍底にグラム陽性桿菌を検出し肝膿瘍の起因菌と診断した.術後化学療法を開始し,52か月経過した現在再燃なく外来経過観察中である.消化管癌を背景とした肝膿瘍は,特に胃癌が原因となることはまれであるが,胃癌併存の可能性も考慮し画像所見を見落とさないことが重要と考えられた.
A 53-year-old man was admitted to our hospital for evaluation of fever and left back pain. Blood tests showed increases in the WBC count and CRP level. Abdominal CT showed liver abscesses, one of which connected the gastric wall of the abscess to the wall of the mid-gastric body. The patient was admitted for treatment with antibiotics and a PPI. The WBC count and CRP level decreased concurrently with a reduction in the size of the liver abscesses. Serial blood cultures were negative for bacterial growth. Upper gastrointestinal endoscopy showed A2 stage ulceration involving the anterior wall in the stomach. Histologic examination of a biopsy specimen revealed moderately differentiated adenocarcinoma. The diagnosis was advanced gastric cancer. During surgery, the tumor was found to have directly invaded the liver and left diaphragm. Total gastrectomy and combined left lateral segmentectomy and resection of the diaphragm were performed. The postoperative course was uneventful and the patient was discharged on postoperative day 15. The pathologic findings revealed gastric cancer (MU, Less-Ant-Post, Type 3, por>sig, pT4b [SI], pN2, pM1 [LYM], pStage IV). Cancer cells and a bacterial mass were present on the fundus of the ulcer. Gram-staining detected branched gram-positive rods similar to Actinomyces species. We speculate in this case that liver abscesses were formed by infection of resident bacteria through the portal vein. Fifty-two months after surgery, the patient is well with no evidence of recurrent diseases.
化膿性肝膿瘍の感染経路は経胆道性,経門脈性,経動脈性,直達性,外傷性,医原性などに分類される1).消化管癌を背景に経門脈性に肝膿瘍を来すことがあるが,胃癌が原因となることはまれである.今回,我々は肝膿瘍形成を契機に胃癌が発見され,肝膿瘍に対する保存的加療後に待機手術を施行し長期生存を得た1例を経験した.若干の文献的考察を加えて報告する.
症例:53歳,男性
主訴:発熱,腰背部痛
既往歴:特記事項なし.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:2015年12月,1週間持続する発熱と腰背部痛を主訴に近医受診し,超音波検査にて肝腫瘤を指摘され,精査目的に当科紹介となった.血液検査での白血球数増加とCRP値の上昇,腹部CTにて多発肝膿瘍の指摘あり入院となった.
入院時現症:身長165 cm,体重74 kg,体温37.5°C,血圧134/91 mmHg,脈拍110回/分,腹部 平坦かつ軟,左腰背部叩打痛あり.
入院時検査所見:WBC 24,700/μl,CRP 20.727 mg/dl,AST 21 IU/l,ALT 31 IU/l,ALP 973 IU/l,γ-GTP 155 IU/l,LDH 172 IU/l.CEA <0.5 ng/ml,CA19-9 9.7 U/mlと腫瘍マーカーの上昇は認めなかった.また,血液培養では菌は検出されなかった.
入院時腹部CT所見:肝S2被膜下,肝S2尾側に2か所液体貯留を認めた.肝S2被膜下病変は,胃体部小彎側-後壁の壁肥厚部と連続していた.肝S2尾側病変は胃との連続性は見られなかった(Fig. 1).
(a, b) Abdominal CT showed multiple abscesses in the hepatic left lobe (arrows). One of the abscesses connected to the wall of the mid-gastric body (arrowhead).
入院後経過:入院後肝膿瘍に対して広域スペクトラムを有するTAZ/PIPC 4.5 g×3回を開始したところ,白血球数およびCRP値は改善していった.抗生剤治療開始後13日目に腹部CT施行したところ,肝膿瘍は縮小していたが(Fig. 2),胃体部壁肥厚は残存していた.肝膿瘍の原因検索のため消化管検査を行った.
Abdominal CT 2 weeks after treatment showed that the abscesses had decreased in size.
下部消化管内視鏡検査所見:異常所見を認めなかった.
上部消化管検査所見:胃体中部前壁,胃角部小彎に潰瘍(A2)を認めており,同部位の生検ではGroup 1の判定であった(Fig. 3)体部~前庭部にかけては萎縮性胃炎が広がっており,Helicobacter pylori感染が認められた.3週間後に再検したところ,入院時に認められた潰瘍(A2)病変は拡大しており,同部位の生検にてtubular adenocarcinoma,tub2>tub1,Group 5の判定であった(Fig. 4).
Gastroendoscopy showed A2 stage ulceration involving the anterior wall of the mid-gastric body. Biopsy: Group 1 Helicobacter pylori (+).
Follow-up gastroendoscopy 3 weeks after treatment showed that ulceration had extended. Biopsy: Group 5 (tub1-2).
腹部MRI所見:胃体部に8.7 cmの腫瘍を認め,肝左葉と接しており肝浸潤を疑う所見であった.肝S2被膜下,肝S2尾側の液体貯留はいずれもT2強調像,拡散強調像で高信号を認め,被膜に造影効果を認めた.
肝膿瘍の原因としては肝損傷や肝動脈塞栓術などの肝膿瘍の原因となるものはなく,胃癌による直接浸潤および経門脈性感染によるものと診断した.肝膿瘍の縮小後に一旦退院し,手術目的に再入院となった.肝膿瘍治療開始から40日目に胃癌に対する根治手術を施行した.
手術所見:上腹部正中切開にて開腹した.腹腔内に播種結節は認めなかったが,腫瘍は肝外側に強固に癒着しており一塊となっていた.また,横隔膜にも広範囲に接していた.胃癌 MU,Less-Ant-Post,Type 3,cT4b(SI),cN2,cM0 cStage IVA(胃癌取扱い規約第15版)の診断にて,開腹胃全摘,D2+(NO. 8p,12b,12p)郭清,再建Roux-en-Y法,肝外側区域・横隔膜部分切除術を施行した(Fig. 5).
Surgical procedure. Total gastrectomy was performed for gastric cancer that had invaded the left lateral segment (arrow) and diaphragm (arrowhead).
病理組織学的検査所見:体中部小彎側に潰瘍を伴う60×40 mm大の3型腫瘍を認めた(Fig. 6a).胃癌潰瘍底にActinomyces speiciesと思われるグラム陽性桿菌を認めた(Fig. 6b, c).腫瘍は壁外性発育を認め,肝外側への直接浸潤を認めた.肝被膜を超えて肝実質に浸潤していたが,肝内には明らかな転移巣を認めなかった.また,肝内に壊死所見や細菌,膿瘍形成も認めなかった.
(a) Type 3 advanced cancer in the lesser curvature of the mid-gastric body. (b) Cancer cells and a bacterial mass on the fundus of the ulcer (HE, ×40). (c) Gram-staining detected branched gram-positive rods that were similar to Actinomyces species.
最終病理組織学的診断は胃癌 MU,Less-Ant-Post,Type 3,por1>sig,pT4b(SI),INFc,Ly1c,V1a,pN2(4/25),pM1(LYM),pStage IV(胃癌取扱い規約第15版)であった.術後G-SOX療法を開始したが,Grade 3の末梢神経障害のためオキザリプラチンは6コースにて中止した.以降はS-1単剤を2年間内服した.術後52か月経過した現在,肝膿瘍の再燃や癌の再発所見は認めていない.
肝膿瘍の感染経路としてはさまざまな経路が挙げられるが,経胆道性が最も多いとされている1)2).また,肝膿瘍の背景に消化器悪性疾患が存在する頻度が10万人に対して23人程度と報告があり,原因がはっきりしない場合には全消化管を検索すべきである3)4).Laiら5)は肝膿瘍の背景に存在する悪性腫瘍の有病率には差があると報告しており,control群と比較し大腸癌でhazard ratio(以下,HRと略記)=12.66,胆道癌でHR=9.56,膵癌でHR=2.51と高い有病率が示されている.一方で胃癌においては肝膿瘍の有意な危険因子にならないとされているが5),胃癌と肝膿瘍を合併した症例も少なからず報告されている.
医学中央雑誌にて1964年から2018年までの期間で 「胃癌」,「肝膿瘍」をキーワードとして我々が検索したかぎりでは,肝転移を伴わない胃癌に合併した肝膿瘍は,自験例も含めて11例報告されている(Table 1)6)~15).平均年齢は66歳で,男性8例,女性3例と男性に多く報告されているが,これは胃癌の罹患率が男性に多いことが影響していると思われた.背景疾患には糖尿病や心疾患などの報告も認められたが,基礎疾患のない例が7例であり,明らかな特徴は認められなかった.胃癌の肉眼型は表在型が2例,進行型が9例であった.深達度はMが1例,SMが1例,MP以深が8例であり,Stage別ではIが4例,IIが1例,IIIが2例,IVが3例であった.進行癌に多く認められ,早期癌は1例のみであった.
No. | Author | Year | Age | Gender | Form | Liver abscess location | Treatment for liver abscess | Cancer type | Histological classfication | Stage | Operation | Bacterium detected | Prognosis (months) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Ootuki6) | 1990 | 69 | M | Multiple | Borh lobes | PTAD | — | — | — | — | Bacteroides fragilis | dead |
2 | Shimanuki7) | 1992 | 60 | M | Solitary | Left lobes | PTAD | — | por | IIIB | TG+left lateral segmentectomy | — | ND |
3 | Narita8) | 2005 | 53 | F | Multiple | Borh lobes | PTAD | 0-IIc | tub2 | IA | TG+left lateral segmentectomy | — | ND |
4 | Oodaira9) | 2006 | 72 | M | Solitary | Right lobes | antibiotics | 2 | por | IB | TG | ND | 12M |
5 | Sugano10) | 2012 | 68 | M | Multiple | Borh lobes | antibiotics | 3 | por2>tub2 | IV | TG | Fusobacterium | 42M |
6 | Hanazono11) | 2013 | 70 | M | Solitary | Right lobes | PTAD | 2 | tub2 | IIIA | DG | Streptococcus milleri Group | ND |
7 | Okuno12) | 2013 | 77 | M | Solitary | Right lobes | antibiotics | 2, 1 | por1 | IIA | TG | — | ND |
8 | Nakatani13) | 2014 | 58 | M | Solitary | Left lobes | — | 3 | tub2 | IV | TG+left lateral segmentectomy | ND | 24M |
9 | Yamaguchi14) | 2014 | 64 | F | Solitary | Left lobes | antibiotics | 2, 0-IIc, 0-IIa | tub2 | IB | DG | Klebsiella pneumoniae | ND |
10 | Shigefuku15) | 2016 | 85 | F | Solitary | Right lobes | PTAD | 0-IIc | tub2 | IA | ESD | Streptococcus intermedius | ND |
11 | Our case | 50 | M | Multiple | Left lobes | antibiotics | 3 | por>sig | IV | TG+left lateral segmentectomy | Actinomyces species | 52M |
PTAD, percutaneous transhepatic abcess drainage; TG, total gastrectomy; DG, distal gastrectomy; ESD, endoscopic submucosal dissection; ND, not described
自験例のように肝膿瘍を契機に胃癌を指摘された症例は11例中8例で,その他の3例は胃癌に対する根治手術の待機期間中に肝膿瘍を発症していた.肝膿瘍を契機に診断された8例の初発症状は7例が発熱であり,1例が倦怠感であった.肝膿瘍から胃癌を疑う根拠となったのは,CT・MRIなど画像所見が5例,肝膿瘍の培養検査にてStreptococcus speiciesやFusobacterium speiciesなどの消化管起炎菌を認め消化管内視鏡検査を施行した例が3例であった.いずれも,肝膿瘍に対する保存的加療中の検査で指摘されていた.肝膿瘍を伴う胃癌では進行癌が多いことから,肝膿瘍の原因検索ではCTでの胃壁肥厚などの画像所見を見逃さないことが重要と考えられる.
起因菌に関しては,培養の記載がなかった2例を除いた9例のうち5例で明らかになっている.そのうち肝膿瘍ドレナージを施行した5例で膿瘍培養を,抗菌薬投与のみの4例で血液培養を施行している.全体の培養陽性率は55.6%(5/9)であった.膿瘍培養では5例中3例で起因菌が検出され,血液培養では4例中2例で陽性であった.また,肝膿瘍を契機に胃癌を診断した8例では7例で培養検査を施行されており,そのうち4例で起因菌が検出されている.検出された菌種はStreptococcus species,Fusobacterium species,Bacteroides fragilis,Klebsiella pneumoniaeであった.自験例では血液培養は陰性であったが,術後の病理所見から口腔内常在菌であるActinomyces speciesが確認されている.重福ら16)は肝膿瘍の原因菌としてKlebsiella pneumoniae,Escherichia coli,Enterococcus speciesの順に多いとし,Klebsiella pneumoniae,Escherichia coliによる肝膿瘍の背景疾患は胆道系疾患や大腸癌が多いとしている5)17).一方,SMTなど胃腫瘍を背景とした肝膿瘍の起因菌としては,Streptococcus species.やFusobacterium species.などの口腔内常在菌が多いと報告されている18)19).この度検討した11例の培養結果も同様であり,口腔内常在菌の検出は肝膿瘍の背景疾患としての胃癌を疑うことに有用と考えられる.
胃癌の肝膿瘍形成機序に関しては明確に証明されたものはないものの,腫瘍の増大や潰瘍形成による粘膜バリアの破壊により細菌が侵入し,経門脈性に肝膿瘍を形成すると推測されている11)14).この度検討した11例のうち4例は胃癌が肝外側区域に浸潤し,同部位から連続して肝膿瘍形成を認めたことから,胃癌肝浸潤による直達性の肝膿瘍形成と考えられる.そのうち自験例を含む2例は肝膿瘍が多発し,直接浸潤部と連続のない肝膿瘍も認めたことから直接浸潤による肝膿瘍形成と経門脈性の肝膿瘍形成の混在と考えられる.他の7例には直接浸潤の所見はなく,経門脈性の肝膿瘍形成と考えられる.
自験例では,胃癌潰瘍底に菌塊を認めた.ただし,本来胃内は胃酸の影響によりpH 1~2の強酸状態であり,細菌が増殖しにくい環境であるため極端に細菌数が少ない19).そのため,大腸癌と比較し胃癌に関連する肝膿瘍の報告は少ないと考えられる14).また,自験例ではHelicobacter pylori感染と胃粘膜の萎縮性変化を認めた.Helicobacter pylori感染による背景胃粘膜の萎縮性変化や胃内常在細菌叢の多様性低下が,胃細菌叢の発達や胃粘膜バリア破壊を生じさせることで細菌の血中移行を助長し,そのことが肝膿瘍形成に至る要因と考えられる15)20).過去の報告例においては,制酸薬やHelicobacter pylori感染,萎縮性胃炎の有無に関して明確に記載されているものは少なく,今後の症例の蓄積と検討が必要である.
肝膿瘍を伴う胃癌に対する初期治療は抗菌薬投与と膿瘍のドレナージであり,肝膿瘍の改善を得た後に主病変の根治術を行うのが一般的とされている.この度検討した11例では,肝膿瘍ドレナージが5例,抗生剤投与が5例であり,一期的に手術を施行した症例は1例のみであった.胃癌に対する治療はドレナージ後敗血症にて死亡した1例を除いて10例で施行されていた.術式は3例で幽門側胃切除,7例で胃全摘を行い,そのうち肝浸潤を認めた4例は肝外側区域合併切除も施行していた.肝膿瘍の診断から胃癌手術までのタイミングは,1例の緊急手術例を除いて9例が膿瘍の縮小・消失を確認してからとなっており,記載のあるものでは初期治療から胃癌手術までは24日~80日(平均52日)であった.悪性疾患が背景にある肝膿瘍では,肝膿瘍の原因として肝転移の二次感染も鑑別が必要だが7)9)10),肝膿瘍の改善後に画像で再評価をすることで鑑別が可能になる利点がある21).また,肝膿瘍の改善後に悪性腫瘍根治術を施行することによって,不要な肝臓切除を避ける利点も挙げられる.一方で,肝膿瘍治療後に二期的に胃癌手術を行う場合には,手術のタイミングが遅れることが危惧される.肝膿瘍を伴う胃癌の胃切除までの期間と予後について検討されたものは見当たらないが,Furukawaら22)は内視鏡での胃癌の診断から手術までの期間と予後について検討しており,診断後90日以内に手術を行えば独立した予後因子にはならないと報告している.自験例では,肝膿瘍治療開始から40日目に胃癌に対する根治術を施行した.この度検討した11例も平均52日で胃癌手術を行っており,まずは炎症の鎮静化を図った後にできるだけ早い時期に胃癌手術を行うことは妥当と考えられる.
予後について記載のあるものは4例のみで,生存期間は12か月~52か月であった.うち1例は自験例と同様に肝外側への直接浸潤も認めており,肝外側区域の合併切除を施行後に術後化学療法を行うことで2年以上生存中である.本症例はStage IVであったが,術後G-SOX療法,S-1単剤投与を施行し術後4年以上再発なく経過しており,報告のあるなかで予後は最長となっている.Isozakiら23)の報告では,胃癌の肝臓への直接浸潤は他臓器への浸潤と比較し予後は良好としている.胃癌による肝膿瘍形成と予後に関する報告はないものの,本症例やその他の進行胃癌のように長期予後が見込める症例も認めている.肝膿瘍を伴う胃癌においては,まずは肝膿瘍の治療を行い感染コントロールした後に,R0を目指した根治術と術後の化学療法を行うことで長期予後が期待されると考えられる.
利益相反:なし