日本消化器外科学会雑誌
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原著
Patient-reported outcomesに基づいた成人鼠径ヘルニア術後慢性疼痛の発症率とその治療
大倉 啓輔成田 匡大後藤 健太郎岡田 はるか山岡 竜也松末 亮畑 啓昭山口 高史大谷 哲之猪飼 伊和夫
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2021 年 54 巻 5 号 p. 303-312

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Abstract

目的:当院の鼠径ヘルニア術後患者を調査し,鼠径ヘルニア術後慢性疼痛(chronic postoperative inguinal pain;以下,CPIPと略記)の発症率,治療希望患者について検討することを目的とした.方法:2010年4月~2016年3月に成人鼠径ヘルニア修復術を施行した592症例(617病変)に対して術後疼痛に関するアンケートを郵送し,CPIP症例には電話・外来で調査を追加した.疼痛は0~5のnumerical rating scale(以下,NRSと略記)を用いて患者報告アウトカムに基づき評価した.本研究では術後3か月目のNRS≥3の疼痛をCPIPと定義した.結果:427症例(72.9%;450/617病変)から回答を得た.CPIPの発症率は7.6%(34/450病変)で,術後1週目のNRS≥3の疼痛はリスク因子であった(P<0.001).10病変(うち9病変がCPIP)を治療し,CPIP 5病変では疼痛治療のため外来通院を継続した.他のCPIP 4病変・残り1病変(術後3か月目のNRS=2)はアンケートを契機に再受診した.治療介入した全病変でCPIPは消失もしくは改善した.結語:CPIP症例は本邦にも少なからず存在し,術後早期の疼痛管理が重要である可能性が示唆された.積極的な治療介入によりCPIPの改善が見込めるため,術後3か月間のフォローアップが必要である.

Translated Abstract

Purpose: The aim of this study was to evaluate the incidence and treatment course of adult patients with chronic postoperative inguinal pain (CPIP) based on patient-reported outcomes. Patients and Methods: A questionnaire was sent to 592 patients (617 lesions) who underwent inguinal hernia repair between April 2010 and March 2016 at our hospital to assess pain severity at 3 months after surgery using a 6-point numerical rating scale (NRS). We defined CPIP as pain with NRS of 3 or more that lasted for more than 3 months postoperatively. In addition, we directly contacted the patients with CPIP. Results: The questionnaire was returned by 427 patients (72.9%; 450/617 lesions). The incidence of CPIP was 7.6% (34/450 lesions). NRS of 3 or more at 1 week after surgery was significantly associated with the incidence of CPIP. Ten patients, including 9 with CPIP, had treatment for pain. Five patients with CPIP had received pain management since 3 months after surgery. Another 4 patients with CPIP and one without CPIP revisited our hospital to be treated for pain after the questionnaire survey. All patients obtained relief from pain after treatment. Conclusion: CPIP is not an uncommon disease, and this study suggests that early postoperative pain control is important. Patients should be observed for at least 3 months after surgery because early treatment for CPIP is likely to be important.

はじめに

鼠径ヘルニア術後慢性疼痛(chronic postoperative inguinal pain;以下,CPIPと略記)は,今や再発を凌いで最も頻度が高い合併症であるだけでなく,患者のQOLを著しく損なうものである1).2018年に刊行されたInternational Guidelines for Groin Hernia Managementでは,「術後3か月以上持続し,日常生活に支障を及ぼす中等度以上の疼痛」をCPIPと定義し2),その頻度は10%前後と報告されている2)3).海外では訴訟になるケースもあり4)5),すでに社会現象化している.一方,本邦ではCPIPに着目した報告は少なく6)~10),CPIPの経過や治療介入についてのまとまった報告はない.

目的

本研究では,当院で鼠径ヘルニア手術を受けた成人症例に対するアンケート調査によりCPIPの発症率を明らかにし,CPIP症例の治療に至る経過と治療結果について検討することを目的とした.

方法

当院で2010年4月から2016年3月までに成人鼠径ヘルニア修復術を施行した両側鼠径ヘルニア25症例を含む592症例(617病変)を対象とした.それぞれの期間で施行した症例に対して,第1期2012年11月(2010年4月~2012年6月の症例),第2期2013年8月(2012年7月~2013年5月の症例),第3期2016年10月(2013年6月~2016年3月の症例)の計3回に渡って郵送で疼痛に関するアンケート調査を行った.アンケートにおける調査項目は手術1週目・3か月目の疼痛の有無,再発の有無,特に術後3か月の時点で疼痛の訴えがあった場合は,さらに疼痛の誘発動作,性状,頻度,程度,対処法を詳細に質問した.疼痛の程度は,0~5の6段階でのnumerical rating scale(以下,NRSと略記)を用いて患者報告アウトカム(patient-reported outcomes;以下,PROsと略記)に基づき評価した.本研究では,CPIPを「ヘルニア術後3か月経過しても存在する,NRS≥3の疼痛」と定義した.カルテ記載および手術記録から,修復法・麻酔などの臨床データを後方視的に収集した.両側症例の手術時間は1症例あたりの平均値とした.アンケートでCPIPと診断した症例にはアンケート回収時に電話で病状を直接聴取し,疼痛に対する受診の希望を確認した.2016年12月には全CPIP症例に電話連絡を行い,その後の疼痛の状況を聴取した.なお,本研究は京都医療センター倫理委員会にて承認された(承認番号;19-070).

治療を希望した症例には初めにacetaminophen,非ステロイド性消炎鎮痛薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs;以下,NSAIDsと略記)およびpregabalinなどの内服加療を行った.内服加療抵抗性の難治例には当院で採用しているアルゴリズム11)に従って治療を行った.Trigger point block(以下,TPBと略記)や腸骨鼠径神経および腸骨下腹神経に対する神経ブロックなどの侵襲的内科的治療が無効な症例に対しては,外科的治療を施行した.

本研究では両側鼠径ヘルニア症例を含むため,症例数ではなく病変数で解析を行った.また,第1,2,3期を,神経走行を意識して手術を施行できていなかった時期と施行できた時期として,第1期および第2,3期に分けて解析を行った.連続変数は平均値(最小値-最大値)で表した.対応のない独立2群間の検定ではt検定(もしくはMann-WhitneyのU検定)を,2×2分割表に対する検定ではχ2検定もしくはFisher直接確率計算法を用いた.多変量解析では,単変量解析で相関を認める因子(P<0.1)を用いて,ロジスティック回帰分析により解析を行うこととした.統計解析は全てEZR(ver. 1.41)を用いて行い,P<0.05を統計学的有意差ありとした.

結果

1. アンケート回収率および患者背景

郵送によって427症例(72.9%;450/617病変)から回答を得た.手術からアンケート回答までの期間中央値は17か月(3~40か月)であった.当院での患者・手術背景について表にまとめた(Table 1).患者年齢中央値は71歳(20~94歳)であり,男性・初発の症例が9割以上を占めていた.修練医が執刀した症例は86.7%を占めていた.局所麻酔下でのヘルニア修復術が主な施行術式であり(65.6%),修復方法は95%以上が前方アプローチであった.内訳は,Lichtenstein法が最多(59.8%)であった.次いでDirect Kugel法(22.9%),PHS,UHS法(12.9%)の順に多かった.前方アプローチでの術中神経確認は第1期と比較し,第2,3期で増加したが,3神経全て同定できた症例は第2,3期通して38/285病変(13.3%)であった(Table 2).また,腹腔鏡下手術症例は全体の2.7%であった.術後1週目の疼痛がNRS≥3の症例は58.0%であった.

Table 1  Profiles and operative data for patients who completed the survey
n=450
GenderMale41091.1%
Female408.9%
Age (y.o) mean (range)71(20–94)
Body mass index mean (range)22.4(13.7–31.8)
Study periodApril, 2010–June, 201215334.0%
July, 2012–May, 20138118.0%
June, 2013–March, 201621648.0%
SurgeonSenior surgeon6013.3%
Trainee39086.7%
Operation time (min) mean (range)94(42–336)
TimesPrimary43396.2%
Recurrence173.8%
Past historyProstatectomy4810.7%
not40289.3%
OperationElective43897.3%
Emergency122.7%
Type of herniaDirect9922.0%
Indirect30968.7%
Femoral30.7%
Pantaloon398.7%
LateralityLeft19643.6%
Right25456.4%
AnesthesiaLocal29565.6%
Spinal10523.3%
General5011.1%
RepairLichtenstein26959.8%
Direct Kugel10322.9%
PHS/UHS (Bilayer)5812.9%
TAPP (Laparoscopy)122.7%
others81.8%
IIN/IHN/GB identification*all398.9%
not39991.1%
The length of stay after surgery (days) mean (range)3(1–29)
Inguinal pain at 1week after surgeryNRS≤218942.0%
NRS≥326158.0%

IIN, ilioinguinal nerve; IHN, iliohypogastric nerve; GB, genital branch of genitofemoral nerve

* except for TAPP

Table 2  Rate of nerve identification during surgery in each study period (except for TAPP)
Study period IIN IHN GB All nerves
April, 2010–June, 2012 4.6% 5.2% 0.7% 0.7%
July, 2012–May, 2013 60.5% 37.0% 23.5% 22.2%
June, 2013–March, 2016 56.9% 39.2% 14.7% 9.8%

IIN, ilioinguinal nerve; IHN, iliohypogastric nerve; GB, genital branch of genitofemoral nerve

2. CPIPの発症率とリスク因子

450病変のうち,術後3か月の時点で140病変(31.1%)にNRS≥1の疼痛があり,NRS=1 or 2の症例は106病変,NRS≥3の症例は34病変であった(Fig. 1).したがって,7.6%(34/450病変)にCPIPが発症していた.単変量解析では,術後1週目の疼痛がNRS≥3の症例(NRS≥3:33/261病変vs. NRS≤2:1/189病変;P<0.001)で有意にCPIPを多く発症していた.一方,性別,年齢,若年症例,BMI,手術時期,執刀医,手術時間,初発/再発,待機/緊急手術,麻酔方法,メッシュの有無,術式,3神経の同定,術後在院日数では有意差を認めなかった.単変量解析で相関を認める因子は術後1週目の疼痛のみであり,多変量解析には至らなかった(Table 3).

Fig. 1 

Survey of inguinal pain after inguinal hernia repair using a questionnaire.

Table 3  Univariate analysis of risk factors for CPIP
Variable Patients experiencing CPIP Cases/total (%) Univariate analysis
P OR 95% CI
Gender Male 29/410 (7.1%)
Female 5/40 (12.5%) 0.21 1.87 0.53–5.34
Age <71 18/221 (8.1%)
≥71 16/229 (7.0%) 0.72 0.85 0.39–1.81
<50 2/23 (8.7%)
≥50 32/427 (7.5%) 0.69 0.85 0.19–7.81
Study period April, 2010–June, 2012 15/153 (9.8%)
July, 2012–March, 2016 19/297 (6.4%) 0.26 0.63 0.29–1.38
Surgeon Senior surgeon 8/60 (13.3%)
Trainee 26/390 (6.7%) 0.11 0.47 0.19–1.25
Times Primary 32/433 (7.4%)
Reccurence 2/17 (11.8%) 0.37 1.67 0.18–7.69
Operation Elective 34/438 (7.8%)
Emergency 0/12 (0%) 0.61 0 0.00–4.49
Anesthesia Local 22/295 (7.5%)
Others 12/155 (7.7%) 1 1.04 0.46–2.27
Repair Mesh 34/446 (7.6%)
Non-mesh 0/4 (0%) 1 0 0.00–18.9
Lichtenstein 18/269 (6.7%)
Others 16/181 (8.8%) 0.47 1.35 0.63–2.90
Direct Kugel 7/103 (6.8%)
Others 27/347 (7.8%) 0.83 1.16 0.47–3.25
PHS, UHS (Bilayer) 7/58 (12.1%)
Others 27/392 (6.9%) 0.18 0.54 0.21–1.55
TAPP (Laparoscopy) 1/12 (8.3%)
Others 33/438 (7.5%) 1 0.9 0.12–39.7
IIN/IHN/GB identification* All 5/39 (12.8%)
Not 28/399 (7.0%) 0.20 0.51 0.18–1.82
Inguinal pain at 1 week after surgery NRS≤2 1/189 (0.5%)
NRS≥3 33/261 (12.6%) <0.001 27.1 4.45–1,107

IIN, ilioinguinal nerve; IHN, iliohypogastric nerve; GB, genital branch of genitofemoral nerve

* except for TAPP

3. CPIP症例の詳細と治療経過

2016年12月にCPIP 32症例(34病変)に対して改めて電話連絡を試み,27症例(29病変)と連絡が可能であった.手術から電話連絡までの期間中央値は52か月(9~78か月)であった.27症例(29病変)のうち,9症例(11病変)では時間経過のみで疼痛は消失していた.これらの症例に関して,術後3か月目の疼痛の程度は術後1週目と比較して不変もしくは軽快していたことが特徴として挙げられた.また,9症例(9病変)では疼痛ありと返答したが,受診・治療には至らなかった.残りの9例(9病変)は電話連絡の時点ですでに疼痛に対する治療を受けていた.

治療介入を行った症例は,上記のCPIP症例9病変に加えて,術後3か月時点のNRSが2であった1病変の,合わせて10病変(2.2%)であった(Fig. 1).術後3か月の時点でNRS=2であった1病変はアンケートを契機として外来受診した.一方,NRS≥3であった9病変のうち,4病変は一旦終診となっていたが,アンケートを契機に来院し,治療を希望した.残りの5病変は治療を希望し外来通院を継続しており,そのうち4病変は術後外来で疼痛の訴えがあり,継続して外来で治療介入を行った.1例は初回外来で疼痛の訴えがあり治療介入を継続していたが,術後2か月目に脊椎管狭窄症に対する手術を施行され,その後フォローアップが途絶えてしまった.しかし,疼痛が改善しないため術後16か月後に再受診した12)

治療介入を要した10病変をTable 4にまとめた.全例で内服加療を行ったがコントロール不十分であった.引き続き侵襲的内科的治療を施行し,6病変で疼痛が消失,2病変は疼痛が残存するものの改善傾向であり外科的治療は希望せず治療を終了した.侵襲的内科的治療に抵抗性の2病変に対しては外科的治療を行い,疼痛は消失した.外科的治療を行った2症例のうち,1症例は腹腔鏡下メッシュ部分除去・神経切離術を13),もう1例は後腹膜鏡下3神経切離術を施行した12)

Table 4  Cases with chronic postoperative inguinal pain in our hospital
CPIP (NRS) Reason for re-visit Treatment Outcome
2 questionnaire Medication TPB×1 Pain free
3 questionnaire Medication TPB×1 Pain free
3 questionnaire Medication TPB×3 Pain free
3 questionnaire Medication TPB×3 Pain free
4 Pain after discharge Medication TPB×1 Nerve Block×1 Surgery Pain free
4 Pain after discharge Medication TPB×34 Nerve Block×2 Pain improved
4 questionnaire Medication Nerve Block×1 Pain free
5 Pain at 2 months after surgery Medication TPB×3 Pain free
5 Pain after discharge Medication TPB×15 Nerve Block×1 Pain improved
5 Pain after discharge Medication Nerve Block×2 Surgery Pain free

TPB: trigger point block

考察

当院で施行した成人鼠径ヘルニア症例におけるアンケート調査ではCPIPを7.6%に認め,治療介入を行った症例は2.2%であった.これは海外からのNationwide Studyで報告されている頻度と近似しており14).本邦においてもまれな合併症ではないことがうかがわれた.近年,CPIPについては従来の医療者の客観的評価ではなく患者の主観的評価が重要視されており15),海外における鼠径ヘルニア術後合併症に関する研究はPROsに基づいて報告されている3)16).本研究では鼠径ヘルニア根治術を執刀する医師の約9割が修練医であり,これは本邦における鼠径ヘルニア手術の実臨床と矛盾しない17).本研究は単施設ではあるが鼠径ヘルニア手術における実臨床に沿ったデータであること,PROsに基づいて合併症を評価している点から海外からの報告に近似した結果となったと考えられる.

海外からCPIPのリスク因子として,術後早期の中等度以上の疼痛が報告されており18)19),術後早期の疼痛のコントロールがCPIP発症の予防に有用な可能性がある18).本研究においても術後1週目の中等度以上の疼痛が発症の有意なリスク因子であり,その頻度は58.0%であった.過去の文献では術後1週目の中等度以上の疼痛は6~47%19)~23)と報告されている.評価方法,適格基準が報告により異なるため,試験ごとの比較は困難だが,除外症例が少なかった前向き観察研究では47%と19),本研究に近似した結果であった.また,本研究では調査の対象としていないが,海外の大規模アンケート調査では術前の疼痛の有無が術後疼痛のリスクを1.5倍に増加させるという報告があるため24),初診時に疼痛の有無を確認し,疼痛を有する症例にはCPIP発症に関して十分に説明したうえで手術を施行する必要がある.

当院で慢性疼痛に対して治療介入を要した病変は全病変の2.2%(10/450病変)であったが,その半数はアンケート調査が契機となっていた.治療介入を要した病変は鎮痛薬による疼痛コントロールでは不十分であり,全病変に侵襲的内科的治療や外科的介入を行った.海外では各種メディアでCPIPの事例が報じられ訴訟に至るケースも少なくなく4)5),外科医および患者側にも広く認知されている.しかし,本邦ではまだまだ患者側のCPIPに対する意識は低い.本研究により,医療者側からの呼びかけで,治療介入に至る症例が少なからず存在することがわかった.侵襲的内科的治療により外科的介入が回避できること25),またそれを含めたアルゴリズムを用いて治療を行うことで良好な成績が得られることが報告されていることからも11)26),患者のQOL改善のために早期から積極的治療介入を行うことが重要である.その場合は疼痛の程度に応じて,特にCPIP症例では,侵襲的治療を検討すべきである.本研究ではCPIP症例の中でも,NRSが比較的低い症例は侵襲的内科的治療のみで疼痛が消失した傾向にあった.症例によっては外科的介入を行わずとも,QOL改善が得られるかもしれない.

我々は,CPIPが発症すると歩行障害をはじめとした運動機能障害や突発的に起こる疼痛に対する恐怖からうつ状態に陥るなど,患者のQOLが著しく低下することを報告した11).一般的に慢性疼痛の罹病期間の長期化や重症化に伴う痛みの悪循環27)や侵害受容性疼痛に対する早期治療の重要性28)については報告されているが,本邦では多くの施設において退院後初回外来でフォローアップが終了されているのが実状であり17),術後外来通院期間の再検討が必要である.CPIPに対する積極的治療介入の有用性が報告されていることから29),当院では全症例で術後3か月までの外来フォローアップを励行し,疼痛に対しては早期から内服治療を開始している.本研究の結果を踏まえると,少なくとも術後早期の中等度以上の疼痛を有する患者には術後3か月目までのフォローアップは重要であり,術後3か月の時点で疼痛が持続している症例に対しては積極的に侵襲的な治療介入を行うべきである(Fig. 2).

Fig. 2 

Proposal for follow-up after inguinal hernia repair.

CPIPの予防にはいくつかの方法が報告されている.2019年に報告された二つのメタアナリシスでは,前方切開法と比較して腹腔鏡下手術では疼痛が少ないとの結果であった3)30).また,国内外のガイドラインでは,CPIP予防の術中対策として,鼠径管内を走行する3神経(腸骨鼠径・腸骨下腹神経,および陰部大腿神経陰部枝)の同定が推奨されている2)31)32).海外からは70~90%の症例で3神経の同定が可能だとする意見があり31),術中に3神経の走行確認を励行する必要がある.これらに加えて,本研究で示した術後早期の疼痛コントロールも,CPIPの予防に重要であることが示唆された.鼠径ヘルニア術後の疼痛コントロールについては,術中の区域麻酔の利用や,術後は定期的なNSAIDsもしくは選択的COX2阻害剤,paracetamolの内服併用,疼痛の程度によってはオピオイドの追加が推奨されている2)33).術後の積極的な疼痛コントロールの方法・有用性についても今後検討する必要があると思われた.

現在ではメッシュを用いた修復術が鼠径ヘルニア手術のgolden standardとなっている.一方,CPIPの発症にはメッシュ自体が関与しているといった主旨の報告もある34).さらには,長期的なメッシュ留置が精管にダメージを与え,不妊の一因になることや35)36),性交時痛の出現についても報告されている37).当院では,Lichtenstein術後に,meshomaによる精索の圧迫から慢性的な虚血による精巣の疼痛と萎縮を来し,再手術が必要になった症例を経験した38).このような背景から,アメリカ食品医薬品局のホームページ上では,2018年2月4日付で“Despite reduced rates of recurrence, there are situations where the use of surgical mesh for hernia repair may not be recommended. Patients should talk to their surgeons about their specific circumstances and their best options and alternatives for hernia repair.”と記載されており39),メッシュの使用に対して警鐘を鳴らしている.また,今回の検討では含めていないが,11~18歳の思春期の若年者の外鼠径ヘルニアに対しては,メッシュを使用しない術式が適応となりうるとする報告もある40).現時点ではCPIPをエンドポイントにしてメッシュ修復法と組織修復法を比較したメタアナリシスでは,CPIP発症率に関して統計学的な有意差は示されていないが41)42),CPIPとそのほかの合併症を合わせた晩期合併症を考慮すると,患者一律の治療方法ではなく,患者背景に応じた鼠径ヘルニアの修復方法は今後の重要な検討課題の一つと考えられる.

本研究の特長は,アンケート調査の集計だけでなく,CPIP患者に対する治療介入によるアウトカムを示したことである.一方で問題点としては,1)術前の疼痛について評価ができていないこと,2)単施設かつ後方視的研究であること,3)アンケート調査を行った時期が一定でないことが挙げられる.アンケート調査期間が一定でなかったことも,時期によってCPIP発症に多少のばらつきがあった一因だと推測される.さまざまな交絡因子が考えられ,これらを是正するためには多施設での前向き研究を行う必要がある.

CPIPは本邦でも決してまれな合併症ではない.我々の検討では術後1週目の中等度以上の疼痛がCPIPのリスク因子であり,術後早期からの疼痛コントロールが重要となる可能性が示唆された.CPIP治療希望者は外科医が想定している以上に存在していた.また,慢性疼痛を有する患者が自ら来院するパターンは半数であり(5例/10例;50%),こちらからの働きかけがないと来院しないパターンも少なくないことがうかがえた.また,積極的な治療により疼痛コントロールは良好で,治療を受けた10例中,8例で疼痛は消失し,2例で疼痛の改善を認めた.以上のことから,外来フォローアップを術後3か月まで行い,疼痛を有する症例に対しては早期から侵襲的内科的治療を含めた治療介入を積極的に行うことが患者のQOLを改善するうえで重要であると思われた.

利益相反:なし

文献
 

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