日本消化器外科学会雑誌
Online ISSN : 1348-9372
Print ISSN : 0386-9768
ISSN-L : 0386-9768
症例報告
潰瘍性大腸炎に合併した肛門管扁平上皮癌の1例
河井 邦彦荻野 崇之松井 崇浩藤野 志季三吉 範克高橋 秀和植村 守松田 宙九嶋 亮治水島 恒和土岐 祐一郎江口 英利
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2021 年 54 巻 5 号 p. 351-358

詳細
Abstract

症例は60歳の女性で,52歳時に潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis;以下,UCと略記)(左側大腸炎型)と診断された.59歳時に施行したサーベイランス目的の下部消化管内視鏡検査にて肛門管に隆起性病変を認め,生検にて扁平上皮癌と診断された.肛門管扁平上皮癌に対する治療の第一選択は化学放射線療法であるが,直腸肛門部粘膜の炎症増悪が懸念されたため手術の方針となった.腹腔鏡下大腸全摘術(内肛門括約筋合併切除を伴う),回腸囊肛門吻合術,回腸瘻造設術を施行した.病理組織診断にてpT2N1bM0,Stage IIIAであったため,術後補助化学療法としてFOLFOXを12クール施行し,術後8か月現在まで無再発生存中である.UCに合併した肛門管扁平上皮癌の1例を経験したので報告する.

Translated Abstract

The patient was diagnosed with ulcerative colitis (UC) of a left-sided colitis type at age 52. Surveillance colonoscopy at 59 showed a protruded lesion in the anal canal, and endoscopic biopsy revealed squamous cell carcinoma. While chemoradiotherapy is the first line treatment for squamous cell carcinoma of the anal canal, in this case surgery was performed because of the risk of inflammatory exacerbation of the rectal-anal mucosa. Total proctocolectomy and ileal pouch anal anastomosis with ileostomy was performed at age 60. The histopathological diagnosis was pT2N1bM0 Stage IIIA. Twelve cycles of FOLFOX were administered as postoperative adjuvant chemotherapy. There was no recurrence in 8 months after surgery. We report this case as an example of squamous cell carcinoma of the anal canal associated with UC.

はじめに

潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis;以下,UCと略記)における大腸癌の発生リスクは一般人口と比較して2.4倍高く,罹患範囲が全大腸に及んでいるUCでは14.8倍高くなると報告されている1)2).大腸癌累積発生率は,罹患10年で0.5~2%,20年で4.1~8%,30年で6.3~18%であり,罹患期間が長期になると増加する3)4).UCに合併する大腸癌(UC associated cancer;以下,UCACと略記)の危険因子として,罹患範囲や罹患期間の他に,炎症の程度,家族歴,原発性硬化性胆管炎の合併,若年発症などがある5).UCACは通常の大腸癌とは異なる組織所見を示すことが多く,特徴として低分化型腺癌,粘液腺癌,印環細胞癌の頻度が高く,分化型腺癌の場合でも浸潤性発育を呈することが挙げられる6)

UCACの発生部位として直腸が52%と最も多く,順にS状結腸23%,横行結腸14%,下行結腸12%,上行結腸6%,盲腸5%と報告されている一方で7),肛門部(肛門管を含む)は0.3~0.8%と非常にまれである8)9).本邦において,通常の大腸癌における肛門管癌の割合は0.7%であり10),その中でも扁平上皮癌は14.7%と報告されている11).UCに合併した肛門管扁平上皮癌は極めてまれであり,報告例もほとんどない.

症例

患者:60歳,女性

現病歴:52歳時に下痢,血便を主訴に近医を受診した.UC(左側大腸炎型)と診断されるも無投薬で軽快した.54歳時に症状の再燃があり,メサラジン内服を開始した.59歳時に施行した下部消化管内視鏡検査で肛門部の隆起性病変を指摘されたため加療目的に当科に紹介となった.当科初診時,UCによる症状は認めなかった.

既往歴:特記事項なし.

家族歴:特記事項なし.

入院時血液検査所見:血算は正常範囲内,生化学検査ではCRP 0.38 mg/dlと軽度上昇していた.腫瘍マーカーは正常範囲内であった.

下部消化管内視鏡検査所見:肛門管左後壁側に歯状線をまたぐ約20 mm大の0-Is病変を認めた(Fig. 1a~d).生検の結果はsquamous cell carcinomaであった.S状結腸から直腸Rbにかけては連続性に浮腫状の粗造粘膜および小びらんの散在を認め,Matts分類Grade 2相当であった(Fig. 1e, f).

Fig. 1 

Colonoscopy findings. a–c: A type 0-Is tumor with a 20 mm diameter in the anal canal (arrow). d: Narrow band imaging revealed irregular vascularization in the elevated lesion. e, f: Edematous rough-surfaced mucosa and erosion from the sigmoid colon to rectum.

胸腹部CTおよび腹部MRI所見:明らかな腫瘍病変は同定できなかった.画像上は側方,鼠径を含めた領域リンパ節に明らかな転移を認めなかった.明らかな遠隔転移を認めなかった.左卵巣囊腫を認めた.

以上より,UC(再燃寛解型・左側大腸炎型)を背景に発症した肛門管癌(cT1bN0M0 Stage I)と診断し手術を行う方針とした.

手術所見:腹腔鏡下に腹腔内を観察したところ明らかな肝転移や腹膜播種を認めなかった.後腹膜アプローチで右側結腸を授動し,内側アプローチで左側結腸を授動した.下腸間膜動脈は根部で切離し中枢側リンパ節郭清を行った.直腸の授動はロボット支援下にて行い肛門管レベルまで剥離し,並行して経肛門操作を行い腫瘍から2 cmのマージンを確保しつつ,3時から8時方向の内括約筋は全摘除し,内外を交通させ腫瘍を摘出した(Fig. 2).術式としては,腹腔鏡下大腸全摘術(内肛門括約筋合併切除を伴う),回腸囊肛門吻合術,回腸瘻造設術,左卵巣摘出術を施行した.手術時間は8時間30分,出血量は50 mlであった.

Fig. 2 

Operative findings. The tumor was located in the posterior wall of the anal canal.

切除標本肉眼所見:肛門管の腫瘍は最大径22 mmのtype 0-Is病変であり,その他の部位に明らかな腫瘍性病変を認めなかった.直腸からS状結腸にかけて発赤を伴う浮腫状粘膜を認めた(Fig. 3a).

Fig. 3 

Excised specimen and histopathological findings. a: The tumor was located in the encircled area. b: HE staining of the tumor. Bar=1 mm.

病理組織学的検査所見:HE染色では歯状線を跨ぐように扁平上皮癌の像を認め,肛門管の腫瘍組織は充実成分を含んでおり,明らかな角化像は認めず,腫瘍浸潤は固有筋層まで及んでいた(Fig. 3b).回盲部から下行結腸にかけては炎症細胞の浸潤は軽度であった.直腸粘膜には高度の炎症細胞浸潤を認めたが,腫瘍性変化を示唆する異型は認めなかった.免疫組織化学染色の結果,p53免疫染色検査では強陽性を示す腫瘍細胞は認められなかった(Fig. 4a).腫瘍細胞はp40免疫染色検査,p63免疫染色検査,p16免疫染色検査に強陽性を示しており,human papillomavirus(以下,HPVと略記)感染を伴う肛門管扁平上皮癌と診断した(Fig. 4b~d).

Fig. 4 

Immunohistochemical findings. Most tumor cells had weak p53 expression (a). Tumor cells were positive for p40 (b), p63 (c), and p16 (d). Bar=250 μm.

術後診断:UICC 8th edition12)に準ずると,P,type 0-IIa+IIc,22×14 mm,pT2,scc,INFb,Ly1a,V1a,BD1,Pn0,pPM0,pDM0,pRM0,pN1b(2/63),M0,pStage IIIAであった.2個のリンパ節転移部位は傍直腸リンパ節(251)であった.

術後経過:術後合併症はなく第16病日に経過良好で退院した.術後補助化学療法としてFOLFOXを12クール施行し,術後8か月現在まで無再発生存中である.術後肛門内圧検査では静止圧,随意圧ともに低下しており,骨盤底筋体操を実施している.回腸瘻閉鎖は未施行である.

考察

肛門管に扁平上皮癌が発生する原因として,慢性炎症による扁平上皮化生,異所性扁平上皮起源,腺癌細胞の扁平上皮化生,未分化基底細胞癌の異常分化,HPV感染などが挙げられる13).扁平上皮癌の病理診断には主にp40免疫染色検査,p63免疫染色検査が用いられ,p63免疫染色検査は扁平上皮癌細胞だけでなく腺癌細胞でも陽性を示すが,p40免疫染色検査では扁平上皮癌細胞のみが陽性となるため両者の鑑別に有用である.UC大腸粘膜に異型上皮を認めた場合には,炎症再生上皮との鑑別のためp53免疫染色検査を行い,同蛋白の過剰発現を認めれば腫瘍性変化と診断されるが6),偽陰性になることもあるため,p53染色陰性は必ずしも腫瘍性変化を否定するものではないことに注意する必要がある14).p16免疫染色検査はHPV由来の異形成・癌において強陽性を示す有用なマーカーである15).本症例は炎症粘膜を認めていた直腸肛門部に発生した腫瘍であったため,当初は慢性炎症を背景とした粘膜の扁平上皮化生や腺癌細胞の扁平上皮化生による発癌を疑っていた.p40免疫染色検査,p63免疫染色検査ともに強陽性を示しており肛門管扁平上皮癌であったが,腫瘍細胞にp53蛋白の過剰発現を認めずp16免疫染色検査が強陽性であった.本症例はステロイドや免疫抑制剤は使用していなかったが,UCによる炎症性粘膜を母地とした発癌ではなくHPV感染を背景として発生した肛門管癌と考えられた.

HPVは頭頸部癌や子宮頸癌の原因ウイルスとして知られている.頭頸部癌におけるHPV関連腫瘍の発症部位の大部分は中咽頭であり16),中咽頭癌がHPV関連腫瘍である割合は93%と報告されている17).子宮頸癌では90%以上の症例において,後述のhigh-risk HPVが原因ウイルスとされる.1979年のCooperら18)による報告以来,HPV感染と肛門部の扁平上皮癌発生との関係性が示唆されている19)20).UC患者ではステロイドや免疫抑制剤の長期内服により易感染状態にあることに加え,腸管粘膜に慢性炎症状態が持続することで粘膜免疫機構が破綻しHPVが容易に宿主遺伝子に侵入しやすいと考えられる21).HPV16型をはじめとするhigh-risk HPVはウイルス性発癌性遺伝子E6,E7をコードしており,二つの蛋白はHPV関連癌細胞に常に発現している.HPV16型が宿主遺伝子に組み込まれるとE6およびE7が高発現し,E6蛋白はp53癌抑制機能を22),E7蛋白はRbの癌抑制機能を不活化させ,その結果としてp16蛋白が過剰発現する23).本症例は再燃寛解型のUCであり,粘膜免疫が低下した直腸肛門部よりHPVが侵入し,扁平上皮癌が発生したと推察された.

肛門管扁平上皮癌の治療として,NCCNガイドラインでは遠隔転移を伴わない場合は化学放射線療法(chemoradiation therapy;以下,CRTと略記)が第一選択であり,5-FU/マイトマイシンまたはマイトマイシン/カペシタビンまたはシスプラチン/5-FUの併用が推奨されている24).放射線療法の有害事象として,肛門の潰瘍や狭窄,放射線性腸炎などが挙げられ25),自験例ではUCによる直腸肛門部粘膜の炎症を認めており,CRTによる炎症増悪が懸念されたため手術の方針とした.UCに対する標準手術は大腸全摘術および回腸囊肛門吻合術(ileoanal anastomosis;以下,IAAと略記)または回腸囊肛門管吻合術(ileoanal canal anastomosis;以下,IACAと略記)であるが,癌やdysplasiaを合併するような症例にはIAAを,高齢者や肛門機能温存の希望が強い症例に対してはIACAを選択することが多い25).IAAは肛門管の粘膜切除を行うため,術後内肛門括約筋機能が低下し,一期的手術は難しいと考えられていたが,池内ら26)は症例によっては一期的手術が可能であることを報告している.本症例では,腫瘍部位が肛門管であったため腹会陰式直腸切断術(abdominoperineal resection of rectum;以下,APRと略記)を伴う大腸全摘術を考慮したが,肛門温存希望が非常に強く,内肛門括約筋切除(intersphincteric resection;以下,ISRと略記)を伴う大腸全摘術およびIAAを施行した.術前生検にてp16免疫染色検査を行い強陽性と判明していた場合,HPV関連癌を疑っていたとしても周囲粘膜上皮のp53変異度までは同定できないため,癌やdysplasiaを合併するUCに対する標準治療である大腸全摘術の選択が妥当と考えられる.術前の画像検査ではリンパ節転移を認めず,局所切除も治療の選択肢に挙げたが,上述の理由に加え,年齢やリンパ節転移のリスクを考慮して行わなかった.また,肛門管癌の術後治療として,完全切除が見込めない症例や腫瘍からの切除距離が十分でない症例,骨盤内へのリンパ節転移のリスクが高い症例では術後化学放射線療法を施行することが推奨されている.併用する化学療法のレジメンとしては,5-FU/マイトマイシンまたはシスプラチン/5-FUが推奨されている27).しかし,リンパ節転移を伴うUC合併肛門管扁平上皮癌に対する術後補助化学療法のエビデンスは乏しく,自験例では5-FU,プラチナ製剤を含んでいるFOLFOXを選択し,計12クール施行した.

PubMed,医学中央雑誌で「潰瘍性大腸炎」,「肛門管」,「扁平上皮癌」をキーワードに1980年から2019年の期間で検索したところ,UCに合併した肛門管扁平上皮癌の報告は自験例を含め6例であった(Table 128)~32)).性別は男性:女性=2:4と女性に多く,年齢は56(32~70)歳で,罹病期間は11.7(7~18)年,罹患範囲としては全大腸型が半数を占めていた.術式としては大部分がAPRを伴う大腸全摘術を施行しており,ISRを伴う大腸全摘術は本症例が初めてであった.術後補助化学療法の施行例の報告も過去になく,今後は肛門機能や再発などを含めて厳重に経過観察していく必要がある.また,自験例以外の5例ではいずれも肛門管癌とHPVとの関連性は不明であった.

Table 1  Reported cases based on a keyword search for “ulcerative colitis”, “squamous cell carcinoma” and “anal canal”
No. Author Year Age Sex Disease duration (year) Clinical course Clinical type Surgery Residural tumor Stage Postoperative treatment Follow-up period (month), Outcome
1 Sagayama28) 2007 65 F 12 unknown total colitis TPC R0 I None 12M, alive
2 Uchino29) 2008 52 F 9 unknown total colitis TPC R0 I None 12M, alive
3 Ichikawa30) 2013 32 M 18 chronic continuous unknown APR post TPC R0 II None unknown
4 Kotze31) 2016 70 F 10 unknown proctitis TPC with APR R0 IIIA None 1M, alive
5 Tajirishita32) 2017 32 M 14 relapse-remitting total colitis APR post TPC R2 IIIC CRT (5-FU+MMC) 9M, death
6 Our case 59 F 7 relapse-remitting left-sided colitis TPC with ISR R0 IIIA FOLFOX 8M, alive

TPC: total proctocolectomy, APR: abdominoperineal resection of rectum, ISR: intersphincteric resection, IPAA: ileal J-pouch anal anastomosis

本症例ではUCによる直腸粘膜の炎症が背景にあったため,CRTではなく手術を施行した.現時点ではUCに合併した肛門管扁平上皮癌に対する治療に関するエビデンスはなく,患者の状態や希望に応じて適切な治療法を選択することが肝要であろう.

利益相反:水島恒和(寄附講座:医療法人錦秀会)

文献
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top