日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
筋弁による修復と気道管理の工夫により救命しえた食道癌術後気管膜様部穿孔の1例
香川 正樹池部 正彦中ノ子 智徳上原 英雄杉山 雅彦太田 光彦森田 勝竹之山 光広井上 要二郎藤 也寸志
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2022 年 55 巻 9 号 p. 549-557

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Abstract

食道癌術後に気管膜様部穿孔と膿胸を発症し,手術と術後気道管理の工夫によって救命した1例を経験した.症例は65歳の男性で,食道癌Stage IIと診断し,術前化学療法後に胸腔鏡下食道亜全摘,胃管による胸骨後経路再建術を施行した.術後7日目に縫合不全を認め,保存的に加療した.術後10日目の胸部CTで右胸腔に被包化された胸水を認め,膿胸と診断した.術後14日目の気管支鏡検査で気管膜様部に3か所の穿孔を認め,遅発性気管膜様部穿孔と診断し,頸部食道瘻造設術,胸壁前胃管空置術,筋弁被覆術,開窓術を施行した.術後はダブルルーメンチューブで気道管理を行い,別々の人工呼吸器を用いて分離肺換気とした.次第に穿孔部は上皮化し,再手術後44日目に抜管した.初回手術より94日目に胸郭形成術を,153日目に遊離空腸を用いた再建術を施行し,196日目に退院した.

Translated Abstract

A 65-year old man was diagnosed with esophageal cancer cStage II and underwent neoadjuvant chemotherapy and subtotal esophagectomy. Anastomostic leakage was observed on postoperative day (POD) 7, and blood sampling revealed a marked increase in inflammatory reaction on POD 10. Chest CT revealed pleural effusion in the right thoracic cavity and empyema was diagnosed. Bronchoscopy revealed three perforations of the membranous trachea on POD 14, and emergency surgery was conducted for cervical esophagostomy, exclusion of the gastric tube, and fenestration. After this surgery, differential lung ventilation was performed with a double lumen tube and two ventilations. The perforations epithelized and extubation was possible 44 days after the emergency operation. Thoracoplasty was performed on POD 94 (after the initial surgery), followed by esophageal reconstruction by free jejunal autograft on POD 153. The patient was discharged on POD 196. We report this case as an example of a successful surgical strategy and postoperative management for perforation of the membranous trachea.

はじめに

食道癌術後の気管膜様部穿孔はまれであるが,一旦発症すると重篤な感染症を併発し,致死的となりうる合併症である1)~4).今回,食道癌術後に気管膜様部穿孔と,それに伴う膿胸を発症し,適切な手術と術後気道管理の工夫によって救命しえた1例を経験したので,報告する.

症例

患者:65歳,男性

主訴:なし.

既往歴:高血圧症,脂質異常症,陳旧性心筋梗塞(63歳)

生活歴:喫煙 20本×40年(20~60歳),飲酒 焼酎お湯割り3合

現病歴:近医で低ナトリウム血症の精査目的に上部消化管内視鏡検査を施行され,門歯より35 cmに進行食道癌を指摘された.当科へ紹介となり,胸部下部食道癌Lt,42×20 mm,cT3N0M0,cStage IIと診断した.術前治療としてネダプラチン+5-fluorouracil(5-FU)の投与を2クール施行した後に,根治切除を行った.腹臥位にて胸腔鏡下食道亜全摘術(胸管は温存し,右気管支動脈は切離した)を行った後に,仰臥位へ体位変換し,開腹して胃管による胸骨後経路再建術を施行した.吻合は頸部操作で,直線型自動縫合器を用いた三角吻合を施行した.手術時間は9時間24分,出血量は117 ml,術中合併症は認めなかった.

術後7日目に施行した採血で,C-reactive protein(以下,CRPと略記)35.97 mg/dl,白血球数16,000/μlと炎症反応の上昇あり,嚥下透視にて吻合部後壁からわずかな造影剤の漏出を認めた.術中に留置した吻合部背側のドレナージチューブから良好なドレナージが得られたため,チューブ留置のまま縫合不全の治療を行った.術後10日目に発熱・酸素化低下を来し,採血にてCRP 38.59 mg/dl,白血球数17,400/μlとさらなる炎症反応の上昇を認めた.胸部CTにて右胸腔に被包化された胸水を認め,膿胸と診断し,胸腔ドレーンを留置した.上縦隔にairが貯留していたものの食道胃管吻合部との連続性はなく,縫合不全による縦隔への流入は否定的と判断した(Fig. 1).留置後まもなく,呼気時のair leakageを認めた.術後13日目もair leakageの改善なく,再度胸部CTを施行したところ,気管膜様部穿孔と皮下気腫の増大を認めた(Fig. 2).術後14日目に気管支鏡を施行し,気管膜分岐部直上,および左主気管支の膜様部に合計3か所の穿孔所見を認めた(Fig. 3).また,同日透視を行ったところ,造影剤が縫合不全部から縦隔を経て,気管・肺へ流入していた(Fig. 4).

Fig. 1 

Chest CT: (a) Pleural effusion in the right thoracic cavity was diagnosed as empyema (arrowheads). (b) Air was present in the upper mediastinum (arrows).

Fig. 2 

Chest CT: Perforation of the membranous trachea and subcutaneous emphysema were increased.

Fig. 3 

Bronchoscopy: Three perforations were present: (a) two just above the tracheal bifurcation (arrowheads) and (b) one in the left main bronchus (arrows).

Fig. 4 

Fluoroscopy: There was leakage from the suture defect to the trachea and lungs.

縫合不全の感染コントロール,穿孔部の被覆,膿胸の治療を行う必要があり,術後15日目に当科,呼吸器腫瘍科,および形成外科の合同手術を行った.

手術所見:ダブルルーメン気管内チューブにて分離肺換気を行い,仰臥位,頸部伸展位で手術を開始した.上腹部正中切開で開腹し,胸骨後腔の胃管を用手的に剥離した.次に左前頸部に弧状切開を加え,頸部食道を同定,吻合部を切離し,腹腔側から胃管を引き出した.さらに,左前頸部創から連続して前胸部正中に皮膚切開を追加した.第3肋間穿通枝左大胸筋弁を採取し,内頸動静脈の腹側から後縦隔へ押し込んだ.胃管を胸壁前に空置し,左前頸部創より1横指頭側に頸部食道瘻を造設し,頸部・腹部操作を終了した.

続いて左側臥位へ体位変換し,胸部操作へ移行した.右後側方切開を加え,右前鋸筋弁を作成し上方へ翻転してから,第5肋間で開胸した.気管分岐部直上と左主気管支の膜様部に穿孔を認めた(Fig. 5a).生理食塩水で洗浄後,胸腔内掻爬を行った.気管分岐部直上の穿孔部は頸部創より縦隔へ押し込んだ左大胸筋弁で被覆し,左主気管支の穿孔部は右前鋸筋弁で被覆し,非吸収糸を用いそれぞれ縫合閉鎖した.右胸腔の開窓術を行うために,右前側胸部で第3・4・5肋骨をそれぞれ約10 cm切除し,肋間筋弁を採取,左大胸筋弁と右前鋸筋弁の上を覆い,非吸収糸で縫合固定した(Fig. 5b).最後に皮膚を胸壁に縫合して10 cm×10 cmの開窓口を作製し,手術を終了した.手術時間は9時間40分,出血量は310 mlであった.

Fig. 5 

Surgical findings: (a) Perforations just above the bifurcation and in the left main bronchus of the membranous trachea (arrowheads). (b) These were covered with the right major pectoral muscle flap, right anterior serratus muscle flap, and right intercostal muscle flap (arrows).

術後経過:気道管理はダブルルーメン気管内チューブを用い,気管支カフを左主気管支内,気管カフを気管分岐部直上穿孔部より中枢側にくるように調整し,2台の人工呼吸器を用いて分離肺換気を行った(Fig. 6).右側人工呼吸器は持続気道陽圧(continuous positive airway pressure;CPAP)モードで,呼気終末陽圧(positive end-expiratory pressure;以下,PEEPと略記)は2 cmH2O,圧支持(pressure support;以下,PSと略記)は0 cmH2Oに設定し,左側人工呼吸器は同期式間欠的強制換気(synchronized intermittent mandatory ventilation;SIMV)モードでPEEP 5 cmH2O,PS 10 cmH2Oで換気し,穿孔部に圧をかけないように工夫した.

Fig. 6 

Airway management: Differential lung ventilation was performed with a double lumen tube and two ventilations. (a) Photograph. (b) Schema.

また,穿孔部の清潔を保つため,気管支鏡を用いて気管内の喀痰を吸引した.さらに,開窓した創部の清浄化と肉芽増生目的に,創内持続陰圧洗浄を行った.

気道管理が長期化するため,気管切開も考慮したが,侵襲や虚血などにより気管壊死をじゃっ起する恐れがあると判断し,気管切開は施行しなかった.また,空置胃管から挿入した栄養チューブより経管栄養を行った.穿孔部は次第に上皮化し,筋弁被覆術後44日目に気管チューブを抜去した.声帯は可動性良好,排痰も可能で,嚥下機能も保たれていた.

筋弁被覆術後72日目に施行した気管支鏡で上皮化の完了を確認した(Fig. 7).初回手術後94日目(筋弁被覆術後79日目)に右胸郭形成術を施行し,初回手術後153日目(筋弁被覆術後168日目)に遊離空腸による食道再建術(右頸横動静脈との血管吻合を付加)を施行した.再建術後は経過良好で,嚥下透視でもleakageや誤嚥なく,食事摂取可能となった.栄養チューブ抜去後に胃管皮膚瘻を認めたが,保存的に治癒した.そして初回手術後196日目に自宅退院された.

Fig. 7 

Bronchoscopy: Epithelization of the membranous trachea. (a) Above the tracheal bifurcation. (b) Left main bronchus.

考察

食道癌根治手術における気道損傷は約1~4%の頻度で発症するとされ,比較的まれである1)~5).Bartelsら5)によると,原因としては虚血性と非虚血性に大別される.前者は術中操作によるもので,気管分岐部近傍に好発する.後者は術中操作に加え,炎症やカフの圧迫など物理的刺激により発症し,気管近位部に好発する.炎症性の場合は,縫合不全や膿瘍のドレナージを行うことで改善することもあるが,穿孔部に介在組織がない場合や軽快しない場合などは外科的治療を必要とする場合も多い.その場合は筋弁などを用いて修復することが有用である6)

本邦における報告を医学中央雑誌(1964年~2021年),およびPubMed(1950年~2021年)で,食道切除術中には損傷を認めず,術後に遅発性気管穿孔を来した症例について検索した.「食道切除術(esophagectomy)」,「気管瘻/気管穿孔(tracheal fistula/tracheobronchial fistula/tracheal perforation/tracheobronchial perforation)」をキーワードに検索したところ(会議録除く),1992年から2020年までに25論文53症例の報告がなされていた7)~31).自験例を含め,全患者54例の詳細を示す(Table 1).年齢の中央値は63歳(45~77歳),男性39例,女性8例,不詳7例,発症時期(中央値)は術後20.5日(6日~7,305日)であった.術前治療は20例(37.0%)に施行されていた.治療は手術療法が29例(53.7%)と最多であった.転帰としては,44例(81.5%)で治癒に至っていた.

Table 1  Summary of 54 cases of delayed postoperative tracheal fistula reported in Japan
Total tracheal fistula (n=54)
Sex Male 39 72.2%
Female 8 14.8%
Unknown 7 13.0%
Pre-operative therapy Chemotherapy 10 18.5%
Chemoradiotherapy 6 11.1%
Radiotherapy 4 7.4%
None 22 40.8%
Unknown 12 22.2%
Fistula Gastro-tracheal 39 72.2%
Mediastino-tracheal 12 22.2%
Unknown 3 5.6%
Treatment Operation 29 53.7%
Stent 7 13.0%
Drainage 6 11.1%
Conservative 12 22.2%
Prognosis Recover 44 81.5%
Death 10 18.5%

手術療法を施行された29例の詳細を示す(Table 2).筋弁による修復術が最多で,19例(65.6%)であった.その他離断術のみ,心膜パッチ14),有茎胸腺弁や大網23)などで修復された報告もみられた.筋弁に使用されたのは,広背筋弁が9例と最多であった.

Table 2  Summary of 29 cases treated surgically for delayed postoperative tracheal fistula
Operation (n=29)
Muscle flap 19 65.6%
Type of flap Latissimus dorsi muscle 9
Pectoralis major muscle 5
Intercostal muscle 5
Sternocleidomastoid muscle 2
Transection 5 17.2%
Other 5 17.2%

瘻孔の種類別に,胃管気管瘻の39例,縦隔気管瘻の12例の詳細を示す(Table 3).胃管気管瘻について,発症時期(中央値)は術後24日(7~7,305日)であり,潰瘍が原因となった瘻孔に限ると,1,114日(630~3,287日)と著明に延長していた.原因は縫合不全が20例(51.3%)と多く,その他潰瘍,胃管壊死,物理的圧迫などがあった.治療は手術療法が22例(56.4%)と最多で,他にステント留置や保存的治療もなされていた.転帰としては,30例(76.9%)で治癒していた.

Table 3  Summary of 39 cases of gastrotracheal fistula and 12 of mediastinotracheal fistula
Gastro-tracheal fistula (n=39) Mediastino-tracheal fistula (n=12)
Days to fistula Total patients median (range) 24 (7–7,305) Total patients median (range) 15 (6–5,844)
Caused by ulcer median (range) 1,114 (630–3,287)
Cause Leakage 20 51.3% Leakage 3 25.0%
Ulcer 5 12.8% Abcsess 3 25.0%
Necrosis 5 12.8% Compression 2 13.3%
Compression 3 7.7% Thermal damage 2 13.3%
Unknown 6 15.4% Other 2 13.3%
Position* Trachea 37 Trachea 11
Bronchi 5 Bronchi 3
Treatment Operation 22 56.4% Operation 6 50.0%
Stent 7 17.9% Drainage 5 41.7%
Conservative 10 25.7% Conservative 1 8.3%
Prognosis Recover 30 76.9% Recover 12 100.0%
Death 9 23.1% Death 0 0.0%

*There is some overlapping.

また,縦隔気管瘻について,発症時期(中央値)は15日(6~5,844日)であった.原因は縫合不全と膿瘍形成がいずれも3例(25%)と多く,その他物理的圧迫,熱損傷などが挙げられた.治療は手術療法が6例(50%)と最多で,他にドレナージや保存的治療もなされていた.転帰としては,全12例が治癒に至っていた.

本症例では,食道亜全摘+胃管による胸骨後経路再建術後の縫合不全,分泌物の縦隔への流れ込み,遅発性の気管膜様部穿孔(縦隔気管瘻),膿胸を呈しており,治療戦略として①縫合不全のコントロール,②穿孔部の閉鎖,③膿胸の治療,の三つを同時に行う手術が必要であった.まず①については吻合部を離断し,頸部食道瘻を造設するとともに,後の再建手術のため,胸壁前に胃管を空置した.次に②について,穿孔部が気管分岐部直上から左主気管支にわたって比較的広範囲に存在し,単一の筋弁のみではvolume不足と考えられた.よってまず仰臥位で左大胸筋弁を採取し,次に左側臥位に体位変換後,右前鋸筋弁と右肋間筋弁を採取し,全ての穿孔部を被覆した.さらに,③について,発症して間もない膿胸であり,十分な洗浄とドレナージを行い,ドレーンを留置して閉胸する選択肢も考えられたが,筋弁が癒着しきれずに穿孔部が閉鎖できなかった場合,air leakageや感染のコントロールがつかなくなる恐れが高いと判断したため,開窓術を選択した.

術後管理においても,呼吸管理の工夫を要した.被覆した筋弁が穿孔部へしっかりと癒着する最大のポイントは,穿孔部へ圧を掛けないことであった.本症例では穿孔部が左主気管支まで及んでいるため,通常の挿管チューブで気道管理を行うと,穿孔部へPEEP+PSの圧が直接かかってしまう.そこでダブルルーメン気管内チューブを用い,かつ左右肺は別々の人工呼吸器で分離肺換気を行うことで,左肺の換気圧が穿孔部へかからないように工夫した.すなわち,気管支鏡下に気管支カフを左主気管支の穿孔部より末梢側まで進め,左肺は左肺用の人工呼吸器で換気し(本症例ではPEEP 5 cmH2O,PS 10 cmH2O程度),穿孔部を含む気管+右肺は右肺用の人工呼吸器で最低限のPEEPにしてPSをかけずに換気するようにした(本症例ではPEEP 2 cmH2O,PS 0 cmH2O程度).二つの人工呼吸器はいずれも吸入気酸素濃度(FiO2)は30%で,一回換気量は左肺が250~300 ml,右肺が20~30 mlであり,血液ガス分析はPO2 80~90 mmHg,PCO2 45~50 mmHgと比較的良好な数値であった.

以上のような呼吸管理の工夫を行うことによって,気管の上皮化が完了し,筋弁被覆術後44日目に気管チューブを抜去することができた.

今回遅発性に気管膜様部穿孔を来した原因として,熱損傷の可能性が挙げられる.初回手術の際,Vessel sealing device LigaSure®(Covidien社製)を使用した.両アゴ部には断熱材が用いられており,アゴの上下方向は熱が伝わりにくい構造となっているが,アゴの側面は放散によって熱が伝わる可能性がある.本症例について手術動画検証を行ったところ,sealした際にアゴの側面が気管膜様部へ接しており,熱波及によると思われる軽度の組織変性を認めた.同部位は遅発性穿孔を来した3か所とほぼ一致していたため,穿孔の原因は術中の熱損傷である可能性が考えられた.本症例の経験を踏まえ,気道と食道の剥離の際は,①それぞれにしっかりと緊張をかける,②膜様部の筋層組織を確実に温存するように電気メスで切離する,③熱損傷を加えないよう細心の注意を払う,などを心がけ操作を行うようにしている.

気管膜様部の穿孔に対して,2台の人工呼吸器を用いて気道管理を行った症例は検索しえず,本症例が初めての報告となる.複数箇所の気管膜様部損傷に対して,2台の人工呼吸器による管理は有用であると考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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