2023 年 56 巻 8 号 p. 436-443
症例は68歳の男性で,既往歴なく大酒家であった.腹痛を主訴に前医を受診し慢性膵炎と膵頭部仮性囊胞出血の診断となり,保存加療を行った.その後2回の入退院を繰り返し精査加療目的に当院紹介となった.当院受診時,造影CTで囊胞内に造影剤の貯留を認め,出血を示唆する所見であったが動脈瘤は認めず,血管造影でも明らかな出血源は同定できなかった.保存加療を行うも腹痛の継続と貧血の進行を認め,根治目的に膵頭十二指腸切除術を施行した.術中および標本肉眼所見では囊胞内出血を認めず明らかな出血源は同定できなかったが,病理所見からは囊胞壁からの慢性的な出血が示唆された.現在,出血を認めるが血管造影で出血源が不明な膵仮性囊胞に対する治療に明確なコンセンサスは存在しない.自験例および文献的な検討から,保存治療は現状では効果が明らかでなく,他臓器合併切除を含めた手術を症例に応じ選択する必要があると考えられた.
A 68-year-old man had no past medical history; however, he was a heavy drinker. He had visited a previous hospital for stomach ache and was diagnosed with chronic pancreatitis and pancreatic pseudocyst hemorrhage. He underwent conservative treatment. Since the same symptoms recurred twice after discharge, he was referred to our hospital. CT showed a cystic lesion at the pancreatic head, which was strongly enhanced during the late phase, and no aneurysm. Angiography also failed to identify a bleeding etiology. Despite conservative treatment, abdominal pain and anemia progression continued. Therefore, we decided to perform pancreaticoduodenectomy. Intraoperative and macroscopic findings showed no intracystic hemorrhage, and a bleeding etiology could not be identified; however, microscopic findings suggested chronic bleeding from the cystic wall. There is no clear consensus on treatment of pancreatic pseudocyst hemorrhage with an angiographically unidentified bleeding etiology. Based on the present case and a review of the literature, we suggest that conservative treatment is not clearly effective for pancreatic pseudocyst hemorrhage, and that surgical treatment, including combined resection of other organs, should be selected.
膵仮性囊胞は急性膵炎や慢性膵炎の合併症の一つとして知られており,その割合は11~20%程度と報告され1),膵仮性囊胞に囊胞内出血を来す症例は本邦でもしばしば報告されている.血管造影や造影CTなどで出血源が同定できた症例に対しては血管内治療(interventional radiology;以下,IVRと略記)や手術加療など症例に応じて選択されている.一方で,精査を行っても出血源が同定できない症例も散見されるが,治療法には一定のコンセンサスは得られていない.今回,繰り返す膵仮性囊胞内出血に対し,保存加療後に根治目的に膵頭十二指腸切除術を施行した1例を経験したため報告する.
患者:68歳,男性
主訴:腹痛
既往歴:特記事項なし.
常用薬:なし.
嗜好:飲酒;ウイスキー0.5本/日(エタノール換算 約112 g)
喫煙;20本/日×40年
現病歴:2018年12月頃から腹痛を自覚していた.2019年1月に前医受診し腹部造影CTで慢性膵炎,膵囊胞内出血の診断となり保存的入院加療を行い退院した.その後,同様の腹痛で短期間に2回入院し,いずれも止血剤を用いた保存的加療で退院となったが,持続する出血が疑われ当院紹介となった.
入院時現症:175 cm,50 kg.体温36.6°C,血圧120/69 mmHg,脈拍107回/分.腹部は平坦軟で圧痛なし.
入院時血液検査所見:貧血と軽度の肝機能障害を認めた.膵酵素上昇や炎症反応の上昇は認めなかった(Table 1).
Previous hospital (80 days ago) | On admission | Day 13 | Previous hospital (80 days ago) | On admission | Day 13 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
WBC (/mm3) | 11,260 | 3,430 | 5,650 | TP (g/dl) | 7.1 | 5.6 | — |
RBC (×104/mm3) | 342 | 297 | 260 | Alb (g/dl) | 4.4 | 3.3 | — |
Hb (g/dl) | 9.1 | 8.3 | 7.1 | AST (IU/l) | 202 | 30 | — |
HCT (%) | 29.7 | 26.8 | 22.9 | ALT (IU/l) | 223 | 66 | — |
PLT (×104/mm3) | 22.3 | 30.5 | 32.5 | γGTP (IU/l) | 802 | 379 | — |
T-Bil (mg/dl) | 3.52 | 1.1 | — | ||||
AMY (IU/l) | 802 | 42 | — | ||||
BUN (mg/dl) | 13.1 | 10.9 | — | ||||
Cre (mg/dl) | 0.74 | 0.6 | — | ||||
Na (mEq/l) | 133 | 142 | — | ||||
K (mEq/l) | 4.6 | 4.6 | — | ||||
Cl (mEq/l) | 91 | 107 | — | ||||
CRP (mg/dl) | 0.37 | 0.4 | — |
腹部造影CT所見:膵臓は石灰化を伴い,慢性膵炎に矛盾しない所見であった.膵頭部に最大経50 mm大の囊胞性腫瘤を認め,前医では47 mmであり軽度の拡大を認めた.動脈相で淡く造影剤の流入を認め,門脈相では比較的はっきりとした造影剤貯留を認めた(Fig. 1).
Abdominal plain and contrast-enhanced CT. Early phase (A), late phase (B) and plain CT (C). A cystic lesion was present at the head of the pancreas, and was more strongly enhanced in the late phase than in the early phase. There was no direct communication between the portal circulation and the cyst. Features of chronic pancreatitis such as atrophy of the pancreas and intraductal calcification were apparent on CT.
ERCP所見:胆管はやや拡張して描出されたが膵管は造影できず,囊胞との交通は確認できなかった(Fig. 2).
ERCP. The common bile duct was dilated. The common pancreatic duct could not be visualized.
血管造影検査所見:腹腔動脈,上腸間膜動脈,下膵十二指腸動脈いずれも動脈瘤や血管外漏出は認めなかった.また,血管の不整像や狭小化も認められず,責任血管の同定は困難であった(Fig. 3).
Angiography of the celiac artery (A), gastroduodenal artery (B), superior mesenteric artery (C) and inferior pancreaticoduodenal artery (D). Aneurysm and/or extravasation was not apparent.
入院後経過:膵頭部仮性囊胞内出血の診断で精査目的に入院となった.入院後にERCPや超音波内視鏡検査を施行したが,膵管ステント留置などの内視鏡的治療やIVRによる根治は困難と判断した.保存加療を続けていたが,腹痛の継続やHb 7.1 g/dlと貧血の進行を認め,慢性出血による症状の継続と判断し,当院入院後第23病日に根治目的に膵仮性囊胞を含む膵頭十二指腸切除術を施行した.
手術所見:開腹時,腹腔内に血性腹水は認めなかった.慢性膵炎の影響で組織は周囲と強固に癒着していたが,結腸や胃など消化管との癒着はなく,剥離中に膵囊胞は開放された.囊胞液は褐色透明で血性貯留液はなく感染徴候はなかった.内腔には一部血餅を認めたが,持続する出血は認めなかった.また,門脈や他の血管との明らかな交通を示す所見は認めなかった.他臓器合併切除はなく,膵頭十二指腸切除術,Child変法による再建を行った.膵空腸吻合はBlumgart変法で行い,手術時間は8時間8分,出血量は460 mlで輸血は行わなかった.
術後経過:術後経過は良好で術後第13病日に退院した.その後約2年無再発で経過観察中である.
病理組織学的検査所見:囊胞周囲には膵実質の消失と高度の線維化がみられ,慢性膵炎を背景としていた.囊胞内に膵管上皮は認めず,肉芽組織増生があり仮性囊胞に矛盾しない所見であった.囊胞内腔には凝血の付着や一部に壊死物を確認した.囊胞壁の周囲にかけて線維化が進み,長期にわたり炎症と再生が繰り返されていたことが考えられた.Elastica van Gieson染色では囊胞内腔に破綻した血管壁は確認できず今回の出血原は不明であったが,囊胞壁の深部には複数箇所で静脈壁の破綻が確認され,静脈性出血が繰り返された可能性が示唆された(Fig. 4).
Pathological diagnosis. (A) Macroscopic findings. (B, C) Microscopic findings. Chronic pancreatitis was present with disappearance of the pancreatic parenchyma and presence of advanced fibrosis. The absence of pancreatic ductal epithelium and granulation in the pseudocyst were compatible with a diagnosis of pancreatic pseudocyst. Adhesion of blood clots and some necrosis were confirmed in the cyst. Progression of fibrosis around the wall suggested that inflammation and regeneration had been repeated for a long period of time. There were no ruptured blood vessels on the surface of the cyst wall, but Elastica van Gieson staining revealed some ruptured venous blood vessels in the deep cyst wall. The findings confirmed repeated bleeding.
膵仮性囊胞は,アルコール性慢性膵炎の急性再燃期に生じる例が多いが2),そのうち囊胞内出血を来す頻度は10%程度と報告されている3).囊胞内出血の成因は,さまざまな機序が予想され,消化液の囊胞内逆流による囊胞壁血管の破綻3),囊胞拡張に伴う囊胞内圧の上昇による壁在血管からの出血4),仮性動脈瘤の囊胞内への破綻5)などが考えられている.出血の機序が多彩であるため,症状や画像所見も多彩で特異的なものはなく,膵管を経由した消化管出血や動脈瘤破裂による腹腔内出血でショックになる症例,緩徐な出血により貧血を繰り返すような症例まで存在する.
本症例は造影CTで囊胞内出血を認め,腹痛の継続や貧血の進行を認めたが,明らかな消化管出血の兆候は認めなかった.亜急性の経過でバイタルサインが安定していたことから,本例における囊胞内出血の成因はDardikら4)の提唱する,囊胞内圧上昇による囊胞壁の表在血管損傷からの出血と考えられた.実際に,病理所見では囊胞壁の表在血管の損傷は確認できなかったが,囊胞壁深部には破綻した静脈が複数確認され,慢性的に表在血管からの出血があったことが示唆された.
膵仮性囊胞の囊胞内出血に対する治療の選択肢には,一般的には手術もしくはTAEが挙げられる.膵仮性囊胞内出血に対するTAEは1980年代に報告されて以来6),低侵襲な治療法として一般的になってきており,特に2000年以降ではTAEのみでの治療が増加傾向にある7).血管造影は囊胞内に動脈性出血が疑われる症例において診断および治療が可能であり,仮性動脈瘤を伴う囊胞内出血の場合には,TAEが有効であり治療の第一選択になりうると考えられる.しかし,TAE施行後の再出血率は37%という報告もあり8),施行後に手術を含めた追加治療が必要になることは念頭に置かなければならない.出血源がわからなかった場合でも血管造影による解剖学的な血管走行の評価が可能であり,手術に必要な情報が得られる点でも検査を施行する意義は高いと考える.
一方で,本症例のように造影CTや貧血により囊胞内に出血が疑われるにもかかわらず,血管造影で出血源が不明な場合は囊胞壁の微細な血管からの出血が原因である可能性がある.その場合にはTAEでの治療は効果が期待できず,手術を考慮しなければならない.手術は破綻した血管を含む囊胞切除が理想だが,繰り返す膵炎の影響で他臓器合併切除を要する可能性や,大量出血や副損傷を起こす可能性があり,必ずしも容易ではない.
このような場合,手術を施行するか,保存で治療するかについては判断に苦慮することがある.医学中央雑誌で1964年から2021年までの期間で「膵仮性囊胞」,「囊胞内出血」をキーワードに検索したところ,出血が疑われるにもかかわらず画像検査で出血源が特定できなかった症例を,本症例を含め12例認めた(Table 2)9)~18).
No. | Author | Year | Age | Sex | Chief complaint | Location | Size (mm) | Hb (g/dl) | Serum Amy (IU/l) | Treatment | Surgical procedure | Days for operation | Outcome |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Tsubono9) | 1992 | 60 | M | stomach ache | PH | 40 | 13.1 | 704 | Operation | PD | 14 days onward | Discharge |
2 | Nishida10) | 1993 | 83 | F | stomach ache, melena | PH | — | 4.4 | 681 | Conservation | — | — | Discharge |
3 | Tomioka11) | 1996 | 58 | M | stomach ache | PH | 60 | — | — | Operation | Cystogastrostomy | — | Discharge |
4 | Tomioka11) | 1996 | 55 | M | stomach ache | PH | 30 | — | — | Conservation | — | — | Discharge |
5 | Kitazawa12) | 1997 | 45 | M | stomach ache, hematemesis | PT | 40 | 13.3 | 158 | Operation | DP, Partial gastrectomy | 40 | Discharge |
6 | Watanabe13) | 1998 | 58 | M | stomach ache | PT | 135 | 9.9 | 2,073 | Operation | DP, Partial transverse colectomy | — | Discharge |
7 | Niitsu14) | 2000 | 48 | M | stomach ache | PT | 120 | 14.7 | 141 | Operation | Cystogastrostomy, Cholecystectomy, Bile duct resection | 46 | Discharge |
8 | Okano15) | 2004 | 36 | M | stomach ache | PT | 50 | 10.1 | 126 | Endoscope | — | — | Discharge |
9 | Sasaya16) | 2004 | 61 | M | stomach ache, vomit | PH | 72 | 10.1 | 123 | Operation | PD, Right hemicolectomy | 16 | Discharge |
10 | Shimizu17) | 2005 | 46 | M | stomach ache, melena | PT | 50 | 11.9 | 122 | Operation | Proximal gastrectomy, DP | 35 | Discharge |
11 | Sugimoto18) | 2005 | 65 | M | stomach ache | PT | 35 | 7.9 | 107 | Operation | DP | — | Discharge |
12 | Our case | 68 | M | stomach ache | PH | 50 | 7.8 | 51 | Operation | PD | 23 | Discharge |
pancreas head: PH, pancreas tail: PT, pancreatoduodenectomy: PD, distal pancreatectomy: DP
12例を検討すると,症状として全例で腹痛を自覚しており吐下血は3例を認めた.その内2例は仮性囊胞が胃壁と交通したため吐下血を認め,1例は膵管を経由した消化管出血であるhemosuccus pancreaticusの病態であった.消化管出血を呈する場合には,動脈瘤の腸管穿破に加えて囊胞内出血の消化管穿破も病態として考慮しなければならない.いずれの症例も血管造影が実施されたが,明らかな動脈瘤や血管外漏出は認めなかった.一方で,血管造影で囊胞自体の圧排による動脈の狭小化が3例で認められたが,動脈瘤や血管外漏出を認めずTAEの治療適応とはならなかった.壁不整や新生血管などを認めない圧排による動脈の狭小化のみではTAEによる治療は困難と考えられた.
既報で手術を行った9症例のうち,4症例では囊胞を含む膵切除に加えて他臓器合併切除を行っていた.いずれの症例も慢性炎症による周囲臓器との高度の癒着や,囊胞の消化管穿通による消化管出血を来していたため,消化管の合併切除を要していた.手術は慢性炎症による癒着のため剥離に難渋するほか,癒着による解剖学的オリエンテーションの把握が困難となり他臓器損傷を来す可能性も想定される.術前のさまざまな種類の画像評価や,術中の慎重な手術手技が極めて重要と考えられる.
手術症例のうち2例が切除ではなく囊胞消化管吻合の縮小手術が施行された.縮小手術症例では,周囲との癒着が著しいことに加え,囊胞が複数存在していたことから切除せずに縮小手術が選択されていた.しかし,出血源が同定できない場合の縮小手術は,囊胞内圧の低下に伴い出血を助長する可能性もある.既報の2症例とも縮小手術後経過に問題なく退院となったが,症例数も少なく縮小手術の選択は慎重に判断するべきであると考えられた.また,手術の時期について既報では,鎮痛剤や輸血などによる保存加療と精査を併行して行い,腹痛の継続や貧血の進行,また囊胞サイズの増大を認めた段階で手術加療に踏み切っており,緊急手術は必ずしも必要ないと考えられた.
一方で,保存加療のみで軽快した症例は2例あるが,1例については詳細な記載がなく,1例は高齢で耐術不能と判断され保存加療が選択された.いずれも結果的には生存退院となったが,保存的治療で完治した症例については症例数が少なく,耐術可能であったとしても保存加療が可能か言及できず,今後のさらなる検討が期待される.
本疾患は,過去において死亡率は37%と適切な止血処置が行われなければ救命が難しい疾患であり,手術をした場合でも死亡率が16~43%と非常に致死率が高いと考えられていた19).しかし,近年では松本ら7)によると救命率は91%とされ,本集計においても死亡例はなく,全例で退院の転帰を辿っていた.検査の発達による術前の画像評価の向上や,手術手技や周術期管理の向上などが予後の改善に大きく寄与したと考えられた.
本症例では,造影CTで囊胞内出血を認め,保存加療を行っていた.3回の入退院を繰り返す経過で,治療と並行して出血源の精査を行っていたが,内視鏡や血管造影では出血源を同定できず囊胞内の慢性出血が疑われた.腹痛が継続しており保存治療に抵抗性で,内視鏡やIVRも困難なため手術を選択した.2回目の保存治療の時点で,出血源が同定できず保存的加療でも腹痛の改善を認めなかったことを踏まえると,より早期の手術を検討すべきだったと考えられた.術式については,今後の再出血のリスクや症状を考慮すると,膵頭十二指腸切除術の選択は妥当と考えられた.手術においては,術中の剥離操作に難渋したものの,他臓器合併切除することなく,術後経過も良好であった.
本報告の限界として,血管造影で出血源がわからない症例は膵仮性囊胞や囊胞内出血の頻度から,既報の11例よりも臨床的に経験する可能性は高く,報告されていない症例も少なからず存在すると考えられる.治療について一定のコンセンサスがない現状で,各々の症例で病態に応じて治療されていると推測される.しかし,既報や本症例を踏まえると,血管造影で出血源が不明な場合には保存的加療の効果は明らかではなくTAEでの止血も困難なため,腹痛の増悪や貧血の進行,囊胞の増大を認める場合には,臓器合併切除を含めた手術を前提に症例に応じて治療法を選択していく必要があると考えられた.
利益相反:なし